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二章 Walk, and Reach.
俺たち結婚しました!
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さて、口にしてしまったはいいが、あまりにもギルが固まっているため俺は一気に恥ずかしさに見舞われた。
好きだと口にしたのはギルの方が早かったのに、俺が好きだと言ったら無反応なのはちょっと酷いと思う。
「……、は、はやくシズを迎えに行こ」
ウィズワルドのホームからそこまで離れていないこんな場所で何をもじもじしているのだろうと、ギルに背を向けて表通りへ戻るべく歩を進める。視線を下げて石畳を凝視すると、少し早足な俺に合わせて歩くアドルフが見えた。少しだけ速度を落とし、その背中を撫でてやる。
それで意識のそれた俺を、後ろから一気に距離を詰めたギルが抱え、そのまま、石造りの家の外壁に押し付けられた。丁度外に突き出した部分の陰に隠れ、横からなら俺たちの姿は見えなくなる。
容赦のない力だった割に叩きつけられたわけじゃないことにギルらしさを感じながらも、驚きで身体が竦んでしまう。その隙をつくようにしてギルは俺の顔を覗き込むようにして口づけてきた。
「っ、ん?!」
ここで? と俺が混乱していると、ギルは俺の脚の間に自分の右膝を割り込ませて、もどかしそうに俺をきつく抱きしめた。
「ん、ん、……っ、ん、ぎ、る、」
「……ヒューイ……っ」
どうにか抵抗を試みるも、それが悪いのかより一層動きを封じるように抱き込まれ、ただただ唇を奪われ、口内を貪られる。密着した身体。顔の辺りに籠るリップノイズと息遣いと、唾液の跳ねる音がやけに響いて聞こえた。何かを吸い取られそうな勢いがあるのに、不意にたまらなく柔らかな触れ合いに代わり、その強弱に翻弄される。完全にギルのペースだった。
じわりと身体が熱くなり、身体の内側で甘い快感がきらめき始める。これ以上はと思ったところでようやくギルはキスを止めてくれた。
「は……」
遠慮なくぐいぐいと俺の股座に入り込んだギルの膝の上に体重を乗せながら、逞しい腕の中で息を整える。まだ取り返しがつくとは言え直ぐには下がり切らない熱を散らせているのに、ギルは俺の耳に唇を当てると、そのままそこで声を震わせた。
「なあ、シズを迎えに行くのは明日でもいいだろ」
「っ……な、なんで? 仮契約の時に今日って指定したから駄目だよ」
戸惑いながらもそう返すと、微かに舌打ちのような音がした。
「ギル?」
「だったら、俺を先に奴隷にしろよ。一人も二人も変わらねえだろ」
「いや、だってギルの場合、そんなことしたらもう……」
「いい。腹ならあの時もう括った」
狼狽える俺にも、ギルは全く揺らがなかった。
「それより、お前と離される可能性は潰しておきたい」
「ギル……」
「……好きだ」
囁く声は密やかに俺の鼓膜を震わせて、直ぐにまた唇が重なった。熱いギルの手が怪しく動き出し、足が俺の股間を優しく下から押し上げ、快感をもたらし始める。
「! ギ、ギルっ、ちょ、……っ、や、ここ、外っ……!!」
服の上からあからさまにいろんな場所を揉むように触られ、散らしきれなかった熱があっという間に股間へと戻ってくる。
「だめ、だって……、い、やだ!」
「なら、先に冒険者組合で必要なものを揃えるんだな?」
それは念押しの確認だった。首を横に振る限りは止めてやらないと言わんばかりの言葉に絶句する。
ヒューイ、とかすれた声が俺を呼ぶ。頼み込むようなその声色に、俺はどうしようも無くなって小さく叫んでいた。
「分かった、分かったから!」
こんな、隠れるわけでもないような普通の場所で行為に及ぶ度胸はない。路地裏とは言っても、往来がないわけではないのだ。変なのに見られるのも絡まれるのも困る。
「先に組合に行って拘束具の手配をするから……!」
宥めすかすようにしてギルの交換条件を飲み、これ以上気が昂るのを抑え込んだ。
ギルの手と身体が離れていく。身体は正直不満だが、ここで流されるわけにも行かなくて、俺は黙ってそれを見送った。
ため息をつきたいのを堪え、ギルを見上げる。目が合うと、指先で頬を撫でられた。その口元が綻んでいるのに気づき、なんとも言えない気持ちになる。
ギルの言っていることは、別におかしなことではない。俺とギルが何を気にすることなく安心して一緒に居続けるのなら、俺がギルを捕らえてしまい、犯罪奴隷としてその主人になることが一番良い。
賞金首としてのギルの魅力はそれで失せるし、犯罪奴隷といえども人の資産になったギルに手を出せばそれは犯罪になる。揉み消そうとしても、ギルのことは冒険者組合を介して手続きを行うから、かなりハードルは上がるはずだ。それだけ冒険者組合という組織とその建物内で適用される独特の規律と権力は強く、各都市毎に異なる法律や価値観には左右されない。ある種の治外法権なのだ。アジールという方が正しいかもしれない。その中において冒険者達は守られ、あるいは裁かれるわけだが、各都市の自警団や騎士団に引き渡されることがあったとしても、それはきちんとそうするに足る理由の裏付けが行われてからだし、俺がギルを犯罪奴隷として所有する場合においてもそうだが、全ての手続きはきっちり記録される。第三者が力ずくで介入し、事実をねじ曲げるのは難しいだろう。『Arkadia』で組合の徹底した情報管理を誇っていた職員がいたから、ここでも同じことが言えるはずだ。貴族の子女が相手であっても、牽制するに足るカードとなるだろう。ギルが俺の犯罪奴隷になることによって得られるメリットは多い。
王都ではギルを庇いきれなかったようだが、ここは王都ではないし、ギルも奴隷身分になる。良くも悪くも身分を管理されている奴隷を無理に奪おうとすればかなりの根回しや口封じが必要になるだろうことは想像に難くない。無実の罪をでっちあげることの出来る力があることを踏まえて完全に気を抜くことは出来ないだろうが、今までよりはずっと安全なはずだ。
ギルが潔白だとは言い難くなった以上、打てる手は打っておくべきだ。側に居たいのなら。居て欲しいのなら。誰かのものになる前に、誰のものでもなくなる前に、自分のものにしておかなければ。
でも、そうまでしてギルと居たいのかと自問する声が胸の中に浮かび上がる。今のままでもいいじゃないか、と。
ギルのことは、確かに好きだ。でも、離れ難くはあるが、離したくないのとは違う気がする。
だが、俺以外の人の手に落ちればギルはほぼ死ぬことになるだろう。それだけのことをしているわけだから。
それでも俺にとって、殺されると分かって、あるいは意に添わぬ拘束を受けるだろうことを知りながら、手放すことは容易ではない。彼の受けるだろう扱いへの憂慮は嘘ではないし、それに何より、俺はその時点でギルの心地のいい温もりや、彼がもたらす快感、全てを知られているというある種の安堵も失うことになる。
最初から全部うまく行っていた関係とは言い難いが、ギルを失ってまた誰かと一から信頼関係を築けるかどうかは疑問だ。ウィズワルドもあまりみだりに口にするものではないと言っていたし、マレビト……プレイヤーであることを明かす相手は十分吟味して選ばなければならない。それが表面上上手く付き合えている相手ならば尚のこと。
裏切りが怖い。その点、ギルなら始まりがもう底辺みたいなものだったわけで。
ギルは俺を良い獲物だったと評したが、ギルだって俺にとっては『この上なく条件のいい人間』なのだ。失うのは相当な痛手であることは間違いない。
きっと俺の気持ちは淡すぎるのだろう。だからギルを求め、縛り付けるに足る理由が欲しくて、自分の行いを正当化したくて仕方が無い。
ギルの人生を左右する選択を委ねられて、あと少し、踏ん切りがつかない。
「ヒューイ」
呼ばれ、顔を上げる。いや、元々上げていたが、目線を更に上げて目を合わせた。
暖かなギルの手が俺の顔を包む。間近で微笑んだギルは穏やかで、でも、眇めた目は実際の距離よりももう一歩深く、俺の中へと踏み込んできていた。
「手配するだけじゃなくて、ちゃんと俺につけろよ。やり方なら教えてやるから」
穏やかな声と顔で、まるで甘い言葉を紡ぐように唆さないでほしい。
「……悪魔の囁きを聞いてるみたいだ」
「安心しろ。堕ちるなら俺も一緒だ」
「それは頼もしいけど、ギルが俺を誑かしてるんでしょ」
直ぐにでもキスを仕掛けられそうな距離で、まるで内緒話でもしているかのように囁きあう。
「口説いてると言え」
じわ、と身体が熱くなるのは、興奮からだけじゃない。
行為の最中でもないのに胸が切なく疼くのは、その優しくて甘い痛みにぎゅっと喉元の方まで引っ張られて目の奥にこみ上げてくるのは、さっきまで止まっていた俺の気持ちが懸命に鼓動して、俺の鈍い思考を叱咤しているからだ。
ギルがいいんだ、と。
「……一生奴隷になるのに、いいの?」
「長生きするとは限らねえだろ」
人の気配のほぼ無い周囲に更に気をつけて小さく発した言葉は、ギルの呆れを含んだ穏やかな声に溶けた。
「自殺は禁止されるが、例えばお前を庇って死ぬのは問題ないらしいしな」
犯罪奴隷としてはまずあり得ないくたばり方だが、と付け加えてギルが小さく笑う。
なんでもないことのように言うけど、内容はかなり暗い。
胸がざわつき、緊張からなのか、きゅっと心臓が締め付けられる痛みに妙な切なささえ感じる。
今となってはギルの罪状が不当であるとは言えない。でっち上げられた分はともかく、ギルの犯して来たことをなかったことにはできない。ギルは然るべき罰を受けねばならなず、その罰がもっとも軽く済むとすれば、それは俺がギルの主人になること以外ない。
ギルは根っからの悪人というわけではないし、結果として義賊と言われている部分もあるのだから情状酌量の余地はあるはずだ。そう考えないと、やりきれない。発端となる出来事がなければ、ギルが犯罪奴隷になることもなかったはずだから。
でも、そうでなければ俺とギルは今こうしてはいなかっただろう。その今を大事に思うなら、今出来る最大限のことをしておくべきか。思う未来へ向かうために。
「……なんでそう、あっさりしてるかな」
「どうせお前に拾われなけりゃあのままくたばってたんだ。遅かれ早かれ同じことになるんなら、かったるいことはとっとと済ますに限るだろ」
「命やらなんやら全部を預けられるこっちの身にもなってよ」
「お前がそういう奴だからそう決めたんだ」
ギルはそう言ってにやりと笑った。さっきまでしおらしかったのに、今度は俺が頭を抱えることになっている。
なんとなく釈然としないものを感じながらも、諦めにも似た清々しさを感じた。
ギルがいいというなら、命を預かるくらいやってもいいか。そんな風に、捨て鉢になったようなやさぐれた楽しさがふつりと湧き上がる。
どことなく浮ついた感覚があるのも本当のところで、俺は密かに「結婚するみたいだな」と思った。
呑気度は俺の方が相当酷いかもしれない。
頭が沸いているまま結婚指輪にしては些か物々しい拘束具を仕入れ、面倒臭がり無言で急かすギルに教えられるまま彼の両手を拘束具で一つにまとめた俺は、はっきり言わなくてもかなり浮いていた。
冒険者組合で珍妙かつ静か極まりない『捕り物』を終え、俄かにざわつき他の人からの視線をほしいままにした受付から奥の部屋へと通された先で、ギルの犯罪奴隷としての手続きが行われた。散々暴れまわって作り上げた罪状に反し本人がおとなしいことに職員は逆に怯えていたが、ギルを大人しくさせられるほど俺は「すごい」のかと一纏めにして畏怖の目を向けるのは止めて欲しかった。大したことないですから。
「それでは今から本人かどうかの照合作業と幾つかの確認を行います」
ギルの持ち物の中には指名手配された時まで使っていた冒険者組合のIDタグがきちんと仕舞われていて、本人確認はあっさりと済んだ。その際、ギルの名前が『ギルローグ・クライム』であることなんかをさらっと知ったが、犯罪奴隷になると名前を剥奪されるらしく、俺は改めてギルをギルと名付けることになった。『Arkadia』じゃ賞金首を奴隷にすることなんてなかったから新鮮だった。
「……本当に賞金を捨てて奴隷とするつもりで?」
訝るような職員の視線、まあこういう反応になるだろうなと思いながらもはっきりと頷く。
「……ギルローグ・クライム……いえ、この者の場合、生かして捕獲出来た際は王都への引き渡しが望ましいとされております。勿論賞金と引き換えですから、賞金を受け取らないのであれば拒否も出来ますし、奴隷として貴方の資産にすることにはなんの咎めもありませんが……それでも?」
「はい。彼は俺の奴隷として登録してください」
「……冒険者組合の口座や、この者の持つ回収出来うる限りの財産は全て没収されます。クラン名義の口座についても、何割か引かれてしまうことになりますよ? 賞金首として引き渡していただければ、全て貴方のものになりますが……」
「いえ、もう決めたので」
「はあ。かしこまりました」
職員が首を傾げつつも手続きを進めてくれる。タグを見れば分かることだが、俺とギルはクランとしてゼクスシュタインから来たわけで、けれど仲間を裏切ると言うには、俺たちがクランとして活動した期間はあまりにも短い。【宵朱】として受けた依頼は護衛しかないのだから、俺まで疑われるのは仕方が無いだろう。勿論、俺のことについても調べられたし、ゼクスシュタインの職員の方にも人となりだとか、怪しいところがなかったかの確認が行われた。俺が冒険者になった経緯についてはフィズィの紹介状があったし、エルフの彼が保証人のようなものだから一応疑いは晴れたが。
今までギルと受けた依頼の報酬は全て半分ずつにしていたし、単純にお金が減るのは痛いかもしれないが、お金は稼げばいい。暫くはウィズワルドのところでお世話になる予定だし、直ぐに貯まるだろうし。
「……話は終わったかぁ? んじゃ、やってくぞ」
奴隷を奴隷とするための隷属魔法を施すために待機していた術者がギルへと向き合う。拘束具をつけられたギルは力なく床に座り込んでいて心配だったけど、苦痛を与えられているわけではないそうなので、俺は職員に言われるまま、隷属魔法へ付与する効果についての説明を受けた。
「犯罪奴隷には、他の一般的な奴隷とは異なり、恋愛や所帯を持つなど、ほぼ一切の自由はありません。全てが主人となる貴方の采配により決定されます。犯罪奴隷に限っては、奴隷に何かを強要することは罪には問われません。殺すことさえもです。
それから、隷属魔法には奴隷を縛る様々な魔法を組み込むことが出来ます。一般的には主人に対する魅了であったり、飼い慣らす類のものがそれですね。犯罪奴隷の場合ですと攻撃的な行動が一切できなくなるようにすることも可能です」
真面目な話に耳を傾けるも、なにやら隣から呻き声が聞こえ始め、俺の意識はそちらへと奪われた。
「くっ……は、ァっ」
ギルは術者の指先に喘ぎそうになるのを堪えながらも堪え切れずに呻き、色気を放っていた。魔法が使われていることは淡く光る術者の指先を見れば分かるのだが、扇情的なギルの姿に、いかがわしいことをされているような気がして喉が鳴った。
「あれは別におかしなことではありませんよ」
釘付けになっている俺に、職員がなにをしているのかを説明してくれる。隷属魔法を施す過程でどうしても快感が生まれるらしく、皆快感に身を捩るものらしい。
俺は艶めかしい姿から目が反らせなくて、手続きを早く済ませたいらしい職員に怒られてしまった。
だってギルのあんな姿、見たことなかったんだから仕方が無い。俺がギルに何かしようとすると、いつもそれ以上に攻められてわけがわからない状態にまで持って行かれてしまうのだ。
話を聞いてみると、魔力と魔力の摩擦でそういうことが起こるらしい。ギルは魔法が使えないと言っていたが、実際のところ冒険者登録も出来ているわけで、魔力そのものや『魔紋』はあるのだ。スキルでもそういうことがあるのだが、恐らくギルのギフトは戦闘に関する能力が得られる代わりに魔法が使えなくなるようなものだったのだろう。
魔力というのは干渉していくと、精神や心の有り様というものを通り越して魂に影響を与えるのだと言う。一時的に人の気持ちを操作する魔法やスキルとは異なり、隷属魔法は永続的にその効果が続く強い魔法で、魂に契約を刻み込む。だから使い手やその立場が厳格に決められているそうだ。
じっと快感に耐えるギルの色っぽい声を聞きながら、俺は無理矢理、引き剥がすようにして顔を背け、書類へと目を落とした。凄く見ていたいけど、これはギルの人生に関わる一大事なのだ。俺がその全てを貰うことになるのだから、しっかりしないといけない。
隷属魔法に込める契約だが、俺はギルの能力を制限しなかった。勿論、基本的に犯罪奴隷は他者に危害を加えられないようにされるが、俺たちは冒険者だし、依頼で戦えないと困るからだ。
幸い隷属魔法は特殊な魔法だから、人に危害を加えることを楽しまない限り反応しないようにも出来た。具体的には、自衛と、俺や他人を守るための行動を制限しないようにしておいたのだ。勿論武器の所持も許可だ。今のままでは所持品も没収されてしまうらしく、どれくらい払えば回収できるかを聞くと職員には珍獣でも見るような目を向けられた。まあ、『Arkadia』でこんな話を聞いたら俺だって似たようなリアクションをしていたことだろうから、苦笑を浮かべるだけに留めたが。
ギルの装備品の対価は俺の口座から引き落として貰うことにして、書類作成の作業を続ける。
俺が内密にしたいと思うことについては口外できなくなるという内容だけを吟味してサインをすると、契約内容と俺のサインが紙から剥がれるようにして浮き上がり、ギルに施された隷属魔法へと重なって行く。全ての内容がギルの中に溶けるように入っていくと、最後に、主人登録のために魔力を流すように言われた。
快感に耐え切り、それでも限界まで高められてしまった性感に震えるギルを見やる。立ってられなくて殆ど寝そべっているその姿を見下ろすと、なんだか妙な気になってきてしまうような気がして、俺は深呼吸をしてそれを振り払った。
膝をつき、朦朧としながらも俺に焦点を合わせようとするギルに少し微笑む。無闇に触れると辛そうだから、拘束具で纏められた腕に手を潜らせて、その胸元へ触れた。
「っ、あ、――っ!!!」
小さく、ギルが呻く。歯を食いしばって、暴れたいのを抑え込むように不自然に身体が痙攣し、俺が抱きしめて抑えるまでにギルにしがみつかれた。
まるで痛みを堪えるような表情に術者を見やる。俺の視線を受け、様子を見ていた術者はにっこりと笑った。
「ああ、この瞬間は意識が飛ぶほどの快感がある。ここまで耐えてみせる奴も珍しいが、気分は最高に気持ちいいはずだ」
「……はあ……」
「手続きは以上で終了です。こちらが奴隷用のタグです。本人確認の仕方は各組合と同じですが、主人が触れた場合に限り全情報の開示が可能です。
……それでは、私はこれで。奴隷が落ち着き次第退去をお願いします」
なにやらにまにまとする術者に対し、職員はやけに淡々と必要なくなった拘束具を外し始める。タグを受け取って、確かにギルの情報が登録されているのを確認し、そういうものなのかと思いつつ、ギルにしがみつかれたまま返事をする。
「精々お楽しみください」
なんだかやけに暖かくない視線が突き刺さり、困惑している間に仕事を終えた職員は出て行ってしまった。
……なんだったんだ?
術者に目配せをすると、こちらは一転して楽しそうにからからと笑っていた。
「犯罪奴隷で楽しむ輩の話は聞いていたけど、実際に目にするのは初めてだわ。いやー、アンタ、大人しそうな見てくれの割りにいい趣味してんね」
「はっ?!」
「覚えとけよ。わざわざ賞金首捕まえといて手元に置いとくなんざ、好き者にしか見られねえってな。まあ、そいつは嫌に大人しかったから? 俺としては仕事がしやすくて何よりだったけど? 既に教育済みかと勘ぐられても仕方ねえぞ」
まあ空気的に違うのは少し見てりゃ分かるが、それでも噂を立てられるのは止めようがねえからな。
そんな風にからからと笑って、術者は楽しそうに「ごゆっくり」と言い放つと、上機嫌で部屋から出て行った。
途方にくれた俺が縋るあてなんて、ギルしかないわけで。
そっと俺にしがみついたまま息を整えるその背に手を回すと、不機嫌にも思える濁った声が俺の肌を擦っていった。
「ぎ、ギル……」
「あー……」
疲れ切った声に「大丈夫?」と背を撫でると、「なんとかな」と返事が来る。ギルはさっきの俺の手でイってしまったらしく、俺はそっと股間に手を置いて清めた。
「っ……お前な……」
「え? なんか問題あった?」
首を傾げると、かぷりと唇を甘噛みされる。
「全身くまなく弄られたみてえになって、まだ気が立ってんだ。こういうことすると誘ってんのかと思うだろ」
ぐい、と手を引っ張られ、離しかけていた手をもう一度、ギルのものの上に導かれる。
「わっ」
思わず手に力を込めると、ギルが踏ん張るような息を漏らした。顔を見れば、どこかとろんとした目で俺を見つめるギルが居て。
じっと見つめ合い、それから抱きしめられた。解放された手を伸ばし、俺もギルの身体に手を回す。
「……好きだ」
呟きとともに顔が近づいてくる。
「俺も……好き」
俺はなんともこそばゆい気持ちになりながらも、こみ上げてくるもののままにはにかんだ。
唇が触れ合い、小さく浮かべた笑みが優しく潰れる。その感触に、淡い想いが花開くように色づいた気がした。
好きだと口にしたのはギルの方が早かったのに、俺が好きだと言ったら無反応なのはちょっと酷いと思う。
「……、は、はやくシズを迎えに行こ」
ウィズワルドのホームからそこまで離れていないこんな場所で何をもじもじしているのだろうと、ギルに背を向けて表通りへ戻るべく歩を進める。視線を下げて石畳を凝視すると、少し早足な俺に合わせて歩くアドルフが見えた。少しだけ速度を落とし、その背中を撫でてやる。
それで意識のそれた俺を、後ろから一気に距離を詰めたギルが抱え、そのまま、石造りの家の外壁に押し付けられた。丁度外に突き出した部分の陰に隠れ、横からなら俺たちの姿は見えなくなる。
容赦のない力だった割に叩きつけられたわけじゃないことにギルらしさを感じながらも、驚きで身体が竦んでしまう。その隙をつくようにしてギルは俺の顔を覗き込むようにして口づけてきた。
「っ、ん?!」
ここで? と俺が混乱していると、ギルは俺の脚の間に自分の右膝を割り込ませて、もどかしそうに俺をきつく抱きしめた。
「ん、ん、……っ、ん、ぎ、る、」
「……ヒューイ……っ」
どうにか抵抗を試みるも、それが悪いのかより一層動きを封じるように抱き込まれ、ただただ唇を奪われ、口内を貪られる。密着した身体。顔の辺りに籠るリップノイズと息遣いと、唾液の跳ねる音がやけに響いて聞こえた。何かを吸い取られそうな勢いがあるのに、不意にたまらなく柔らかな触れ合いに代わり、その強弱に翻弄される。完全にギルのペースだった。
じわりと身体が熱くなり、身体の内側で甘い快感がきらめき始める。これ以上はと思ったところでようやくギルはキスを止めてくれた。
「は……」
遠慮なくぐいぐいと俺の股座に入り込んだギルの膝の上に体重を乗せながら、逞しい腕の中で息を整える。まだ取り返しがつくとは言え直ぐには下がり切らない熱を散らせているのに、ギルは俺の耳に唇を当てると、そのままそこで声を震わせた。
「なあ、シズを迎えに行くのは明日でもいいだろ」
「っ……な、なんで? 仮契約の時に今日って指定したから駄目だよ」
戸惑いながらもそう返すと、微かに舌打ちのような音がした。
「ギル?」
「だったら、俺を先に奴隷にしろよ。一人も二人も変わらねえだろ」
「いや、だってギルの場合、そんなことしたらもう……」
「いい。腹ならあの時もう括った」
狼狽える俺にも、ギルは全く揺らがなかった。
「それより、お前と離される可能性は潰しておきたい」
「ギル……」
「……好きだ」
囁く声は密やかに俺の鼓膜を震わせて、直ぐにまた唇が重なった。熱いギルの手が怪しく動き出し、足が俺の股間を優しく下から押し上げ、快感をもたらし始める。
「! ギ、ギルっ、ちょ、……っ、や、ここ、外っ……!!」
服の上からあからさまにいろんな場所を揉むように触られ、散らしきれなかった熱があっという間に股間へと戻ってくる。
「だめ、だって……、い、やだ!」
「なら、先に冒険者組合で必要なものを揃えるんだな?」
それは念押しの確認だった。首を横に振る限りは止めてやらないと言わんばかりの言葉に絶句する。
ヒューイ、とかすれた声が俺を呼ぶ。頼み込むようなその声色に、俺はどうしようも無くなって小さく叫んでいた。
「分かった、分かったから!」
こんな、隠れるわけでもないような普通の場所で行為に及ぶ度胸はない。路地裏とは言っても、往来がないわけではないのだ。変なのに見られるのも絡まれるのも困る。
「先に組合に行って拘束具の手配をするから……!」
宥めすかすようにしてギルの交換条件を飲み、これ以上気が昂るのを抑え込んだ。
ギルの手と身体が離れていく。身体は正直不満だが、ここで流されるわけにも行かなくて、俺は黙ってそれを見送った。
ため息をつきたいのを堪え、ギルを見上げる。目が合うと、指先で頬を撫でられた。その口元が綻んでいるのに気づき、なんとも言えない気持ちになる。
ギルの言っていることは、別におかしなことではない。俺とギルが何を気にすることなく安心して一緒に居続けるのなら、俺がギルを捕らえてしまい、犯罪奴隷としてその主人になることが一番良い。
賞金首としてのギルの魅力はそれで失せるし、犯罪奴隷といえども人の資産になったギルに手を出せばそれは犯罪になる。揉み消そうとしても、ギルのことは冒険者組合を介して手続きを行うから、かなりハードルは上がるはずだ。それだけ冒険者組合という組織とその建物内で適用される独特の規律と権力は強く、各都市毎に異なる法律や価値観には左右されない。ある種の治外法権なのだ。アジールという方が正しいかもしれない。その中において冒険者達は守られ、あるいは裁かれるわけだが、各都市の自警団や騎士団に引き渡されることがあったとしても、それはきちんとそうするに足る理由の裏付けが行われてからだし、俺がギルを犯罪奴隷として所有する場合においてもそうだが、全ての手続きはきっちり記録される。第三者が力ずくで介入し、事実をねじ曲げるのは難しいだろう。『Arkadia』で組合の徹底した情報管理を誇っていた職員がいたから、ここでも同じことが言えるはずだ。貴族の子女が相手であっても、牽制するに足るカードとなるだろう。ギルが俺の犯罪奴隷になることによって得られるメリットは多い。
王都ではギルを庇いきれなかったようだが、ここは王都ではないし、ギルも奴隷身分になる。良くも悪くも身分を管理されている奴隷を無理に奪おうとすればかなりの根回しや口封じが必要になるだろうことは想像に難くない。無実の罪をでっちあげることの出来る力があることを踏まえて完全に気を抜くことは出来ないだろうが、今までよりはずっと安全なはずだ。
ギルが潔白だとは言い難くなった以上、打てる手は打っておくべきだ。側に居たいのなら。居て欲しいのなら。誰かのものになる前に、誰のものでもなくなる前に、自分のものにしておかなければ。
でも、そうまでしてギルと居たいのかと自問する声が胸の中に浮かび上がる。今のままでもいいじゃないか、と。
ギルのことは、確かに好きだ。でも、離れ難くはあるが、離したくないのとは違う気がする。
だが、俺以外の人の手に落ちればギルはほぼ死ぬことになるだろう。それだけのことをしているわけだから。
それでも俺にとって、殺されると分かって、あるいは意に添わぬ拘束を受けるだろうことを知りながら、手放すことは容易ではない。彼の受けるだろう扱いへの憂慮は嘘ではないし、それに何より、俺はその時点でギルの心地のいい温もりや、彼がもたらす快感、全てを知られているというある種の安堵も失うことになる。
最初から全部うまく行っていた関係とは言い難いが、ギルを失ってまた誰かと一から信頼関係を築けるかどうかは疑問だ。ウィズワルドもあまりみだりに口にするものではないと言っていたし、マレビト……プレイヤーであることを明かす相手は十分吟味して選ばなければならない。それが表面上上手く付き合えている相手ならば尚のこと。
裏切りが怖い。その点、ギルなら始まりがもう底辺みたいなものだったわけで。
ギルは俺を良い獲物だったと評したが、ギルだって俺にとっては『この上なく条件のいい人間』なのだ。失うのは相当な痛手であることは間違いない。
きっと俺の気持ちは淡すぎるのだろう。だからギルを求め、縛り付けるに足る理由が欲しくて、自分の行いを正当化したくて仕方が無い。
ギルの人生を左右する選択を委ねられて、あと少し、踏ん切りがつかない。
「ヒューイ」
呼ばれ、顔を上げる。いや、元々上げていたが、目線を更に上げて目を合わせた。
暖かなギルの手が俺の顔を包む。間近で微笑んだギルは穏やかで、でも、眇めた目は実際の距離よりももう一歩深く、俺の中へと踏み込んできていた。
「手配するだけじゃなくて、ちゃんと俺につけろよ。やり方なら教えてやるから」
穏やかな声と顔で、まるで甘い言葉を紡ぐように唆さないでほしい。
「……悪魔の囁きを聞いてるみたいだ」
「安心しろ。堕ちるなら俺も一緒だ」
「それは頼もしいけど、ギルが俺を誑かしてるんでしょ」
直ぐにでもキスを仕掛けられそうな距離で、まるで内緒話でもしているかのように囁きあう。
「口説いてると言え」
じわ、と身体が熱くなるのは、興奮からだけじゃない。
行為の最中でもないのに胸が切なく疼くのは、その優しくて甘い痛みにぎゅっと喉元の方まで引っ張られて目の奥にこみ上げてくるのは、さっきまで止まっていた俺の気持ちが懸命に鼓動して、俺の鈍い思考を叱咤しているからだ。
ギルがいいんだ、と。
「……一生奴隷になるのに、いいの?」
「長生きするとは限らねえだろ」
人の気配のほぼ無い周囲に更に気をつけて小さく発した言葉は、ギルの呆れを含んだ穏やかな声に溶けた。
「自殺は禁止されるが、例えばお前を庇って死ぬのは問題ないらしいしな」
犯罪奴隷としてはまずあり得ないくたばり方だが、と付け加えてギルが小さく笑う。
なんでもないことのように言うけど、内容はかなり暗い。
胸がざわつき、緊張からなのか、きゅっと心臓が締め付けられる痛みに妙な切なささえ感じる。
今となってはギルの罪状が不当であるとは言えない。でっち上げられた分はともかく、ギルの犯して来たことをなかったことにはできない。ギルは然るべき罰を受けねばならなず、その罰がもっとも軽く済むとすれば、それは俺がギルの主人になること以外ない。
ギルは根っからの悪人というわけではないし、結果として義賊と言われている部分もあるのだから情状酌量の余地はあるはずだ。そう考えないと、やりきれない。発端となる出来事がなければ、ギルが犯罪奴隷になることもなかったはずだから。
でも、そうでなければ俺とギルは今こうしてはいなかっただろう。その今を大事に思うなら、今出来る最大限のことをしておくべきか。思う未来へ向かうために。
「……なんでそう、あっさりしてるかな」
「どうせお前に拾われなけりゃあのままくたばってたんだ。遅かれ早かれ同じことになるんなら、かったるいことはとっとと済ますに限るだろ」
「命やらなんやら全部を預けられるこっちの身にもなってよ」
「お前がそういう奴だからそう決めたんだ」
ギルはそう言ってにやりと笑った。さっきまでしおらしかったのに、今度は俺が頭を抱えることになっている。
なんとなく釈然としないものを感じながらも、諦めにも似た清々しさを感じた。
ギルがいいというなら、命を預かるくらいやってもいいか。そんな風に、捨て鉢になったようなやさぐれた楽しさがふつりと湧き上がる。
どことなく浮ついた感覚があるのも本当のところで、俺は密かに「結婚するみたいだな」と思った。
呑気度は俺の方が相当酷いかもしれない。
頭が沸いているまま結婚指輪にしては些か物々しい拘束具を仕入れ、面倒臭がり無言で急かすギルに教えられるまま彼の両手を拘束具で一つにまとめた俺は、はっきり言わなくてもかなり浮いていた。
冒険者組合で珍妙かつ静か極まりない『捕り物』を終え、俄かにざわつき他の人からの視線をほしいままにした受付から奥の部屋へと通された先で、ギルの犯罪奴隷としての手続きが行われた。散々暴れまわって作り上げた罪状に反し本人がおとなしいことに職員は逆に怯えていたが、ギルを大人しくさせられるほど俺は「すごい」のかと一纏めにして畏怖の目を向けるのは止めて欲しかった。大したことないですから。
「それでは今から本人かどうかの照合作業と幾つかの確認を行います」
ギルの持ち物の中には指名手配された時まで使っていた冒険者組合のIDタグがきちんと仕舞われていて、本人確認はあっさりと済んだ。その際、ギルの名前が『ギルローグ・クライム』であることなんかをさらっと知ったが、犯罪奴隷になると名前を剥奪されるらしく、俺は改めてギルをギルと名付けることになった。『Arkadia』じゃ賞金首を奴隷にすることなんてなかったから新鮮だった。
「……本当に賞金を捨てて奴隷とするつもりで?」
訝るような職員の視線、まあこういう反応になるだろうなと思いながらもはっきりと頷く。
「……ギルローグ・クライム……いえ、この者の場合、生かして捕獲出来た際は王都への引き渡しが望ましいとされております。勿論賞金と引き換えですから、賞金を受け取らないのであれば拒否も出来ますし、奴隷として貴方の資産にすることにはなんの咎めもありませんが……それでも?」
「はい。彼は俺の奴隷として登録してください」
「……冒険者組合の口座や、この者の持つ回収出来うる限りの財産は全て没収されます。クラン名義の口座についても、何割か引かれてしまうことになりますよ? 賞金首として引き渡していただければ、全て貴方のものになりますが……」
「いえ、もう決めたので」
「はあ。かしこまりました」
職員が首を傾げつつも手続きを進めてくれる。タグを見れば分かることだが、俺とギルはクランとしてゼクスシュタインから来たわけで、けれど仲間を裏切ると言うには、俺たちがクランとして活動した期間はあまりにも短い。【宵朱】として受けた依頼は護衛しかないのだから、俺まで疑われるのは仕方が無いだろう。勿論、俺のことについても調べられたし、ゼクスシュタインの職員の方にも人となりだとか、怪しいところがなかったかの確認が行われた。俺が冒険者になった経緯についてはフィズィの紹介状があったし、エルフの彼が保証人のようなものだから一応疑いは晴れたが。
今までギルと受けた依頼の報酬は全て半分ずつにしていたし、単純にお金が減るのは痛いかもしれないが、お金は稼げばいい。暫くはウィズワルドのところでお世話になる予定だし、直ぐに貯まるだろうし。
「……話は終わったかぁ? んじゃ、やってくぞ」
奴隷を奴隷とするための隷属魔法を施すために待機していた術者がギルへと向き合う。拘束具をつけられたギルは力なく床に座り込んでいて心配だったけど、苦痛を与えられているわけではないそうなので、俺は職員に言われるまま、隷属魔法へ付与する効果についての説明を受けた。
「犯罪奴隷には、他の一般的な奴隷とは異なり、恋愛や所帯を持つなど、ほぼ一切の自由はありません。全てが主人となる貴方の采配により決定されます。犯罪奴隷に限っては、奴隷に何かを強要することは罪には問われません。殺すことさえもです。
それから、隷属魔法には奴隷を縛る様々な魔法を組み込むことが出来ます。一般的には主人に対する魅了であったり、飼い慣らす類のものがそれですね。犯罪奴隷の場合ですと攻撃的な行動が一切できなくなるようにすることも可能です」
真面目な話に耳を傾けるも、なにやら隣から呻き声が聞こえ始め、俺の意識はそちらへと奪われた。
「くっ……は、ァっ」
ギルは術者の指先に喘ぎそうになるのを堪えながらも堪え切れずに呻き、色気を放っていた。魔法が使われていることは淡く光る術者の指先を見れば分かるのだが、扇情的なギルの姿に、いかがわしいことをされているような気がして喉が鳴った。
「あれは別におかしなことではありませんよ」
釘付けになっている俺に、職員がなにをしているのかを説明してくれる。隷属魔法を施す過程でどうしても快感が生まれるらしく、皆快感に身を捩るものらしい。
俺は艶めかしい姿から目が反らせなくて、手続きを早く済ませたいらしい職員に怒られてしまった。
だってギルのあんな姿、見たことなかったんだから仕方が無い。俺がギルに何かしようとすると、いつもそれ以上に攻められてわけがわからない状態にまで持って行かれてしまうのだ。
話を聞いてみると、魔力と魔力の摩擦でそういうことが起こるらしい。ギルは魔法が使えないと言っていたが、実際のところ冒険者登録も出来ているわけで、魔力そのものや『魔紋』はあるのだ。スキルでもそういうことがあるのだが、恐らくギルのギフトは戦闘に関する能力が得られる代わりに魔法が使えなくなるようなものだったのだろう。
魔力というのは干渉していくと、精神や心の有り様というものを通り越して魂に影響を与えるのだと言う。一時的に人の気持ちを操作する魔法やスキルとは異なり、隷属魔法は永続的にその効果が続く強い魔法で、魂に契約を刻み込む。だから使い手やその立場が厳格に決められているそうだ。
じっと快感に耐えるギルの色っぽい声を聞きながら、俺は無理矢理、引き剥がすようにして顔を背け、書類へと目を落とした。凄く見ていたいけど、これはギルの人生に関わる一大事なのだ。俺がその全てを貰うことになるのだから、しっかりしないといけない。
隷属魔法に込める契約だが、俺はギルの能力を制限しなかった。勿論、基本的に犯罪奴隷は他者に危害を加えられないようにされるが、俺たちは冒険者だし、依頼で戦えないと困るからだ。
幸い隷属魔法は特殊な魔法だから、人に危害を加えることを楽しまない限り反応しないようにも出来た。具体的には、自衛と、俺や他人を守るための行動を制限しないようにしておいたのだ。勿論武器の所持も許可だ。今のままでは所持品も没収されてしまうらしく、どれくらい払えば回収できるかを聞くと職員には珍獣でも見るような目を向けられた。まあ、『Arkadia』でこんな話を聞いたら俺だって似たようなリアクションをしていたことだろうから、苦笑を浮かべるだけに留めたが。
ギルの装備品の対価は俺の口座から引き落として貰うことにして、書類作成の作業を続ける。
俺が内密にしたいと思うことについては口外できなくなるという内容だけを吟味してサインをすると、契約内容と俺のサインが紙から剥がれるようにして浮き上がり、ギルに施された隷属魔法へと重なって行く。全ての内容がギルの中に溶けるように入っていくと、最後に、主人登録のために魔力を流すように言われた。
快感に耐え切り、それでも限界まで高められてしまった性感に震えるギルを見やる。立ってられなくて殆ど寝そべっているその姿を見下ろすと、なんだか妙な気になってきてしまうような気がして、俺は深呼吸をしてそれを振り払った。
膝をつき、朦朧としながらも俺に焦点を合わせようとするギルに少し微笑む。無闇に触れると辛そうだから、拘束具で纏められた腕に手を潜らせて、その胸元へ触れた。
「っ、あ、――っ!!!」
小さく、ギルが呻く。歯を食いしばって、暴れたいのを抑え込むように不自然に身体が痙攣し、俺が抱きしめて抑えるまでにギルにしがみつかれた。
まるで痛みを堪えるような表情に術者を見やる。俺の視線を受け、様子を見ていた術者はにっこりと笑った。
「ああ、この瞬間は意識が飛ぶほどの快感がある。ここまで耐えてみせる奴も珍しいが、気分は最高に気持ちいいはずだ」
「……はあ……」
「手続きは以上で終了です。こちらが奴隷用のタグです。本人確認の仕方は各組合と同じですが、主人が触れた場合に限り全情報の開示が可能です。
……それでは、私はこれで。奴隷が落ち着き次第退去をお願いします」
なにやらにまにまとする術者に対し、職員はやけに淡々と必要なくなった拘束具を外し始める。タグを受け取って、確かにギルの情報が登録されているのを確認し、そういうものなのかと思いつつ、ギルにしがみつかれたまま返事をする。
「精々お楽しみください」
なんだかやけに暖かくない視線が突き刺さり、困惑している間に仕事を終えた職員は出て行ってしまった。
……なんだったんだ?
術者に目配せをすると、こちらは一転して楽しそうにからからと笑っていた。
「犯罪奴隷で楽しむ輩の話は聞いていたけど、実際に目にするのは初めてだわ。いやー、アンタ、大人しそうな見てくれの割りにいい趣味してんね」
「はっ?!」
「覚えとけよ。わざわざ賞金首捕まえといて手元に置いとくなんざ、好き者にしか見られねえってな。まあ、そいつは嫌に大人しかったから? 俺としては仕事がしやすくて何よりだったけど? 既に教育済みかと勘ぐられても仕方ねえぞ」
まあ空気的に違うのは少し見てりゃ分かるが、それでも噂を立てられるのは止めようがねえからな。
そんな風にからからと笑って、術者は楽しそうに「ごゆっくり」と言い放つと、上機嫌で部屋から出て行った。
途方にくれた俺が縋るあてなんて、ギルしかないわけで。
そっと俺にしがみついたまま息を整えるその背に手を回すと、不機嫌にも思える濁った声が俺の肌を擦っていった。
「ぎ、ギル……」
「あー……」
疲れ切った声に「大丈夫?」と背を撫でると、「なんとかな」と返事が来る。ギルはさっきの俺の手でイってしまったらしく、俺はそっと股間に手を置いて清めた。
「っ……お前な……」
「え? なんか問題あった?」
首を傾げると、かぷりと唇を甘噛みされる。
「全身くまなく弄られたみてえになって、まだ気が立ってんだ。こういうことすると誘ってんのかと思うだろ」
ぐい、と手を引っ張られ、離しかけていた手をもう一度、ギルのものの上に導かれる。
「わっ」
思わず手に力を込めると、ギルが踏ん張るような息を漏らした。顔を見れば、どこかとろんとした目で俺を見つめるギルが居て。
じっと見つめ合い、それから抱きしめられた。解放された手を伸ばし、俺もギルの身体に手を回す。
「……好きだ」
呟きとともに顔が近づいてくる。
「俺も……好き」
俺はなんともこそばゆい気持ちになりながらも、こみ上げてくるもののままにはにかんだ。
唇が触れ合い、小さく浮かべた笑みが優しく潰れる。その感触に、淡い想いが花開くように色づいた気がした。
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