とばりの向こう

宇野 肇

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侯爵令息は悪魔憑きを飼っている

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 『民主主義』とは困った仕組みだ。民に知識と教養を与え、国の運用を任せるなど。どれほどよくできた社会構造を発明すればそんな贅沢ができるのか。クリシュナは舌を巻いたものだ。そのあまりの効率に悪さに目眩がした。どう考えても各々が各々の仕事へ集中した方が効率がいい。人という資源を雑に扱う真似をして、どんな道楽だと思った。

 皆が頭になりたがり、他を手足としようと蹴落とし合いが始まれば、待っているのは揃って死ぬ未来だけだ。

 農民には農民の、商人には商人の仕事がある。貴族とは頭と人を使ってそれらを束ね、社交と外交によって時勢を読み、外貨を獲得した上で土地を守る仕事に従事する立場にある。農民が土地を大切にするように、商人が信用を重んじるように、貴族は上に立つ者としての矜持を曇らせてはならない。それが時に見かけだけの張りぼてと断じられようとも、だ。
 そのようにして己の立場を死ぬまで全うし、社会を形成する方がどう考えても無駄がない。

 耄碌し、腐った矜持からしみ出した毒に汚染された者達は駆逐した。だからといって今後出てこないとも限らないが、廃するばかりでは人が足りなくなる。そうなる前に優秀な平民という資源を流通に乗せられるようシステムを考え登用し、貴族という高貴さを保てる者達を維持し続ける必要がある。
 賢しい者同士監視し合いながら、薄氷の上で美しい姿勢を保つのが今の社会だ。だが、人は全てが優秀で気高い性分ではない。なればこそ、無能な者でも問題なく社会が回るような仕組みが要る、という話も一理ある。

 ――それが、クリシュナが悪魔憑きのような平民を飼うことに決めた理由の一つだ。

 個々の能力が優れている必要はないと聞き、掘り下げていくにつれて平民で実験してみるのも面白そうだと思い立った。貴族で試すことは不可能である以上当然の帰結と言えた。
 貴族と言えども家を継ぐ嫡子以外は平民となることも珍しくない。
 折角叩き込まれた教養を使える。
 通常であればコネクションを持てないような家同士が繋がることも可能。
 加えて目を掛けた平民を手籠めにできる公的な機会を得るため……。様々な思惑が重なり、参加者達の顔ぶれはなかなかのものになっている。
(現状、『民主主義』で課題になるのは『搾取する対象をどこから調達するか』だろう)
 国、今回の場合はクリシュナがライアン家を通して手に入れた古くも小さな領地だが、その場所の全ての民を富ませようとするならば、ゆくゆくはそのしわ寄せをどこかに押しつける必要がある。それが他領となるか、他国にまで至るのかはまだ分からないが、国の形が変わるであろう巨大なプロジェクトに思いを馳せると、胸の内に得も言われぬ充足感が満ちていく。

 面白いことをするためにクリシュナは何でもしてきた。悪魔憑きとも知れぬ子飼いの、出所の分からぬ発想と知識はクリシュナの心を惹きつけて止まない。
 仮に、万が一ソラが悪魔の化身だったとしても、クリシュナは既にその知識を吸い出して遊ぶことに決めた。保守派筆頭たる王家の介入も視野に入れて尚、止める気はなかった。

 愛玩動物よろしくソファで寛ぐ小柄な少年を見て、同じくソファに身体を預けていたクリシュナは目を細めた。名を呼んだわけでもないのに、ソラはめざとくクリシュナの視線に気づくと顔を顰める。

「なんだよ。不気味な顔すんなよな」
「まあそう言うな」

 子リスのように焼き菓子を頬張る姿に白々しく肩をすくめつつ、口角が僅かに上がる。
(ともすれば直ぐに命を摘み取られる身分にあって、精々知恵を絞ってあがいて楽しませてくれ)
 とても口にするのが憚られる言葉を胸中に留めて、クリシュナは足を組み直した。
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