異世界スロースターター

宇野 肇

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一章 ギルと名乗る男

道中(2)

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 森を抜けたのは六日目の昼頃だった。森は丘陵の上にあったのも手伝って、木々の密度が恐ろしいほど減ったため一気に見晴らしがよくなった。青い緑は失せ、今度は鮮やかな黄緑の草原が目の前に現れる。いや、草原と言うべきなのだろうか。あぜ道が見えるから、これは畑なのかもしれない。土を休ませているのか。
「うわぁ……!」
 吹き抜ける風は心地よく、視界の中には空と大地に沿って緩やかに起伏を見せる草原と、そしてその向こう、彼方に、小さく城壁らしきものが見えた。
 思わず漏れた俺の感嘆の声に、ギルはくすりと笑う。
「ゼクスシュタインの城壁はここからでも見えるが、着くまでには早くても五日はかかる。あの城壁の門は日の出とともに開けられ、日没とともに閉められる。門の閉まっている時間は余程のことがなければ出入りできない」
「だから村に寄って、開くのを待つ?」
「上手く街の中に入れるように時間を調節する意味もあるが、同じ野宿でも村が近くにあるだけで大分変わる」
 よくできましたとばかりにくしゃっと頭を撫でられる。驚きに目を見開いたが、ギルは特に何を言うこともなく歩き出した。
「野生の動物に混じって小型のモンスターも出る。ここから一番近い村までそう遠くはないが、気を抜くなよ」
 慌てて隣に位置付けた俺に振ってきたのは窘めるようなそんな言葉で、森の中は兎も角、平原慣れしていない俺はとにかく頷いておいた。

 草原は広く、歩けど歩けど彼方に見えていた城壁は全く姿を変えなかった。一向に近づいている感じがしない。加えて、草原に入って見てわかったのだ、生い茂る草は俺の背丈と殆ど変わらず、速度が落ちた。分け入るように、あるいは合間を縫うようして、ギルの先導でせっせと前を目指す。これは案内があって良かった。想定外だった。ゼクスシュタインからフォーレまでの道のりは、森さえ出れば街道があり歩きやすいのだが、隠れ家を経由したこともあってそんな慣らされた道などはない。
 それでも、目に見える変化はすぐに訪れた。次第に畑として機能しているらしい土地が増えてきて、雑草が減ってきたのだ。人の生きる気配にわくわくともどきどきともつかない気持ちが静かに満ちてきた。どういう人たちなんだろう、と思いを馳せる。
 ある種の高揚感に浮ついた心地になっていたが、戦闘は問題なかった。ギルとアドルフの感知能力は高く、気配を消して待ち伏せするタイプもいなかったため不意を突かれることもなかった。
 鋭い牙をもつウサギ型のマッドラビットや、巨大な蜂型のB.B.と言ったモンスターを狩り、魔晶石を回収する。有用な素材を剥いで周囲に燃え移らないように処理。アドルフが肉を食べたがったからその分は胃に消えたが、できるだけほかのモンスターや動物が寄ってこないようにと配慮しながら歩いたため、村に着いたのは日が暮れた後だった。野宿しようにも火を熾す場所を決めかね、ギルも村の場所へは迷うこともなかったから夜になるのを承知で村を目指した結果だ。
 アドルフはモンスターだし、念のため村の外で畑だけ荒らさないように言って放しておいた。指笛を吹くか、スキルを発動させることで合流できる。……森の中では不自由はなかったが、人里に出ていくんだからテイミング済みのモンスターであることを示す目印があったほうがいいかもしれない。
 村にはほんのりと優しい明かりが家々の中から漏れていた。生活魔法で明かりをつけているのだろう。外に人の気配はなく、なのにギルは迷うことなく村へ入って行く。
 不審者扱いされて攻撃されないのかと思ったが、もしかすると旅人が立ち寄り屋根を借りたいと言うのはあまり珍しいことではないのかもしれない。
 ギルは村の端に建っていた、少し立派な建物の戸を叩いた。家は木と土壁、たまにレンガが見え隠れしてる。小さなところだからかあちこちに点在するように建っているが、城壁のない場所ではこんなものなのだろう。
 ギルが戸を叩いてから待つこと数秒、戸の横の土壁に開けられていた郵便受けのような穴から光が差し込んだ。
 眩しさに目を細めていると、光は止み、代わりに戸の向こうで何か……つっかえ棒を外すような音がした。
 ぎ、と蝶番が軋み、戸が開けられる。部屋の奥に灯された明かりを背に、40代半ばくらいの男性がこちらを見ていた。
「よう」
 ギルが、俺のところに来た時そうしていたように同じ言葉を投げかける。男性は俺とギルを見比べた後、口を開いた。
「なんだ、『黒いの』か。今日は連れがいるのか?」
「ああ。……」
 じっと俺を見てくる男性の耳にギルが何事か囁くと、男性は軽く目を見開いた。
 なんだなんだ。知り合いなのか。ギルはここ出身だったのか?
 そわっとすると、耳打ちを終えたギルが男性から離れる。それから俺に向き直り、口を開いた。
「ヒューイ、こっちはこの村の村長」
「初めまして、タンザだ」
 俺を見定めるように見ていた男性は、そう名乗ってにっこりと笑ってくれた。……初対面なのに随分好意的に思える。さっきギルは何を囁いたのだろう。
 気になるが、まず先に頭を下げた。
「初めまして、ヒューイと申します」
「今こいつを連れてゼクスシュタインまで行く途中なんだが、屋根を貸してくれ」
「ああ……そりゃ構わないが。あんたはともかくヒューイくんは大丈夫なのか?」
「問題ない。……毛布も一枚くれ」
 俺を置いて話が進んで行く。黙って聞いていると、どうやら野宿は免れそうだった。
「外にある竈は火さえ消してくれれば好きに使っていい」
 タンザさんはそう言って、家の奥から引っ張ってきたらしい大きな布団を渡してくれた。使い古されているが、日干ししたいい匂いがした。
「いい場所とは言えないが、野ざらしよりは大分いいと思う。ゆっくりしていきなさい」
「あ、ありがとうございます」
 かけられた言葉と声は優しくて、俺はもう一度深く頭を下げた。

 毛布を抱えて向かった先は、民家からは少し離れた場所にある干し草小屋だった。屋根があって、壁もしっかりしている。通気口こそあるものの、吹き晒しになるよりはずっと良さそうだ。中には崩した藁が山積みになっていて、ギルはそこを少し整えて、俺に毛布を広げるように言った。
 ……うーん、ギルの出身地かと思ったけどそうじゃないらしい。ここに住んでいたら家だって持ってるだろうし……。家を持たず各地を転々とするのは行商人か冒険者位のものだ。商人という感じもしないし、ギルは冒険者なのだろうか。一度も暴力を振るわれたことはないし、脅されたり、凄まれることさえなかったからならず者ではないだろうし。
「先に飯にするか」
 ぼうっと考え込んでいるとギルにそう声をかけられた。我に返り、慌てて返事をしてさっきのタンザさんの家の裏手へと移動する。どうやら炊事場は外にあるらしく、そこの竈を借りて調理することになった。日中仕留めて血抜きを済ませた肉を捌いていると、タンザさんに声をかけられた。
「余り物でもよければこれも食べるといい」
 渡されたのは、ナンのようなパンだった。いや、ナンなのか? 疑問に思って『鑑定』してみるとナンだと表示された。
 ピザ生地に似たそれは肉を挟んで食べてもいいし、冷えてしまってもスープを作って、それに浸して食べてもいい。温かいうちならそれだけで食べても甘みがあっておいしい、腹の膨れる魅力的な食べ物だ。チーズをかけて焼直してもイケるし。
「ありがとうございます。あの、こんなによくしていただいていいんですか?」
 四枚あるそれを両手で受け取りつつそう訊ねると、タンザさんは目を細めて優しく微笑んだ。
「いいんだよ。受け取って欲しい」
 初対面とは思えないほどの態度に困惑してしまうのはギルという前例があるからだろうか。なにを要求されるのだろうと思いながらも曖昧に頷くだけに留めてしまった。追求する度胸もなく、助けを求めるようにギルを見る。
「取っとけ」
 そっけない言葉に眉が下がった。拒否をするのも悪い気がして、もう一度頭を下げて受け取ると、タンザさんは「いい夜を」と言って家の中へ戻って行った。
「ギル、……これ、本当に食べても?」
 『鑑定』で、手の中にあるものが本当に何の変哲もない食料だということはわかった。それでも貰う理由が分からず首を傾げると、ギルは気にしなくていいと言って肉を焼き始めた。その手つきは危なげもなく、手馴れていることはすぐに分かる。
「村の人たちは、こういう風に外の人をもてなすのが普通なの?」
「俺はもう何度も世話になってるから、それもある。あとはまあ、村人の要望に応えられるなら相応の待遇が受けられる」
「……俺たち、まだなにもしてないけど」
「明日なにか言われるんだろう。今日は遅かったからな」
 そういうものなのか。
 こういうリアルな旅の経験などない俺はその時のギルの言葉をそのまま受け入れ、直ぐに忘れてしまった。疑う気持ちもなくはなかったのだが、それが日を跨ぐことがなかったのは、ギルに身体をまさぐられて吹っ飛んだからだ。

 生活魔法で身体を清めてさあ寝ようと身を横たえると、当然ながら一枚しかない毛布を分けることになる。ギルと俺は藁にくぼみを作って、そこに毛布を広げて真ん中に身を収め、簀巻きのようになった。
 密着する身体。俺の意識のある内にこうして一緒に寝るなんて初めてだ。
 なんだか恥ずかしくて背を向けたものの、背中に人の温もりのある寝床は抗い難い心地よさに満ちていた。あっという間に眠りへ誘われた俺が目を開けたのは、虫の声も聞こえないほど静かな闇の中だった。
 ギルの手がいやらしく俺の胸を弄っていたのだが、はっきりと覚醒し切らない頭では焦りを感じないほど、それは気持ちが良かった。
「……ん、ぅ……」
 暖かくて気持ち良くて、意識は波間を漂うようにふわふわとしていた。身体を撫でてくる手は特に暖かく、肌寒い夜の空気の中ではありがたかった。
「あ……ぁん……」
 胸を優しく摘まれて声が漏れる。そのまま指の腹で、同じように優しく、優しく乳首をこねられて、俺は気持ちいいと感じるまま腰を揺らした。
「んっ……ぁ、ああ……はぁっ……」
 気持ちいい。
 優しくて暖かくて、もっとして欲しくなる。
 ふわふわするような感覚のまま身を委ねていると、そっと、耳元に声が差し込まれた。
「可愛い」
 俺の好きな低い声だった。それが俺の中に落ちてきて、腰を這いまわる。その感覚があまりにも激しく生々しいものだから、耐えかねて、あっという間に頭が冴えた。
「はっ?! っ、ちょ、ギル?!」
 小声ながらも肘でギルの身体を押しのけて振り返ると、ギルは好都合とばかりにそのまま仰向けになった俺に覆い被さった。
「やっ……!」
 足が絡み合い、俺の股間をギルの太ももが押し上げてくる。閉じられなくなった足のせいで心許無くんり、それだけで制圧されたかのような錯覚をしてしまいそうになる。実際、組み敷かれているのだが。
 改めて見ると俺の首元までしっかりと覆う詰襟タイプの服は既に首元から下が肌蹴られていて、最後の一つのボタンとホックをはずされると、すっと冷えた空気が俺の肌を撫でていき、体温を流してしまった。それでも、同じように胸元を開いたギルが近いから、少し遠くに暖かみを感じる。
 ギルは肌と肌を合せるようにしながら、器用に俺のズボンをはぎ取った。藁に埋もれ、毛布の中で身を捩りながらもあっさりと俺の片足から衣服を取り去ってしまう。解放された左足の太ももは直ぐにギルの大きな手で愛撫されて、逃げるために折った膝は股間をギルの太ももに押し付ける結果になり、強請っているような動きになった。
「だ、だめだって、ここ、外だしっ……ひ、人が、ちかくに」
「声を抑えてりゃ聞こえないだろ」
 俺の抗議は全くの無意味で、ギルは夜特有の熱っぽい吐息に俺の名前を乗せた。
「ヒューイ」
「っ……」
 それだけで俺の肌は粟立って、ぴくんと跳ねてしまう。拒みきれないのだ。肌が心地よくて、気持ち良くて。
 離れがたい。
 硬く目を閉じてそう思った直後、唇に柔らかいものが触れた。
 ちゅ、と音も立たない程小さく吸われ、唇だと気付く。何度も角度を変えて繰り返されるキスに口元が綻んで、少しずつ、応えるように俺の唇が開きだす。タイミングを合わせてギルの唇を捉え、次第に漏れ出したリップノイズに水音が混じる頃には、俺の身体は熱く火照って解放を求めていた。
「ん、……ん、っ」
 毛布をぎゅっと握りしめながらもどかしく腰を揺らす。勃起したせいで上手くギルの足に擦り付けられずにいると、太ももを撫でていたギルの手が俺の股座へ潜り込んだ。
「あっ……」
 大きな手は俺のものをすっぽりと覆ってしまう。優しくその手に包まれて嬉しそうな声が出てしまったのを隠すように手の甲で覆うも、直ぐにギルの手を重ねられ、絡め取られてしまった。そのまま、縫い付けるように顔の横で固定される。
 一連のことは全て暗闇の中だったけれど、俺は『暗視』のおかげでよく見えた。ギルの目が熱っぽく俺を見ていることも、はっきりと目が合ってギルが目を細め、彼からも俺のことがしっかりと見えていることが分かってしまう。
 再びキスで唇を塞がれ、ギルの手が動く。俺の弱いところなんて全て知られていて、先走りでぬめつく先端と鈴口をやわやわと触られた。
「は、ぁ、あああ、っ」
 約二週間溜めこんだ上、疲労が溜まり始めていた身体はそれだけであっさりと果てた。
 ぴゅく、びゅくんと出したものがギルの手を汚す。余りの早さと気持ち良さに自分でも言葉が出せないでいると、笑みを帯びた声が間近で聞こえた。
「もうイったのか」
 嘲笑と言うには甘いそれに俺がなにも言えず咽喉を引き攣らせると、ギルの舌は俺の乳首へと下がっていた。
「ぁ、んゃあ……っ」
 ぬるぬるした手はまだ俺のものを握り続けていて、微かに刺激を与えてくる。その上随分感じるようになった胸に触れられて、引きかけた身体の熱はまた新たに上がり始めた。
 腰をくねらせると、ギルの大きな熱が太ももに触れる。恐る恐るそこへ手を伸ばすと、上から手を重ねられ、そこへ押し付けられた。
 は、とギルの吐息が乳首に吹きかけられる。俺はギルにされるがまま、その猛りを撫で擦った。
 縫いとめられていた手に力を込めて引くと、ギルの手が離れていく。解放された手でギルの腰紐を解き、そっと柔らかな生地をずらせば現れる、反り立った肉の棒。ギルは俺の手をそこへ導いて握らせると、そのまま俺の手ごと包んで扱きだした。
「ん……」
 色っぽい声が響く。小さな声なのに、距離の近さと場所の所為か酷く大きく聞こえた。
「ギ、ル」
 名前を呼ぶと、ん? と優しげにも切なげにも聞こえる声が返ってくる。俺が自分でギルの昂りを擦ると、俺を握るギルの手も動き出した。
 体勢がきついからか、四つん這いになっていたギルが俺の上に跨った。その重みは思っていたよりは軽く、気を使われているのがわかった。俺も上半身を起こし、改めてギルのものを握る。自然、顔が近くなって、目が合い、唇が重なった。
 そう言えば隠れ家を出てから急にキスが増えたが、不快感はない。ただ、興奮を追い立てる感触だけが胸に入ってくる。
 雄を手にしながら煽り合い、二度目の射精はゆっくりやってきた。キスを繰り返しながらギルの顔を見つめていたが、俺の方が先に限界を感じ、顔をゆがめてしまう。それで察したギルが手を早め、俺は吐息に微かな喘ぎを交えて吐精した。
「……っ!」
 イってしまって手が止まりそうなのをどうにか力を込めて、動きを続ける。それが良かったのか、ギルのものも俺の手の中で大きくなって、僅差で先端から白濁色の種を吐き出した。
 二人分の欲の後を受け止めた腹に目をやる。呼吸に合わせて動くそれを見ながら指を振って対象を消す。二度目の射精だったのと、イったことでまた眠気が瞼を覆い始める。
 疲労もあったのだろう。俺は特になにも考えずにそのまま何もかも放り投げてまた、夢世界へと落ちて行った。



 翌朝。そっと目を開けると、目の前に浅黒いギルの胸があった。筋肉で覆われて隆起する肌に傷は見えない。最初に介抱して以来、ギルが傷を負っているところは見たことがなかった。
 そのギルに抱きしめられて眠っていることに気づいて、無性に嬉しいような、恥ずかしいような気持ちが胸を占める。
 少し目線を上げると、眠っているギルの顔がよく見えた。意識を失っているのは最初もそうだったが、年下だということとギルの人となりをあの時よりは知っている今、改めて見ると、悔しいけどいい男だなと思う。
 あどけなさを感じるのはきっと、眠っているせいで無防備に見えるからだろう。凛々しい眉に切れ長の目。黒い髪は短く整えられていて顔にかかることはない。一房分だけ伸ばされた襟足は三つ編みにされている。淡々とした態度はなりを潜めているが、ギルの気性が穏やかなことと、その肌がこんなにも温かいことはもう、ずっと前から知っている。
 普段はあまり見ないようにしているせいか、ギルの顔をこうもしっかりとみるのは新鮮だった。薄い唇は柔らかそうで、この唇とキスをしていたのだと思うと胸が跳ねてしまう。閉ざされた唇の奥には、俺を翻弄する舌が眠っているわけで。
 ……唇を合わせてそっと舌を差し込めば、中に入れてくれるだろうか。
 ふとそんなことを考えてしまって、慌てて視線を引き剥がした。朝になってもこんなに近くにギルがいるから少しはしゃいでしまったようだ。自分で自分の心境の変化に戸惑ってしまう。
 何とも言えず一人どきどきしていたが、俺の腰に回された腕の存在に心は落ち着きを取り戻した。
 望んでいたものは、これだ。
 しっくりと馴染む心地に口元が綻ぶ。両足ともにズボンを通していて、俺が寝てしまった後ギルがはかせてくれたのだと思うとまた気分が浮上する。首元や腰紐は緩められたままになっていたが、そのせいでお互いの体温がよくわかった。今の今まで眠っていたから、すごく暖かい。
 まだ空気は肌寒く感じられ、もう少しこの腕の中で眠っていたいという思いからそっとギルの胸板に頬ずりをする。耳を当てると、穏やかな鼓動が響いているのが聞こえた。
 こんな風に、穏やかに、幸せに感じる朝を迎える日が来るとは思ってなかった。
 いつもならするタイミングがないが、ギルの肌蹴たシャツをそっと掴んで、自分から身を寄せる。くん、と鼻を鳴らすと、自分ではない人の匂いがした。
 隠れ家の布団にさえ一切残らなかったギルの痕跡。今の内にと深く吸い込むと、まるでギルに内側から撫でられたようにぞくりとしてしまった。でも、それさえも俺の頭を覚ますには不十分で。
 俺は静かなギルの鼓動と呼吸を聞きながら、再び溶けるように眠りに落ちていた。人の気配に敏感なギルが起きている可能性なんて、寝ぼけた頭では全く考えもしないまま。
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