とばりの向こう

宇野 肇

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 ふ、と意識が戻った。焦点が合うまですこしかかった。薄い色の衝立とシングルベッドに保健室かと思い至る。そして、声をかけられたのは同時だった。
「ルートヴィヒ、目が覚めたか」
「しりるさま」
 咄嗟に身を起こそうとして身体に力を込めた瞬間、痛みが走る。頭を持ち上げるのもままならず、俺は呻いた。
「いい、起きようとするな……もう、逃げはしない。ここにいる」
 俺とは異なり、シリル様は酷く落ち着いていた。いっそ不自然なほどに。
「……ご無事でよかった、です」
「……ああ。お前のおかげでな」
「いいえ……元は、あなたの命に従わなかった、俺が招いてしまったことです」
 頭を垂れることもできず、言葉だけで謝罪を述べる。俺が追いかけたのがそもそもの原因だと。しかし、シリル様は首を横に振った。
「それを言うなら、最初にあの場を離れた私に非がある。それに……二人の邪魔をした」
 すまない、とシリル様が目を伏せる。俺は否定しようとしたが、声は掠れて僅かに咳き込んだ。
「ああ、水だな。身体は起こすなよ、痛むだろう」
 シリル様が腰を上げる。顔を動かすのさえ難しく、俺はそれを目線で追いかけた。サイドチェストに置かれたポットからカップへ、水が注がれるのが見えた。……量が多くないだろうか。
 疑問はすぐに解消した。シリル様がカップに口をつけたからだ。何をされるのか理解したが、俺はそれをじっと受け入れることにした。シリル様がそうしたいと言うのなら、俺に否やはないと、もう分かっている。
 動かない俺をどう思ったのか、シリル様の眉が少し歪む。物言いたげなようにも見えたが、結局ヘッドボードに手をかけ、俺の唇へ自分のそれを重ねた。舌先が俺の唇を開き、応じる。
 一度口に含んだ水が、彼の舌を伝ってそろそろと流し込まれた。
 懸命に飲み下すが、やはり仰向けで寝ている状態では難しく、咳き込む。身体に痛みが走ったが、それよりもシリル様の顔にいくらか水を拭きかけてしまったことに意識が向いた。
「も、うしわけ、」
「いい。ペースが早かったな。次は調整しよう」
 そう言って、シリル様はハンカチを取り出して俺の顔を丁寧に拭いた。まるで少しでも強く拭いてしまえば俺が痛がってしまうのではないかというように優しい力加減だった。
「すまん。咳をするのさえ痛いだろう」
 労るように頬を撫でられる。微かに首を横に動かすと、無理に動かなくてもよいと、これもまた優しい声で窘められた。
 シリル様が自分の顔を拭き、もう一度水を口に含む。俺はやはり黙ってされるがまま、それを受け入れた。
「いい子だ」
 二度目、上手く全てを飲み干すと、シリル様が至近距離で笑う。からかうように褒められて、俺はどんな顔をしていいか分からなかった。ただシリル様が満足するまで、繰り返される口移しでの水分補給を待った。
 そして数えるのを止めた頃、シリル様の動きが止まる。ハンカチで唇を拭われた。終わりなのだろう。まるで――キスのようだと、思った。少なくとも俺は嬉しかった。こんな風にシリル様が側に居てくださることもそうだ。
 唇に何度も感じた柔らかな感触。仄かに香るシリル様自身の匂い。その身が無事だったこともあってはっきりと緊張が解けた俺は、あまりの心地よさに瞼を降ろしそうになっていた。
「……私に触れられるのは嫌だっただろう。すまなかったな。案ずるな、これはただの看病だ」
 目が覚めたのだから教員を呼んでくる、とシリル様がこの場を去ろうとしたのが分かった瞬間、俺は自分で思っていたよりも大きな声でその身体を引き留めていた。
「お待ちください! っ、う……」
「無理するなと……なんだ、なにかあるのか」
 身体を起こしてなどいないというのに、みしみしと軋むような痛みに呻く。逃げないという言葉通り、シリル様はすぐに俺の側へ戻ってきてくださった。それにほっとして、力が抜ける。
 俺は、また自分を優先する。
 シリル様の心が俺によって曇ることが耐えきれないと取り繕いながら、その実俺がどう思っているのか、間違いなくシリル様に知っていただきたいという傲慢が抑えられなかった。
「シリル様、あなたは勘違いをされています」
「なんだ」
「俺が、あなたに触れられて嫌だと。そんなことは、一切ありません」
「……」
「シリル様、俺はあなたに、謝罪をしなくてはなりません」
 じっと俺を見下ろすシリル様はどこか緊張した面持ちだった。それでも、何度か緩く首肯し、ベッド脇の椅子に座り直した。
「お前の謝罪を受けよう」
「……あの日、俺はあなたの望みより、自分を優先しました」
 目を伏せていたシリル様の瞼がピクリと動く。
「俺は、あの日あなたの言うとおりにすべきでした。でもできなかった。自分の欲望が晒されることに怯え、恐怖したからです」
 瞼が開く。昔から変わらない、美しい青紫の瞳が俺へ向けられた。
「あなたを心よりお慕いしております。先ほどの口移しは、まるで口づけのように甘美でした。お許しください。俺はあなたに劣情を催しました」
 はく、と、シリル様の唇が動く。
「シリル様がその御心を隠されてしまわれたあの茶会の日から、あなたがあるがままの心で誰かを愛せることを願っていました。あんな風に取り乱して命じられるような形で、御身を傷つけるようなやり方では決してありません。それを伝えたかったのに、俺は、自分の欲望をあなたに見破られやしないかと、……臆病風に吹かれ言葉を取り繕ったのです。あなたを、酷く傷つけてしまった。そしてあなたに失望された。その上、さきほどソラと話をするまで、自分が間違っていたと気づかなかった」
 懺悔の言葉が落ちていく。形ばかり謝罪しながらも、俺は黙ったまま俺の言葉を聞いてくださるシリル様に感謝した。この浅ましさが俺の本質だとすれば、本当に愚かなことだ。いつまで経っても、シリル様の側に置いてもらえるような人間にはならないだろう。
「一度見限られたというのに、このようにしてシリル様が手厚く俺によくしてくださるのが、たまらなく嬉しいのです。愚かな男だ。どうしようもない」
 滑稽でしょう、と目を細める。笑えてはいなかったかもしれない。シリル様は力なく首を横に振ったかと思うと、まるで泣きそうな顔で俺を見た。
「馬鹿者……ッ お前の言葉は分かりにくいのだ……!」
 その目から涙が一粒頬を伝う。痛む身体を押して腕を動かすと、痛むだろうから力を入れるなと手を取られた。
「拭わせてください……俺が、涙を拭いたいと思うのは、あなただ」
 言いたいことを言えたからだろうか。それとも手を取って貰えたからだろうか。俺は身勝手にも再びやってきた眠気に意識を委ねようとしていた。
「……ほら、これでいいだろう」
 シリル様が両手で、丁寧に俺の手のひらを自身の頬につける。美しいその肌にこんな風に触れることができる日が来るとは思わなかった。
 微かに親指を動かす。シリル様の涙で濡れる感触があったと思ったら、俺はそこで瞼を閉じきった。


 次に目が覚めた時、シリル様の姿はなかった。その姿がないのが分かると、途端に目を開けるのが億劫になり、目を閉じて眠る。保健医がいてもそれは同じで、それを繰り返していたら、シリル様を連れた保健医が不機嫌そうに俺を見下ろしていた。
「コナー、お前の主人を連れてきたぞ。いい加減起きて話を聞かせなさい」
「ルートヴィヒ、大丈夫か」
 心配そうなシリル様の顔を見て、大丈夫です、と応える。痛みはまだ引く様子はなく起き上がることは難しかったが、口頭で質問に答えるくらいなら問題はなかった。
 そしてシリル様から水分補給はいいかとたずねられ、またも口移しで飲ませていただくという一面はあったものの、保健医と話をすることになった。どうやら俺は階段から落ちて丸一日目を覚ましていなかったらしい。シリル様と話をしたのは次の日の放課後だったと。そして今はそこからさらに一日経っていると。用を足そうと思わなかったのが不思議なほどだが、それは些事だった。
 シリル様と共に何があったのか知った保健医にシリル様ともども説教され、互いをかばい合う俺達に保健医はたっぷり半時叱りつけて大体満足したのか、自分の言葉が直接反省に結びついていないと感じたのか、二人でよくよく話をするようにと締めくくると、一人につき反省文をレポート用紙二枚にまとめて提出するようにと厳命して保健室を後にした。
「コナーの分は文章を自分で考えてバーネットが代筆することを認めよう。二人とも明日中には仕上げておきなさい」
「はい」
 聞き分けの良い返事を待たず、ドアが閉まる。俺とシリル様はどちらともなく顔を見合わせた。シリル様が肩をすくめる。それから、気を取り直したように椅子を引っ張ってくると、ベッドの脇に座った。
「何度もご足労いただき、申し訳ないです」
「気にするな」
「しかし……俺は、あなたにここまでしていただけるような身でありませんし、帰省の準備のこともあります」
 起き抜けで口移しをされたとき、夢心地だったのかも知れない。冷静になれば、一度見限られたというのにこうも心配され、世話をされるというのはおかしい。異常でさえある。
「帰省の準備なら問題はない。お前の準備がまだだというのならばこちらから人を手配しよう。それに、保健医の言うことはもっともだ。私たちにはどうやら、もっと話し合いが必要らしい」
「……そう、でしょうか」
「少なくとも私はそう思っている。お前に確認しておきたいことが」
「なんなりと」
 もう、シリル様に見せたくないなどという俺の感情は関係ない。シリル様の心の安寧に繋がるというのであれば、どんな醜いものでも正直に告白できる。
 そう気持ちを改めたところで、ああそうかと思い至った。あの日、ソラと話をしていたその内容をシリル様が知っているのだとしたら。シリル様のことだ、ソラの想い人だという俺に情けをかけようという気になるのかもしれない。
「……お前が好きなのは……いわゆる、劣情を含めたそう言う意味で愛しているのは、ソラではないのか?」
 ――だから、シリル様の言葉が少しの間理解できなかった。
「……は、今、なんと」
「だからな、お前はソラに懸想していたのではなかったのか、と確認している」
「有り得ませんね」
 即答だった。有り得なかったからだ。
「しかし、あれほど構っていたではないか」
 どうやらシリル様には俺がソラに口うるさくする様子が親愛や溺愛からくるものだと思っていたらしい。なんというか、手をかけることがイコール愛情になると考えるあたり、シリル様らしい。
「シリル様のお側に置くなら必要だと思ったまでです。あなたがソラのことを恋人に据えようと思ってないことは知っておりましたが、最低限の躾かと」
「……私は、そもそもあいつを側に置こうと言ったことはないはずだが」
「はい。ですがソラの振る舞いを咎めることも、無作法を不快に思われている様子もなかったので」
「まあ、育ちが異なるからな。だが、だからといって私があいつを気に入ったと言うことにはならんだろう」
 話が見えない。口ぶりからすると、シリル様は俺が『シリル様はソラをいたく気に入っている』と思っているのを否定したい様子だった。
「しかし、毎度走り寄ってくるソラを、両手を広げて歓迎していたではないですか。俺が間に入るのは余計な世話だと」
「お前に飛びつこうとしているのが分かったからな。邪魔をしていた」
「……は、?」
「最初を除いて、私があいつに会いに行こうとしたことは一度もないだろう。あいつが会いに来ていたのは私ではなくお前だ」
 何度か目を瞬く。シリル様の様子は変わらなかった。俺の表情を見てか、シリル様がため息をつく。
「シリル様は全てお気づきの上で……?」
「お気づきもなにも、ただの嫉妬だ。お前が私を優先することに優越を覚えていた。お前に追いかけられた日でさえもだ。真に愚かなのは私だよ」
 告解のように指を組み、膝の上で力なく置き、シリル様は続けた。
「この二日ほど、ソラに散々ねちねちと絡まれた。なんなら懇々と説教されたぞ」
「あいつ……」
 教室に置き去りにした後、ソラがどうしていたのか、どんな気持ちだったのか。俺は微かに思考を飛ばしかけたが、やめた。気持ちに応えられない以上寄り添うような真似はすべきではない。
「キスを止めさせたらしいな。なぜだ? 私に対するものと同じ理由でか?」
 責める声色ではなかった。単純な疑問か、しかしシリル様の表情はどこか物言いたげなものだ。
「いいえ。ソラに顔を近づけられたとき……好意を向けられたときに気づいたのです。俺がそうしたいのはあなただと。あなたに心を向けられたかったのだと」
 そう言うと、シリル様の瞳が見開かれた。潤んでいるのか、光の加減で煌めいているように見え、愁いを帯びた表情でさえなければもっと見惚れていたことだろう。
「俺はあなたと心ない交わりをしたくなかった」
 シリル様の表情がみるみるうちに緩んでいく。唇が震え、眉は何かを耐えるように力がこもり、そして目を伏せた。
「俺自身の野心のために、あなたを蔑ろにしました。そのことだけが心残りでした」
 俺の謝罪を受けると言ってくださったのは本当に破格の対応だった。俺は言うべきことは言い切ったと口を閉じた。気を抜くと瞼を閉じそうになる。外傷以外はどうもないはずだが、もしかしたら身体へのダメージは意外と大きいのかも知れない。
「おい、ルートヴィヒ。言いたいことだけ言って寝るな」
「……」
 他ならぬシリル様に窘められ、瞬きをしてどうにか目を開ける。シリル様は怒るに怒れない、とでも言うかのような顔で俺を見て、
「聞いていれば、私から離れることに納得している様子だな」
「……あなたからも、そう言われました。今では、当然だとも思います」
「では、私が『離れるな』と言えば、お前はそうするのか」
 考えたのはほんの僅かな間だった。
「シリル様がそう望むのならば、俺に否やはありません。あなたが俺の浅ましい本質を知った上であの時のように俺を望まれるなら、その話も同じです」
 俺がどう思っているかはもはや関係ない。俺の心の内を知って尚シリル様が命じられるのであれば、俺は従うまでだ。
 はっきりとそう言うと、しかし、シリル様は顔を歪めて重いため息をついた。何かおかしなことを言っただろうか。
「違うな。……違う、言い方を間違えた」
 俺に、というよりはまるで自嘲のように口角を上げ吐き捨てるシリル様に、どうしたのかと、何がそんなにも心を陰らせているのか心配になる。恐れ多くも原因が俺ならば、なんでもするから心穏やかにしていて欲しい。
「ルートヴィヒ、お前は私が欲しくないのか」
「――……すみません、シリル様。どういう意味でしょうか」
 突然、意図の分からない言葉で問われ困惑した。
「俺があなたに……不埒な真似をしたいかどうか、という?」
「部分的にはそうだが、そうではない」
「申し訳ないですが、では、どういった……」
 今一度盛大にため息をつかれ、俺は恐縮した。それに気づいたシリル様が軽く手を振ってみせる。
「お前に対してのものではない。ただの自己嫌悪だ」
「は、あ……」
「だからな、つまり……お前は私を好きだというのに、私と恋仲になろうという気はないのか」
「そんな恐れ多いことは望んでおりません」
 間髪入れずに答えると、シリル様はむっと俺を睨んだ。珍しいことだった。ソラが現れたことで柔らかな表情を見ることが多くなった気がしていたが、そもそもシリル様が誰かを睨み付けて目だけで糾弾するような――圧力をかけるような真似はしない方だ。
「……何故だ?」
「一時、情けをかけていただくくらいなら、指一本触れられなくとも生涯お側に置いていただく方が嬉しいので」
「恋仲になるのが一時的なものだと?」
「はい。家のこともあります」
 俺もシリル様も、貴族のパワーバランスを保つための結婚をするときが来るだろう。それも役目の一つだ。
「なるほど、それを懸念していると」
 シリル様が鷹揚に頷く。それから、ふと微笑まれた。
「では、それが解消されれば吝かではないと」
「……シリル様?」
 これは、この流れはどういうことだろうか。妙に機嫌の良さそうな様子に、まさかシリル様は俺に対してそのつもりで側に置くつもりなのだろうかと嫌な汗が出た。
「ルートヴィヒ」
「はい」
「お前を愛している。家のことを片付けたら私と一生の恋仲になってくれ」
「はい?」
 話についていけない。
 俺の様子はシリル様にはよく分かっただろう。今まで見てきたシリル様は一体なんだったのか。頬を染めてうっとりと俺を見つめた彼は、ベッドへ身を寄せると極力俺に配慮してのことなのだろうが、そっと俺の手を取ると、自らの股間をそこに押しつけた。
「お前に、こういう意味で触れられたい。お前だけに」
「し、シリル様、お離しください」
「いやだ。私に劣情を催すと言ったな? 私もだ。お前に組み敷かれたくてたまらない」
 シリル様の手が俺の手を使って、彼の柔らかな急所を揉みしだく。離れようとしても身体が重く、痛みもあり、逃げられない。
「私から逃げるな。逃げないでくれ」
 懇願され、息が止まる。切なる声に、かなうなら抱きしめたいとさえ思ってしまう。
「シリル様……」
 息が掛かる距離はとうに過ぎた。鼻先が触れるほど近くで、ゆっくりと青紫の瞳が瞼に覆われ、見えなくなる。同時に唇が触れ、明確な口づけの意図でもって軽く吸い付かれて、俺は頭の中が痺れるようだった。
 仄かに鼻孔を擽るのは、香水だけではない。彼の体臭が重なって、妙に甘く匂う。
「ん、」
 ちゅ、と音が響く。
「ふぁ、」
 れろ、とシリル様に唇を舐められ、俺は自分の下腹部がままならなくなりそうな気配に足に力を込めた。当然痛みが走るが、ここで勃起する方がまずい。シリル様にとられた手のひらから、彼もまた股間を熱くしていくのが分かってしまう。
 勃起しないよう気を紛らわせるのに身体の痛みを使うのは有効だった。俺はどうにか身体を動かし、彼の肩をぎこちなく掴んで、押しのけながら身を起こした。
「……流されてくれないのか。お前は動かなくていいぞ? 私がお前の上に乗ればいいのだからな」
 む、とシリル様の不満そうな顔が視界いっぱいに広がる。何度も繰り返し唇を重ね、その気持ちよさに夢中になっていたのは俺だけではなかった。シリル様の少し濡れた瞳に、これで身体が万全だったらどうなっていたことかと冷や汗をかく。
「お戯れを……」
「私は戯れのつもりはないが、お前にそう思われるのは本意ではないな」
 俺が痛みをおして動いてまで彼を止めたことについてはそれはもう不服そうにされたが、それとして、シリル様は俺を案じつつ手を放してくれた。ほっと安堵する。頭がゆだるかと思った。
「反省文を書きましょう」
「終わったら続きをしてもいいか?」
「……キスだけなら」
 この方は俺をどうしたいのだろう。獣に変えたいのだろうか。そう思いながら、かろうじて言葉を返す。その先に早く進みたそうにしている彼に、思わず、言うつもりのなかった言葉がまろびでた。
「今はまだ身体を痛めておりますので。俺も……あなたに触れたい。ですから、一つずつ片付けましょう」
 まだ何も見通しが立っていないのに希望を口にするのはどうかと思ったが、シリル様の顔が柔らかくほころんだのを見て、俺は漸くずっと見たかったその顔に自分から唇を寄せた。
 涙が滲んだのは、なにも痛みのせいばかりではないだろう。
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