異世界スロースターター

宇野 肇

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一章 ギルと名乗る男

答えあわせ(1)

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 ふ、と意識が戻ってきた。瞼を開けると窓のない部屋の中がぼんやりと見えた。ベッドの頭側の壁につけられた間接照明の光は限界まで絞ってあるようで、目に優しい。
 時間を確認しようと目を凝らすと、まだ深夜と言える時間だった。アルカディアの時計は日本と同じものだから分かりやすい。耳を澄ませば、やかましいほどではないがちらほらと人の出す生活音が聞こえてくる。この街で暮らす人間は昼夜を気にする機会があまりないせいだ。組合も24時間営業しているからそれもあるだろう。
 とはいえ、ここで生活リズムを乱す理由もない。朝まではまだ時間があった。

 ギルは俺に背を向けるようにしながらも直ぐ近くに身を横たえていて、寝入っているようだった。温もりを求め、その背に身を寄せる。じんわりと感じる熱に口角を上げていると、
「起きたか」
「っ、ア、?!」
 なんの前触れもなく、心地のいい低音が響いた。
 声が裏返ったが、返事としてはよくよく伝わっただろう。ギルは身体を反転させると、じっと俺を見た。そのまなじりは普通にしていても切れ長なのに、今はさらに鋭く見えた。
「昼も言ったが、お前は隙を見せすぎる」
「……どういう意味?」
 どうやら窘められているようだと気づいた俺は起き上がって話を聞こうとしたが、その前にギルの手でベッドへと磔にされた。
「文字が読めることもそうだが、今まで隠れ住んでた癖に手の内を見せすぎだ。あの組合員にも目をつけられてた」
「へっ」
 なんの話かと目を丸くする俺をよそに、ギルは言葉を続ける。
「文字の読み書きができる奴は少なくはないが、大体は教育を受けた奴か自力で身につけたかどっちかだ。組合では文字の読めない奴は一回1オボルスで組合員に依頼内容だのなんだのを読み上げるように頼める。文字は書けなければ文字盤を持って来られて、自分の名前を示されるまま見よう見まねで書く。読めるかどうかは関係ない……お前の文字はよく分からないが、迷うこともなくあっさりと書いていたな。文面にも目を通していた。対応した奴も気づいていた」
「……えっと、それが?」
 思い出した。これ、昼に言ってたお説教か!
 まだよく分かってない俺に、ギルは一つため息をつく。吐息が俺の顔にかかった。起き抜けに説教はあまり効果的じゃないのではと、怒られている立場ながら思ってしまう。ギルはずっと起きていたのかもしれないが、俺は確実に寝起きなのだ。
「言葉遣いもそうだ。馬鹿丁寧に」
「初対面なんだから普通だろ? ギルにだって最初はちゃんと敬語使ってたじゃないか」
「あの時は俺とお前しかいなかったが、あちこちでそのままならお前が貴族だって言いふらしてるようなもんだろうが」
「きぞく?」
 今にもデコピンされそうな気迫を受け止めつつ、ギルの言葉を繰り返す。ギルの纏う空気への恐怖より、よくわからない説教への不満より、俺はギルの言葉の中に混じった単語にぎょっとした。
「俺、貴族じゃない」
「仮にそれが本当だったとしても説得力はねえよ」
「ちょ、ちょっと待って、ギル、俺が貴族だと思ってたの?」
「……まあな」
 初耳すぎる! ……のは当然として、俺は飛び込んできた情報に、ギルを押しのけて起き上がった。まあ、実際のところはギルが察して退いてくれたんだけど、それはいい。
「なんで? だって、あの日……は、男娼だって」
「まずあんな場所にあるとは言え、しっかり建てられた家の家主ってだけで金持ちか、金持ちに囲われているかだと思うだろ。それに、あの家の中にある家具……特定の人間でなければ開閉できない魔法が掛かっている特殊なもののはずだ」
「あ、まあ……そう、だけど」
 フィズィのものだが、ギルは知らなかったわけだし、そこに住んでいる俺が持ち主だと思うのは当然だ。インベントリの数々についても同様。
「嫌味なほどお綺麗な言葉使いと隙しかないところなんか、まるで世間知らずの貴族の子息そのものだろ」
 つらつらと漏れ出てくるギルの言葉に目がちかちかする。
「せ、世間知らずって」
「そうだろ? お前は警戒してるつもりだろうが、その場限りで持続する様子もない。わざとそうして誘う機会でも待ってるのかと思っていたが、お前は結局貴族どころか男娼でもあり得ないほど駆け引きがド下手で、しようとする気概も見えない。接する人間に対して、あまりにも無防備すぎる。経験がなさすぎる」
 なんかすごい貶されてる……が、ギルの目から見てそうなら多分、そうなんだろう。それに、俺の身分は全くハズレながら、俺自身のことについての指摘は、言葉に詰まるほど刺さるものがあった。
 と、不意にギルの目がからかうように眇められ、口角がにぃ、と吊り上がる。
「……その歳でセックスもしたことがないくらい、な」
「ち、ちがっ……」
 いや、経験が皆無なわけじゃないし! 相手が男でしかもあんなところに入れられるとか普通ないし!! 大体強姦まがいに始めたくせに!!!
 そう言いたいものの、アルカディアの性風俗の普通がさっぱりわからず、窮する。仕方がないから貴族ではないということはもう一度言っておいたが、ギルは信じてないみたいだった。
「野宿だのなんだのに慣れてるのはエルフの村にいたからで説明がつくとして……追われているわけではないが追われるに足る理由はある。それが出自だろうが過去だろうが同じことだ。つまり目立ちたくないんだろうが。だったらそのつもりで徹底的に隠せ。友達とやらを探すためにあえて冒険者を選んだその気概は褒めてやってもいいが、お前は行儀がよすぎて不審すぎる」
 ギルは俺についての情報を整理しているようだった。しかもそうしながら俺の怪しい……詰めの甘い部分を突っついてくる。
 ひやっとするも、ギルは俺の緊張を読み取ったのか、ふと視線を弱めた。
「生きてるかどうかもわからない、って言ったな。組合を使うんだからアテはないんだろうが……依頼の形で頼むつもりか? それなりの金が要るが」
 話題が変わったことに少し安心しながら、少し考えて答える。
「……その、実は俺、その友達が今どういう顔や姿をしてるか知らないんだ。名前も……もしかしたら違う名前を使ってるかもしれない」
 まあ、それは俺も同じなんだけど。
「男だってことだけははっきりしてる。一応、俺たちだけが分かる、合言葉みたいなものはあるけど……」
 本名。俺と樹生を繋ぐ、たった一つのもの。
 もし樹生がこの"現実"に生きているのなら、メッセージボードに本名で呼びかけるような張り紙を出させてもらえばだいぶ引っかかる可能性は高くなる。あいつは俺と違って剣を振り回すのが好きなタイプだから、もしここに来ているのなら間違いなく冒険者稼業に手をつけているだろうし。言葉も日本語で書いたら、読める人間なんて限られる。それに、最終的には『樹生を探す友人の男』の本名を問うて当ててもらえばいい。たくみと、答えられるのはおそらく一人だ。
 メッセージボードは『Arkadia』では無料サービスだったけど、その分どんどん新しい伝言に自分の伝言ログが流されていく。ずっと、各地にある冒険者組合で貼り出して貰うにはいくらか金が必要かもしれない。
 友達だと言う割に外見も名前も分からないと言うのは不自然だっただろうが、ギルは想像で補ってくれたらしい。
「そいつはお前が縋るのに相応しいのか? 覚えてないほどガキの頃の友達なんざ、アテにならねえだろう」
「違う。あいつを探すのは俺の自己満足なんだ。……生きてないかもしれないし。だから別に、あいつになにかして欲しいとかじゃない」
 縋ったり、頼ったりはしている。樹生がいるかもしれないということそのものが俺の心の拠り所であることは確かだからだ。もし会うことが叶うなら、実際に縋り付いてしまうかもしれない。想像に難くないというのが少々情けないところではあるが。
「……そうか」
 ギルは吐息交じりにそう言うと、じっと俺を見て、それから、口を開いた。
「俺は、貴族は嫌いだ」
 その表情が鋭さを帯び、にわかに、俺は緊張した。
 けれど、俺が、それは俺を貴族だと思っているその上での言葉なのかと不安に思うより先に、ギルの言葉は続けられた。
「でも、お前が、少なくとも俺が嫌う貴族とは違うことは、分かった」
 だから貴族じゃないのに。そういって軽く返事ができるほどの空気ではないが、ギルの言葉に少しだけ、嬉しくなった。嫌われている、わけではないようだ。
「ヒューイ」
 ギルが身を乗り出し、その顔がすぐ間近へ迫る。上半身を少し倒そうとして、腰に腕を回された。
 じっと、ギルの静かな目が俺を目を違わず射抜く。薄暗い部屋の中、唇から互いの熱を感じるほど近い距離に胸が騒いだ。
「……お前が欲しい」
 低い声はしっとりとしていて、聞こえないことにはできなかった。
 ……どういう意味だろう。目で問いかけると、黙ったままキスをされた。
「ほら、隙だらけだろうが」
 すぐに離れて行った唇が色っぽく歪み、ギルの目がからかうように細まる。
「っ、だ、だって……ギル、だし……それに敵意があるかどうかくらい分かるって」
 甘さを帯びるギルに、強く、夜であることを意識してしまう。厚い胸板に手を添えて押しやろうとしても、びくともしない。それどころか、また押し倒された。ちょうど下腹部の上に跨られて、押しつぶされる。ギルの両腕はしっかりと俺の身体を抱き留めていて、身動きができなくなる。
「敵意や殺意を剥き出しにする奴はそこまで警戒しなくても問題ない。……そういうもんは隠せるんだ。そして、害意がなくても企みごとはできる。ある時魔が差すこともある」
 耳元で「分かったか」と囁く声に、どきどきしながら返事をした。実地で教わるには、俺はギルにほだされすぎてると思うけど。
「……ギルも、企んでた?」
「そうだな。薬が作れてモンスターを狩れて、魔法が使えて、なのに人を怖がってるお前は……良い獲物だった。貴族には嫌な思い出しかなかったからな。尻の毛の一本まで毟り取ってやろうと思ったさ。お前にはなかったけどな」
 冗談めかしてギルが笑う。けれど、俺は笑えなかった。
 分かっていたはずの言葉だ。それでもやはり、ギルに言われると胸が痛い。
「怯える癖に攻撃はしてこない。それどころか料理で俺をもてなす。話をする時は嬉しそうに笑う。事情があって人と会わない暮らしをしている。……誰のものでもないのなら、俺のものにして搾り取ってやろう。後ろ暗いところがあるなら、いくらでも搾取できるだろうと思ったのは直ぐだった」
 静かな声色は何時ものギルのものなのに、その言葉は俺の胸を引っ掻いてくる。こんな時ばかりいつになく饒舌で悲しくなる。言葉は吟味しながら吐き出されているようで、俺はじっと静かに続きを待った。待つしか、できなかった。
「快感を知っているなら好都合、知らなくても……暴力と違って、教えこめば、欲しくなるだろう?」
 その通りだ。ギルが「お前は恥ずかしがるくせにやけに素直だったな」と笑みを乗せて囁くのに、身体が熱くなった。
「だが、お前の身体は……最高だった」
「っ、ん」
 不意にギルの唇が首筋に落ちて、耳介を舌が這い回った。小さな水音に快感が混じり、身をよじる。
「お前を知って、虜になったのは俺の方だったわけだ」
 笑ってもいいぞと言いながら、ギルは俺の身体をまさぐり始める。その手のひらは、ギルの身体は熱くなり始めていて、俺はやっぱりその温度に力が抜けていった。
 それが優しいものだと知っているから。快感だけではなくて、心地よさをくれるものだと、嫌という程教え込まれたから。
 どんなに心が乱れていても、俺の身体はギルが好きでたまらないのだ。
「……お前があそこを発つと言った時、それに気づいた。お前が俺のものでもなんでもないことも」
 だから、お前が欲しい。と、ギルは言う。その間にも愛撫の手は止まらず、俺の吐き出す息は震え始めていた。
「……俺が好きってこと?」
 せり上がる快感の合間を塗ってそう訊ねる。返事は、すぐには返ってこなかった。手が止まり、けれど、俺を抱きしめる強さは変わらない。
「……気に入ってる。俺のものにしたい」
 逡巡の後、ギルらしからぬ答えが返ってきた。いつも、ギルは訊ねれば真っ直ぐに答えてくれたのに。あるいは、これがその答えだと言うのなら、ギルは別に、俺のことなんて好きじゃないということになる。
「俺の身体と、……薬とか、そういうのが目的ってこと?」
「……単にヤりたいだけってわけでもない。他の奴と共有するのはごめんだ。……俺だけのものにしたい。お前に口出ししてもいいようになりたい。誰にもやりたくない」

 ……それってつまり俺が好きなのでは?

 ギルの口ぶりに、愛撫されるのとは違う意味で力が抜けるのを感じた。
 これは、間違いなく喜びだ。
「じゃあ、そうなる?」
 気の抜けた柔らかい声が出た。笑みがこぼれるのを止められない。その必要もない。
 俺の言葉に、ギルは頭だけ素早く持ち上げて俺を見下ろした。
「簡単だよ。俺のそばに、朝までベッドにいてくれればいい。ギルのことを教えてくれたら、もっといいけど」
 ギルも俺のものになってくれるなら、それだけの話だよ。
 そう言うと、ギルはじっと俺を見下ろして考え込んだ後、ぽつり、呟いた。
「……お前に、惚れてる。全部欲しい」
 素直で、とんでもない言葉だ。いっそ傲慢なほど。
 でも、ギルは気づいてない。ギルが持って行ったのはアイテムだけじゃない。俺の心だって、いつも勝手に盗っていってたんだ。それを埋められるのは、ギルの心だけで。だから、
「俺の事情は……知らない方がいい」
「どうして?」
「捕まりたいか?」
「……捕まるようなことしたの」
「流れで。どうしようもなかった」
 俺の顔を覗き込むギルはいつも通りだ。それが少し悔しくて、俺は目を伏せて少しだけ考えた。
 旅は道連れ、世は情け。
 そんな言葉がよぎったが、離れたいと思うより、知りたいという気持ちが勝った。ギルの事情はもちろん、今までの行動のことも。まだ、知らないことが多すぎる。
「これからも一緒にいるなら、知ってた方が動きやすいと思うけど」
 そうお伺いを立てると、ギルは意外そうに目を見開いて、それから分かった、と短く答えた。



 そうは言っても、お互い身体に燻る熱のやり場を求める程度には若いわけでして。
 まず発散させよう、というのは建前で、そこに気持ちがあると知った今、俺の身体は意識に応えるようにして急にムラムラし始めていた。
 抜くだけじゃ足りない、なんて思う日が来るとは。
 感慨深いが、今はそれよりもただ、したい。我慢できずに俺から誘うと、ギルはもう一度驚きを顔に出して、それからすぐ動き出した。
 きっとようやく動き出せたことへの安堵や、罪悪感が僅かに払拭できたからだろう。そう言い訳をしながら、どうして急に口数が多くなったのか、と問う。服を剥ぎ取られ、肌が現れる先からキスを繰り返しながら、ギルは静かに答えた。
「お前は言わないと何も気づかないのが良く分かったからな」
 随分な言われようだが、そのおかげで一応、ギルの気持ちが分かったのだからよしとしなければならないだろう。念のためにギルの目的というのは俺自身であることを確認すると、ギルはこっくりと頷いた。
 ギルの言葉を精査すると『使える専属男娼』という言葉も当てはまるような気がしたが、それとなく言葉を出すとむっつりと首を振られ、否定された。男娼は囲われる代わりに生活を保証されるものだが、お前は誰に守られなくても生活できる力があるだろう、と。
 だから、ギルとの関係は一応、恋人というものでいいんだろう。
 対等になった、と思っていいんだろうか。新しい言葉を覚えた子どものように何度も好きだと告げてくるギルの声に、笑みがこぼれる。持って行かれたものがまた新しいもので埋まる充足感を覚えつつ、俺は初めて自分からキスをしてギルの服を脱がしにかかった。

 ずっと受け身でいたせいなのか、それとも俺が受ける側のせいなのか。自分から積極的に絡みつき、ギルのすることに協力的でいるのは独特の羞恥心と興奮をもたらした。
 ギルがするように、俺もギルの太く浮き上がった鎖骨に舌を這わせてみたり、たくましい胸をなで、乳首に吸い付いたりしてみる。表立って反応はなかったものの、すぐにやめさせられ、逆に乳首を責められた。
「んっあ」
 強めに吸われて身体がすくむ。痛みはなかったが、軽く歯を立てられて肌が粟立った。
 熱を持ち始めた芯を手で揉まれ、徐々に快感を受け止めるだけになり、俺は全裸でギルの前に転がった。
 安全な宿の中、装備品の類いは全て取り払ってある。ギルは違うのかもしれないが少なくとも俺には魔法という手段があるし、最悪手ぶらでも問題はないのだが、やはり一人裸と言うのは何度繰り返しても恥ずかしいものだ。
「ギルも脱いでよ……」
 言いながら羽織るだけになっているシャツをするりと肩から落とすと、ギルは俺の腰の上にまたがった状態で膝立ちになり、シャツを脱ぎ捨て、ズボンも全部、俺の見ている目の前でゆっくりと取り去った。
 ギルの正面が、俺の前に晒されている。ぴんと張り詰めたギルの熱には血管が浮き上がっていて、長さも、太さも立派なものだった。こうも露骨に見る機会もなくて、思わずまじまじと眺めてしまう。見慣れた髪の毛と同じ色の茂みから突き出す肉の塔。
 あまりに見すぎたからだろうか、ギルは膝立ちのままおもむろに前進すると、かすかに笑みを浮かべて腰を落とし、その塔の頂上を俺の口元へ差し向けた。
 ぷるんと剥けたそれには小さな穴が見える。熱い種を吐き出す敏感な場所だ。そして、いつも俺の中を穿ち、快感を引き出す杖でもある。
 少しためらったものの、頭を持ち上げてギルの顔色を伺いつつ舌でちろりと先端を舐めると、はっきりと脈打ち膨らむのがわかった。……意外に不味くはない……かも。よく分からない。熱い。
 シャワーを浴びていたこともあるだろう。俺はそのまま指を添えて、ギルのものに口付けた。
 ちゅ、くちゅ、と唾液とリップノイズが絡み、淫靡な音が響く。ひたすらに熱いそれを丁寧に舐めていると、いきなり、俺の熱が握られた。
「あ……っんん、ん、あっ」
 僅かに上体を反らし、ややひねりながら、ギルの右手が俺の杖を扱く。大胆な動きで皮を動かされ、裏筋を抑えられ、先走りをなじませるように先端を弄られる。
 あっという間に意識が下腹部へ引きずられてしまい、抗議を込めてギルを見上げると、熱っぽく、どこかとろんとした顔で俺を見下ろすギルの瞳が見えた。それが熱を孕んだまま歪み、ギルの左手が俺の額にあてられ、優しく押しやられた。
「っ……馬鹿、今こっち見んな」
 悩ましいため息。指に感じるギルの熱は大きさを増していたが、ギルが腰を引いて屈んできたことでそれは俺の手から離れて行った。
 額にあったギルの左手が俺の顎へ滑り落ち、くい、と持ち上げられる。促されるまま視線を上に持って行くと、ギルの唇が覆いかぶさってきた。そっと目を閉じ、唇と柔らかな舌の動きを感じる。
 舐められ、甘く甘く吸い付かれた後はかぷりと歯を立てられて、唇への刺激に閉じていたそこをもじもじとさせると、ねっとりとその隙間を舐めながら、濡れた舌が俺の中へ入ってくる。俺はそれを受け入れて、ギルの舌を優しく撫でるように唇で挟み、食むのを繰り返す。
 ギルの身体は後退し、その手が俺の乳首をからかい、さらに下へと落ちた。その先には俺の芯があるが、ギルはそこを避けて俺の太ももを撫で上げた。
 キスが終わり、ギルの手に力がこもる。そのまま足を上げて膝を抱えると、太い指の腹が俺の門を撫でた。
 それだけなのに、それだけできゅんと疼く。胸も、中も。
 指を振って中を浄化すると、ギルはためらいもなくその門へ顔を寄せ、舌でそこを舐めた。
「っ! やっ……ギル、汚いからっ」
 咄嗟に手を離して抵抗を試みても、ギルは自分の手で俺の太ももを掴んで押さえつけると、煩わしそうに俺を睨めつけた。それから、控えめに触れるだけだった舌がもっとあからさまに、俺の門をこじ開けるように押し付けられる。
「んっ……!」
 くすぐるような刺激には快感が含まれていて、俺はギルに舐められている場所が淫らに窄まり、その舌を捕らえようと動くのを感じてしまう。
 たっぷりそこを濡らされた後、ギルは自分の人差し指も同じように唾液で濡らし、俺の門へ当てがった。
「ぁ、あっ……」
 鍵を鍵穴に差し込むようにつぷり、指先がそこを潜る。自分でも驚くほどの快感が走り、蕩けた声が溢れ出した。興奮と期待にまみれた、いやらしい声。
 咄嗟に手の甲で唇を覆うと、ギルは指を震わせながら俺の顔を覗き込んだ。
「声、抑えるな」
「……って……外、聞こえる……っ」
 耳をすませば届く生活音は、つまり、ここからの音もそちらへ届くということでもあるのだ。
 完全に快感に溺れ、男に喘がされ悦楽に浸る好き者の男の声なんて届けたいはずもない。
 我慢するせいで震える俺の吐息と、やめてほしいわけじゃないという俺の意思。それになにより、ギルの指を締め付ける穴と、そこを弄られて屹立する芯。
 その全てを把握したギルは、俺の躊躇いを一笑に付した。
「お前の耳が良すぎるだけだ。いつもそんな馬鹿でかい声出してるわけじゃねえんだから」
 だから声を聞かせろ、とギルが俺の耳を犯し始める。ヒューイ、と低く、情欲を乗せた声で俺を呼び、好きだと告げてくる。
 ずるい。いつもは滅多に名前なんて呼ばないのに。
「んん……あ、……っ、る、ギル……っ」
 唾液だけしかぬめりがないせいで、少し体勢が変わるだけで痛みが走り、ちりちりと俺を苛む。それさえ快感にすげ替えられそうで、その前に、俺は潤滑剤が欲しいと申し出た。
「あ、んぁ!」
 性急に指を引き抜かれ、鋭い快感に身体が震える。ギルは俺から離れてベッドから降りると、装備品の数々を差し込んだ太いベルトを探り、そこから細い竹筒のようなものを取り出した。ついでとばかりに照明の光を大きくし、スキルがなくても十分すぎるほどよく見えるようになったその姿を目で追いかける。光の中でもギルの肌は全てがよく日に焼けたように黒くて、白い俺とは対照的だった。
 ギルが再びベッドへ上がってきて、竹筒の栓を抜く。逆さにすると、そこからとろりと中身が出てきた。……油、かな。
 ギルはそれを手になじませた後、俺の股座に戻ってきた。俺は足を開いて、ギルにしか許したことのない門を曝け出す。そこに暖かくもぬるりとしたものが塗りつけられた。
 一度は入れていたからか、そのまま、ギルの指が俺の中へ入れられる。ぬるぬるするというだけで随分あっさりと潜り込んできたその指は、固く強張る門を解そうと動き出した。
「んっ……、ふ、ぁ……っはぁ、っん、ぁん……」
 自分が、俺が、心からギルを受け入れているというだけで、ギルが俺を好きなんだと思うだけで、セックスはこんなにも違うのだと思い知らされる。
 初めての時のようにしつこいほど丁寧に、ギルの指が俺の門を弄り回す。なのに、まだそれだけなのに、どうしようもなく気持ちいい。違和感も怖さもなく、行為への興奮と、馴らされた刺激に快感しか拾えない。
 随分感度がいい、と自分でも思う。久しぶりだからというだけではないだろう。何度もギルを受け入れて快感を覚えた身体は、すっかりギルに骨抜きになっていた。彼の、思惑通りに。
 きっとギルの読みで外れたのは、彼が優しく俺を抱くから、俺は快感だけではなくて、心地よさと安心まで覚えてしまったことだけだ。
 指が増え、ぢゅく、と擬似的に女性器へ変質したそこで潤滑剤が絡み、音を立てる。押し広げられただけで快感が強くなり、俺の腰は揺れ、背はしなり始めた。
「はっ……すげえ濡れてる」
「んゃ……っ」
 からかうようにギルの左手が、俺の熱の先へ触れる。先走りを涎のように垂らしぴくりと揺れるそれは、これから俺もそんな風にして喘ぎ始めるのだという予言めいた姿をしているように思えた。
 ギルの指に慣れ、その数が三本になる頃。快感を得ることに慣れた身体は緩やかに、小さな絶頂、とも言うべき感覚を迎えた。
「――、ぁあ……っ」
 息を詰め、ギルの指を締め付ける。それでも止まらない指にびくびくと震えながら、俺は静かにイってしまった。前から溢れさせることなく、後ろの、そこだけで。
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