異世界スロースターター

宇野 肇

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二章 Walk, and Reach.

閑話:逃避は解決にはならない

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 城郭都市であれば規模はともかく、貸し本屋というものは存在する。行商人が手習いのための古本を売るのもよくあることらしい。だが、マギにある王立図書館は俺のよく知る図書館くらいはある。
 図書館と言うに相応しく、専用の棟はそれだけで校舎に匹敵するのではと思う程に立派で、城っぽい外観をしている。実際、今の図書館は以前は校舎として機能していたそうで、間取りもそのまま残してあるようだ。机やソファも教室ごとにたっぷりと置かれていて読む分にはいつまででも居られそうだった。
 入館料や保険金としていくらかお金は要るものの、学院関係者以外にも開かれたこの王立図書館の蔵書数は十数万を越える。
 情報は金になる。だが、多くの人にとって本というものは文字が読めなくてはいけないし、持った分だけ場所を取るものだ。製紙や印刷技術はアルカディアにも存在しているが、本という形態を持つものは大体が学術的なものであるから、それが活用されている場面は少なく、故に、出回る数というのも知れている。
 だが、このマギの王立図書館には量産された本も、手書きで残された原本も、それを手書きで書き写した上アレンジされた複写本も、絵本も、日記も、古いのも新しいのも、およそ本という形態であれば情報の正誤問わず集められ、また寄贈することがもでき、本棚に並ぶという。勿論、禁書や、あまり広めることのできない黒い内容の本などは閲覧権限がなければ見ることができないようにされている。その上、個人の手記などは当時の生活や文化が伺えたりすることも少なくないため、この図書館の警備は厳重だ。武器の持ち込みは禁止、魔法も使えないようになっているし、乱闘になれば重い罪に問われる。万が一のために二重、三重に結界も張られているのだとか。

 そんな立派な図書館で、俺は神々の客人として実際にこの地に降り立ったという過去のマレビトやスキル、ギフトについて情報を得ようと、一人で該当するのだろう本棚を物色していた。……というのは建前で、実際はアズマと合流してから毎晩となったギルの猛攻から短時間でも逃げるためにここに駆け込んだ、と言うのが正しい。奴隷二人は自由行動中にして、アドルフにはシズを守るよう言いつけてある。
 図書館の入館料は奴隷を連れている場合にはその人数分払わねばならず、モンスターや動物は原則入れることはできない。危険もないし、一人になるにはうってつけの場所というわけだ。シズのおかげで日中の活動に支障はきたしていないものの、正直、少し息苦しい。
 ギルには再三に渡ってアズマとの肉体関係も恋愛感情もないと説明したし、彼からの追及もなくなったのだが、どうも今のギルは無理やり組み敷かれたあの頃を思い出してしまっていけない。
 今まである意味ギルに頼りっぱなしだった癖にとは思うものの、気が緩んだせいなのか、落ち着ける場所にたどり着いたからなのか、ギルという男の存在をやけに強く感じてしまって、胸を四方から圧迫されるような感覚に疲れてしまったのだ。セックスの間はそれどころではなくなるから気にならないのだが、その分が昼間に押し寄せてくる。知らずについた溜め息にシズがなんとも言えない顔をするからどうにかしたいのだが、どうすればいいのかよく分からない。



 本を読むどころか関係しそうな分類の部屋を渡り歩くだけでも時間を食ったが、全くの許容範囲だ。ざっと本の背表紙を眺めながら、興味を惹かれたタイトルを手に取っていく。読んでいる間はなにも考えなくていいから気が楽だ。

 良くも悪くもマレビトにまつわる逸話は多く残されており、俺のような一般人は閲覧できないらしいが、禁忌でありながら彼らを捕らえ、数々の『実験』を行ったという記録を残したものも存在するようだ。そういった情報から判明したマレビト達の能力については、彼らの尊厳を守り、また出来るだけ残虐な背景を抑えた表現で別途、本として残されている。俺が読めるのはそちらのほうだ。
 それにしても、マレビトの能力について分かっていることは極端だ。
 類い稀なる強さを持つ者、素晴らしく卓越した技術を持つ者、奇天烈な発想により革新的な道具を生み出した者、モンスターを操る者、精霊と契約した者――などなど、細かく見て行くと枚挙にいとまがない。共通するのは魔晶石を浄化する力があることや、空間魔法を扱えることくらいか。
 興味深いのは、俺たちプレイヤーが『スキル』というただそれだけであまり深く考えずに捉えている能力について、現地人の見解が多く記されていることだ。
 例えば魔法。このアルカディアには魔法を発動させるための『力持つ言葉』と呼ばれるものがあって、それは平たく言えば呪文、ということなのだけど、実は二通りある。
 一つは、術者が単なる言葉に魔法を発動するための魔力を込め、術者が任意に発動できる呪文のこと。もう一つは、その言葉を発するだけで魔法に必要な魔力分を奪われ、術者の意志に関わらず現象を起こすようになっているタイプの呪文だ。
 前者は術者の匙加減で威力を調節したりと小回りが利くが、後者は既に規格が固定されており、一度唱えればあとはそこに含まれた既定のことしか起こらない。生活魔法はぎりぎり前者だが、後者は山一つを消し飛ばしたり、またその逆に火山を作れてしまったり、辺り一帯を焼け野原にしたり、海を時化らせたりとおよそ世界を滅ぼしそうなタイプのものしかないらしく、口にすることを固く禁じられ、そのうちにその多くが忘れられてしまった太古の魔法なのだそうだ。神々が世界を創る際に用いたのではとも言われており、普通の人間には発音できないようになっているらしい。神々がそのようになされた、とも、人間の持つ魔力程度ではとてもじゃないが発動に足る魔力を持ち合わせていないため、次第に正しい発音そのものが伝わらなくなったとも言われている。
 プレイヤー……マレビトの場合は必ずしも呪文で発動しなければならないわけではなく、独自の方法――任意の動作などで発動できるよう設定し直せるため、個々によって異なる――で操ることができるためこれには当てはめにくいようだが、規模で言うならこの古の魔法くらいの威力は、スキルを磨いていけば発動可能であり、マレビトに手を出すことが固く禁じられている背景には、要は『怒らせるな』という部分がかなりあるようだ。人々の間で、マレビトというのは客人というよりも、神々に近い人、なのだろう。能力的な部分で。

 他にも『テイミング』については、魔晶石を浄化する力を持つ者でなければたどり着けない境地とまで言われている。
 これはどうもモンスターが『世界の悪意』の発露であるという考え方から来ているようだ。マレビトには神々の加護により神に等しい力、神通力があり、その力によって悪しき意思そのものであるモンスターの気性を慰め、『魔』を祓い、共生を可能にできるのだと書かれていた。
 ただまあ、テイミングの能力がそうであるように、一度テイムしても無理矢理使役すれば反抗されるし逃げられ、敵意も強くなる。野に帰せば、やはり元々がどうしようもなくそのように発生してしまうためか、害なす存在へ戻ってしまう。テイミングを維持する数も限られているから、この力で世の中を平和にすることは不可能だな。

 アドルフのこともあるしもうちょっと調べようかと参考文献や関連書籍を開いて行くと、更に興味深い記述があった。あまり有力な説ではないようだが、モンスターの存在理由に関することだった。
 モンスターは人々の恐怖や憎しみの感情を己に向けることで、人がお互いに殺し合うという事態を軽減しており、モンスターの存在は神々による憐みの一つである、だとか、モンスターが動植物を狙わないのは、『憎む心』に反応しているからだ、とか。
 後者については実際に憎む心を持たない人間を作った・・・ことにも触れられていたが、変死してしまったり人としての精神が未熟、あるいは感情そのものが欠落してしまい社会に適応できず、成功はしなかったようだ。失敗してなによりだと思う。
 読んでいてあまり気持ちのいい内容ではないなと思いつつも一応内容の区切りのいいところまで目を通してみるかと思っていると、実験により失われた命を追悼するため、後に石碑が建てられたようだ。場所は……『Arkadia』ではゴースト系モンスターがうようよ出てくる遺跡型ダンジョンと同じ、≪モリの広場≫となっていた。
 確かにあそこ、石碑あったけどさ……モンスターの溜まり場って! ダメじゃん! 鎮魂どころか祟ってるみたいになってんじゃん!



 その後興味の移ろいゆくままあちこちに足を伸ばし、本を読み漁った。深く読み込むようなことはなかったが、マレビト性欲の強弱だの性生活だのに触れているものまであって気恥ずかしくも興味津々で読んでしまったの俺だけの秘密にしておこうと思う。それにしても誰だ全人種コンプリートなハーレムを築き上げて名前を轟かせた正直者は!

「ヒューイ」

 お洒落なカフェに置いてありそうな柔らかな一人掛けのソファに身体を沈め目や肩を解していると、聞き慣れた低音が耳に響いた。
「! ギル、どうして」
「遅いから迎えに来た」
 俺は子どもか、と言いたいが、アルカディアの治安は昼と夜、表通りと裏通りではかなり差がある。ギルは俺を守るためなら能力を奮っても問題ないから、居てくれると凄く心強い。……今はギルに対して噛み合っていないようなもどかしさと緊張感があるし、ホームの部屋に戻ってからのことを思うと素直にほっとはできないが。
「ありがとう」
 それでも、アルカディアの世間に不慣れな俺を気遣ってくれているのが分かるから、感謝の言葉は躊躇いなく口にできる。
 立ち上がり、近くなった距離でギルを見上げる。いつも通り静かで淡々としていて、けれど穏やかさの漂う表情だ。それが僅かに傾き、疑問を示す。
「どうした?」
「ん、入館料どうしたの」
「払った。でないと入れないからな」
「だよね。勿体無い。折角だしギルも何か読んで行けば? 文字は読めるんだから」
 いくら組合の依頼で稼いでいるとは言え、基本的に報酬は全て俺のものとなってしまう。だから、三人で行った依頼は【宵朱】の口座に金を入れて、そこから二人が自由に出来る分を少しずつ渡している。装備品や日用品を揃えるのは必要経費だからそれは別途で分けて払っているが、ギル個人で自由に出来るのは俺が渡す小遣い分だけだ。入館の際にはそこから出したのだろうが、俺を呼ぶためだけに50ドラクマは高い。
「お前はまだ何か読むものがあるのか」
「んー、まあ、あると言えばあるけどないと言えばない。それに閉館時間も近いし」
 廊下越しに見える空は徐々に淋しさを覚える色合いになりつつある。水色に薄い黄色を混ぜたような不思議な色は、直に夕暮れの朱を連れて来て、そして夜の帳を降ろすのだ。
 今は冬。雪こそ降るような寒さはないが、日が暮れるのは早い。
「そうか。……なら、帰るか」
「うん」
 ギルの言葉に否やもなく、出口へ向かう。
「あ、その前に大通りの市場に寄りたい」
 節制のため、ウィズワルドのホームに移ってからは自炊を心がけている。勿論ウィズワルドも一緒に食卓を囲む。わざわざ別のメニューにするのが面倒臭いからシズとギルも同じものを食べている。
持ち腐れになりかけていた『調理』スキルは再び熟練度が上がり始め、その節目節目に小さな音が耳に届き、インベントリに新たなレシピが追加されていく。それを試した日にはそれぞれの評判についてメモをしておいて、束ねて、また作りたくなった時の参考にしている。それに最近だと目に入ったものから適当なメニューが浮かぶようになって来たり、調理の手順がどんどん思い出されてまごつくこともなくなった。全くありがたい。

 基本的に一日二食とはいえやはりその時間帯は朝、昼、夜のいずれかだ。だから夕飯前の大通りは賑やかだった。家路を急ぐ人々で溢れ、夜の店が開店準備をはじめる。屋台や露店がたたまれてしまうのもこの時間帯だ。
 スられるようなものはインベントリに仕舞い切っているから、気楽に人の波の中を歩きながら、ふらふらと果物や野菜、肉を見て回る。自分では気づかなかったが、注意散漫になりぶつかりそうになったのだろう、不意に強い力でギルに抱き寄せられた。
「うわ、」
「流され過ぎだ」
「ごめん」
 謝るが、ギルの手は離れない。掴まれた腰にギルの掌の熱を感じて、急にスイッチが入ったようにギルの身体を意識してしまう。
 離して、とも言い難く、暫く二人でくっついて歩いていたが、ギルのリードによって通りの端、細い路地へ繋がる場所へ出た。
「ギル?」
 大きな木箱がたくさん積まれているため、その影へ入ってしまえば大通りからは見えなくなる。まさにそこへと連れて行かれ、俺は戸惑いながらもギルを見上げた。
「んん、」
 ギルの目にたどり着く前にキスをされ、咄嗟に目を瞑る。柔らかい感触が俺の唇を味わうようにくっついて、甘く軽く吸い付いて、擦れて、そして水気を帯びたものがちろちろと愛撫を始める。ギルの吐息を感じ、俺の息もギルの顔に反射して戻ってくる。二人分の息と、唇と、舌とが重なって、絡み合って、唾液が混ざって行く。
 貪るような激しさはないのに、時折響く水音に身体が盛り上がっていきそうだ。それを抑えようとすると呼吸が乱れ、一気に思考よりも触れ合っている感覚ばかりに支配された。
「んっ、んん、ふぁ、は、はっ、ん、ぁ、はぅ」
 抱きしめられ、体温までが一つになり、暖かさを育てる。ギルのキスに抵抗することなくついて行くと、ぱくりと唇ごと咥えるように甘噛みされ、その後名残惜しそうに唇が離れて行った。ちゅ、と言う音とともに、唇がぷるんと揺れる。目を開くと、熱のこもったギルの双眸が飛び込んできた。目の距離が近くて、そこに写り込んだ俺の目がどんな風になっているのかまで分かってしまう。眠そうな――とろんとした、夢心地に快を追いかける目だ。
 恥ずかしくなって目だけあちこちへ逃げてしまうが、ギルの反応のなさに窺うようにもう一度目を合わせると、
「……どうすりゃ足るんだろうな」
 目を眇めて、どこか切なげにそう言って、そっと俺を放した。
「ギル……?」
「まぎれるかと思ったが最後までやらないと意味ねえな」
 訝る俺に、細くもはっきりと息をついたギルは、次に言葉を発する時には既に、何時もの淡白さを取り戻していた。
「腹減った。早く戻るぞ」
「……ギルがそれ言う?」
 思わず鼻白むと、ギルは肩を竦めつつも俺の手首を掴み、歩き始める。その力が優しいのに免じて、俺も素直に足を出した。

 とはいえ、ちょっとした意趣返しにたらふく食わせてやろうと画策した結果、食材を大量に買い込んだ挙句帰宅が遅くなり、俺はギル共々シズに窘められることになった。
「もー、お盛んなのは結構だけど食後にしてよね」
 確かに夕飯が遅れたのは悪いと思ったけど、でもしけこんでたと思われていたのは心外だ。かと言って「未遂だったし!」と言うのも墓穴すぎて、俺はとぼけることもできずにぐう、と小さく唸るしかできなかった。
 その晩もギルにたっぷりと気持ちよくさせられたのは言うまでもない。
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