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「兄さん!」
妹たちが帰ってきたのは、たいした過去のない俺とは異なり、シリル様の昔の話を追求するも席をたたれ、半ば無理矢理に切り上げられてしまった頃だった。温室を出て、さてここから温泉施設にでも向かおうかと話を逸らされた矢先に響いた馴染みの声に、俺はため息をつく暇も惜しんで窘める言葉を吐いた。
「ヴァネッサ、大人しくしろ」
淑女の面はどこへ行ったのか。後ろで面白そうな顔をしている婦人二人が何も言わないと言うことは、妹のこの行動は内々のものだと許容されているらしい。
「いいえ! 私はシリル様にお目にかかれた日には、そして同席した暁には! 必ず申し上げなくてはと思っていたことがありますから」
嫌な予感がした。およそろくでもないことだろうことは分かるが、この妹の口を塞ぐことは力に任せたとて難しい。
「ヴァネッサ、」
内心で冷や汗を流す俺に、シリル様は涼しい顔で俺を制止すると妹に向き合った。
「はい、謹んで拝聴します」
「私、あなたのことは好きじゃありません」
「ヴァネッサ!」
丁寧なシリル様に対し腕を組んでつんと顔を上にして、挙句居丈高にそう言い放つ妹を窘める。だが、それさえもシリル様は「よい」と言って許してしまった。
「あなたのせいで私は兄さんから散々小言を言われてきたんですからね!」
「こらっ、」
畳んだ扇子をシリル様につきつけ、臆することなく噛みついてくる姿はじゃじゃ馬そのままだった。
「……ふふ、それは、大変でしたでしょう」
「ええ、まったく、本当に。――でも、シリル様ご本人にお目にかかれたことで納得いたしました。だらしのない兄さんが感化されたのも然もありなんだと」
アルバート様と父の姿は見えない。出迎えに来ないのはまだ話すことがあるのだろう。
アンナ様の方を窺うと、楽しそうに微笑んでおられた。だが彼女は貴族の女性で、次期辺境伯夫人だ。そのかんばせから正確に感情の機微を読み取ることは難しかった。
「アンナ様、愚妹が失礼を、」
「まあ、とんでもないことです。快活でいらっしゃって、よいことではないですか」
バーネット家は皆そう言う人たちなのだろうか。話した感触は良いが、かと言ってあからさまに一方の肩をもつこともない。
「ルートヴィヒ様も折角我らとご縁があったのですから、これからはシリルさんだけでなく、わたくしたちともお話しくださいまし」
「それは勿論です」
ちら、と母を見遣ると頷きが返ってくる。……これで、いいのか。
「それにヴァネッサ嬢も奥様も、とてもお話がお上手で。わたくし、滞在なさる間はずっと独り占めしたいほどなのです」
「まあ、光栄です。一日ってとても短いですもの。今後の身の振り方も含めて、アンナ様にご教授いただければ幸いです」
「うふふ、いざとなれば我が領地でいくらでも、どうとでもなりますからね」
一部内容が不穏なのが非常に気になるものの、すっかり意気投合したらしい。母とアンナ様は、既に明日以降の予定も立てているらしい。今日だけではトノシキに集まる交易品を見て回れないということで、数日に分けて出かけることで意見が一致したのだという。
アンナ様のお身体が気にかかったが、内密の話になっているのだから俺が粗相をするわけにはいかない。最終的にはアルバート様の許可をもって決定すると聞いて、俺は諸々を飲み込んだ。
「兄さん、私が言いたいことはまだ終わっていないわよ」
やれやれ、では解散かと思ったところで、妹から鋭い声が飛んできた。
「……なんだ」
「シリル様、本当にこんな男でよいのですか?」
「は、」
いつも通り失礼な物言いと、その内容の今更具合に、俺は呆れてしまって怒りもしなかった。というか、昨日は俺にシリル様と改めて挨拶する機会を設けるようにと言っておきながらなんなんだ。
妹にじっと見つめられながら、シリル様はゆっくりと眦を下げて微笑みを返した。
「少なくとも、今まで私がなりふり構わなくなった男はルートヴィヒだけです」
散々強気に詰め寄っていた妹の頬が、その内容にじわりと赤く染まる。何を想像したのか。
「ヴァネッサ嬢、このような回答でもご満足いただけますか?」
「……ええ。わかりました」
……そういえば妹が言い負かされているところを初めて見た。
思いながら見ていると、強かに肘で腕を突かれた。
「よかったわね兄さん」
おい。なんで怒っているんだ。理不尽だろう。
言いたいことを言うだけ言った後、妹はシリル様には綺麗なカーテシーを見せて「部屋に戻ります」と静かに去って行った。
「くはは、お前の妹君は気持ちの良い性分だな」
「……解せません」
小突かれた腕をさすりながら答える。この状況に和んでいないのは俺だけのようだった。
気を取り直すように温泉施設へ行き、たっぷりと湯船とサウナで身体を温めた後は少し喉を潤して、異国から流通する交易品を眺めつつ散歩をした。
乾いた空気は冷たいが、このところ騒がしかった環境を思えば心の中は僅かに落ち着きを取り戻していた。……頭の中は、まだ落ち着いていないが。
シリル様の隣を歩いていると、まだ気持ちが淡く、自覚もなかった頃のコトを思い出した。
「なんだか以前に戻ったような気がします」
「そうか?」
「はい。春の祝祭日に、大規模な蚤の市があって」
「ああ、あの時か。三年前だったか?」
「そうです」
許可を取って、学舎の外で遊んだ。とは言っても、今のように並べられた品々を見ながら歩き、時折軽食を取って休憩するだけの、なんの変哲も無いできごとだ。
それでも、貴族の子息にとっては街の人混みに紛れるというのはなかなかないことで。まんまと持ち金を盗まれた者がいて、そいつが怒り狂っていたのも懐かしい。
「……あの時は、一番気楽だったな」
懐かしそうに呟くシリル様の背中に、そっと手を回した。と、シリル様の方から力強く肩を組まれた。
「まあ、気楽だというのと楽しく思うのは似て非なるものだ。私は結果、今が楽しい」
「それは……なによりです」
もしこの先俺達がどうなっても。シリル様には様々な意味で自信になったことだろう。その礎の一部となれたのなら、俺にとってこれほど喜ばしいことはない。
楚々とした態度を崩して笑みを見せる彼に、俺も笑顔を返した。
「それに、前は身内の話などあまりしなかったが、今はそうでもないだろう」
「そうですね」
「私たちだけならまだしも、家族での面識まで持った」
こそ、とシリル様が耳打ちしてくる。
「父はどうやらコナー子爵をいたく気に入ったようだ」
柔らかで心地の良い声だ。その言葉の意味は――アンナ様もおっしゃっていたようなところなのだろう。
「……近々引っ越しでもすることになるのでしょうか」
「コナー家の内情が落ち着くまではないだろう。ヴァネッサ嬢もまだ学生のはずだ」
「では一年ほどはありますか」
子爵位をどうするのか、どうなるのかを一年で解決できるかは別としても、妹の教育に区切りがつくまでは現状のままだ。少なくとも、俺がシリル様を抱く話よりは時間があると言える。
「私たちも、その頃には今ほど浮き足だってはいないだろう」
……情けなくも、その言葉に頷くことはできなかった。
******
チャイは誘いの合図にしようと、いつかシリル様はおっしゃった。
万が一、寒さのために厚意で出されたのかもしれないと思いつつも夕食後、部屋で『そのつもり』をしていると、従僕が来てシリル様の元へ案内された。――つまり、そういうことだ。
「シリル様、参りました」
案内した従僕は静かに下がった。背後で扉の閉まる気配を感じながら、衝立のために隠されているベッドへ目を向ける。柔らかな絨毯を踏みしめながら奥へ進むと、そこにはシリル様が一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
部屋に差し込む月明かりで、浮かぶ彼の身体は白く光って見えた。俺のためだけに開かれたヴェールが、他でもない彼の手で完全に取り払われたのを感じる。
「ルートヴィヒ、来い」
誘われるままに手を伸ばし、靴を脱いでベッドへ膝を沈め、肌へ触れる。美しい肉体を目に焼き付けるように、肌で覚えるようにじっくりとなぞっていると、シリル様はもどかしそうに身をよじった。
「そんな風に……勿体ぶるな。これから物珍しいものでもなくなる」
この先がある。少なくとも今、シリル様はそう望んでいる。今までと同じではなく、より深いものを。
共にいられる理由は、思ったよりも安易に転がり込んできた。だからこそ、これから厳しい道が待っているのだとも思う。
「いけません。あなたの身体を、大切にさせてください」
手を取って口づけると、シリル様は驚くほどあからさまに狼狽し、顔を赤らめた。それからわなわなと唇を動かして「ばかもの」と弱々しく俺をなじった。
「はい。俺はあの時、折角あなたが奮い立たせてくださった気持ちを踏みにじってしまった愚か者です」
「んっ……今、それを……蒸し返すのか……。あ、れは……私にも落ち度、が」
白い肌に淡く色づく乳首を、親指の腹で優しく触れる。何度かそうしていると、ぷくっと小さく主張しはじめたそれに、唇を近づけ、舐める。
本当にシリル様を組み敷き、身体を重ねることができるのだろうかと思っていた。経験も知識も対したものはなく、手管に自信が持てるはずもない。
だが、思った以上に身体は、俺の欲望は素直だった。甘い声を求めて手が、唇が、舌が動く。
「っあ、」
ぴく、とシリル様の身体が跳ねた。あまりにも可憐な声に手が止まる。
「感じるのですか?」
「……お前に、そういう意図で触れられてるんだ。何も感じないわけがないだろう」
言わせてくれるな、と続けられ、二の句が継げなくなる。――この方は、こんなにも……愛らしかっただろうか。
「お慕いしております」
思わず口をついて出た言葉にシリル様が顔をしかめた。
「その言葉は紛らわしい。もっとはっきり………言ってくれ、ルーイ」
俺の首に腕を回しながら、シリル様が艶やかに笑う。口元に口づけられ、俺は熱が浮かされたように、言われるがまま求められた言葉を囁いた。
「愛しています。あなたを抱きたい」
シリル様の身体の身体を抱きしめる。唇が触れ合うかと思うほどの至近距離で、彼の目が嬉しそうに綻んだ。
「いくらでもくれてやる。私を抱け。そしてもっと求めろ、ルートヴィヒ。私はお前以上にお前が欲しくて仕方がない」
妹たちが帰ってきたのは、たいした過去のない俺とは異なり、シリル様の昔の話を追求するも席をたたれ、半ば無理矢理に切り上げられてしまった頃だった。温室を出て、さてここから温泉施設にでも向かおうかと話を逸らされた矢先に響いた馴染みの声に、俺はため息をつく暇も惜しんで窘める言葉を吐いた。
「ヴァネッサ、大人しくしろ」
淑女の面はどこへ行ったのか。後ろで面白そうな顔をしている婦人二人が何も言わないと言うことは、妹のこの行動は内々のものだと許容されているらしい。
「いいえ! 私はシリル様にお目にかかれた日には、そして同席した暁には! 必ず申し上げなくてはと思っていたことがありますから」
嫌な予感がした。およそろくでもないことだろうことは分かるが、この妹の口を塞ぐことは力に任せたとて難しい。
「ヴァネッサ、」
内心で冷や汗を流す俺に、シリル様は涼しい顔で俺を制止すると妹に向き合った。
「はい、謹んで拝聴します」
「私、あなたのことは好きじゃありません」
「ヴァネッサ!」
丁寧なシリル様に対し腕を組んでつんと顔を上にして、挙句居丈高にそう言い放つ妹を窘める。だが、それさえもシリル様は「よい」と言って許してしまった。
「あなたのせいで私は兄さんから散々小言を言われてきたんですからね!」
「こらっ、」
畳んだ扇子をシリル様につきつけ、臆することなく噛みついてくる姿はじゃじゃ馬そのままだった。
「……ふふ、それは、大変でしたでしょう」
「ええ、まったく、本当に。――でも、シリル様ご本人にお目にかかれたことで納得いたしました。だらしのない兄さんが感化されたのも然もありなんだと」
アルバート様と父の姿は見えない。出迎えに来ないのはまだ話すことがあるのだろう。
アンナ様の方を窺うと、楽しそうに微笑んでおられた。だが彼女は貴族の女性で、次期辺境伯夫人だ。そのかんばせから正確に感情の機微を読み取ることは難しかった。
「アンナ様、愚妹が失礼を、」
「まあ、とんでもないことです。快活でいらっしゃって、よいことではないですか」
バーネット家は皆そう言う人たちなのだろうか。話した感触は良いが、かと言ってあからさまに一方の肩をもつこともない。
「ルートヴィヒ様も折角我らとご縁があったのですから、これからはシリルさんだけでなく、わたくしたちともお話しくださいまし」
「それは勿論です」
ちら、と母を見遣ると頷きが返ってくる。……これで、いいのか。
「それにヴァネッサ嬢も奥様も、とてもお話がお上手で。わたくし、滞在なさる間はずっと独り占めしたいほどなのです」
「まあ、光栄です。一日ってとても短いですもの。今後の身の振り方も含めて、アンナ様にご教授いただければ幸いです」
「うふふ、いざとなれば我が領地でいくらでも、どうとでもなりますからね」
一部内容が不穏なのが非常に気になるものの、すっかり意気投合したらしい。母とアンナ様は、既に明日以降の予定も立てているらしい。今日だけではトノシキに集まる交易品を見て回れないということで、数日に分けて出かけることで意見が一致したのだという。
アンナ様のお身体が気にかかったが、内密の話になっているのだから俺が粗相をするわけにはいかない。最終的にはアルバート様の許可をもって決定すると聞いて、俺は諸々を飲み込んだ。
「兄さん、私が言いたいことはまだ終わっていないわよ」
やれやれ、では解散かと思ったところで、妹から鋭い声が飛んできた。
「……なんだ」
「シリル様、本当にこんな男でよいのですか?」
「は、」
いつも通り失礼な物言いと、その内容の今更具合に、俺は呆れてしまって怒りもしなかった。というか、昨日は俺にシリル様と改めて挨拶する機会を設けるようにと言っておきながらなんなんだ。
妹にじっと見つめられながら、シリル様はゆっくりと眦を下げて微笑みを返した。
「少なくとも、今まで私がなりふり構わなくなった男はルートヴィヒだけです」
散々強気に詰め寄っていた妹の頬が、その内容にじわりと赤く染まる。何を想像したのか。
「ヴァネッサ嬢、このような回答でもご満足いただけますか?」
「……ええ。わかりました」
……そういえば妹が言い負かされているところを初めて見た。
思いながら見ていると、強かに肘で腕を突かれた。
「よかったわね兄さん」
おい。なんで怒っているんだ。理不尽だろう。
言いたいことを言うだけ言った後、妹はシリル様には綺麗なカーテシーを見せて「部屋に戻ります」と静かに去って行った。
「くはは、お前の妹君は気持ちの良い性分だな」
「……解せません」
小突かれた腕をさすりながら答える。この状況に和んでいないのは俺だけのようだった。
気を取り直すように温泉施設へ行き、たっぷりと湯船とサウナで身体を温めた後は少し喉を潤して、異国から流通する交易品を眺めつつ散歩をした。
乾いた空気は冷たいが、このところ騒がしかった環境を思えば心の中は僅かに落ち着きを取り戻していた。……頭の中は、まだ落ち着いていないが。
シリル様の隣を歩いていると、まだ気持ちが淡く、自覚もなかった頃のコトを思い出した。
「なんだか以前に戻ったような気がします」
「そうか?」
「はい。春の祝祭日に、大規模な蚤の市があって」
「ああ、あの時か。三年前だったか?」
「そうです」
許可を取って、学舎の外で遊んだ。とは言っても、今のように並べられた品々を見ながら歩き、時折軽食を取って休憩するだけの、なんの変哲も無いできごとだ。
それでも、貴族の子息にとっては街の人混みに紛れるというのはなかなかないことで。まんまと持ち金を盗まれた者がいて、そいつが怒り狂っていたのも懐かしい。
「……あの時は、一番気楽だったな」
懐かしそうに呟くシリル様の背中に、そっと手を回した。と、シリル様の方から力強く肩を組まれた。
「まあ、気楽だというのと楽しく思うのは似て非なるものだ。私は結果、今が楽しい」
「それは……なによりです」
もしこの先俺達がどうなっても。シリル様には様々な意味で自信になったことだろう。その礎の一部となれたのなら、俺にとってこれほど喜ばしいことはない。
楚々とした態度を崩して笑みを見せる彼に、俺も笑顔を返した。
「それに、前は身内の話などあまりしなかったが、今はそうでもないだろう」
「そうですね」
「私たちだけならまだしも、家族での面識まで持った」
こそ、とシリル様が耳打ちしてくる。
「父はどうやらコナー子爵をいたく気に入ったようだ」
柔らかで心地の良い声だ。その言葉の意味は――アンナ様もおっしゃっていたようなところなのだろう。
「……近々引っ越しでもすることになるのでしょうか」
「コナー家の内情が落ち着くまではないだろう。ヴァネッサ嬢もまだ学生のはずだ」
「では一年ほどはありますか」
子爵位をどうするのか、どうなるのかを一年で解決できるかは別としても、妹の教育に区切りがつくまでは現状のままだ。少なくとも、俺がシリル様を抱く話よりは時間があると言える。
「私たちも、その頃には今ほど浮き足だってはいないだろう」
……情けなくも、その言葉に頷くことはできなかった。
******
チャイは誘いの合図にしようと、いつかシリル様はおっしゃった。
万が一、寒さのために厚意で出されたのかもしれないと思いつつも夕食後、部屋で『そのつもり』をしていると、従僕が来てシリル様の元へ案内された。――つまり、そういうことだ。
「シリル様、参りました」
案内した従僕は静かに下がった。背後で扉の閉まる気配を感じながら、衝立のために隠されているベッドへ目を向ける。柔らかな絨毯を踏みしめながら奥へ進むと、そこにはシリル様が一糸まとわぬ姿で横たわっていた。
部屋に差し込む月明かりで、浮かぶ彼の身体は白く光って見えた。俺のためだけに開かれたヴェールが、他でもない彼の手で完全に取り払われたのを感じる。
「ルートヴィヒ、来い」
誘われるままに手を伸ばし、靴を脱いでベッドへ膝を沈め、肌へ触れる。美しい肉体を目に焼き付けるように、肌で覚えるようにじっくりとなぞっていると、シリル様はもどかしそうに身をよじった。
「そんな風に……勿体ぶるな。これから物珍しいものでもなくなる」
この先がある。少なくとも今、シリル様はそう望んでいる。今までと同じではなく、より深いものを。
共にいられる理由は、思ったよりも安易に転がり込んできた。だからこそ、これから厳しい道が待っているのだとも思う。
「いけません。あなたの身体を、大切にさせてください」
手を取って口づけると、シリル様は驚くほどあからさまに狼狽し、顔を赤らめた。それからわなわなと唇を動かして「ばかもの」と弱々しく俺をなじった。
「はい。俺はあの時、折角あなたが奮い立たせてくださった気持ちを踏みにじってしまった愚か者です」
「んっ……今、それを……蒸し返すのか……。あ、れは……私にも落ち度、が」
白い肌に淡く色づく乳首を、親指の腹で優しく触れる。何度かそうしていると、ぷくっと小さく主張しはじめたそれに、唇を近づけ、舐める。
本当にシリル様を組み敷き、身体を重ねることができるのだろうかと思っていた。経験も知識も対したものはなく、手管に自信が持てるはずもない。
だが、思った以上に身体は、俺の欲望は素直だった。甘い声を求めて手が、唇が、舌が動く。
「っあ、」
ぴく、とシリル様の身体が跳ねた。あまりにも可憐な声に手が止まる。
「感じるのですか?」
「……お前に、そういう意図で触れられてるんだ。何も感じないわけがないだろう」
言わせてくれるな、と続けられ、二の句が継げなくなる。――この方は、こんなにも……愛らしかっただろうか。
「お慕いしております」
思わず口をついて出た言葉にシリル様が顔をしかめた。
「その言葉は紛らわしい。もっとはっきり………言ってくれ、ルーイ」
俺の首に腕を回しながら、シリル様が艶やかに笑う。口元に口づけられ、俺は熱が浮かされたように、言われるがまま求められた言葉を囁いた。
「愛しています。あなたを抱きたい」
シリル様の身体の身体を抱きしめる。唇が触れ合うかと思うほどの至近距離で、彼の目が嬉しそうに綻んだ。
「いくらでもくれてやる。私を抱け。そしてもっと求めろ、ルートヴィヒ。私はお前以上にお前が欲しくて仕方がない」
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