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反省文を書き終え、大きな荷物は従僕に指示して先に実家へ送り、保健医の言葉に従い許可が出るまではベッドの上の住人になるよう厳しく言われた後。
痛みはまだ残るものの、骨が折れていたり、視力が落ちていたりすることもない。日にち薬しかないと言われて鎮痛剤を飲み、なにくれとなく世話を焼かれる。入れ替わり立ち替わりやってくる顔なじみ達に見舞われ、それが落ち着いたと思った頃にクリシュナ様にまでご足労いただいた俺はシリル様の顔を見るとほっとするまでになっていた。
騒がしかったが、帰省日が今日から三日の間と決められている以上、なんの理由もなく量に留まっている方がおかしいから仕方がない。
シリル様が小さな木製の丸椅子を持ってきてベッド脇に置き、そこに座る。クリシュナ様はベッドに座り、気易い様子で俺を見た。
「やあやあ、酷い顔だな? コナー」
「おかげさまで。平民に浮気したところを本妻に責められセックスで誤魔化そうとしたらこっぴどく怒られ捨てられかけたのを結局泣いて謝って追い縋った末に転んだ挙句寛大な心で許してもらいキスを受けた栄誉ある男としてもてはやされましたよ」
「なんだそれは!」
シリル様とクリシュナ様が同じ言葉を発する。シリル様はショックを受けた顔、クリシュナ様は面白さが極まっているとでも言いたげな顔で、正反対だが。
「ふっ……くく、まあ、誇張して面白おかしく言えば、間違ってはいない、か?」
「クリシュナ様、いっそ大声で笑い飛ばしてください。俺はシリル様の名前に傷がつかなかったので別に構いません」
ブレア様に聞かれれば本当に俺ごと抱き込まれそうだが、言ってきた者は家の格も近いし、特に足を引っ張ってやろうという底意地の悪さも感じられずにのんきなものだったから肩を強めに殴るだけで済ませておいた。
「ほ、本妻」
「ええ。どうやら俺はとうの昔にシリル様の男だったようで」
勿論事実ではないので俺は自らシリル様の男だと喧伝したことはないし、そのように振る舞ったこともないはずだが。まあ、どういう気持ちがあったにせよ俺がシリル様を慕って勉強していたことや、生活態度を改めたことなどは古くから家族ぐるみで付き合いのある面々には筒抜けであったので俺のことはまあいい。しかし、シリル様の方もそう言った……俺に特別な好意があるように振る舞ったことはなかったはずだ。
「まあ、ソラとの話がでてからお前達の様子がおかしかったからそういうことになったのだろう」
クリシュナ様が鷹揚に全てを受け入れ、笑い飛ばす。
「此度の件はお前達を巻き込んだが、まあ収まるところに収まったのだ。よしとしてくれ」
「そうはいきませんよクリシュナ殿。結果ルートヴィヒはこうして怪我をしておりますし不名誉な話まで流されています」
「……お前達の痴話喧嘩は本当だろう?」
片眉を上げ、クリシュナ殿がシリル様を見る。クリシュナ様の力強い目線にも怯まないまま、シリル様はぴしゃりと言い放った。
「そもそも、私の好い人をつまみ食いしようとしたのはどなたですか」
「なんのことか分からんな」
「見せつけておいて随分な言い方をされる」
「ああ、可愛い犬のことか。それはお前が手綱を握りさっさと自分のものにしておかないからだろう。自分の段取りの悪さを俺のせいにするな」
クリシュナ様に頭を撫でられ、頬に手を当てられる。それをシリル様が無言で払いのけ、二人が見つめ合う。俺は口も出せずに見ていることしかできなかった。険悪な空気はないが、友好的とは言いがたい。
「それはそれは申し訳ない。これからは勝手に私の側を離れぬよう、きつく言い聞かせることにしましょう」
「一人でできそうか? なんなら俺が首輪の付け方を一度見せて」
「結構です」
とりつく島もないシリル様の様子に、クリシュナ様はずっと愉悦に歪めていた口元を分かりやすく震わせた。
「くっ……はは! お前も良い顔をするようになったな、シリル」
「あなたのお陰です」
「そうか」
クリシュナ様が立ち上がり、帰る、と口にする。ベッドのままで略式の礼をしてその背を見送った。
「シリル様はクリシュナ様についていかなくてよろしいのですか?」
「ついていって欲しいのか?」
「そういうことではありません」
「大丈夫だ。クリシュナ殿との話は終えている。彼はこのまま領地へ帰ることになっているしな」
ならば尚のこと見送りは良いのだろうか。
そう思って目だけで問いかけるも、シリル様は俺と目を合わせると眦を下げてとろりと微笑んだ。
「お前も帰省準備は殆ど終えているのだろう? 此度の件はコナー家にも先んじて電話で連絡を入れて、謝罪の手紙も送ってある。ゆっくりと身体が癒えてから帰ると良い。それまでは私もここに残る」
「そ……れは、うれしいですが。シリル様はクリシュナ様のご実家に挨拶があるではないですか」
「ああ、その話も終わっているから問題はない」
「でしたら、クリシュナ様よりもシリル様の方がご実家へ向かうまでに時間がかかりますし、シリル様の方が早くご家族の方にお顔を見せた方がいいのではないでしょうか」
む、とシリル様が目で咎めてくる。俺とて離れたいわけではないが、シリル様の実家は相当に遠いのだ。鉄道でも一週間以上はかかると前に聞いたことがある。
「私の実家へも無論報せてある。コナー家に送った手紙の中にもちゃんと事の顛末を記してあるから慌てるな」
言われ、俺は心底狼狽えた。
「こっ ことの、てんまつ?」
「安心しろ。ざっくりとだがあの子リス関連の部分から馬鹿正直に全て書いただけだ」
「その言葉のどこに俺は安心すればよいのでしょうか」
今すぐに電話したい。そう気易く使えるものではないから現実的ではないが。あるいは空を飛んで帰宅したい。
「バーネット家からコナー家へ改めて手紙を送るだろう事も書いたぞ?」
「……誤解をされたくはないので申し上げますが」
顔を覆いつつ、堪えきれないため息が指の間から漏れた。
「俺はあなたの提案を謹んでお受けしたいと思っております」
「ああ」
「ですが、流石に心の準備ができておりません」
「うむ。今のうちに二人でたっぷりとしておこう」
そうではない。だが、俺の言葉にシリル様の顔が喜色に染まるところを見てしまっては、もう何も言えなかった。
「身体は本当に癒やせよ。お前には媚薬まがいのものを盛ってしまったことだし」
「はっ? ……失礼。一体いつそんなことを?」
「チャイを飲ませただろう」
「……あの中に?」
「胡椒にはそういう効用がある。体温を上げたり、動悸がしなかったか?」
「自分のことを棚に上げて申し上げますが、直後に心臓に悪い迫り方をされたのでなんの効果もなかったかと」
「そうか、それは下手を打ったな」
今度からは誘う合図として使うことにしよう、などと言われて、ぐっと胸と股間が熱くなる。身体が健やかになるというのはこういうことだと俺の頭の中に突きつけられ、俺は奥歯を噛み締めた。
充分に間をおいて落ち着いてから、口を開く。
「全く、あなたはそうまでしておきながら……いっそ適当な鎮痛剤でも手に入れればよかったでしょう」
「そんな下劣な真似をお前相手にできるか」
「媚薬まがいのものは用意するのに?」
「お前を害したいわけではなかったからな」
――。
「あなたのそういう所が……」
愛おしくて仕方がない。好きでたまらなくて、だからふわさしくありたいと思ってしまう。
「なんだ。言ってみろ」
「慕わしい、いえ、愛さずにはいられないのです」
くわ、とシリル様の顔が真顔になる。珍しく動揺が顔に現れていることの証左だ。
「愛しています」
「……ああ、私もだ」
シリル様が腰を上げ、俺の頬を撫でる。顔が近づき、唇が触れ合う。ちゅ、と音がして、間近で繊細な色をはめ込んだ瞳が潤んだ。
シリル様がベッドへ体重をかけ、座る。その拍子に空気が揺れ、彼の甘い匂いが鼻腔を擽った。頭の中まで満たされるような感覚にくらくらする。
「ん、」
シリル様の腕が首に回り、唇を舐められ、舌が歯列をなぞった。強引さのない柔らかな感覚にぞくぞくとしたものが腰の辺りを這う。恐る恐る俺からもシリル様の背中に手を回して軽く抱きしめると、シリル様の身体がより一層俺の方へ傾いた。
唇を擦り合わせるだけで驚くほど気持ちが良い。いつまでもそうしていたいほど。しかし同時に官能的な感覚がじわじわとたまり始め、俺はそっとシリル様の腰に両手を添えて、離れるよう力を込めた。
それを他ならぬシリル様によって抵抗される。
「嫌か?」
「……嫌などと……そうでないから困るのです」
「ふうん?」
俺の言葉に、シリル様はふと微笑んで、俺がそれに目を奪われている間に掛け布団へ腕が伸び、その中に手を突っ込まれた。
「!」
シリル様の手が俺の股間を探り、俺がそちらを見ようとするのを遮るようにして首をかしげ、俺と目を合わせるように視線を絡めてくる。
「ルートヴィヒ」
「あ、っ」
シリル様の手が的確に俺の陰茎に触れ、既に熱くなり始めているそこを撫でる。
「いけ、ませ、ん」
「なぜ?」
ぴくぴくと足が戦慄く。目の前にはシリル様の顔があって、まじまじと俺を見つめているのが分かる。分かりたくない。こんな間近で、股間をまさぐられて快楽を得ている様子を見られるなど、羞恥以外の何物でもない。
「耳が真っ赤だな」
「はあっ、ぅ、」
頬ずりをされたかと思うと耳に息を吹きかけられ、耳の形に沿ってシリル様の舌先がいやらしく動き、唇で挟まれ、甘く食まれる。
「あ、シリル、さま、」
スラックスのボタンが外されていき、スラックスの中にシリル様の手が入ってくる。丁寧な手つきで下穿きから勃起したペニスを出されて、指先で形を確かめるようになぞられた。
は、は、と息が上がる。シリル様の手を止めようとするのに、快感に抗えない。
結果、シリル様に抱きつくような形でその手を受け入れるより他なくなり、俺はそれ以上言葉を吐き出す余裕もなかった。耳元で甘く俺を呼ぶシリル様の声で頭がいっぱいになり、身体は痛みも確かにあるのに、それでも歓喜と快楽に震える。
「かわいいな」
「あ、っ」
「私を抱く想像をしたことがあるか? 私は何度もある。お前に深く奥まで突きれられ、夢中で求められるのを想像しながら何度も達した」
「ああっ」
ぎゅ、と握られ、俺は腰が揺れた。気持ちいい。気持ちよくて、思考が流れていく。
「どうだ? ルートヴィヒ」
耳元で優しく囁かれ、首を振る。シリル様の手が緩み、決して離れないものの、少しだけ頭が回りはじめる。
「……む、かしは、ありまし、た」
ペニスで快楽を得ることを覚えた頃は、シリル様と触れ合う想像をしながら触っていたことがある。一度ではない。しかし、シリル様の側に行くために自省してからはやめた。快感とシリル様が結びついてしまっていたということもあって、自分で処理をするということもなかった。かと言って娼館は金が掛かるし、生徒とそういう関係を結ぶのも相応しくないと思って、とにかく自戒するようになった。
「昔は? 今は違うのか?」
「ふ、……っ」
俺の先走りを指に絡め、シリル様が俺の先端を優しく撫でる。あまりの快感に力が抜け、察したシリル様にベッドへ押し倒された。
「一人ではしないのか?」
シリル様の指がペニスを這い、力加減を調節しながら俺から答えを聞き出そうとする。言わなければこれ以上に翻弄されるだろう。こんな、だれが来るかもわからない場所で。
「して、ま、せ……っ、あ、ん」
「なぜだ? いや、それよりも……ならばどうやって済ませていたのか知りたいものだな? 誰かそういう相手がいたようには見えなかったが」
ゆるゆるとペニスを扱かれ、腰が揺れる。もう、出すことしか考えられない。出すしか収まりがつかない。
「じゅ、ぼくに、っい!」
何も考えずに答えると、根元からぐっと大きなストロークで扱かれ、声が裏返った。
「妬けるな」
勉強だのなんだので疲れがたまったころになんでもないタイミングで勃起することはある。部屋にいない場合はどうにかして収めるが、従僕が側にいて勃起に気づかれるとそうもいかない。それも勤めの内だという顔をして処理される。夢精よりも始末が楽と言うこともあるのだろう。他の生徒も同じはずだ。中にはチップを出して従僕を抱く者もいるらしいが……。
「お前のそんな顔を見た者が複数いるのかと思うと、酷く妬ましい」
「んっ……っは、ぁ……こんな……あなたに、だけ、です……っ」
シリル様のシャツを握り込みそうになり、放す。こんなに頭の中をかき乱されるのはシリル様だけだ。想像でもなんでも無く、彼が明確な意図を持って俺のペニスに触れているのだと思うと俺からももっと触れたくてたまらない。身体が軋むのも構わず、腰を押しつけるように動かしてしまう。そうするとシリル様はしっかりと俺のペニスを握って扱き始めた。柔らかな唇が俺の耳に触れ、耳たぶを挟み、愛撫される。
「も、……シリル、さま、はな、し」
達してしまう。
限界まで声を上擦らせながらも懇願すると、シリル様は「ん、」と返事をした後、
「ルーイ」
優しくそう囁いた。
「い、っ、」
耳元で名前を吹き込まれた俺は、我慢する間もなく呆気なく吐精する。下腹部で感じる快感と、シリル様の声で満たされた頭の中で思考が飛ぶ。
「やっと出したな」
「あ、っ……シ、リル、さま、っやめ、」
「ん?」
達したにもかかわらずゆるゆると陰茎を扱かれ、あまりの刺激にシリル様の手を押さえた。
「手が嫌というのなら、口で最後の一滴まで吸い出してやろうか?」
恐ろしい提案に幼子のように頭を振って制止する。その間にも俺の鈴口からはとくとくと精子が溢れ、シリル様の手を汚していた。視界から入ってくる暴力的なその様にびく、とペニスが反応する。
こんな、こんなことをする方だっただろうか。
呆然としていると、シリル様は事もなげに俺にキスをして、
「――さあ、すこし汗をかいたな。従僕を呼んで準備をさせるか。身体を拭くのも、着替えるのも、今日は私がしようじゃないか」
どこか鋭ささえ感じる目をしながらも殊更に優しげな声でそう言った。
痛みはまだ残るものの、骨が折れていたり、視力が落ちていたりすることもない。日にち薬しかないと言われて鎮痛剤を飲み、なにくれとなく世話を焼かれる。入れ替わり立ち替わりやってくる顔なじみ達に見舞われ、それが落ち着いたと思った頃にクリシュナ様にまでご足労いただいた俺はシリル様の顔を見るとほっとするまでになっていた。
騒がしかったが、帰省日が今日から三日の間と決められている以上、なんの理由もなく量に留まっている方がおかしいから仕方がない。
シリル様が小さな木製の丸椅子を持ってきてベッド脇に置き、そこに座る。クリシュナ様はベッドに座り、気易い様子で俺を見た。
「やあやあ、酷い顔だな? コナー」
「おかげさまで。平民に浮気したところを本妻に責められセックスで誤魔化そうとしたらこっぴどく怒られ捨てられかけたのを結局泣いて謝って追い縋った末に転んだ挙句寛大な心で許してもらいキスを受けた栄誉ある男としてもてはやされましたよ」
「なんだそれは!」
シリル様とクリシュナ様が同じ言葉を発する。シリル様はショックを受けた顔、クリシュナ様は面白さが極まっているとでも言いたげな顔で、正反対だが。
「ふっ……くく、まあ、誇張して面白おかしく言えば、間違ってはいない、か?」
「クリシュナ様、いっそ大声で笑い飛ばしてください。俺はシリル様の名前に傷がつかなかったので別に構いません」
ブレア様に聞かれれば本当に俺ごと抱き込まれそうだが、言ってきた者は家の格も近いし、特に足を引っ張ってやろうという底意地の悪さも感じられずにのんきなものだったから肩を強めに殴るだけで済ませておいた。
「ほ、本妻」
「ええ。どうやら俺はとうの昔にシリル様の男だったようで」
勿論事実ではないので俺は自らシリル様の男だと喧伝したことはないし、そのように振る舞ったこともないはずだが。まあ、どういう気持ちがあったにせよ俺がシリル様を慕って勉強していたことや、生活態度を改めたことなどは古くから家族ぐるみで付き合いのある面々には筒抜けであったので俺のことはまあいい。しかし、シリル様の方もそう言った……俺に特別な好意があるように振る舞ったことはなかったはずだ。
「まあ、ソラとの話がでてからお前達の様子がおかしかったからそういうことになったのだろう」
クリシュナ様が鷹揚に全てを受け入れ、笑い飛ばす。
「此度の件はお前達を巻き込んだが、まあ収まるところに収まったのだ。よしとしてくれ」
「そうはいきませんよクリシュナ殿。結果ルートヴィヒはこうして怪我をしておりますし不名誉な話まで流されています」
「……お前達の痴話喧嘩は本当だろう?」
片眉を上げ、クリシュナ殿がシリル様を見る。クリシュナ様の力強い目線にも怯まないまま、シリル様はぴしゃりと言い放った。
「そもそも、私の好い人をつまみ食いしようとしたのはどなたですか」
「なんのことか分からんな」
「見せつけておいて随分な言い方をされる」
「ああ、可愛い犬のことか。それはお前が手綱を握りさっさと自分のものにしておかないからだろう。自分の段取りの悪さを俺のせいにするな」
クリシュナ様に頭を撫でられ、頬に手を当てられる。それをシリル様が無言で払いのけ、二人が見つめ合う。俺は口も出せずに見ていることしかできなかった。険悪な空気はないが、友好的とは言いがたい。
「それはそれは申し訳ない。これからは勝手に私の側を離れぬよう、きつく言い聞かせることにしましょう」
「一人でできそうか? なんなら俺が首輪の付け方を一度見せて」
「結構です」
とりつく島もないシリル様の様子に、クリシュナ様はずっと愉悦に歪めていた口元を分かりやすく震わせた。
「くっ……はは! お前も良い顔をするようになったな、シリル」
「あなたのお陰です」
「そうか」
クリシュナ様が立ち上がり、帰る、と口にする。ベッドのままで略式の礼をしてその背を見送った。
「シリル様はクリシュナ様についていかなくてよろしいのですか?」
「ついていって欲しいのか?」
「そういうことではありません」
「大丈夫だ。クリシュナ殿との話は終えている。彼はこのまま領地へ帰ることになっているしな」
ならば尚のこと見送りは良いのだろうか。
そう思って目だけで問いかけるも、シリル様は俺と目を合わせると眦を下げてとろりと微笑んだ。
「お前も帰省準備は殆ど終えているのだろう? 此度の件はコナー家にも先んじて電話で連絡を入れて、謝罪の手紙も送ってある。ゆっくりと身体が癒えてから帰ると良い。それまでは私もここに残る」
「そ……れは、うれしいですが。シリル様はクリシュナ様のご実家に挨拶があるではないですか」
「ああ、その話も終わっているから問題はない」
「でしたら、クリシュナ様よりもシリル様の方がご実家へ向かうまでに時間がかかりますし、シリル様の方が早くご家族の方にお顔を見せた方がいいのではないでしょうか」
む、とシリル様が目で咎めてくる。俺とて離れたいわけではないが、シリル様の実家は相当に遠いのだ。鉄道でも一週間以上はかかると前に聞いたことがある。
「私の実家へも無論報せてある。コナー家に送った手紙の中にもちゃんと事の顛末を記してあるから慌てるな」
言われ、俺は心底狼狽えた。
「こっ ことの、てんまつ?」
「安心しろ。ざっくりとだがあの子リス関連の部分から馬鹿正直に全て書いただけだ」
「その言葉のどこに俺は安心すればよいのでしょうか」
今すぐに電話したい。そう気易く使えるものではないから現実的ではないが。あるいは空を飛んで帰宅したい。
「バーネット家からコナー家へ改めて手紙を送るだろう事も書いたぞ?」
「……誤解をされたくはないので申し上げますが」
顔を覆いつつ、堪えきれないため息が指の間から漏れた。
「俺はあなたの提案を謹んでお受けしたいと思っております」
「ああ」
「ですが、流石に心の準備ができておりません」
「うむ。今のうちに二人でたっぷりとしておこう」
そうではない。だが、俺の言葉にシリル様の顔が喜色に染まるところを見てしまっては、もう何も言えなかった。
「身体は本当に癒やせよ。お前には媚薬まがいのものを盛ってしまったことだし」
「はっ? ……失礼。一体いつそんなことを?」
「チャイを飲ませただろう」
「……あの中に?」
「胡椒にはそういう効用がある。体温を上げたり、動悸がしなかったか?」
「自分のことを棚に上げて申し上げますが、直後に心臓に悪い迫り方をされたのでなんの効果もなかったかと」
「そうか、それは下手を打ったな」
今度からは誘う合図として使うことにしよう、などと言われて、ぐっと胸と股間が熱くなる。身体が健やかになるというのはこういうことだと俺の頭の中に突きつけられ、俺は奥歯を噛み締めた。
充分に間をおいて落ち着いてから、口を開く。
「全く、あなたはそうまでしておきながら……いっそ適当な鎮痛剤でも手に入れればよかったでしょう」
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――。
「あなたのそういう所が……」
愛おしくて仕方がない。好きでたまらなくて、だからふわさしくありたいと思ってしまう。
「なんだ。言ってみろ」
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くわ、とシリル様の顔が真顔になる。珍しく動揺が顔に現れていることの証左だ。
「愛しています」
「……ああ、私もだ」
シリル様が腰を上げ、俺の頬を撫でる。顔が近づき、唇が触れ合う。ちゅ、と音がして、間近で繊細な色をはめ込んだ瞳が潤んだ。
シリル様がベッドへ体重をかけ、座る。その拍子に空気が揺れ、彼の甘い匂いが鼻腔を擽った。頭の中まで満たされるような感覚にくらくらする。
「ん、」
シリル様の腕が首に回り、唇を舐められ、舌が歯列をなぞった。強引さのない柔らかな感覚にぞくぞくとしたものが腰の辺りを這う。恐る恐る俺からもシリル様の背中に手を回して軽く抱きしめると、シリル様の身体がより一層俺の方へ傾いた。
唇を擦り合わせるだけで驚くほど気持ちが良い。いつまでもそうしていたいほど。しかし同時に官能的な感覚がじわじわとたまり始め、俺はそっとシリル様の腰に両手を添えて、離れるよう力を込めた。
それを他ならぬシリル様によって抵抗される。
「嫌か?」
「……嫌などと……そうでないから困るのです」
「ふうん?」
俺の言葉に、シリル様はふと微笑んで、俺がそれに目を奪われている間に掛け布団へ腕が伸び、その中に手を突っ込まれた。
「!」
シリル様の手が俺の股間を探り、俺がそちらを見ようとするのを遮るようにして首をかしげ、俺と目を合わせるように視線を絡めてくる。
「ルートヴィヒ」
「あ、っ」
シリル様の手が的確に俺の陰茎に触れ、既に熱くなり始めているそこを撫でる。
「いけ、ませ、ん」
「なぜ?」
ぴくぴくと足が戦慄く。目の前にはシリル様の顔があって、まじまじと俺を見つめているのが分かる。分かりたくない。こんな間近で、股間をまさぐられて快楽を得ている様子を見られるなど、羞恥以外の何物でもない。
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「はあっ、ぅ、」
頬ずりをされたかと思うと耳に息を吹きかけられ、耳の形に沿ってシリル様の舌先がいやらしく動き、唇で挟まれ、甘く食まれる。
「あ、シリル、さま、」
スラックスのボタンが外されていき、スラックスの中にシリル様の手が入ってくる。丁寧な手つきで下穿きから勃起したペニスを出されて、指先で形を確かめるようになぞられた。
は、は、と息が上がる。シリル様の手を止めようとするのに、快感に抗えない。
結果、シリル様に抱きつくような形でその手を受け入れるより他なくなり、俺はそれ以上言葉を吐き出す余裕もなかった。耳元で甘く俺を呼ぶシリル様の声で頭がいっぱいになり、身体は痛みも確かにあるのに、それでも歓喜と快楽に震える。
「かわいいな」
「あ、っ」
「私を抱く想像をしたことがあるか? 私は何度もある。お前に深く奥まで突きれられ、夢中で求められるのを想像しながら何度も達した」
「ああっ」
ぎゅ、と握られ、俺は腰が揺れた。気持ちいい。気持ちよくて、思考が流れていく。
「どうだ? ルートヴィヒ」
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「……む、かしは、ありまし、た」
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「ふ、……っ」
俺の先走りを指に絡め、シリル様が俺の先端を優しく撫でる。あまりの快感に力が抜け、察したシリル様にベッドへ押し倒された。
「一人ではしないのか?」
シリル様の指がペニスを這い、力加減を調節しながら俺から答えを聞き出そうとする。言わなければこれ以上に翻弄されるだろう。こんな、だれが来るかもわからない場所で。
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「なぜだ? いや、それよりも……ならばどうやって済ませていたのか知りたいものだな? 誰かそういう相手がいたようには見えなかったが」
ゆるゆるとペニスを扱かれ、腰が揺れる。もう、出すことしか考えられない。出すしか収まりがつかない。
「じゅ、ぼくに、っい!」
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「妬けるな」
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シリル様のシャツを握り込みそうになり、放す。こんなに頭の中をかき乱されるのはシリル様だけだ。想像でもなんでも無く、彼が明確な意図を持って俺のペニスに触れているのだと思うと俺からももっと触れたくてたまらない。身体が軋むのも構わず、腰を押しつけるように動かしてしまう。そうするとシリル様はしっかりと俺のペニスを握って扱き始めた。柔らかな唇が俺の耳に触れ、耳たぶを挟み、愛撫される。
「も、……シリル、さま、はな、し」
達してしまう。
限界まで声を上擦らせながらも懇願すると、シリル様は「ん、」と返事をした後、
「ルーイ」
優しくそう囁いた。
「い、っ、」
耳元で名前を吹き込まれた俺は、我慢する間もなく呆気なく吐精する。下腹部で感じる快感と、シリル様の声で満たされた頭の中で思考が飛ぶ。
「やっと出したな」
「あ、っ……シ、リル、さま、っやめ、」
「ん?」
達したにもかかわらずゆるゆると陰茎を扱かれ、あまりの刺激にシリル様の手を押さえた。
「手が嫌というのなら、口で最後の一滴まで吸い出してやろうか?」
恐ろしい提案に幼子のように頭を振って制止する。その間にも俺の鈴口からはとくとくと精子が溢れ、シリル様の手を汚していた。視界から入ってくる暴力的なその様にびく、とペニスが反応する。
こんな、こんなことをする方だっただろうか。
呆然としていると、シリル様は事もなげに俺にキスをして、
「――さあ、すこし汗をかいたな。従僕を呼んで準備をさせるか。身体を拭くのも、着替えるのも、今日は私がしようじゃないか」
どこか鋭ささえ感じる目をしながらも殊更に優しげな声でそう言った。
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▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
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黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
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「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
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フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
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