合縁奇縁の穴と部屋

宇野 肇

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合縁奇縁の穴と部屋

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 田舎の農夫の家に五男として生まれ、幸いにも丁稚奉公に出た先で商売のいろはを教わり、大きな商会の経理として雇われて今に至る俺の人生は、奉公先で旦那様に尻の穴を開発された時にその方向性が決まったような気がする。

 男の雄そのものを尻の穴に抜き差しされてそこで深い快感を覚えた俺の身体は、すっかり女を抱くよりも男に犯されることに馴染んでしまった。

 男娼は買えるが、客が犯される側を望むとなるとその数はぐっと減る。また、商売柄いつまでも男に犯されて喜んでいること――正しく言うのならば、覚えがめでたいわけでもなく、可愛がって貰えて出世が見込めるわけでもないのに、ただただ男に尻穴を犯されることが好きなこと――が周知されるのは宜しくなかった。そもそも、旦那様の後押しで数年前に勤め先が今の商会に変わってからは誰を相手にもしていないのだが。

 悶々としながら、社宅の一室で声を殺して自分を慰める日々。そんなに大きな声を出しているわけではないが、後孔での享楽は2時間以上に及ぶ。ゆっくりといやらしく中を擦られるのが好きな俺は、今の支店に勤めるようになってから切なく疼く身体の奥を満たせないでいた。



 次なる商売に張り型はどうか。好い人がいる素振りで、その女と楽しむための道具としてどこからか調達してくるのはどうか。

 あの手この手で自分の部屋の中にそう言った男根を模したものが不自然でないようにするにはどうすれば良いのか頭を捻り、思い悩む日々。



 そんなある日、1DKの俺の部屋の壁から、突然大きくて逞しい姿をした男の雄が、ぴんと突き出していた。

 シャワーを浴びた後のことだった。

 元々貼ってあったポスターの女の、豊満な胸の谷間から、明らかに人間の男の、欲望で張り詰めた雄が顔を出していた。少しポスターの穴を破いて広げてみたが、壁の穴は綺麗な円形で、まるであつらえたかのように勃起した雄がそこから突き出していた。

 さて、隣に住んでいるのは誰だったか。

 いくら木造で薄いといえど、壁に穴を開けるなどという芸当が直ぐに出来るはずもない。ポスターは恐らく元々あった穴を隠すためのものだったと考えた方が良い。なんのための穴なのかは――隣の住人がやっていることが答えだ。

 この社宅に女はいない。同棲も不可。ギリギリ女を連れ込むのは許容されているが、それは娼婦が仕事として来ることを許可する位で、恋人の場合はそのままズルズルと同棲することもあるため基本的には咎められる。

 ならば、これはかつての住人がひっそりと男同士で楽しんだ痕跡だとするのが妥当なところだ。喧嘩や事故があって空いた穴ならば普通は修繕するだろうし、穴の形が綺麗すぎる。意図的に開けたものだろう。



 壁に穴が空いていたのなら、俺が一人で長時間耽っていたことも筒抜けだったのだろうか。

 声は殺していたし、あまり夜遅くないうちから致していたから外の喧噪もあって、そんなにはっきりとは聞こえていなかった……はず、だ。

 今日も今日とて快楽のために準備をした後だったこともあって、いささかタイミングが良すぎる。今までの自慰行為をもしかしたら聞かれているばかりか、ぷつりと小さな穴でも開けてそこから覗かれていることさえあったかも知れない。そう思うと、俺の身体は一気に熱くなった。

 隣人が俺の行為を楽しんでいただろうことは、突き出したモノを見れば分かる。

 一度ごくりと唾を飲み込むと、性的興奮で兆し始めた自分のものもそのままに、俺は壁の前へそっと移動した。



 ……どのみち驚かせるのだからと、そっと指で触れようとして思いとどまる。

 どきどきと逸る心臓を自分の手でそっと押さえつつ、床に膝をついて、その逞しく勃起したものに吐息をかけた。これで向こうにもその意味がわかるはずだ。

 ぴくんと跳ねた雄に今度こそ手をかけて、殆ど同時に唇を寄せる。舌を這わせ、唾液で濡らすと、まるで応えるように先走りがあふれ出した。

 あぁ……なんて素晴らしい。

 感嘆の声を出したいのを堪え、我慢汁を舐める。ちゅ、ちゅ、と甘く吸い付くと、俺の身体が期待に疼き始めた。

 既によくよく準備が出来ている後孔はそのままに、皮越しにもわかる浮き出た血管にそって舌を這わせ、根元から鈴口まで、たっぷりと味わう。雁首もはっきりとして、これで中を引っかかれたらと思うだけでテンションが上がった。



 ぷちゅくちゅと音を立てながら雄を口の中に含んで、手も使って扱く。顔も知らない男との行為は、思うよりも高揚するものだった。旦那さまの雄も太くて立派だった。幼い俺の身体は、受け入れるのに随分と苦労したものだ。

 けれど今は違う。使い込んだ後孔は、きっとこの雄も喜んで咥え込むだろう。



 ふ、ふ、と俺の息が雄にかかる。壁を隔てているせいで、いきなり動かれて喉奥に深く突き入れられたりすることもない。ビンビンに勃起して萎えることの無い様子に、俺は心ゆくまで久方ぶりの雄を味わった。

 その間も雄は果てる気配がなく、俺はそっと立ち上がると、壁に尻を向けた。手を添えて、熱くそそり立つそれを自分の尻の穴へ導く。

 息を整えてから、少しずつ尻を壁に押しつけた。



「ん、ぁ……ぁ、あ……っ」



 声と言うには微かな音が喉から漏れていく。様子を見ながら少しずつ迎えようとしているからか、俺が腰を前後させる度にぬちぬちと後孔から卑猥な音が聞こえてしまう。

 ゆっくり、ゆっくりと根元まで迎えると、俺は意識して呼吸を深く繰り返した。それからまたゆっくりと雄を抜き、また入れる。時折魅力的な雁首で後孔の口元を弄り、中の良いところを狙って腰をくねらせ、最も疼く奥を満たすように根元まで咥え込み、壁に尻たぶを押しつけるようにして自分の身体を喜ばせる。それを飽きることもなく繰り返した。

 俺が気持ちよくなるためだけの動きだった。相手の男を喜ばせるのは十分だと思ったのもある。

 向こうが動くことはなく、俺は夢中で腰を振った。一定の間隔で動いていれば、嫌でも後ろで絶頂を迎えることは出来る。



「ん、ん、んっ、」



 上がる息は上擦って、声が漏れた。自分で乳首をいじり、勃起し続ける雄で一人高まっていく。じくじくと満たされないまま切なく疼いていた最奥が、雄に押され、擦られ、犯されて快楽に噎ぶ。きゅんきゅんとした感覚。そのあまりの甘さに腰を振るのを止められない。

 そのうちに快感と同調するかのようにビクビクと尻がリズミカルに痙攣しだして、俺は溜まらず声を上げてイった。



「あぁあん……っ!」



 緩やかな刺激だったが、充分だった。ガクガクと膝が笑い、床に崩れ落ちる。その際に勢いよく雄が抜けて、俺はそれにさえ感じてしまった。しばらく床で余韻に震えてしまうほどに。

 気づけば雄は姿を隠してしまっていて、緊張しながら穴の向こうを覗いてみても、既に何かで遮られているのか穴の先は真っ暗で、なにを確認することも出来なかった。

 ――最後まで勃起したままだったはずだ。まだ果ててないのではないだろうか。



 悪いことをしたと反省したが、その日は久しぶりの満足感に直ぐに寝てしまった。



******



 以降、俺の部屋の穴からは度々勃起した男の性器が飛び出すようになった。形は同じように見えるから、同一人物のはずだ。隣の部屋に住んでいる男は夜勤のようで、生活リズムが異なるためか部屋から出てくるところや、入っていくところを見ることはできなかった。勤め先にそれとなく聞いてみたところ、騒音トラブルを少しでも軽減するために昼勤と夜勤の部屋をできるだけ交互にしているということだった。



 俺達は俺が帰ってきて、彼が出勤するまでの間にお互いの身体を楽しむようになった。

 相手が楽しんでいるかどうかは分からないが、何度も繰り返すと言うことはそういうことなのだろう。あちらが雄を突き出すのは、こちらのシャワーの音を聞いてのことのようだった。楽しむために準備をする際は少し長い間籠もるから、それで分かるらしい。そこまで突き止められるほど様子を窺われていたのかと思うと恥ずかしいが、ビンビンに勃起する雄を見るとまあいいかと思ってしまう。



 俺の部屋に貼ってあったポスターは処分した。どうせ前からあるもので自分のものではない。ついでに家具の配置を見直して、壁に尻を押しつけやすいようにあれこれと工夫もした。行為の前には重い椅子を前に置いて、身体を支えるようにするとか。



 手や口で散々雄を扱き、しゃぶり、楽しんだ後は、いつも俺の後孔を使う。その間一度の射精もないのは俺の技術がどうとかではなく、単に相手が射精まで遅いだけなのだろう。これでも旦那様にはさんざん可愛がられ、仕込まれたのだ。俺が下手くそなわけがない。

 その証拠に、俺が満足しても勃起しつづけるその雄を、最後に手で沢山しごいて射精させるのが常だった。本当に持続力が尋常じゃない。この雄にずっと中を突かれてみたいが、壁越しでは俺の体力との兼ね合いもあって難しいのが現状だ。



 力強いその雄は射精の時は俺の手の中でびくびくと暴れて、白い子種を目一杯吐き出す。腹の表面で受け止める度いつかこれを奥でたっぷりと受けたいと思わせる量と熱に感じ入りながら、毎回うっとりして行為を終える。

 行為のない普段はお互いがそれぞれの方法で穴を覆い、隠しているのも常になり、身体が満たされた俺は仕事にも集中できて、順風満帆だった。







 田舎の農夫の家に生まれた五男など、居ても居なくてもそう変わらない。どこで何をしていようが、誰からもそう気にかけられることはない。そして勤めることは性に合っているが、店を一つまかされるほど覚えがめでたいわけでもない俺は、独身を謳歌していた。

 酒も煙草も付き合いはするが、女にはさほど興味が持てず、耽るほどのめり込んでいるものは隣人の男の雄を下の口でしゃぶることくらい。

 金の掛からない日々に、そろそろこぢんまりとした不動産でも持っておくかと考え始めた頃、それはやってきた。



「やあ、こんにちは。僕は同じサッツェロー商会の物流課……倉庫番って言った方が分かりやすいかな? の、コンラッドと申します。君がクィンシーで間違いないですか?」

「はぁ……」



 その日、仕事終わりの俺の部屋を訪れたのは、一人の美丈夫だった。

 勤め先の制服をジャケットの下に着ており、男が提示している身分証も勤め先が発行しているものに間違いない。焦げ茶の髪を短く整えており、よく見ると眉毛にまで手を入れているようだった。青灰色の瞳は理性的で穏やか。

 見た目だけなら営業課のような清潔感のある印象の、人の良さそうな面立ちの男。そんな男、それも物流課がしがない経理に何の用だというのか。

 心当たりがない俺の様子に、男は眉尻を下げて心苦しそうな表情をした。



「仕事終わりに申し訳ない。少し尋ねたいことがあったもので。立ったままでも良いんですが、中で話をしても?」

「ええ」



 立ち話でも良いというのなら、大事な話でも、長い話でもないのだろう。

 そう思ってドアノブを持ち、玄関を開けたままだったのを、身を引いてコンラッドを名乗る男を招き入れた。小さな玄関で、彼は靴を履き、俺は室内用のスリッパを履いている。このまま部屋へ上がるのなら靴は脱いでもらおうと言いながら、コンラッドが指先で俺の耳を貸すよう示すのを見て、一体何事なのかと耳を寄せた。



「――君がいつも僕のちんぽをしゃぶって楽しんでる、淫乱な男?」



 酷く楽しげに囁かれたそれは、俺の身体を縛るには充分だった。

 男が後ろ手でドアの鍵を閉める。さっと腰を抱かれて、突っぱねるよりも先に口づけられた。



「んん……っ!!!」



 頭と身体を引こうにも、キスと同時に後頭部を掴まれてそれもままならない。遠慮なく舌が唇を割り開き、歯列をなぞる。生温い感触と他人の唾液に怯むと、そのまま好き放題に口内を荒らされた。

 長い舌が俺の舌を擽るように舐め、上顎をつつつ、と這い回る。上顎が性感帯なんて、自分で分かるはずがなかった。

 ぞくぞくと、身体が快感に反応する。頭が動かせないなら舌と唇でしか侵入者を追い出す方法はない。そう思って必死で舌を動かしていると、絡め取られて吸い付かれて、そのうちに力が抜けていく。唇が離れる頃には、俺は息もままならないほど追い詰められていた。



「はぁっ……ぅ、けほ、っ」

「はは、かわいい」



 お互いの唾液で口と顎を濡らす男と、同じようにしながらも咳き込む俺と。

 どちらが優位なのかは明らかだった。



「……いきなりなんです。どこでそんな与太話を……」

「どこでもなにも、この三ヶ月、そこの壁の穴越しに何度もセックスしたじゃないか。しらを切っても無駄だ。君のお尻は僕のちんぽの形を覚えてるし、僕だって君の雌孔を知ってる」



 俺の腰を抱いていた手が不埒な手つきで俺の尻たぶを掴んだ。



「んっ」

「ほら……俺のちんぽが欲しくて、君の身体は疼いている」

「なにを……」



 少なくともこの男は穴のことと、俺がしていることを知っているようだった。

 俺が相手にするまいと一蹴しようとしても、男の口は止まらない。



「お互いが休みの日はしてなかったよな。だから今日は二日ぶりのセックスの日だ。君だって、今日僕のちんぽを入れるのを楽しみにしていただろう?」

「あなたのことなんて知りませんよ、よしてください。全く……誰に何を言われたか知りませんが、こんな不躾で無礼な真似をするなんて……」



 何かを考えるより先に、口からはするすると言葉が出た。男の言うように、俺だって「勃起した雄を見れば本人かどうか分かる」くらいは言いたいものだが、初対面の男に言うことでないのは確かだ。

 それに事実がどうであれ、今俺がこの男を受け入れるつもりがないのは確かだった。



「お引き取りください。今なら黙って……」

「隣の男の出勤時間は午後五時。午後七時から君とセックスできるわけがないんだよ」

「は?」



 男はぐいと腰を押しつけてきた。スラックス越しに、その中がきつく張り詰めているのが分かる。熱くて硬くて、湿っぽささえ感じるそれは、間違いなく雄だ。それも結構な大きさの。



「ちょっと事情があって、夜勤で出ている間は僕が隣の部屋を使っていたんだ。君も調べれば分かる。隣の男の名前がコンラッドでないことも、彼の生活リズムが君とかち合うことがないことも。……ああ、そろそろ問答も面倒だな。いつもはあんなに情熱的にしゃぶってくれるのに、君は僕のちんぽ以外どうでもいいのか」

「あなたがどこの誰かというのもそうですが、隣人の名前の事実がどうであれ、今あなたが俺を手酷く扱おうとしていること以上に重要で確かなことはないと思いますが」

「勿論優しくする。いつもゆっくりと楽しんでいるだろ。今日はもっと長く楽しもう。僕が射精すると嬉しそうな声を出すのも聞こえていたよ。今日は君の中にたっぷり出して犯してあげる」



 男の勢いは止まらなかった。もどかしそうに靴を脱ぎ、俺を引きずるようにして移動し、ベッドへ押し倒す。



「ちょっと!」

「準備がまだだって? そうだな、君が応じてくれるならいつものように自分で準備してもかまわない。嫌だというのなら、僕が今から心を込めて丁寧に解そう」



 容赦のない、ほんの僅かな手心も感じない声と態度に、俺は男の肩を強く叩いた。淀みなく男自身の言葉で紡がれているだろう内容は、間違いなく俺と彼の間で行われたことだ。そこに疑う余地はないように思えた。

 しかし、いつも俺の様子を窺い、穴から雄を出して動かなかった彼と、目の前の男が同一人物であることが未だに信じられない。



「……わかった。わかったよ。逃げないし応じる。だから今すぐ退いてくれ。俺の気が変わらないうちに」



 これが合意の上での行為なんて認めないが、……セックスが良ければ、本当にこの男の雄がこの三ヶ月の間に親しんだものであるなら……この強引なやり口を飲み込んでやってもいい。

 それにこの男がいつもの彼であることを確認する術は、もうこの男の雄を見てみるしかないように思えた。

 そして『いつも通り』準備をしてシャワーを終えると、男の方は既に服を脱いでいた。



「コンラッドというのは本名か?」

「勿論。フェアじゃないだろ。後で調べてくれていい。サッツェロー商会に勤めているのも本当だ」

「こんな状況に持ち込んでフェアもクソもあるか。制服を着て社員証も持っていて社宅にいるんだからそりゃあ関係者だろうさ」



 ふう、とベッドへ乗り上げると、早速男……コンラッドは嬉しそうに俺の身体に手を這わせた。



「やっと君を奥まで犯せる」



 耳元で言葉を吹き込まれ、身体が反応する。



「……精々楽しませてくださいよ、極度の遅漏殿」



 せめてもの意地でそう言うと、コンラッドは笑みを深めて俺の乳首に吸い付いた。



「んっ」

「勿論だ。男に狂ってすっかり淫らに変えられたくせに、誰も誘えないまま寂しい夜を過ごしていた君を満足させられるよう、精一杯努めるとしよう」



 どうやって知ったのか、はたまた単なるカマかけか。俺の過去を見透かしたような意趣返しの言葉にさえ、もう既に堕ち始めていた。コンラッドの指先が乳首を掠め、こねくり回す。そうしてあっという間に俺は男に抱かれる興奮に身を任せた。

 細くしなやかな指は旦那様とは異なっていた。それでも執拗に乳首を責められるのは同じで、俺は後孔が疼くままに腰を振るのを止められなかった。



「んっ、……く、……ぁ、はぁ……っ」



 身をよじり、悶えながら、コンラッドの舌は乳首から離れて、まるで不規則に腹の上をあちこち吸い付き始める。そのくせ両手は乳首から離れることはなく、俺は彼の唇が下腹部へ至ると、期待に胸が跳ねるのを自覚した。

 不意に視線が絡まり、唾液で濡れた唇がてらてらと光るのを見た。薄い唇が俺の勃起した肉棒を味わい、ぬるい温度の舌先が、見せつけるようにそこを這う。



「うぅっ……」



 初めての感覚に、俺はあっさりと射精しそうだった。整った顔立ちの男。今まで自ら動いたことのない、顔も初めて見る相手の積極的な態度。止まることのない愛撫に、旦那様からはされたことのない口淫。準備のために弄っていた後孔は既に快楽のための性器へ変わり、まだかまだかと雄を探して腰を揺らす。

 男のやり方を教授し、与えられる快感を食らうだけだった俺は、当然男のされるがまま射精へと誘われた。

 男が俺のものを深く咥え込み、はしたない音を立てて吸い付きながら頭を振っている。鼠径部が痙攣し、けれど目はそらせない。俺の息は上がり、男の両手がいつまでも俺の胸を弄るものだから、不規則に触れるせいで余計に乳首への刺激が予測できず、翻弄される。男は口を離すと、なんの支えもなくふらふらとする俺の亀頭を舌で俺の腹へ向かって押し倒し、ヘソのあたりでぢゅぽぢゅぽと唇と舌先で責め立ててきた。



「ああっ……!」



 呆気なく俺は射精した。その間も尻穴は切なく、身体の奥の欲求は満ちるどころか飢えるばかりだった。

 漸く乳首への愛撫を止められ落ち着いた胸の向こうで、男の口の中、舌を伝ってぼとぼとと落ちていく白濁を見ながら、俺はしばし何を考えることもできなかった。



「かわいいな。こっちは暫く誰にも可愛がられてないのか?」

「あぅっ………ん、やぁ……」



 機嫌よくコンラッドが俺の肉棒に口づける。未だ射精後の敏感さが残る局部への刺激に、俺は返事の代わりに頼りなく嬌声を上げることしかできなかった。

 シーツを乱し、息を整える。乳首はじんじんとして、疼く箇所が増えているようだった。



「休憩がてら、僕のも扱いてくれ。君のよく知るちんぽだ。勝手は分かるだろ?」

「……」



 なんて言い様だと思いながらも、男の取り出した雄の猛りは、間違いなくこの三ヶ月の間に見慣れたものと相違なかった。

 ぷりっとした亀頭。くぱくぱと物言いたげな鈴口に、雁首のくびれ。逞しく浮き上がった血管に、綺麗に整えられた陰毛。初めて見る玉袋も、雄に相応しくでかかった。

 ゆっくりと身を起こし、局部を寛げた男のご自慢のものへ顔を寄せる。お返しにと男を見上げながら根元から舐めあげると、官能に震えた吐息が俺の顔まで落ちてきた。



「あぁ……今日もすごい……君の口は上も下も良すぎる」



 まるで褒めるように頭を撫でられる。それ自体は悪くない感触だった。

 男には答えず、何度も愛用した雄に集中する。これが今日も奥へ入り、そして――いよいよ俺の最奥で力強く子種をぶちまけるのだと思うと、ぞくぞくした。

 たっぷりと唾液で濡らし、指と唇で扱く。袋をたぷたぷと優しく揉みながら、下から上へ。俺の最も奥を犯すものをくれとばかりに、鈴口を舌先で優しくなめ回しながら、長い雄を手でしっかりと握って大きなストロークで扱きあげる。

 時折びくんと跳ねるその力強さに、早くこれに犯されたいと身体が訴えているのが分かる。

 気が済むまで男の雄に媚びた後、ぷは、と口から離すと、また頭を撫でられた。男の様子を窺おうと、目線が自然と上がっていく。ビンビンにいきりたつ雄に手を添えながら仰ぎ見た男は……ギラついた目で俺を見下ろしていた。



「……っ」

「物欲しそうな顔で男を見上げるものじゃないよ」



 口では窘めるようなことを言っておきながら、コンラッドの様子はまるで逆だった。



「僕に背を向けて。膝を立てて……一旦ヘッドボードに手をかけて。そう。いつもみたいに後ろからだ。……さあ、自分で入れてみて……」



 下腹部を突き出すようにして待つ男へ、尻たぶを寄せて腰を落としていく。雄を支えるのはコンラッドが自分でいていたから、俺はそろそろと彼の雄を飲み込むだけで良かった。



「ん……っ……、ぁ、……んん……はぁ、……ぁ……」



 ゆっくりと息を吐きながら、慎重に根元まで近づいていく。

 いつもと角度が違うせいか圧迫感があったが、尻たぶが彼の下腹部にピタリとくっつくと、妙にほっとした。じくじくとした、痛みにも似た感覚があるが、少しじっとしていればそれもなくなっていく。



「クィンシー、ヘッドボードから手を放して。僕に寄りかかってみてくれないか。……そう。今日は僕がしっかり支えていてあげる。君はゆっくりが好きなんだろ? 僕が……動いてあげるから」



 言われるがままにコンラッドへもたれると、より一層密着して中からは快感が滲んだ。腋の下から彼の両手が入り、そのまま彼の方へと引き寄せられるように肩を掴まれる。足は膝立ちになった俺の少し外側で彼もまた膝をついていて、寧ろこれでは俺が自由に動くのは無理だ。

 まるで羽交い締めにされるような姿勢で、彼がほんの僅かに腰を俺の方へ押しつけた。



「あっ……あぁ……、やばい、っ……これ、っ」



 瞬間、俺の腰の深いところで、じゅわ、と快感が溢れ出る。身体から力が抜け、自力で姿勢を維持することができなくなる。

 一瞬でコンラッドに完全に寄りかかり、彼の吐息と体温までもが愛撫のような淫靡な感覚へ変わる。

 身動きもできない。甘やかでいて、しかし強烈に俺の身体を屈服させるそれは、絶頂と呼ぶにはあまりにも穏やかだった。

 ひくひくと、コンラッドの雄の先端を感じている場所が、彼を味わいしゃぶっているのを感じる。しかしそれは最早俺の意志とは異なるところにいた。俺は優しく腰を揺らされただけで、彼の雄に平伏していたのだ。

 最早意味のある言葉など出せるはずもなかった。

 ただ息を荒げ、微かな嬌声が引き絞った喉からぽろぽろと零れた。



「かわいい……クィンシー。こんなに可愛くお尻でイけるなら、もっと早くこうすればよかった」



 うっとりとしたコンラッドの声は劣情に濡れていて、彼と触れ合っている全ての場所は性感帯になっていた。身体を後ろから固定され、背を丸めて逃げることも許されない。

 俺の耳の形を楽しむかのように、彼の唇が何度も耳輪をなぞる。後ろからのそれはじれったく、今し方溢れたばかりの快感が再び生まれ、溜まっていく。ひくつく奥は俺が今どんな風になっているかなどまるでお構いなしに、絶頂へ向けて準備を始めて行く。



「ぁ、だめ、だめ……っ」



 磔はりつけにされたまま、崖の上から突き飛ばされるかのような恐怖がせり上がってくる。これが恐怖であるはずはないのに、快感と共に自分がどうなってしまうのか分からない未知への不安が一緒に育っていく。

 頼りない俺の声をどう捉えたのか、コンラッドは俺の耳介を唇で挟みながらも甘く囁いた。



「大丈夫、怖くないよ。気持ちいいだけだ」

「や、ぁっ……!」



 彼の方へ引きつけるようにしっかりと肩を掴まれたままだが、そもそも最早力が入らない俺の身体はされるがままだ。俺の頭の片隅だけが、小さな理性で知らない快感に怯えていた。

 身体は気持ちよくてたまらないのに、身体を壊すかのような激しさもないのに、俺の頭の中以外は既にコンラッドへ屈服し、もたらされる快楽を享受している。それどころか、散々いじられていた乳首が物足りないとじんじんと疼き始めているくらいだ。

 尻が痙攣し、びくびくと雄を締め付ける。殆ど動いていないはずなのに、微かに腰が動くだけで、俺の身体は大げさなほど淫らに反応した。



「んぁ、ぁっ、はぁっ、ぁん、んっ、だ、め、だっ……!」

「ふふ。我慢する? いいよ……根比べだ」

「やっ、ち、がぅ……っん、ぁ、ぁああ……!」



 楽しげな声の後、再びぐっと腰を押しつけられて、俺は背も喉ものけぞらせて快感に喘いだ。勝手に腰が揺れ、しかしそれを許さないとばかりにがっちりと押さえつけられる。

 すき。彼の長くて逞しい雄がいつまでも硬く勃ちあがって、俺の欲望を満たしてくれるのが、堪らなく気持ちいい。いやらしく俺の中を擦り、犯し、射精とは異なる深くてひれ伏すしかないような絶頂を導いてくれる雄は、最早俺にとって宝物だと言っても過言ではなかった。



 優しく、小さく揺さぶられながら、俺はちぐはぐな心身をコンラッドにさらけ出していたらしい。少しずつ腰の動きは大きなものになり、より犯されている感覚がはっきりとして興奮が勝ってくる。



「んぁあっ、それ、それいいっ、もっとぉ……! あ、ぁっ、あ、いく、またイくっ……!」



 尻たぶがぷるぷる震える。雄に中を突かれて、勝手に痙攣して、止められない。止まらない。

 いつしか、快感を追いかける以外できなくなっていた。

 にちにちと小さな音が身体に染みこむように聞こえてくる。いやらしいストロークはコンラッドの気の向くまま、小さく、大きく、時には尻穴を、また少しすると俺の奥を甘やかすように自由に変化した。変わらないのはその腰つきの優しさだけで、暴力的なまでの激しさはないというのに、彼が連れてくる快感に俺はよがり狂っていた。



「クィンシー、分かるかい? 君の淫らな雌穴の奥が柔らかくなって、僕のちんぽの先っぽをちゅっちゅて甘えながらしゃぶってるよ……ん、僕も君のここで気持ちよくなるからね」

「あぁっ、あ、んぁ、おくっ、おくすき、もっとっ、イくのとまんないっ、きもちいいっ」



 とちゅ、と優しく突かれる度に、彼の玉袋と、諸々の液が垂れた俺の尻たぶがぶつかり、湿った音を立てる。最早俺の身体の中は溶けてしまったのではないかと思うほども気持ちよさに、俺はただただ快楽を貪った。

 コンラッドの手が漸く俺の肩から離れ、上半身がふらつく。コンラッドはそんな俺の身体を支えながらも、最終的にベッドに押しつけた。



「んゃぁっ」



 乳首が擦れ、魚のように身体が跳ねた。気持ちよくて、自分からシーツに擦りつけるように身体をくねらせる。

 そんな俺の腰をしっかりと掴んだコンラッドは、ほとんど寝バックの姿勢で腰を振り始めた。

 長い雄が俺の尻穴を容赦なく擦り、改めて俺に形を覚え込ませる。微かにベッドが軋むが、それさえもろくに身動きの出来ない俺には、打ち付ける腰の勢いを補う程に強く感じる。



「あんっ、あっ、ああっ、やっ、こすれ、すごいっ、これ、ああっ」

「あぁ……っ! いいよ、僕もすごくいい、クィンシー、最高だ……っ!」



 荒々しい息が背中へ降り注ぐ。コンラッドが欲望に身を任せ、俺を犯している。最奥まで突かれ、俺の、誰も見たことのない窄まりでちゅこちゅこと雁首を引っかけて自分を高めながら、乱れることのない一定のリズムで俺を何度も絶頂へ押し上げる。

 勝手にビクビクと尻が痙攣し、シーツに擦れた俺の肉棒がどうなっているのか想像もつかない。熱くねっとりと湿った感触を下腹部に感じる。きっとびしゃびしゃに濡れて、みっともないことになっているのだろう。



「んぁっ、あ、あっ、イク、またイクッ……! ――~~っ!」



 何度目かの絶頂に身体がしなる。腰が跳ね、乳首と肉棒をシーツへ擦りつけるようにして俺はぶるぶると快感に震えた。

 ……やはり自分で迎えるのと、相手にさせられるのとでは、絶頂の大きさが違う。自分で動いていたときは自分の身体も感度もコントロールしようとしていたし、できていた。

 しかし今はどうだ。最初の一突きで僅かな理性以外を全て陥落させられて、あとは千々に乱れそうな感覚に戸惑い、それでも確かな気持ちよさに全てを彼に預けている。彼が俺をよくしてくれることに何の疑問ももっていない。――彼はそれほどまでに雄として理想的だった。



 ぴくぴくと余韻に浸っていると、彼は最奥よりも少し手前でぬるぬると雄を扱きながら、何度もそこへ向けて亀頭を当ててきた。

 位置がわかるのは、そこが男の尻をいやらしく淫らなものへと変える場所だからだ。かろうじて指で届くかどうかというそこは、こりこりとしたものがあり、それを指先で構ってやると堪らなく気持ちが良い。コンラッドが今狙っているのはまさにそこだった。



「んっ、んっ、あ、そこ、いや、っ」

「気持ちよくない?」



 絶頂から降りてきて間もない身体は、勿論そこでの快感も拾う。胸がきゅっと切なくなるから、最奥で感じることができるようになってからはあまり楽しまなくなった。

 悲しくもないのに涙が出て、狂おしくなって、なにか心にもないことを言ってしまいそうで怖くなる。

 コンラッドの雄が抜け、身体を転がされた。しっとりと濡れたシーツの上で、体液にまみれているのは俺だけだ。しかし彼はそれを厭わず、まるで恋人を宥めるかのように何度も俺に口づけた。



「んっ、ん、」



 柔らかな唇で少しだけ吸い付かれて、リップ音が響く。目尻や頬に受けていたそれが俺の唇にやってくると、その感触の甘美さに頭の中が溶けそうだった。知らず戻ってきていたらしい力がまた抜けていく。



「おく……おくがいい……奥にだして……」



 うわごとのように伝えると、コンラッドは俺の膝を抱えて再び中へ入ってきた。



「ああっ……ん……」



 そのまま貪るように突き立てられるのかと思ったが、予想に反し、彼は相も変わらずゆるゆると腰を動かし始める。俺の様子を窺っているようだと思って彼を見遣ると、うっとりとした顔で俺をじっと見下ろしていた。

 人の顔が、視線が、意識が。俺の痴態へ向けられている。

 そう思うと興奮と同じくらい理性が膨らみ、俺は息を吐いた。



「……なにか……?」

「いや。本当に……いやらしくて最高だな、とね」



 ふとコンラッドが笑った。気だるげなそれは色香を放ち、俺と彼の間に立ちこめる熱気を意識させた。

 言葉通り、彼も楽しんでいるのだろう。キスも愛撫も、躊躇いを感じない。旦那様は俺の肉棒をいじりはしたが、しゃぶったりしなかった。口づけも。覚えがいいことを褒められたし、都会へ出させてもくれた。しかし雄に堕とした俺の身体の面倒までは見て貰えなかった。

 当然だと思う一方で、しかし身体は寂しいと訴える。持て余した熱を同じ火力ですり合わせられる男がいるなんて期待してなかった。

 なんたる僥倖か。



「俺も……気持ちよくて、すごくいい……っ、ぁんっ」



 切ないところを擦られ、嫌だと示すために身をよじる。

 俺の反応をつぶさに見ていた男は、違わず意図をくみ取った。



「どうしてもここは嫌?」

「……勝手に涙が出るし、絶対変なこと言うから、好きじゃない」

「勝手にお尻がびくびくして、何度も絶頂するのは好きなのに?」



 からかうような言葉だったが、嘲笑の色は見えなかった。素直に頷くと、ならばおいおい、と不穏な言葉と共に彼が奥まで雄を突き入れる。ゆっくりとした動きと共に感じる圧迫感。その後に、じゅわ、と快感が吹き出て、俺はのけぞった。



「ああぁっ……!」

「さっきからずっと奥が開いてるね。君はいつも貞淑なここを開けて、僕を迎えようとしていた。状況が状況だから思うように届かなかったけど、やっと君が欲しがってたものをあげられる。僕が君の奥で果てるまで、君は何回イくかな?」



 コンラッドの言葉の間にも、こちゅこちゅと奥を突かれる。その度に温水が溢れるように快感が広がり、俺は啼いた。



「あぁん……っ、いい、あ、はぁんっ……もっと……」

「ああ……君の中、絡みついてくる……根元も、奥の淫らな小さい口も、僕の子種で犯して欲しくてきゅって締め付けて、吸い上げてくるよ」

「ぁあっ……すごい、おく、よすぎて、っ」



 彼の言葉通り、きゅんきゅんと身体が雄に喜び、しゃぶりついているのを感じる。圧迫感と共に快感が溢れ、もはやひくひくと痙攣するのが尻なのか身体の奥まった場所なのか分からない。ほとんど溶けているような錯覚さえあって、俺は彼の緩やかな動きに不定期に尻を震わせ、腰を跳ねさせた。

 触れられていない俺の肉棒は腫れぼったく、くったりと下腹部で揺さぶられ、俺の腹は白濁と透明の涎でひたすらに濡れている。その様を見下ろしながら、彼は酷く嬉しそうに口角を上げていた。



「あー……僕も、そろそろ……」



 コンラッドの声が何かを押し殺したようなものへ変わる。それでも動きは変わらず、俺はその最中にさえも甘くイき続けていた。気持ち良さそうな彼の声に反応して、俺の気持ちも盛り上がっていく。



「クィンシー、もっかいかわいく、イって……っ」

「んやぁああっ」



 不意に名前を呼ばれたかと思うと、彼は俺の膝から手を放して、前戯でしたように両手で俺の乳首をこねた。くりくりと押しつぶし、きゅっと摘まむのと同時に絶頂が来る。

 上も下も気持ちよくされて、俺はコンラッドの要求通り、強い刺激に身体を跳ねさせながらイった。直ぐに彼が俺の腰を掴み、片手で俺の腹をぐっと押さえながら腰を押しつける。外部からの圧迫も手伝って、硬い雄が俺を犯し、勢いよく種付けをした瞬間更に一際大きな快楽の山を越えた。

 そしてどうやってその山から降りたのか、覚えていない。



******



 気づけば朝を迎えていた。いつも違う明るさと外の喧噪にさっと肝が冷える。



「っ、やば、遅刻っ……!」



 飛び起きようとして身体に力を入れた瞬間、玄関ドアからコンラッドが入ってきたのが見えて、半端な姿勢のまま固まった。紙袋を抱えるようにして持っている。

 俺がベッドから転がり落ちるような勢いで起きたのを目にしたからだろう。微笑みの中に驚きをのせて朝の挨拶を述べた。



「おはよう。思ったより元気そうだね」

「あ……おはよう、ございます」



 戸惑いと共にかろうじてそう返事をすれば、苦笑が返ってきた。



「君の分も休みを取らせてもらった。隣の部屋のよしみで、と」

「はっ? いや、隣人の名義はあなたではないと――」

「そうだよ。事情をかいつまんで説明するのに、当人の了承も得ている。休みは午前中のみの半休だから、午後をどうするかは自分で決めるといい」



 甘やかな朝を迎えるのもそれはそれで悪くないのだろうが、コンラッドの配慮は今の俺にはそれ以上にありがたいものだった。

 素直に感謝を述べ、ベッドの上で力を抜く。そこでようやくベッドメイキングが終わっていることに気づき、重ねて感謝を示した。



「何から何まで、ありがとうございます」

「礼には及ばない」

「昨日強引に事を進められたことについては、これでチャラということにしましょうか」

「ははっ、いいね。それ。助かるよ」



 明るい声色と表情のまま、彼は靴を脱いで部屋に上がってきた。午後からの出勤について触れておきながら、また耽るつもりなのだろうか。

 動向を見守っていると、彼は俺の隣に腰掛けた。昨日散々乱していたはずの制服は、今はきちんと着込まれている。

 コンラッドは抱えていた紙袋から水の入ったボトルを取り出すと、俺へと寄越した。



「はい。朝ご飯食べるだろ? 昨日は沢山汁も声も出したし」

「……どうも」



 わざとなのだろう。情緒のない言い回しに口元が歪むのを感じながら、俺はボトルのキャップを外して一気に飲み干した。常温だが、だからこそ飲みやすい。

 ボトルから口を離して大きく息をつくと、楽しげにこちらを見ているコンラッドと目が合った。



「……なんでしょう」

「いや? 可愛いなと思って。僕のをめいっぱい咥えて、同じようにしてくれたら、さぞそそるだろうなと」

「そうですか」



 彼の表情はどこか甘やかで、気恥ずかしさが沸いてくる。お互い、淫らに男を貪るだけだったはずなのに。



「俺のことをよくご存じのようで」

「こちらの壁には穴を隠すように背の低い本棚があったけど、穴が空いていて、その向こうで君がいやらしいことに夢中になっているのに気づいてからはずっと様子を見ていたよ。えらく長いこと楽しむんだなと興味を持ったのがきっかけ」



 すらすらと出てくる言葉に頷いていると、不意に彼の目が細められた。



「君を調べる暇はいくらでもあった。田舎の農夫の子らが奉公にと召し上げられて、まだ未熟な身体に男を教わるのはよくある話だ。教え込まれた快楽に引きずられるのも」

「……あなたも?」

「そういうのが嫌で物流課にいる」



 よく分からない男だ。だが、見目の良さから営業課にいればそういったことも時として必要になるはずだ。そこを縛られたくない、というのがコンラッドにとって最も優先すべき事柄だったというのは、生まれの良さを感じさせた。

 生活に苦しむ環境なら、そんな選択の余地さえないことがざらにあるからだ。

 本当に物流課なのが惜しまれる容姿をしているが、結局どこにいてもその容姿のために得をし、また苦労があるのは変わらないということだろうか。



「さて、お互いのことが分かったところで、僕は君のお眼鏡にかなったかな? これっきりにするつもりはなくて、昨日は僕なりに勇気を出して来たのだけど」

「……そう仰いましても。今まで壁越しにやっていたことを直接するかどうかの話でしょう」

「いや。僕が隣の部屋で寝泊まりするのはもう終わりでね。本来の住人へのつきまといの果てに空き巣に及んだ輩の調査と逮捕が無事済んだから、僕はお役御免なんだ」

「は?」



 さらっと告げられたとんでもない内容に、俺は思わずコンラッドを睨めつけるようにして本当なのかと訝った。もし本当なら、身近でそんな恐ろしいことが起こっていたのを全く知らずに、一人で淫蕩に耽っていたのが恥ずかしい。下手をすれば痴情のもつれからの刃傷沙汰じゃないか。



「僕は社宅に部屋があるわけで無し。社員のよしみで協力できたけど、君との縁を終わらせたくない。君さえよければ、もっと長い間お付き合い願いたいんだけれど、どうだろうか」

「……今日、午後から出勤します。それであなたのことを諸々確認しますから。話はそこからです」

「そうか! 無理強いは本意じゃない。確認が取れて、僕とまだ付き合いがあってもいいと思ったら、物流課まで是非会いに来てくれ。楽しみにしている」



 にこ! と人好きのする顔をして、コンラッドは買ってきた俺の分の朝食を渡してきた。俺はそれを受け取って、もそもそと口に入れていく。ワックスペーパーで包まれていたのはボリュームのあるサンドイッチで、パンは柔らかくしっとりとしていて、ぱりぱりとレタスの気持ちが良い音がした。ハムとチーズ、トマトまで挟んであるのも分かる。

 これ絶対高いヤツだろ。

 内心で唸ってしまった。文句なしに美味い。どこの店か既に気になる。

 結局なんだかんだきっちり朝食を食べて別れたが、明らかに俺のものではないハンカチがお行儀良くベッドの上にのっているのを見つけると、俺は盛大にため息をついた。

 忘れ物を届けるていならば、今まで接点がなかったはずの男のところへは行きやすい。その気がないなら処分しても良いし、総務課に落とし物として届けても不自然じゃない。そして万が一売り払われても痛くない程度の品として、ハンカチは最適解だ。

 ……別にまだ疑っているわけじゃないが、本当に営業課じゃないかも確認しておいた方がいいのかもしれない。
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