異世界スロースターター

宇野 肇

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二章 Walk, and Reach.

キャラバン(1)

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※ギル×ヒューイ×少年 の3Pがあります。メンタル的にはヒューイ総受けです。



 ゼクスシュタインを拠点にして二ヶ月と少し。この辺りははっきりとした四季がないから分かり難かったが、季節は冬に差し掛かろうとしていた。
 アドルフの運動を兼ねて討伐や採集依頼を請け負い、3日に一回はギルに求められ、そうこうしている間に樹生たつきへのメッセージを冒険者組合で掲示してもらい、装備は勿論服も新調し、金策のために生産組合にも登録してポーション作りに励み、そこそこの貯蓄もできた。
 次に目指すのはメインキャラのホームを設置していた、学術都市≪マギ≫。ギルと二人で目指した方が早くは着けるのだが、道中での野営は商人達の組むキャラバンに混じった方が心身共に疲労の程度は軽いというギルの言葉で、冒険者組合に護衛依頼が来るのを待っていたら少し滞在期間が延びた。
 
 キャラバンというのはこのアルカディアでは至る所で見られるものだ。盗賊は勿論、モンスターから身を守るために商人達が商業組合を通し、冒険者組合に護衛を依頼している。その冒険者たちの中から隊長が選出され、隊長の指示に従いながら、複数の商人達がまとまって目的地まで旅をするわけだ。ちなみに商人に混じり、戦う力や術を持たない一般人も同伴する場合がある。
 冒険者側としても目的地やその周辺へ向かうついでに請け負うことで金も稼げるため、美味しい話ではある。条件が良ければ水や食糧は商人側が提供してくれることもあるらしいから、腕の立つ冒険者であれば積極的に取りたい人気のある依頼だ。達成した依頼内容や数を鑑みてふるいにかけられるが、それでも取れないこともよくあるらしい。
 その競争率の高さをくぐり抜けるため、出来れば護衛の連携の兼ね合いでクランであることが望ましいという職員の話を聞き、俺はギルと共に新しくクラン名義のタグを作った。クランを立ち上げるのに二人と言うのも少ないのだが、何処かに身を寄せるには、俺たちは隠したいことが多すぎたためだ。幸いなのは、アドルフも戦力に数えられることだろうか。護衛依頼は多すぎても分前が減るから、大規模なクランである場合も匙加減が難しかったりする。……クランの名前は、随分悩んだ末【宵朱よいのあか】にした。ギルが完全に俺に丸投げした為、ギルをイメージして八つ当たり気味に決めたのだが、今はちょっと恥ずかしくて後悔していないこともない。

 それはそうと、狙ったキャラバンには上手く選んでもらうことができた。依頼は早い者勝ちではあるが、冒険者組合の職員がメンバーのバランスを考えて締め切ったり、話を振ってきたりすることもある。俺たちは戦力的にも連携的にもバランスがいいと言うことでそのまま通してもらえたのだ。回復職はいないが、補うだけのアイテムや、俺が薬草だのなんだのを現地調達できる程度の知識と技術を持っていたこともプラス要因だったと思う。生産組合のタグは納品したものの名前と数量が記録されているから、資格を持っている感覚でいろんな場面で使えたりする。これも信用を得るための手段の一つだ。

 長い間世話になり続けた宿を出る際、せめてもの礼として部屋を清め、チップを多めに渡しておいた。……俺の声は聞かれてないわけじゃなかったかもしれないけど、少なくとも滞在中、揶揄されることもなく快適に過ごせたから。

 商業組合の支部の前では、既に準備が整いつつあった。大きな積み荷と、人が乗る用の台車を引くのは、ラバだ。
 荷を引く動物は他にもロバだのラクダだのがあるが、マギまでの道のりはそこそこに長い。隊商はその都度野営の準備で少し時間を取るから、順調に行けば一ヶ月と少し。俺よりももっとモンスターを手懐ける技術と経験を持つ飼い馴らす者テイマーであれば、モンスターを代わりにすることもあると聞く。今回はそうではないらしいが、こういったことに適したモンスターというのは実は数が少ない。まず道は整備されているとは言ってもアスファルトのように滑らかではないし、モンスターの場合力や速度はあっても、それに耐えうるだけの台車を用意しなければならない。強い力、凄い速さで引っ張られ、積み荷が痛んでしまったりしては意味がなくなってしまう。なにより、そこに乗る人がそれに耐えられなくてはならないし、そうなるとある程度の訓練が必要だ。結局こういった隊商で使われるものとなると、とにかく丈夫で馬力は勿論、持久力があり、従順で温厚で……となるわけだ。そうなるとわざわざモンスターを採用するよりラバを使った方が早いわけで、ラバの機嫌さえ損ねなければ十分、旅はできるのである。

 話がそれた。

 今回はゼクスシュタインで作られた職人の作品と、奴隷商の扱う数人の奴隷の運搬の他に、マギの学校に入学するという子どもや、他にも都市間で行われている知識交換・交流のために錬金術師や薬師、鍛治師といった職人の護衛も依頼の中に含まれている。報酬の幾ばくかは彼らからも出されるそうで、個人的に雇えば高くついても、商人の隊商に乗っかればそれぞれの負担は少なくても済むいい案である。守る側としては人が多いというのは緊張するが、きらきらとした表情で準備をしている人を見ていると士気が上がる気がした。
「よーしじゃあ冒険者は一旦集まってくれー」
 招集がかかり、誰となしに円を描くように集合する。所々にできた隙間はそのまま、そこでクランが変わっているということだろう。
「じゃあ自己紹介を始める。名前は一発で覚えなくてもいいが、前衛後衛、攻撃手段くらいは頭の隅においとくように。ま、大体は装備見りゃ一発で分かるがな」
 そう切り出したのは、今回の依頼で隊長となった護衛慣れしている五人組のクラン、【明日知らず】の一人だった。クランでもリーダーなのだろう。男女比は4:1だが結成して長いらしく、安定感があった。商人達の覚えも良く、信頼されているらしい。
 その五人組の他には、三人組の【三つ叉蛇の舌先】と四人組の【遺跡巡り】だ。一気に顔と名前を覚えるのは難しく、俺は一発で覚えるのは早々に諦めた。

 自己紹介を終えると、今度は陣形や作戦についての話に移った。
 基本的には感知に秀でた者を隊商の先頭、真ん中、殿に置き、その人と連携を取れる人間を配置するという、まあお互い邪魔にならないようにほぼクランごとにばらける配置となった。
 俺とギル、アドルフはそれぞれ感知能力はあるものの、連携が取れることを優先して一つに固まってもいいと言われた。経験がないから先頭と殿は避けられ、配置されたのは中ほどで、職人たちが乗る台車の脇を固めることになった。
「隊商に近づくのはモンスターや盗賊以外にも、冒険者や賊に襲われて命からがら逃げてきたってやつもいる。敵意が確認できた場合はともかく、原則として遭遇した最初の一発は威嚇に留めておくこと。幸い各クラン遠距離での攻撃方法は持ってるからな。攻撃を開始するときも、できれば複数人が対象を敵だと判断してからが望ましい。余程余裕がない場合を除いて、独断専行は控えてくれ」
 隊長の言葉に各々頷き、隊商はゼクスシュタインの門を潜った。



 旅はとても順調だった。冒険者といえど護衛をするくらいだから皆腕はあるし、やたらに力を振りかざしたりはしない。馴れ合いほどではないが、そこそこに協調性があって、ハラハラすることはほとんどなかった。あまりにも平和だったから、俺は『気配感知』で周囲を警戒する他はラバの世話を手伝ったり、道端に生えているマギ草と鍋で赤と青両方のポーションを作って酔いの酷い人に配ったりと専ら隊商のケアに回っていた。寝ずの番も順繰りに行ったが、ギルの言った通り人数が多いおかげで起きている時間が短く、二人での道中よりは随分と楽だった。
 敵襲もあるにはあったが、モンスターは危なげなく倒したし、アドルフの餌に困らなくていいな、と思う位余裕があった。

 それが崩れたのは、ゼクスシュタインを経って10日後の昼のことだった。
 真昼間の平原に現れた複数の気配にすっと意識が研ぎ澄まされる。肌をひりひりと刺激する感覚。敵意が向けられている証拠だ。
「右側前方から三人です!」
 声を張り上げると、他のクランからも「確認」との声が上がる。
「ありゃ分かり易く盗賊だな。この辺をねぐらにしてる賞金首はいなかったはずだが」
「おうおう、見通しのいい場所で気配も隠さず自信満々なことで」
 【明日知らず】の二人の男がサポートに来てくれた。ただ、まだ距離は遠く、遠目に見える程度だ。風向きが味方してくれれば、声を張り上げれば届きそうな距離ではあるが。
「まずは威嚇でしたね」
「戦闘になんのもめんどくさいから、ビビらせろ。派手にやっていいぜ」
 攻撃許可を得て、ざっくりと狙いを定めて攻撃魔法をぶっ放す。威嚇の火炎は、間違いなく対象の間近で爆ぜるようにして着弾した。ふっと何かが身体から出ていくような感覚に見舞われる。懐かしいそれは、魔力を大きく消費すると起きる現象だ。
「いいぞ。コントロールもできるし威力もなかなかだ。やるじゃねえか」
「……だが、あっちは引く気はないらしいな」
 ギルの言葉に、こっくりと頷く。
「……次は、当てます。この距離なら他の人に当てる心配もないので」
「頼んだ」
 近づかれて敵味方入り乱れている最中に攻撃魔法をねじ込むのは至難の技だ。器用さを伸ばしていてもぶっつけ本番で行うわけにもいかないし。味方を攻撃するフレンドリーファイアなんてのは出会って間も無い俺たちにとってはそのまま信頼関係に直結する大問題だ。火炎の威嚇は、それで逃げればよし、逃げないなら……という、俺の心の準備のためのものに過ぎない。
 宣言通り、怯みながらも突っ込んできた幾人かは、カマイタチで切り裂かせてもらった。首や四肢が吹っ飛んだようにはみえなかったが、致死量のダメージは与えたはずだ。
「よし。このまま様子見だな。他に仕掛けられないとも限らん。まだ油断はするな」
 転がった身体を確認して、【明日知らず】の二人が先頭の方へ戻っていく。障害物排除完了、という声が遠かった。
 言われなくとも油断するつもりはなかった。倒れ伏す身体から目を離さなかったのは、まさしく油断しないために過ぎなかった。
 ギルに肩を叩かれ、隊商において行かれないように元の位置へ戻る。きゅんきゅんとアドルフが俺を気にしてくれるのを感じて、その身体を優しく叩いて応えた。
 あれ程恐れていた人殺しも、やろうと思えばできてしまうものなんだなと思うとため息が漏れた。目から鱗というか、どこか晴れた思考に困惑してしまう。
 一方で、強い実感こそ無いものの人を殺すつもりで魔法を放ち、恐らくはそれで殺しただろうことは得も言われぬ淀みのような気持ち悪さを心の底へ招き入れたが、後悔はしていなかった。
 これから関わりあっていく人の不信を買うより、名も知らぬ敵を切り捨てることを選んだ。そのことを、間違っていたとは思わない。
 直接身体で殺しを実感するよりは遥かにマシだったが、思考とは逆に薄っすらと霞がかったような気分の落ち込みは、野営準備に取り掛かる際に他の冒険者たちにあっさりばれた。が、特に厳しい言葉は何も言われなかった。
 冒険者にも向き不向きがあり、俺は人の命を奪うことに向かなかっただけだだとか、早い段階で危険を速やかに排除するだけの能力があることは評価するだとかそういう優しいものばかりで、俺は随分慰められたと思う。

 その日の寝ずの番は、最初にやらせてもらうことにした。眠たいようでいて目が冴えていた。
 『気配感知』は任意のタイミングで発動するアクティブスキルであり、常時発動し続けるパッシブスキルとしても使える。オンオフを任意に切り替えられるから、オンのつもりをしていれば寝ていても十分気配を読み取ることは可能だ。特に敵意や殺意であれば何をしていようが反応する自信はあった。
 ギルの方が上手だけど、この二ヶ月ほどでギルレベルの戦闘能力を持っている人間はあまりいないようだということも分かったし、脅威となるのはいわゆるギフト保持者くらいのものだろうと思っている。そしてギフト持ちだからといってそれが戦闘を有利にするものであるとは限らない。
 まあ、なんだ。要は、じっくりと物思いに耽る時間が欲しかったのだ。途中で気持ちを切り替えるのは難しい気がしたし、かと言って熟睡できる気がしないから朝方を受け持つと昼間が不安だし。
 俺の考えはすんなりと通った。皆俺よりは遥かに経験豊富だから、察してくれたのだろう。情けないなと思うものの、新人は皆通る道だからという慰めに思い切り甘えさせてもらった。
 火を絶やさないようにしながら、俺のすぐ横に大人しく座り込むアドルフの顎下を撫でる。ギルはそんな俺の頭を撫でた後、逆隣に腰掛けた。まだ寝静まるには早い時間だ。賊が襲ってくるとしてももう少し後になるだろうから、今警戒するのはモンスターだが、この辺でそこまで完璧に気配を殺せる個体は確認されていない。仮に俺が出来なくてもギルなら感知は可能だろうし、アドルフも鼻や耳がいいから取りこぼすこともないだろう。
 どちらかというと気持ちは燻るように熱していたが、どこか集中しきれないまま見張りとして受け持った時間は過ぎた。

 アドルフを荷台の側で休ませ、各クランにと提供されたティーピー――円錐形の移動式住居で、中で火を焚くことも出来るものだ――へ潜り込む。
「うわあ!」
 俺とギル以外には誰もいるはずがないそこで、俺はあるはずのない何かを踏みつけた。夜目がきくとはいえ一応携帯ランプに生活魔法で光を灯すのと殆ど同時で、ギルは飛び退くように後ずさった俺を受け止めたものの、相手を確認すると興味が失せたように寝床に潜り込んでいた。酷い。
「驚いた?」
 俺が踏みつけたのは毛布と、それにくるまっていた人間だった。その毛布を脱いで楽しそうに俺を見上げてきたのは、奴隷商に連れられていた奴隷の一人だ。数人乗り込んでいる奴隷たちは檻に折に入れられているわけじゃないから、隊商の動かない時間は自由にのびのびとしている。俺も何度か話したことがあった。
 黒髪、黒目に、しなやかな身体を持った少年。確か名前は――……
「シズ、だっけ」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな」
 まろやかな肌触りの腕が俺の首に回され、頬ずりを受ける。困惑しつつも腰を下ろすと、股座に乗っかられてしまった。
「ヒューイにはお世話になってるから、今度は僕がヒューイのお世話をってね」
「命令で?」
「半分はそうだけど、このために僕みたいなのが乗ってるわけで…… ね、大丈夫?」
 ギルに目をやっても助けてくれる素振りはなく、毛布に包まった静かな背中に仕方なく会話を続ける。艶のある表情の中にも俺への心配が見えて、少し力を抜いた。
「なにが?」
「ここ」
 さらりと股間を撫でられ、俺は飛び跳ねそうになった。シズの重みでそれもできず、ビクついただけで終わったが。
「なっ、なに」
「気持ちが昂ってるでしょ。そういうときはシとくとスッキリするよ」
「す、する?」
「そう、セックス」
 小さな声なのに、距離が無いせいで大きく聞こえる。思わず顔が赤くなったが、シズはそっと俺の胸に頬を寄せた。
「単純に、抜くと気分が切り替わるでしょ。それもあるんだけど、人肌に触れるっていうのが、気持ちを鎮めるんだって。だから……ね、しよ?」
 可愛らしく首を傾げる所作や表情まではっきりと見える。俺がもたついて答えに窮していると、シズは唇を尖らせた。
「男じゃダメ?」
 可愛い。可愛いが、シズは男だ。どう見ても男だ。俺より小さくてムキムキでもなく、どこか少女にも通じるような危うげな色気を纏い、俺を誘ってくるが、男なのだ。
「いや、ダメっていうか……」
「ああ、男は初めて? だいじょーぶ。自信あるよ? 気持ち良くなろうよ」
 ぐいぐいと俺の上で腰を動かしてくるシズに、股間が捏ね回されてあらぬ感覚が走る。慌てて腰を掴んだものの、俺の腕力ではシズを退けることは難しく、止む無く横に押し倒して身を引こうと試みた。
 が、膝をついてさあ距離を取ろうというところで、シズの両足がぎゅっと俺の腰に周り、俺の思惑は多いに外れてしまった。というか、逃げようとしているのがばれている。
「怖がらなくても大丈夫だよう。僕たち、ちゃんと教育受けてるし。他の奴は他の冒険者のところに行ってるからさ。ヒューイだけが特別じゃないんだよ? まあヒューイは今日、盗賊やっつけてからちょっといつもと違ってたし……余計心配だけど。でも、憂さ晴らししてすっきりしとかないとさ、もやもやしたものの捌け口が皆に向かうとお互い困るでしょ?」
 ナマケモノのようにぶら下がられ、重みに屈して押し倒したような形でシズを見下ろす。シズの言うことは正しいのだろう。ギルが止めに入ってこないのも、そういうことなのかもしれない。
 でも、ここでするのか? ギルの居るこの場所で?
 ちらりとギルを見ると、ギルは頬杖をついてこっちを見ていた。
「っ、ギル! 見てるなら助けてよ」
「そっちのお兄さんも混ざるう?」
「シズもっ そういうこと言わない!」
 一人慌てている俺に対し、二人はのんびりとしたものだった。
「……童貞捨てるにゃいい機会なんじゃねえ?」
「おおおおおお俺は童貞じゃないし! 男としたことないだけだし!」
 かといって百戦錬磨というわけでは決して無いわけで、経験豊富であろうギルに何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないだろうけどこれは言っておかねばならない男の矜恃というものだろう。
「でもお前、このままだと前使う機会なくなるだろ」
 淡々とした声に、一瞬、どういうことかと口が止まる。そしてギルの言わんとするところに気づいた直後、俺の顔は酔っぱらった時のように熱くなった。
「ばっ、なに、なに言って!」
「……ああ、ヒューイってそうなの。もしかして僕お邪魔だった? 要らないお世話?」
 ギルの言葉だけでなにやら見抜いてしまったらしいシズの言葉に、俺は最早二の句が告げなかった。頭が真っ白になり、この状況をどう切り抜ければいいのかさっぱり分からない。
 完全にショートしかけた俺を呼び戻したのは、ギルの声だった。
「悪いな。こいつは人に裸を見られるのが嫌なんだ。面倒な奴を引っ掛けがちでな」
「……そうなんだ……ヒューイ、苦労してるんだね」
 憐憫の目を向けられ、やりきれずギルを見やると、ギルはいつも通り淡々とした態度で、でも優しく俺を抱き寄せた。どうやらそれで通せ、ということらしい。あるいは、俺が本当にそういう目に遭ったのだと思っているのか。シズは俺を拘束していた腕と足を外し、その場でころりと転がって身を起こした。
「まあでも服を着たままできないことはないよね。灯り消せば見えないし、なんだったら目隠ししてもいいよ?」
「は?!」
「……目の前でお前の無防備なケツ見せられたら、俺も我慢できないかもな」
「はあっ?!」
 俺を後ろから抱きかかえるギルと、そんな俺の前にもう一度乗り上げてきたシズをみて、俺は漸く自分の不利を悟った。
 声を上げる前にギルに唇を塞がれる。お兄さんたちキスもイケるんだねというシズの声にどういうことかと尋ねるより先に股間を握られて、口から飛び出たのは喘ぎ声だった。
「あ、灯り消さなきゃ」
 その隙にシズによって灯りを消されて、シズが手さぐりで俺の膝の上に戻ってくる。『暗視』スキル持ちである俺はなんともないが、危うげに俺の方に手を伸ばしてしゃがみ込んでくるシズは違う。本当に見えてないんだろう、思い切り顔面に向かって伸びてくる手のひらを躱して身体を支えてやると、そのままするりと抱き着かれてしまった。頬に可愛らしく口づけられ、戸惑いつつも俺から唇へキスを贈る。
「あれ、僕にもしてくれるの? 嬉しいな」
 とろんと嬉しそうにはにかむシズに、また疑問が浮かぶ。
「え? 普通するもんじゃないのか」
 今度こそはっきりと尋ねると、「人によるけど、する人はほぼ男が好きって人かな」というきっぱりとした返答がもらえた。どうもキスはマナーでもなんでもなかったらしい。……そういやギルともキスするようになったのは最近のような気が……いやでも初っ端キスしてきたような……? あれ? つまりそれって、ギルは本当に俺のこと、
「っ、あうっ」
 服の上から乳首を捏ねられて強制的に思考が途切れる。ギルだ。名前を呼ぶも、俺の名前を呼び返されて、うなじや首筋に吸い付かれた。脱がされる気配はないものの、それはそれでなんだか淫靡な気がしてぞわりとした。
「ふ、ぁ」
「へえ、ヒューイってもう随分開発されちゃったんだ」
 前から、シズが俺のおとがいに舌を這わせ、喉仏へと下がって行く。その感覚にもどうしようもなく肌が粟立って、逃げるように身を捩る。逃げられるわけがないのは分かっていても、そうせずにはいられなかった。
 後ろから上半身を、前から下半身を責められ、ギル一人の時なら予測のついた動きが、二人になると一気にわけが分からなくなる。単純に手数が倍になって、一度に与えられる快感が増えているわけだから当然だ。
 ただ感じるだけならそれでもいいが、ギルもシズも、気を引こうとしてなのか強弱をつけてくる。俺がどちらか一方の刺激に集中しそうになると、別の性感帯をこれでもかといたぶってくるのだ。
「ふああん……っ! ふ、ふたり、ぃっ、とも、やめ、」
 あっという間に息は上がり、身体は熱くなって制止の声も弱々しくなる。やめてと言いながらもシズによって育てられた芯は、もう種を飛ばした方が早い程がちがちになっていた。どうにか守ろうと各所に伸ばした手も、最早二人の手に添えるだけの有様。
 いくらなんでも早すぎると思うのだが、俺の腰に当たるギルのもはっきりと固くなっているし、シズは「やっぱり溜まっちゃうよね」と優しい声色で言うものだから、そんなものかと少しホッとする。
「……出してもいい?」
 股間部分の小さなボタンを外しながら、シズの手が腰紐へ伸びる。ファスナーではないし、俺の世界と違って少々汚れても直ぐに綺麗には出来る。でも、煩わしいのも確かだ。かといって今更ながら俺の体毛事情が露見するのは避けたいわけで。でもそれって別に触られた時点で分かるから、もうここまで来たら大して違いはない気がする。シズを止められなかった時点で結果は同じか。
「ヒューイ」
 俺が迷っていると、ギルが俺を呼んだ。
「そんなに嫌か? それか、……恥ずかしいのか?」
 くす、と笑う気配。恥ずかしいわけじゃなくてどちらかというとマズイんだけど、はっきり言うわけにもいかず、俺はさらに言葉に詰まった。
「安心してよ。身体の事情をバラすなんてしないし。それに、そこまで気にする程小さくないよ?」
 シズの手が優しく俺の硬くなったものを撫でる。
「ぁ、」
 引き攣れた小さな声が漏れてしまう。それでもなかなか判断のつかない俺に、シズは黙って、自分の衣服を先に脱ぎ始めた。シズは目が見えてないだろうが、俺には全部見える。触り心地の良さそうな肌や、腕を上げると浮き出る肋骨の影。腰の細さ、それから……陰部の全て。
「ほら、触って」
 手探りでシズが俺の手を探し当て、自分の中心へ持っていく。触らなくてもバッチリ見えるシズの陰部は――つるつる、だった。
「ヒューイの可愛い声聞いてたら、僕もこんなになっちゃったんだよ」
「ぁ、し、シズ、これ」
 俺の手を両手で押さえつけ、俺の手ごと、熱の篭ったそこを揉む。俺と同じでさっぱりと見通しのいいそこをまじまじと見てしまった。シズからすれば、確かめるように揉まれた、ってところだろうが。
「あ……ん、気持ちいい……もっと触って……僕も……っ、触りたい……触らせて……?」
 切なげな声でシズがねだってくる。見たところ俺のようなマレビトではなさそうだけど……。ギルが俺の肩越しに、同じようにシズを注視しているのを感じながら、俺はシズの言葉には答えずに、さらに問いを重ねた。
「ここ、こんな風になってるのって、シズだけ?」
「んんっ……ん、珍しいかもしれないけど、なくはないって感じ、かなあ……っあん…… 毛が無い方が好きって人も、居るには居るしね……」
 そうなのか。あ、もしかしてギルに男娼かどうか疑われたのってそういう部分もあったのかな。だったらいろいろ納得できるかも。その手の嗜好の貴族がパトロンで、可愛がられてるように見えた、とか。実際は顔も名前も分からない貴族から逃げてたんだけども。
「ヒューイ……僕も触りたい」
 シズの声に思考が戻ってくる。多分、大丈夫だろう。というか、ここで頑なになると怪しいし。
「いいよ」
 答えると、シズは漸く俺の手を股間に押し付けるのをやめて、腰紐を解き出した。
「あ……お揃い」
 下着も全部寛げて、露わになった俺の芯をじっくりとシズの手が這う。どこか驚いたようなシズの声は、けれど直ぐに労わるようなものに変わった。
「ヒューイって……そっか、大丈夫。おかしくないよ。ヒューイが気にしてるなら誰にも言わない」
 そして、シズが俺の股間に顔をうずめ、丁寧に硬い芯を舐め始めた。
「んくっ……ふぁあ!」
 先を舌で弄られて声を出すまいと踏ん張ったが、ギルがいきなり手を動かし始めて、腰の弱いところから乳首までを撫でられ、堪えられなかった。
「あ、ちょ、……ふゃっ」
 多分俺、リンパ節のあるところが弱いんじゃないかと思う。首回りに肩、腋、股関節、膝裏なんて特に大きく反応してしまう。
「ヒューイって可愛いね……もうとろとろのが溢れてきたよ?」
「ひぃ、っい、やぁ……」
 シズの唾液が卑猥な音を立て始める。すると、ギルが対抗するように、俺の窄まりに指を滑らせ、既に準備していたらしい潤滑剤を擦り付けながら、つぷりと俺の中に入れてきた。
 そこからはひたすら気持ちいいだけで、もう悩んだりする余裕もなかった。

 二人に挟まれて、ひたすら快感で嬲られた。ギルは背面座位で突き上げてきて、シズは対面座位で自分の中に俺を導き、狭いお尻で俺を扱き、のしかかってくるのだ。最初こそ大胆に動くシズに痛くないのかと気遣う言葉をかけてやれたが、それも長くは続かなかった。身動きできない俺に許されたのは快感にむせび泣くことのみで、何度ももう許してほしいと懇願したが、それが聞き入れられることはなかった。
「んっんっんっ……あ、すご、いいっ、ヒューイ、またおっきくなった……! んああっ、はあんっ、びくびくしてる……ぅあ……気持ちいいっ?」
「いいっいいからっ……! やあああっやあっ、も、らめえっらめえ! またっ い、ぃく、い、あ、だめ、くるっ……あああああぁあああっ」
「っあ……! く、はぁ、ああっ」
 ただただ散々喘ぎ乱れた。
 最後は多分、二人もイけたと思う。俺は何度目かの絶頂と同時に、そのまま意識を飛ばしてしまっていた。



 翌日、鳥の鳴き声と人の話し声で目が覚めた。既に日は登りつつあり、朝食にありつかねばと思うが、まだ眠っていたい気もする。腕の中で眠るシズを丁寧に撫でてやると、気持ちよさそうにすり寄られた。
「ん……けほっ」
 水分が欲しい。が、俺の真後ろでギルが寝ていて、多分、動くと起きる。
 ギルはともかくシズはまだ寝かせておいた方がいいかと考えていると、本人が可愛い唸り声をあげて、俺の首に抱き着くようにして腕を伸ばし、伸びをした。
「おはよー……」
「はよ」
 何度か唾を飲み込み咳払いをする。と、シズが自ら持ち込んでいたのか、革の水筒を手渡してくれた。ありがたく頂戴して喉を潤し、生活魔法で補充しておく。シズもまた水筒に口をつけて渇きを癒すと、湿った唇を舌で舐め、うっとりとした顔で笑った。
「ヒューイ、すっごく可愛かった……僕ヒューイみたいな可愛い人初めてだったよ」
「……。……あー……。……シズ、それは、男への、褒め言葉じゃ、ない」
 シズの台詞に対し、まず第一に何を言えばいいのだろうと逡巡した挙句、俺が返せたことと言えばそんな当たり前の言葉だった。
 徐々に回り始める頭が、昨日あった出来事を次々と掘り起こしていく。
 ……俺は一体何を優先して悩むべきなんだろう。
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