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一章 ギルと名乗る男
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明朝、日の出の前後から起きて畑の様子を見に行っていたらしいタンザさんに見送られ、惜しまれつつ村を出た。
ここから先は人の手の入った土地が殆どだという話を聞いて、日中に村に入れるのであれば立ち寄り交渉して一泊。そうでないのならば野宿をして先を急ぐことになった。ゼクスシュタインに着くまでに街と呼べるほどの場所はなく、組合の支部もないということでそう決めたのだ。モンスターを狩るのは問題ないが、採集物が消費量を上回っているから、処分するのが勿体無くなってきたというのも大きい。薬の類の消費率が悪すぎるから、もう村での交渉材料枠として使うことにしたくらいだ。幸い、人の住む土地と言うのは冒険者の密度も高く往来もあるせいか、モンスターとの遭遇率は僅かに減ったから、森から出てきた時よりは一日で歩ける距離も伸びたように思う。
そんな風にしてさしたる問題も起こらず平穏にゼクスシュタインに近づくに連れて感じたのは、城壁の大きさだった。半端なく高く、でかいのである。
間近ならば見上げるにも首が痛いし、城壁のてっぺんなんて目視できなさそうなほどだった。超高層ビルも目じゃないほどの高さなのだ。そしてゼクスシュタインはこの城壁さえも街中の建物を支える柱がわりにしている変わった街で、一般的な街並みが古き良き欧州のものであるなら、このゼクスシュタインの構造は城壁の高さ分だけ最大限空間を利用している分立体的で複雑だ。団地のような住宅区域もあれば鉄骨が剥き出しの通路があったり、懸垂式のモノレールが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。蒸気機関車こそ走ってないが、スチームパンク的な方向へ進化した街。
そんなゼクスシュタインの城壁の外側には街と呼べるほどの家々が立ち並んでいたが、やはりと言うべきなのか、城壁の中と外では暮らしぶりが随分違うようだ。
城壁の中はモンスターの脅威にはまずさらされることはないが、飢える。貨幣でのやりとりが主流であるため、金がなければ生きてはいけない。それに徴収される税も高くなるようだ。一方外では、村でそうだったように、金がなくても物々交換でもなんとかなるし、先立つ物がなくとも村へ行って農作業をするなり手伝うなりをすれば飢えることだけはまずない。
金の回り方だとか制度については明るくないが、俺のような人間は日々の糧を得ることの方が重要である。城郭都市の中においてはその一歩が冒険者組合に登録をすることであり、ようやく先へ進めるのだと思うと自然、ため息が出た。
城壁の中へ入る列に並び、順番が来たのは昼を少し回った頃だった。
早くやるべきことを済ませて見て回りたいと思いつつ、門番へ向き合う。ギルは身分証明書の類を持っていたようで、ドッグタグを見せていた。どこかの組合に所属している、ということだ。……やっぱり、冒険者かな。
「次」
「はい。ヒューイと申します。ここへは冒険者登録に来ました。紹介状はここに」
目配せをされ、一歩踏み出す。フィズィからの書簡を手渡した。門番がそれを開け、内容を確認する。その目が滑らかに文字を追うのを眺めていたが、ある時静かに目を見開いた門番は、所管全てに目を通し終えると「ふむ」、と一つ頷いた。
「なるほど、事情はわかった。冒険者登録だったな。フィズィという者の履歴を組合に確認するから詰所で今しばらく待て」
「分かりました」
「ああっと、お前の相棒は城壁の外で身柄預かりだ。冒険者登録が無事に済めば中に通せるが」
「あ、はい。……アドルフ、大人しくできるな?」
わふ、とアドルフが返事をする。待機や攻撃命令といった指示は通じるから大丈夫だろう。アドルフの知力も悪くない。
門番からアドルフとお揃いの札を渡され、インベントリに仕舞う。アドルフには首輪が渡され、それにつけた。気になるのか後ろ足で引っ掻いたりしていたが、窘めると言う通りにしてくれた。これで迎えに来た時は札を見せて、返せばいいそうだ。
アドルフと別れ、詰所へ案内される。何人かがたむろしている場所に立って周囲を見渡すと、ギルが真後ろに立っていて汚い声が出た。
「ぎぇ……! お、驚かさないでよ」
「お前が鈍いんだろ」
やや呆れを含んだ声に怯むものの、俺はすぐに首を傾げた。
「ギルもここにいていいの?」
「別に悪さするわけでなし……連れなんだからおかしくはないだろ。それに、一人で大丈夫なのか?」
肩を竦めたギルは、そう言って俺をからかった。が、しかし。冒険者組合や各種施設の場所やシステムなんかは、『Arkadia』通りであればむしろ慣れ親しんだものだ。身体検査もなかったし、プレイヤーであることさえばれないなら特に不安はない。
……俺のことを『知っている』ギルと一緒にいる方がよほど不安だ。ギルの護衛はゼクスシュタインまで。つまりもう終わっているのだ。ギルがそれでも俺のそばにいるのは、やはり何かを要求するつもりなのだろう。あるいは、別れ際に、また黙ってなにかを持って行かれるのかもしれない。
とはいえ、一人の方がいい、なんてことも言えず、俺は大丈夫だよと返すだけに留めた。
「そうか? じゃあ、今日の宿はどうするつもりだ?」
「とりあえず登録を済ませて、今まで稼いだ魔晶石とかモンスターの素材を換金して荷物整理でしょ? それからお金と相談して……ああ、ご飯も食べたい。こういう街って宿で食事も出るの?」
冒険者としてはともかく、『Arkadia』では食事は携帯できるものを買って、ダンジョンやフィールド探索中に、ステータス異常を治すために摂っていたから全く分からない。
ギルに訊ねると、場所による、ともっともな言葉が返ってきた。
「換金作業はともかく、宿は先に抑えとく方がいい。金も惜しまない方がいいだろうな。取り敢えず屋根さえありゃあいいって程度の宿は雑魚寝ってこともザラだし、宿泊客同士での喧嘩も多い。お前、街が初めてなら鍵のついた部屋があるところにしとけよ」
親切な言葉の数々に目を瞬いていると、ギルが首を傾げるようにして俺の目を覗き込んできてのけぞった。
「聞いてるのか」
「きっ聞いてるっ あ、あの、ありがと。そうする」
ギルの顔立ちは整ってるんだし、それでなくとも、その、そういうコトをしてる関係なんだから、不用意に近づくのはやめて欲しい。……と、思うのは俺の勝手でしかない、か。
期待にも似た動悸にくらくらしつつ、なんとか距離を取る。
「ぎっ、ギルは? 俺をここまで守ってくれるのは終わったわけだし……」
「そうだな、お前が冒険者登録を済ませたら、少し話がある」
「へ」
なんだろう。あ、対価……いや、報酬? の話か。というかそれしかないな。
「……登録の後でいいの?」
「ああ。身元がはっきりしてた方がお前も安心だろ。誘拐だのなんだの、 妙なことにはなりにくい」
「……そういう危険がある話?」
「お前、それで逃げてたんだろ? 組合に登録すりゃ、そいつの情報は組合内で共有されるから滅多なことは起こらない。冒険者組合の場合は依頼を一つでもこなした実績がなければ除名されるが、内容によっちゃガキでもできるからな。お前は薬も作れるしアドルフをテイムするだけの力もある。魔法も使えるとなると歓迎されるだろう」
「ほんとに!」
最後の言葉が嬉しくて思わず破顔する。と、そこであることに気づいた。
「そう言えばギルって――」
冒険者なの、と聞こうとして、できなかった。さっきの門番とは違う、けれど同じ格好をした少年が俺の名前を呼んだからだ。
「ヒューイさん」
顔と名前が位置してないのだろう、辺りを見渡して反応する人物を探している彼に返事をした。
「俺です」
「あ、よかった。組合の方に確認が取れたのでもう街の中に入っても大丈夫ですよ。冒険者組合の場所は……そうですね、ここから見える看板、分かりますか? あれです。あそこは各組合が集まっていて、モノレールの駅も近くにありますからどこに行かれても迷わないと思います」
少年が指し示した先には『Arkadia』でも馴染み深い、鉄製の看板がぶら下がっていた。店先に突き出すようはみ出したそれは、盾と剣のレリーフが刻まれている。厳めしさを発しているが、看板の素材は都市によって異なり、木彫りだったり、木の看板に絵として描かれていたりと様々だ。共通するのは街の入り口近くにあることで、街の外に繰り出すことの多い冒険者にはありがたい配置になっている。
「ご丁寧にありがとうございます。早速行ってきますね。ご苦労さま」
俺が軽く頭を下げて礼を言うと少年は驚いたように目を見開いたが、すぐに姿勢を改めて見送ってくれた。
軽く手を振り、看板を目指す。歩きながらギルにまじまじと見つめられたけど、訊ねてもなんでもないと言うばかりで俺は首を傾げた。粗相はしてないはずだし、そうであれば多分、教えてくれるはず。
だったらあまり気にしなくてもいいかと、組合のドアを押し開けた。
年季の入った重厚なそれにはドアベルがつけられていて、カロカロと重苦しい音が響く。中にはあまり人はおらず、幾つかの顔と視線がこちらに向けられたがすぐにそらされた。
そのまま中へ入り、入って直ぐの右手にあるカウンターへ立つ。ここか受付だ。
「ようこそ。今日のご用件は?」
落ち着いた雰囲気の青年に、少し方の力が抜けた。
「初めまして。今日は冒険者登録をしにきました。ヒューイと言います」
「ああ、紹介状の。話は聞いてるよ。じゃあ早速始めよう」
青年はギルに目を遣ったが、ギルが小さく首を振ると再び俺に向き直った。
「まず、今から行うのは仮登録だ。今日から一ヶ月の間にあっちにある掲示板に貼り出してある依頼のうちどれかを達成できれば、その時点で本登録される」
青年が指差した先には壁一面に大きな三枚のコルク板があり、小さな紙がピンで留められていた。真ん中のコルク板が一番大きな面積を占めている。
「まずは向かって左側のコルク板から説明しよう。あそこには街中で足りる依頼が張り出されている。殆どは配達や掃除などの雑務だな。危険性は低いが力仕事の場合もあるから、きちんと自分でできるものなのかどうか考えるように。
次に真ん中のコルク板だが、あれがメインだ。左側が採集で、右側が討伐。モンスターの素材の採集は討伐に分類されるからそのつもりで。難易度は下から上へ高くなる。この街での討伐依頼の大半はモンスターの素材目当てだったりするから、内容はきちんと確認して、該当部位の状態に気をつけて持ってくること。
最後に右側のコルク板だが、あそこは特殊依頼扱いだな。人探しだとか、賞金首とか。賞金首には生死不問であったり、生け捕りであることが条件だったりするからこれもきちんと目を通すこと。いいね?」
ふむ。要は兎に角依頼内容はしっかり読んで、自分にできるかどうか、自分で判断しろと。その結果達成できなかった場合は自己責任、かな。
「分かりました」
俺が頷くと、青年はにっこり笑った。
「あそこにある全ての依頼はほぼ全て、期限が定めてある。真ん中のコルク板に限り、期限を守る自信がなければ依頼を受けずに外に出て、依頼内容を達成してからここで受付をしてもいいことになってる」
「……ええと、つまり、例えば薬草の採集だったら、先に採集を済ませてしまって、そしてここで依頼を受けると同時に依頼に書かれている内容物を渡せばいい、ってことですか?」
「それであってるよ。純粋な討伐依頼の場合はモンスターの持つ特定の部位……そうだな、耳や牙といったものを取ってくることになる。その場合は採集とは違うから、多少傷があっても構わない。勿論、条件を満たせても他の誰かが依頼を受けてしまっている場合は受け付けられない。万が一依頼を請け負った者が達成できなくても、だ」
確実に報酬が得たいのであれば先に受付を済ませておけってことか。
「分かりました」
「依頼を達成できなかった場合、罰則を設けることになる。罰則は依頼内容や難易度によってその都度決められるからそのつもりで。金で済めば軽いほう。失敗が続くと除名や、酷ければ奴隷になることもある。安請け合いはお勧めしない。……組合の信用のためにもね」
「はい」
頷くと、青年はそこで漸く一枚の紙を取り出した。懐かしいな。メインキャラで始めた時のことを思い出す。
こうして現実として説明を受け止めると、冒険者と言う身分は、何の後ろ盾がなくともきちんとしていれば認めてもらえる制度なのだなと思う。失敗せず、きちんと真っ当に依頼をこなしていれば信用してもらえる。それは味方を得ると言うこと。信頼されていくということだ。引きこもっている限り、絶対に得られないものでもある。
「ま、依頼の達成でも、仕事ぶりが依頼主に気に入られれば報酬が上乗せされることも少なくないし、名指しで依頼が来ることもある。励むことだよ」
青年はニヤリと笑うと、カウンターの上に出した紙に必要事項を記入するようにと羽ペンを渡してくれた。特殊な素材で作られたペンは、持ち主の魔力――ゲームで言うところの精神力とほぼ同義だ――に反応し、それをインクに変える性質を持つ。主に特殊な契約や儀式の際に用いられるものだ。
紙には契約の文言が記されていた。これに年齢、性別、信仰する神――勿論アルカディアを統べる神々のことで、無記入でもいいが、どれかしらを書くと特定の依頼が受けられるようになったり、受けられなくなったりする――、そして最後に名前を書くことで契約はなされる。
メニュー画面や鑑定結果は母国語表記だが、一応アルカディアの言語だ。プレイヤーの頃から、その文章の下に翻訳が浮かぶのは変わってない。
年齢と性別は先に書いておく。信仰する神は特になし。それから、一番下に名前を書く前に、念のため軽く書面に目を通した。大体が青年に聞かされたことと同じようなことだ。それが文語で整えられている。問題はなさそうだった。
この内容に同意し、書名すれば、やっと下準備が整う。
色んな思いを込め、名前を書く。掠れることもなく滑らかにペンは紙の上を走り、インクが俺の名前を描いた。
ここから先は人の手の入った土地が殆どだという話を聞いて、日中に村に入れるのであれば立ち寄り交渉して一泊。そうでないのならば野宿をして先を急ぐことになった。ゼクスシュタインに着くまでに街と呼べるほどの場所はなく、組合の支部もないということでそう決めたのだ。モンスターを狩るのは問題ないが、採集物が消費量を上回っているから、処分するのが勿体無くなってきたというのも大きい。薬の類の消費率が悪すぎるから、もう村での交渉材料枠として使うことにしたくらいだ。幸い、人の住む土地と言うのは冒険者の密度も高く往来もあるせいか、モンスターとの遭遇率は僅かに減ったから、森から出てきた時よりは一日で歩ける距離も伸びたように思う。
そんな風にしてさしたる問題も起こらず平穏にゼクスシュタインに近づくに連れて感じたのは、城壁の大きさだった。半端なく高く、でかいのである。
間近ならば見上げるにも首が痛いし、城壁のてっぺんなんて目視できなさそうなほどだった。超高層ビルも目じゃないほどの高さなのだ。そしてゼクスシュタインはこの城壁さえも街中の建物を支える柱がわりにしている変わった街で、一般的な街並みが古き良き欧州のものであるなら、このゼクスシュタインの構造は城壁の高さ分だけ最大限空間を利用している分立体的で複雑だ。団地のような住宅区域もあれば鉄骨が剥き出しの通路があったり、懸垂式のモノレールが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。蒸気機関車こそ走ってないが、スチームパンク的な方向へ進化した街。
そんなゼクスシュタインの城壁の外側には街と呼べるほどの家々が立ち並んでいたが、やはりと言うべきなのか、城壁の中と外では暮らしぶりが随分違うようだ。
城壁の中はモンスターの脅威にはまずさらされることはないが、飢える。貨幣でのやりとりが主流であるため、金がなければ生きてはいけない。それに徴収される税も高くなるようだ。一方外では、村でそうだったように、金がなくても物々交換でもなんとかなるし、先立つ物がなくとも村へ行って農作業をするなり手伝うなりをすれば飢えることだけはまずない。
金の回り方だとか制度については明るくないが、俺のような人間は日々の糧を得ることの方が重要である。城郭都市の中においてはその一歩が冒険者組合に登録をすることであり、ようやく先へ進めるのだと思うと自然、ため息が出た。
城壁の中へ入る列に並び、順番が来たのは昼を少し回った頃だった。
早くやるべきことを済ませて見て回りたいと思いつつ、門番へ向き合う。ギルは身分証明書の類を持っていたようで、ドッグタグを見せていた。どこかの組合に所属している、ということだ。……やっぱり、冒険者かな。
「次」
「はい。ヒューイと申します。ここへは冒険者登録に来ました。紹介状はここに」
目配せをされ、一歩踏み出す。フィズィからの書簡を手渡した。門番がそれを開け、内容を確認する。その目が滑らかに文字を追うのを眺めていたが、ある時静かに目を見開いた門番は、所管全てに目を通し終えると「ふむ」、と一つ頷いた。
「なるほど、事情はわかった。冒険者登録だったな。フィズィという者の履歴を組合に確認するから詰所で今しばらく待て」
「分かりました」
「ああっと、お前の相棒は城壁の外で身柄預かりだ。冒険者登録が無事に済めば中に通せるが」
「あ、はい。……アドルフ、大人しくできるな?」
わふ、とアドルフが返事をする。待機や攻撃命令といった指示は通じるから大丈夫だろう。アドルフの知力も悪くない。
門番からアドルフとお揃いの札を渡され、インベントリに仕舞う。アドルフには首輪が渡され、それにつけた。気になるのか後ろ足で引っ掻いたりしていたが、窘めると言う通りにしてくれた。これで迎えに来た時は札を見せて、返せばいいそうだ。
アドルフと別れ、詰所へ案内される。何人かがたむろしている場所に立って周囲を見渡すと、ギルが真後ろに立っていて汚い声が出た。
「ぎぇ……! お、驚かさないでよ」
「お前が鈍いんだろ」
やや呆れを含んだ声に怯むものの、俺はすぐに首を傾げた。
「ギルもここにいていいの?」
「別に悪さするわけでなし……連れなんだからおかしくはないだろ。それに、一人で大丈夫なのか?」
肩を竦めたギルは、そう言って俺をからかった。が、しかし。冒険者組合や各種施設の場所やシステムなんかは、『Arkadia』通りであればむしろ慣れ親しんだものだ。身体検査もなかったし、プレイヤーであることさえばれないなら特に不安はない。
……俺のことを『知っている』ギルと一緒にいる方がよほど不安だ。ギルの護衛はゼクスシュタインまで。つまりもう終わっているのだ。ギルがそれでも俺のそばにいるのは、やはり何かを要求するつもりなのだろう。あるいは、別れ際に、また黙ってなにかを持って行かれるのかもしれない。
とはいえ、一人の方がいい、なんてことも言えず、俺は大丈夫だよと返すだけに留めた。
「そうか? じゃあ、今日の宿はどうするつもりだ?」
「とりあえず登録を済ませて、今まで稼いだ魔晶石とかモンスターの素材を換金して荷物整理でしょ? それからお金と相談して……ああ、ご飯も食べたい。こういう街って宿で食事も出るの?」
冒険者としてはともかく、『Arkadia』では食事は携帯できるものを買って、ダンジョンやフィールド探索中に、ステータス異常を治すために摂っていたから全く分からない。
ギルに訊ねると、場所による、ともっともな言葉が返ってきた。
「換金作業はともかく、宿は先に抑えとく方がいい。金も惜しまない方がいいだろうな。取り敢えず屋根さえありゃあいいって程度の宿は雑魚寝ってこともザラだし、宿泊客同士での喧嘩も多い。お前、街が初めてなら鍵のついた部屋があるところにしとけよ」
親切な言葉の数々に目を瞬いていると、ギルが首を傾げるようにして俺の目を覗き込んできてのけぞった。
「聞いてるのか」
「きっ聞いてるっ あ、あの、ありがと。そうする」
ギルの顔立ちは整ってるんだし、それでなくとも、その、そういうコトをしてる関係なんだから、不用意に近づくのはやめて欲しい。……と、思うのは俺の勝手でしかない、か。
期待にも似た動悸にくらくらしつつ、なんとか距離を取る。
「ぎっ、ギルは? 俺をここまで守ってくれるのは終わったわけだし……」
「そうだな、お前が冒険者登録を済ませたら、少し話がある」
「へ」
なんだろう。あ、対価……いや、報酬? の話か。というかそれしかないな。
「……登録の後でいいの?」
「ああ。身元がはっきりしてた方がお前も安心だろ。誘拐だのなんだの、 妙なことにはなりにくい」
「……そういう危険がある話?」
「お前、それで逃げてたんだろ? 組合に登録すりゃ、そいつの情報は組合内で共有されるから滅多なことは起こらない。冒険者組合の場合は依頼を一つでもこなした実績がなければ除名されるが、内容によっちゃガキでもできるからな。お前は薬も作れるしアドルフをテイムするだけの力もある。魔法も使えるとなると歓迎されるだろう」
「ほんとに!」
最後の言葉が嬉しくて思わず破顔する。と、そこであることに気づいた。
「そう言えばギルって――」
冒険者なの、と聞こうとして、できなかった。さっきの門番とは違う、けれど同じ格好をした少年が俺の名前を呼んだからだ。
「ヒューイさん」
顔と名前が位置してないのだろう、辺りを見渡して反応する人物を探している彼に返事をした。
「俺です」
「あ、よかった。組合の方に確認が取れたのでもう街の中に入っても大丈夫ですよ。冒険者組合の場所は……そうですね、ここから見える看板、分かりますか? あれです。あそこは各組合が集まっていて、モノレールの駅も近くにありますからどこに行かれても迷わないと思います」
少年が指し示した先には『Arkadia』でも馴染み深い、鉄製の看板がぶら下がっていた。店先に突き出すようはみ出したそれは、盾と剣のレリーフが刻まれている。厳めしさを発しているが、看板の素材は都市によって異なり、木彫りだったり、木の看板に絵として描かれていたりと様々だ。共通するのは街の入り口近くにあることで、街の外に繰り出すことの多い冒険者にはありがたい配置になっている。
「ご丁寧にありがとうございます。早速行ってきますね。ご苦労さま」
俺が軽く頭を下げて礼を言うと少年は驚いたように目を見開いたが、すぐに姿勢を改めて見送ってくれた。
軽く手を振り、看板を目指す。歩きながらギルにまじまじと見つめられたけど、訊ねてもなんでもないと言うばかりで俺は首を傾げた。粗相はしてないはずだし、そうであれば多分、教えてくれるはず。
だったらあまり気にしなくてもいいかと、組合のドアを押し開けた。
年季の入った重厚なそれにはドアベルがつけられていて、カロカロと重苦しい音が響く。中にはあまり人はおらず、幾つかの顔と視線がこちらに向けられたがすぐにそらされた。
そのまま中へ入り、入って直ぐの右手にあるカウンターへ立つ。ここか受付だ。
「ようこそ。今日のご用件は?」
落ち着いた雰囲気の青年に、少し方の力が抜けた。
「初めまして。今日は冒険者登録をしにきました。ヒューイと言います」
「ああ、紹介状の。話は聞いてるよ。じゃあ早速始めよう」
青年はギルに目を遣ったが、ギルが小さく首を振ると再び俺に向き直った。
「まず、今から行うのは仮登録だ。今日から一ヶ月の間にあっちにある掲示板に貼り出してある依頼のうちどれかを達成できれば、その時点で本登録される」
青年が指差した先には壁一面に大きな三枚のコルク板があり、小さな紙がピンで留められていた。真ん中のコルク板が一番大きな面積を占めている。
「まずは向かって左側のコルク板から説明しよう。あそこには街中で足りる依頼が張り出されている。殆どは配達や掃除などの雑務だな。危険性は低いが力仕事の場合もあるから、きちんと自分でできるものなのかどうか考えるように。
次に真ん中のコルク板だが、あれがメインだ。左側が採集で、右側が討伐。モンスターの素材の採集は討伐に分類されるからそのつもりで。難易度は下から上へ高くなる。この街での討伐依頼の大半はモンスターの素材目当てだったりするから、内容はきちんと確認して、該当部位の状態に気をつけて持ってくること。
最後に右側のコルク板だが、あそこは特殊依頼扱いだな。人探しだとか、賞金首とか。賞金首には生死不問であったり、生け捕りであることが条件だったりするからこれもきちんと目を通すこと。いいね?」
ふむ。要は兎に角依頼内容はしっかり読んで、自分にできるかどうか、自分で判断しろと。その結果達成できなかった場合は自己責任、かな。
「分かりました」
俺が頷くと、青年はにっこり笑った。
「あそこにある全ての依頼はほぼ全て、期限が定めてある。真ん中のコルク板に限り、期限を守る自信がなければ依頼を受けずに外に出て、依頼内容を達成してからここで受付をしてもいいことになってる」
「……ええと、つまり、例えば薬草の採集だったら、先に採集を済ませてしまって、そしてここで依頼を受けると同時に依頼に書かれている内容物を渡せばいい、ってことですか?」
「それであってるよ。純粋な討伐依頼の場合はモンスターの持つ特定の部位……そうだな、耳や牙といったものを取ってくることになる。その場合は採集とは違うから、多少傷があっても構わない。勿論、条件を満たせても他の誰かが依頼を受けてしまっている場合は受け付けられない。万が一依頼を請け負った者が達成できなくても、だ」
確実に報酬が得たいのであれば先に受付を済ませておけってことか。
「分かりました」
「依頼を達成できなかった場合、罰則を設けることになる。罰則は依頼内容や難易度によってその都度決められるからそのつもりで。金で済めば軽いほう。失敗が続くと除名や、酷ければ奴隷になることもある。安請け合いはお勧めしない。……組合の信用のためにもね」
「はい」
頷くと、青年はそこで漸く一枚の紙を取り出した。懐かしいな。メインキャラで始めた時のことを思い出す。
こうして現実として説明を受け止めると、冒険者と言う身分は、何の後ろ盾がなくともきちんとしていれば認めてもらえる制度なのだなと思う。失敗せず、きちんと真っ当に依頼をこなしていれば信用してもらえる。それは味方を得ると言うこと。信頼されていくということだ。引きこもっている限り、絶対に得られないものでもある。
「ま、依頼の達成でも、仕事ぶりが依頼主に気に入られれば報酬が上乗せされることも少なくないし、名指しで依頼が来ることもある。励むことだよ」
青年はニヤリと笑うと、カウンターの上に出した紙に必要事項を記入するようにと羽ペンを渡してくれた。特殊な素材で作られたペンは、持ち主の魔力――ゲームで言うところの精神力とほぼ同義だ――に反応し、それをインクに変える性質を持つ。主に特殊な契約や儀式の際に用いられるものだ。
紙には契約の文言が記されていた。これに年齢、性別、信仰する神――勿論アルカディアを統べる神々のことで、無記入でもいいが、どれかしらを書くと特定の依頼が受けられるようになったり、受けられなくなったりする――、そして最後に名前を書くことで契約はなされる。
メニュー画面や鑑定結果は母国語表記だが、一応アルカディアの言語だ。プレイヤーの頃から、その文章の下に翻訳が浮かぶのは変わってない。
年齢と性別は先に書いておく。信仰する神は特になし。それから、一番下に名前を書く前に、念のため軽く書面に目を通した。大体が青年に聞かされたことと同じようなことだ。それが文語で整えられている。問題はなさそうだった。
この内容に同意し、書名すれば、やっと下準備が整う。
色んな思いを込め、名前を書く。掠れることもなく滑らかにペンは紙の上を走り、インクが俺の名前を描いた。
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