異世界スロースターター

宇野 肇

文字の大きさ
上 下
30 / 81
二章 Walk, and Reach.

幸せホーム計画(1)

しおりを挟む
 寄り道というには随分大きなイベントを済ませた俺たちは、暫く二人で初々しくキスを繰り返した後、ぎこちなく冒険者組合の受付へ向かった。
 俺たちが仕出かしてから一時間以上は経っていたため、さほど注目されることもなくギルのクランと冒険者としての登録が抹消され、財産が全て没収されていることを確認することができた。クランの口座も俺の口座もごっそりと残高が減っていて、苦笑いしかできない。
 でもまあ、もう後戻りはできないし。それにちょっと、ほっとしている自分がいる。
「……クランの残額、俺の口座に移してもいい?」
「ああ。好きに使えばいい。もう全部お前のものだ」
 穏やかに笑むギルにどきりとしつつ、手続きを行う。既に俺しかいない単独クラン状態だから、一度解散してしまってもいいけど……。一応、あって困るわけでもないしこのまま残しておいてもいいか。
 立場は確かに変わったけど、俺とギルは何も変わってない気がして密かに安堵の息が漏れた。



 肩が触れ合うだけでびくりとするような、今時中学生でももうちょっと落ち着いているだろうという初々しいぎこちなさを頻発させながら、俺たちはユンフェミオさんの居るユマニス商店へと足を運んだ。隣を歩いているだけなのに、距離が近いせいで意識するのを止められなかったのだ。ギルも何処か甘い空気を発しているし、俺の反応がその空気を倍増させているのだとしても俺は悪くないと思う。
 店内に入り、名前を名乗ってユンフェミオさんをお願いしますと言えば、逆に奥の部屋へと通された。既に話は通っているようで、ユンフェミオさんは直ぐに顔を出して俺たちを長いソファに促すと、シズを連れて来てくれた。
 俺たちが入ってきた扉のある入り口ではなく、前に衝立だけが置かれた店の奥側から、シズの声が響くのを聞きながら座って待つ。
 シズは最初衝立に隠されていたが、ユンフェミオさんがにこにことしながら俺たちに「お待たせいたしました」と言ってシズを手招き、俺よりも小さな背丈の見慣れた黒髪が現れた。
「……あれ?」
 ぽかんとして俺たちを見つめるシズに、軽く手を振って笑いかける。立ち尽くすシズの背を、ユンフェミオさんが優しく叩いた。
「是非お前が欲しいと言うことだ」
 声は優しく、しかし楽しげだ。
 シズの目と顔がが何度もユンフェミオさんと俺たちを行き来し、その度に黒髪が揺れる。俺が手招くと、シズは少し恥ずかしそうにしながらも駆け寄って来てくれた。
「……どうして?」
「嫌だった?」
 隣へ座るように促すと、シズは素直に隣へとやって来て、15と言うには少し幼い挙動で首を振った。甘えるように俺へ身体を預けてくる頭を撫で、向かいにあるソファへ腰掛けたユンフェミオさんへ視線を移す。
「それでは本契約を行いますね」
「よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
 軽く頭を下げてから始まった話は、まず始めて奴隷を購入する顧客に対して必ず行われているという奴隷に関する禁則事項や、主人の負うことになる義務についてだった。旅の間に予習を済ませていたため俺から質問することもなく、直ぐに本題へと移る。
 シズの価格と、今までシズが奴隷としてしてきたこと、できること、できないことが書かれた書類が、対面するソファの間に置かれた低いテーブルの上へ置かれ、その一つ一つをユンフェミオさんの口頭で説明され、チェックされていく。
 シズは元々市民だったわけではなく、捨て子のため戻る場所のない生涯奴隷であることや、奴隷から解放する場合に行うべきフォローについても改めて説明を受けた。
「シズの場合は既に隷属魔法の下準備は済んでおります。あとはヒューイ様が個人的にシズと結んでおきたい契約内容がございましたら今のうちに」
「あ、じゃあ、俺が内緒にして欲しい事柄について口外できないようにという制限をつけることはできますか?」
「別途料金をいただくことになりますが、可能ですよ。冒険者の方が受けられる依頼の中には、どうしても秘する必要のあるものもあると伺っておりますので」
「ではそれを。それ以外は特にありません」
「かしこまりました」
 目の前で、書類の空欄になっていた場所へユンフェミオさんが淀みなく文字を書き足して行く。その内容が確かに俺が望んだものであることを確認して、ユンフェミオさんは改めて以上でよろしいですか、と最終確認をした。それに頷きを返す。
 最後に、前金として払っていたミナ金貨一枚に加え、そこに四枚金貨を積み上げる。奴隷の価格は大体がミナ金貨二枚から五枚ほどで、シズは愛らしい顔こそしてはいるものの、愛玩用とするには旬が短く、奴隷としていまいちこれという売りがなくなりつつあったようだ。俺への営業活動はその辺の事情もあったのだろう。
「それでは、同意書と契約書にサインをいただければ主人登録を開始します」
 言われた通り、手渡された羽ペンで『ヒューイ』と書く。するとギルの時と同じように、文字は紙から剥がれて、シズへと重なり消えて行った。違うのは、シズが快感に悶えてないことくらいか。
「では、シズの胸のあたりに触れてください」
 ユンフェミオさんに促されて、そっと胸の真ん中に手のひらをくっつける。
「ふあ……!」
 ぴくんとシズの身体が小さく跳ね、弛緩した。
「……はい、以上で登録は終了です。お疲れ様でした。シズの隷属魔法には契約内容の他に、ヒューイ様がお買い上げ頂いた今日の日付やシズの年齢などの情報も記録されます。ヒューイ様は既に冒険者組合のタグをお持ちですからご存知かもしれませんが、確認の際にはこちらのタグをお持ちになり、『開示オープン』と唱えてください。主人のみ開示する情報を制限することも可能です」
「わかりました」
 タグを受け取り、力なく俺にもたれかかるシズの背を撫でる。大丈夫かと尋ねると小さく頷いたから、シズに合わせて席を立った。その際、何も履いてないシズの足が目に入る。
 旅の間もそうだったが、奴隷というのは基本的に軽装だ。気候にもよるだろうが、ほぼ陰部を隠す布以外は何も身につけていない。
「すみません、ユンフェミオさん。この辺で一般の方が利用する呉服屋はありますか?」
「ああ、それでしたら当店の隣に奴隷用の衣類などを置いてございます。奴隷専用の装飾具も用意してございますから、既製服でもよろしければ是非お立ち寄りください」
 まさに今申し上げようと思っておりましたと笑顔を向けられ、礼を言う。店の中は繋がっているらしく、短い渡り廊下を通って場所を移した。
「シズはこの服が着たいとかある?」
「……特には……」
 あれだけ押しの強かった姿は見る影も無いが、買われたということは俺の資産となったわけで、なんだかんだと言いながら奴隷商の商品として守られていた頃とは勝手が違うのだろう。シズなりに緊張しているのかもしれないと思い直す。
「ギルは、」
「お前の好きにしろ」
 後ろを歩くギルへと振ると、肩を竦めて投げられてしまった。参考までに意見を聞きたかったんだけど。
 店内を見渡し、ざっとどんな衣服があるのかを確認する。
 なにやらごてごてした刺繍がこれでもかと施されていたり、煌びやかな色のものは却下。シズになにをさせるかはステータスを確認してからだから、取り敢えず間に合わせの普段着風のものを幾つか手に取る。襟元のボタンを一つ留めるだけの中華風の白い綿のトップと、丈の短いもんぺみたいな紺色のボトム。足元は底のしっかりした、足首を包むようなサンダルをあてがう。下着はトランクスとボクサーの間みたいなのがあったからそれを選んだ。
「どう?」
「……いいの?」
「いいよ」
 着ておいで、と言いつつ試着室がないようで、シズはその場で着替え始めた。室内とはいえ土足で歩く場所だから、足裏も汚れているだろうと黙って清めておく。幸い気づかれなかったらしく、シズは高揚感からなのか頬を少し赤くしながら迷いもなく俺が手渡した服を身に付けた。それを見ながら、ユンフェミオさんに耳打ちされた分の金額を彼に渡す。
 シズは俺と服を見比べながら、ぱたぱたと忙しなく自分の纏う服の感触を確かめていた。その顔には笑みが浮かんでいて、俺も自然と目を細めてしまう。
「小さくない?」
「大丈夫! です」
「よかった」
「ありがとう、ございます」
 ぎこちない言葉遣いだが、シズが覚えたいのならこれから少しずつ慣れて行くだろう。怪しいところは指摘すればいい。
 着替えは浄化でなんとかなるとはいえ、一応上着と、薄着できるように肌着っぽい薄手のものを追加して買って、俺たちはユマニス商店を後にした。
 店を出る際シズに微笑みかけていたユンフェミオさんを見て、いい人と縁ができてよかったと心底思う。
「シズ、食事はもう終わった? 俺たち朝が遅くて、まだ軽いものしか食べてないからどこかでしっかり食べ直そうかと思ってるんだけど」
「僕も?」
「腹ごしらえが済んだら宿に戻って、大事な話をしたいから。シズにも聞いて欲しいことだからさ」
 俺を見上げるシズに、ギルへ目配せをしながらそう言うと、ギルも頷いてくれた。
「ヒューイ、奴隷は原則主人と一緒に飯は食わない」
「え、そうなの? あ、そうか」
 衣食住を保障すると言っても、主人と同じレベルのものでなくてもいいのか。その辺りのことも主人に一任されていて、だからシズは窺うように俺を見ているのか。
「別に贅沢しようってわけじゃないし」
「俺は肉が食いたい」
「あ、そういやケバブ美味しかったなあ。俺も肉が食べられるところがいいかも。シズは平気?」
 尋ねると、シズはこっくりと頷いて、はにかみながらはいと答えた。

 豚のステーキが食べられるという店に入り、肉の他にパンやスープ、サラダ、ポテトフライの皿の数々がテーブルを占拠した後、俺は大人しく隣に座るシズに苦笑した。
 ギルも俺も食事に手をつけ始めていたが、シズはまるで借りて来た猫のようにじっとしていて、食事をする様子も控えめなものに見えたからだ。
「シズ? 喋りにくいなら無理に丁寧に話さなくていいし、テーブルマナーも今は気にしないで。覚えたいなら教えられる分は教えるし、前みたいに楽にしていいよ」
 俺がそう言うと、シズは服選びの時と同じような顔をした。目だけで「いいの?」と問うてくるから、「いいよ」と頷く。シズは小さく分かったと返事をしてくれた。
「シズに何をしてもらうかは宿に戻ってから決めるつもりだし、俺は傅かれるのも慣れてないからさ」
 どうせなら一緒に慣れて行こう、と言うと、シズはくすっと笑った。
「……一応見苦しくない程度のマナーは教わったけど、間違ってた?」
「いいや。綺麗だったと思うけど。でも、別にかしこまった場所でもないし、美味しく楽しく食べるのが一番いいんじゃないかな」
 ナイフとフォークが三つ置いてあるような店だとか相手によってはテーブルマナーも気になるが、ここは定食屋で俺は冒険者だ。周囲を見てもお上品に食べてる客なんて見えないし、ここは気楽にする方がいいだろう。
 そう言って俺がまだたっぷりと残っているスープをカップから直接啜ると、シズは目をくわ! と見開いた。その反応が面白くて、少し固いパンを千切ってスープに落としスプーンでかき混ぜて見せると、シズは口を開けて唖然とする。こみ上げてくる笑いをそのまま顔に出しながら、スープでふやけ始めたパンごともう一度カップから啜り飲むと、シズはポツリと呟いた。
「ヒューイが普通に見える」
「俺はいつも普通だけど?」
 堪えきれず笑うと、ギルはどこがと言いたげな目で俺を見た。神々の客人は普通じゃないだろう、とその表情が訴えてくる。俺は肩を竦めておどけることでそれを流し、食事を続けた。
 そう言えば、テーブルマナーなんていわゆる洋式のごくごく一部しか知らないけど、アルカディアではどうなんだろう。ミュリエルは俺のイメージそのままの振る舞いで綺麗に食べていたし、今のシズの反応を見るに俺が思っているものと同じではないかと思うんだけど。
「でもマナー違反って分かって敢えてそうやって食べるのって、結局育ちが良いってことだよね」
 冷静なシズの呟きに、ギルがくつりと笑う。
 どう言い繕っても墓穴を掘る羽目になるだろうことが目に見えて、俺は切り分けた中で一番大きな肉をフォークで突き刺し口の中へ放り込むことで強引に口を閉じた。
 雉も鳴かずば撃たれまい。これ以上は藪蛇だろう。正直なところを話すにはここは人目があるし、固執して俺の育ちが良いとか良くないとかの話を続けるのはその分他の誰かの耳にも入りやすくなる。客層がお上品な類ではないということはつまり、お上品でない客も入ってくるはずだから、辺に絡まれるかもしれないし。
「早く食べないとシズの分まで食べるけど?」
 口の中いっぱいに頬張った肉をある程度噛み崩してからそう言うと、シズは「やだ」と背筋を伸ばして肉に食らいついた。
 素直さというものは全くいいものだ。俺たちを見て肩を震わせているギルはもっと見習うべきである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Alliance Possibility On-line~ロマンプレイのプレーヤーが多すぎる中で、普通にプレイしてたら最強になっていた~

百々 五十六
ファンタジー
極振りしてみたり、弱いとされている職やスキルを使ったり、あえてわき道にそれるプレイをするなど、一見、非効率的なプレイをして、ゲーム内で最強になるような作品が流行りすぎてしまったため、ゲームでみんな変なプレイ、ロマンプレイをするようになってしまった。 この世界初のフルダイブVRMMORPGである『Alliance Possibility On-line』でも皆ロマンを追いたがる。 憧れの、個性あふれるプレイ、一見非効率なプレイ、変なプレイを皆がしだした。 そんな中、実直に地道に普通なプレイをする少年のプレイヤーがいた。 名前は、早乙女 久。 プレイヤー名は オクツ。 運営が想定しているような、正しい順路で少しずつ強くなる彼は、非効率的なプレイをしていくプレイヤーたちを置き去っていく。 何か特別な力も、特別な出会いもないまま進む彼は、回り道なんかよりもよっぽど効率良く先頭をひた走る。 初討伐特典や、先行特典という、優位性を崩さず実直にプレイする彼は、ちゃんと強くなるし、ちゃんと話題になっていく。 ロマンばかり追い求めたプレイヤーの中で”普通”な彼が、目立っていく、新感覚VRMMO物語。

神父の背後にショタストーカー(魔王)がいつもいる

ミクリ21
BL
ライジャは神父として、日々を過ごしていた。 ある日森に用事で行くと、可愛いショタが獣用の罠に足をやられて泣いていたのを、ライジャは助けた。 そして………いきなり魔王だと名乗るショタに求婚された。 ※男しかいない世界設定です。

【完結】Atlantis World Online-定年から始めるVRMMO-

双葉 鳴|◉〻◉)
SF
Atlantis World Online。 そこは古代文明の後にできたファンタジー世界。 プレイヤーは古代文明の末裔を名乗るNPCと交友を測り、歴史に隠された謎を解き明かす使命を持っていた。 しかし多くのプレイヤーは目先のモンスター討伐に明け暮れ、謎は置き去りにされていた。 主人公、笹井裕次郎は定年を迎えたばかりのお爺ちゃん。 孫に誘われて参加したそのゲームで幼少時に嗜んだコミックの主人公を投影し、アキカゼ・ハヤテとして活動する。 その常識にとらわれない発想力、謎の行動力を遺憾なく発揮し、多くの先行プレイヤーが見落とした謎をバンバンと発掘していった。 多くのプレイヤー達に賞賛され、やがて有名プレイヤーとしてその知名度を上げていくことになる。 「|◉〻◉)有名は有名でも地雷という意味では?」 「君にだけは言われたくなかった」 ヘンテコで奇抜なプレイヤー、NPC多数! 圧倒的〝ほのぼの〟で送るMMO活劇、ここに開幕。 ===========目録====================== 1章:お爺ちゃんとVR   【1〜57話】 2章:お爺ちゃんとクラン  【58〜108話】 3章:お爺ちゃんと古代の導き【109〜238話】 4章:お爺ちゃんと生配信  【239話〜355話】 5章:お爺ちゃんと聖魔大戦 【356話〜497話】 ==================================== 2020.03.21_掲載 2020.05.24_100話達成 2020.09.29_200話達成 2021.02.19_300話達成 2021.11.05_400話達成 2022.06.25_完結!

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

どうせならおっさんよりイケメンがよかった

このはなさくや
恋愛
のんびりした田舎町モルデンに住む冒険者のセリは、ちょっと訳ありの男の子。 ある日魔物に襲われ毒に犯されたセリを助けたのは、ギルドで出会った怪しい風体のおっさんで────!? 突然異世界にトリップしてしまった女子大生と、外見は怪しいけど実は高スペックのおっさん(!?)の織りなす恋愛ファンタジーです。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

処理中です...