*モブのなかにいる*

宇野 肇

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1.

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 カミュに買われ始めて一週間。昼はあちこち連れて行ってくれて、食事を奢ってもらったり、服を買ってもらったり髪を整えてもらったりした。大分小綺麗になったし、久しぶりに男のものの服を着れて俺はご機嫌だった。夜もさんざん甘やかされて、本当にいいのかなと不安になるほどあれこれと与えられて過ごした俺は、マスターの酒場から部屋を引き払うカミュの後をついて歩いていた。
 もちろん、遊んでいたばかりではない。試しに一度二人で街の外へ出てみようとしたのだが、まあ見事に意識が落ちて元モブ、現自分の部屋に戻っていた。予めどうなるのかは伝えていたからカミュに迎えに来てもらえたが、そのあたりの検証も含めてちゃんとカミュとこれからのことを話し合ってもいた。
 ……素っ裸で抱きしめられながら、というのはまあ、俺たちの素性を考えればそういうことを話す場も限られてくるし仕方が無いだろう。

 街から出るために、俺は『ガクロウの男娼』という設定から抜け出さなくてはならない。
 しかし設定に『ハマって』しまっている俺では設定からはみ出る行動を取ると翌朝自室へ強制送還してしまう。
 今の段階ではカミュは俺を買い続けているだけで、まだ俺の設定自体は変わっていない。

 では、どうすればいいのか?

 カミュは客人マレビトだ。『ハマり』の俺と違って正真正銘このアルカディアで生きているカミュから行動を起こすのであれば、システムエラーは起こらない。……だろう、というのがカミュの推測で、俺はそれに乗っかることにした。どのみち、俺一人では手詰まりだったのだからそうする以外にはない。
 勿論、カミュは神々の招待を受けていてその加護も得ているとは言っても神そのものではない。だから壁をすり抜けたり、乱数……運を弄ったりというような真似が出来るわけではない。
 そういうのじゃなくて、もっとゲームとしての『Arkadia』に則した手段でもって俺の設定を変えてやろうって魂胆だ。具体的には『奴隷制度』を利用する。物騒な名前だが実際に奴隷になるわけではない。
 奴隷に用いる特殊な魔法を使うことで、俺の設定ラベルを書き換えるのだ。身寄りのない天涯孤独の場末の男娼から、名実共にカミュの『もの』になるために。

 『Arkadia』において奴隷とは資産である。そしてアルカディアにはそれを管理するための隷属魔法というものが存在している。
 プレイヤーは永続的な隷属魔法は使えないが、特定の非プレイヤーキャラクターは使えることになっていて、それを奴隷にかけることで所有者をはっきりさせ、誰の『もの』であるかを明示するのである。つまりカミュの『もの』となることで、この二進も三進もいかない状況から脱しようというわけだ。
 俺が知っているのは『Arkadia』では奴隷を買って育てることができる、ということくらいだが、この育てるというのがポイントだ。
 プレイヤーは奴隷のスキルを任意にいじることができる。そして戦闘要員であったり愛玩用であったり、動物や飼い慣らしたモンスターの世話をさせたりすることが可能となる。
 それは男娼という設定からは大きく外れる行為であり、俺にとっては寧ろ、カミュのものになるというのは可能性を手に入れることであり、自由を得ることに等しいのだ。

 さて、娼館に属さない娼婦は奴隷ではないし非常に自由ではあるが、だからこそ危険と隣り合わせである。何故なら戸籍制度のないこのアルカディアにおいて、あらゆる組織に組していないからだ。自然、自分一人で生き抜くための知恵や機転と言ったものが必要となる。危機回避能力も然り。
 俺も含め、冒険者のように腕が立つわけでもなく、誰の庇護も受けていない娼婦というのは誘拐の対象になりやすい。性奴隷として売りさばかれたり、酷ければ人体実験に使われてしまったりと最悪の場合死ぬ。
 このアルカディアでは、およそどう生きていようと俺が17歳まで生きてきた世界より危険な目に遭いやすい。その上で、個人娼婦はどこにも属さず、管理されていないため誘拐の後売り捌かれようが違法として訴えられることがない。まさにカモなのだ。
 そんな環境であるにもかかわらず、俺のそういう『生き抜く』力というのはまだ2歳児と変わらない。とても危険であるのは誰もが理解するところだろう。
 つまるところ、ぽんと身請けされたとはいっても俺が全く誘拐されなくなるわけではなく、システムとして俺の男娼と言う設定が変わるわけでもない。だから隷属魔法を施すことによって個人の自由を放棄し、カミュの管理下に置かれることで、システムからの束縛から抜けだそうということになった。
 それに既に所有者の決まった奴隷は人のものである以上きちんとした理由もなく害せば犯罪であり、俺の身の安全も保障される。一挙両得とはまさにこのことだ。
 奴隷にかけるような隷属魔法は冒険者組合で手続きをすれば行ってもらえるらしい。賞金首を追いかけることも冒険者が好むところだし、生死不明の場合はともかく、生きて捉えた場合は即刻その隷属魔法で無力化させるために、そういう魔法を修めているキャラが常駐しているそうだ。捕縛用のアイテムも作られていて、一定以上の実力と信頼のある冒険者に預けられることもあるとカミュが説明してくれた。
 ゲームでは知り得なかったそんな話を聞きながら、俺は今まで寄り付かなかった冒険者組合ギルドの前に立っていた。

 数ある職業組合の中でも冒険者ギルドは規模がでかい。冒険者は世界中どこにでもいるし、登録だけならば誰でもできるからだ。他の職業組合の場合は実績や実力を認められなければ登録さえできない。それだけに質というのも不安定で、上と下との差が激しすぎるのだが、まあそういう話は今回は関係がないか。
 冒険者ギルドはある程度の規模の村や街には必ずある。何故なら、採集や護衛の依頼を出す場所が必要だからだ。当然、この《ガクロウ》にもある。
 ガクロウという街は大きく二つに分かれていて、北は完全な花街になっている。娼館が軒を連ねており、世界一とも言われる規模の賭博場もある。その周囲は掘りと塀に囲まれており、侵入と逃走を許さない作りに見合うだけの環境が整っている。その中では武器の類の持ち込みは一切禁止で、しかも入場料が取られる。ただし、それらのルールに従えば犯罪者であろうと入ることが出来る。
 花街以外のエリアは、《ガクロウ》に立ち寄る人間のための施設や、花街の集客率にあやかって生活している各職業組合や商売人、そして個人娼婦含めて定住している人たちが住む普通の街になっているわけだが、俺のねぐらやマスターの酒場《遠吠え》はその街の中でも外れの方にある。
 賑やかなのは店と職業組合のある方で、その中でも冒険者ギルドというのは街の入り口の方にあるから、街から出られない、冒険者登録さえできず翌朝自室に強制送還されてきた俺にとっては縁のない場所だった。

 冒険者ギルドの看板を見るのもずいぶん久しぶりだなと思いながら、カミュに手を引かれるようにして中に入る。何人かの視線を感じたが、気にしないようにした。
 迷いなく足を進めるカミュの後をついて行き、カウンターの前で止まる。カミュがおもむろに取り出したのは銀貨だった。カウンターの向こうに座っている女性の片眉がピクリと跳ねた。
「酒場《遠吠え》のマスターに話は通してある。男娼一人。保護がしたい。隷属魔法を頼む」
 きりりとしたカミュの声は俺へ向けられるものとは違っていた。俺に何か言う時は大体が優しくて、甘い。真剣な声を聞かないわけじゃないけど、それはカミュが余裕を無くして激しくなる時で――って! 今考えることじゃないな!
 熱くなりかけた頬に手を当てていると、女性は俺を一瞥してから口を開いた。愛想のかけらも見当たらないが、印象として仕事は出来そうな雰囲気が漂っている。
「種類は?」
「ラベルさえ変えられればそれでいい」
 カミュが即答し、それに女性が頷いて、奥へ引っ込んだ。
 よく分からないでいると、そっと腰を引き寄せられた。強すぎない力とそばに感じる温もりが心地よくて、少し気持ちが解れる。……新しいことをするというのは、緊張するものだ。
「こちらへ」
 戻ってきた女性に連れられ、二階の部屋に通された。何の変哲もない部屋だ。待合室みたいなものなのだろうか、お菓子と水の乗った机を挟むように二人掛けのソファが置いてあった。
「直ぐに調えますのでこちらでしばらくお待ちを」
「分かった」
 女性が軽く頭を下げて出て行く。それを見送ると、カミュに座るよう促された。
「ここにあるものは食べても大丈夫だから。僕はこのクッキーがお勧めかな。アルクは甘いの好き?」
 二人で並んでソファに腰を下ろすと、カミュの纏う空気が変わった。俺がよく知るものといえばいいのか、顔はにこにこして、声が優しくなる。相変わらず腰に回された手から暖かさが伝わってくる。
 甘いのは好きだと答えて受け取ったクッキーは確かに美味しかった。嗜好品であるお菓子は贅沢なもののうちに入る。ここへ来てから口にすることのなかったそれはサクサクとして甘く、カミュの存在もあって顔が綻んだ。
「なあ、種類って?」
 いつまで待たされるのか分からないため、早々に口を開いておく。カミュと女性はそれだけで通じているようだったが、俺には何のことか分からない言葉だった。仮に『Arkadia』に存在するものであっても、俺はそこまでやりこんでいるわけじゃなかったから知らないことの方が多いというのもある。加えてゲームでは出てこなかった生活魔法みたいな存在もあって、本当に俺はこの世界について良く知らないままだ。
 そんな俺に、カミュは丁寧に答えてくれた。

「奴隷に使われる隷属魔法には、分かりやすく言うと三つ種類がある。
 一つは、僕が今君にやろうとしている、『ラベル』の部分。いわば『殻』だね。本来はその中身として、所有者に対して逆らえなくなる隷属魔法の『核』を仕込む。これが二つめ。そして三つ目はオプションで、奴隷の感情をある程度操作する魔法を重ねることが出来るんだ。
 『魅了チャーム』と『飼い慣らしテイム』といって、どちらもそれほど強い効果があるものじゃなくてね。チャームは一時的に対象を惑わせて言うことを聞かせるタイプで、テイムはモンスターを手懐けるタイプのもの。チャームは時間経過で効果が切れて、テイムは世話を怠り対象の信頼と好感を損なえば切れるよ。どちらも、効果が及んでいる間は術者が所有権限を持つことになる。プレイヤーでも使えるものだけど、隷属魔法に仕込む場合は効果が永続的に持続する。逃げ出したり刃向かうのを防ぎ、指示によく従うようになるらしい。
 隷属魔法の『核』には程度があって、弱ければ反抗しても大したことにはならないけれど、強いと、死ぬこともある。基本的に奴隷の殆どは犯罪者だから、魔法の効果の強弱はその罪の深さに比例するよ」

 へえ。
 言われて、相槌を打った俺の頭を、カミュの掌が撫でた。
「今回君にかけるのは実際に効果を発揮する『核』を持たない『殻』だけだ。それでも僕のものというラベル貼りには充分なんだよ」
「もし俺がチャームを掛けられたら、どうなるの?」
 オプションをつけなかった理由なんて、考えなくてももう知っている。代わりに興味でそう訊ねると、カミュは困ったように眉尻を下げた。
「……強ければ、僕が大好きになって、すごーく、したくなる。らしいよ。性奴隷にはよくかけるみたいだね」
「弱い場合は?」
「少なくとも僕が君を求めた時、拒否できないくらいには身体の方が反応するだろうね。でも、心の方が伴わないから弱い方が辛いかも知れない。趣味が悪い奴は敢えて弱くしたりするって話を聞いたことがある」
 カミュは続けて、まるで労わるような目を向けてきた。……うん、たとえ魔法の効果であっても好きだと思ったり、あるいは割り切ることも出来ないのなら、それは辛いことかもしれない。少なくとも今までの俺は自分の意思を持っていたし、拒否する自由もあった。身体が反応するとはいえ頭の端っこは冷えていて、快感や感情をコントロールできていた。
 拒絶の意思があるのに、抗えないまま快感に流されてしまうことが続けば、心の方がぼろぼろになってしまうだろう。
 奴隷って恐ろしい。
 ふるりと身を震わせると、それが分かったのかカミュにぐっと抱き寄せられた。隣に座っているからそのまま肩を預ける。ふとカミュの頭が動いて俺を覗き込んだかと思うとそのまま、頬に唇を押し当てられた。
 ちゅ、と本当に小さな音が立ち、頬に熱が集まって行くのを感じる。狼狽えてカミュを見ると、彼は見てる方が蕩けそうになる笑みを浮かべていた。キスをされた場所を、彼の手の甲が優しく撫でて行く。
 こんなときどんなことを言えばいいのかさっぱり分からなかった俺はただただ縮こまるばかりだったが、部屋のドアがノックされ、ある種緊張で満たされた空気は弾け飛んだ。
「はい」
 ノックに応えたカミュは落ち着いたものだったが、俺はびっくりしてそれどころではなかった。カミュがしっかりと俺の手を握ってくれなければもっと露骨だったかもしれない。
「失礼する」
 部屋に入ってきたのは、深緑のローブを羽織った男だった。
 ローブだけなら物凄く魔法使いっぽいのに、顔立ちは精悍で、なんというか、色男風。顔立ちも柔らかくて、筋肉はついているが服を着ると分からなくなるため優男っぽくなるカミュとはまた異なった、『いい男』だった。
 短い髪は濃紺で、身体にぴったりとフィットする服からは盛り上がった筋肉がよく見えた。服から出た肌も日に焼けている。
 でもなあ。表情が余りないのはちょっと減点かな。会話してみないと表向きの性格さえ掴めないというのは声をかけにくいマイナスポイントだから……って、もうそういうことは考えなくていいんだった。
 男は俺とカミュを交互に見やって、口を開いた。
「あの有名なカミュともあろう者が、まさか男娼を身請けとはな」
「そんなに意外かな」
「ラベルを貼りにくるほど入れ込んでいる、というところがな」
 男の声は低く、張りがあってかっこよかった。うん、これで囁かれたら悪い気はしないだろうな。
 って、だから違うだろう。
「今回請け負うことになったラジムだ。何か問題が出た場合は俺へ繋げ」
「了解。僕は……まあ知ってると思うけど冒険者のカミュ。こちらはアルクだ」
 知り合いなのかと思ったがそういうわけでもなかったらしく、男は名を名乗った。カミュがそれに乗っかり、紹介に預かった俺は軽く頭を下げる。座ったままでもいいんだろうか。カミュが全く立ち上がる気配がないので俺も座ったままだ。
 ラジムはそれを咎めるわけでもなくじろじろと俺を眺めた。その目が俺のいろんな場所を観察しているのが分かって、身体が硬くなる。
「……なるほど、同性愛者というのは本当だったか」
 どうみても男の俺を見て、ラジムは納得したように顎を引いて頷いた。なんだ、それを見られていたのか。
 力を抜いただけの俺に代わるように、カミュが笑って返した。
「なにそれ。僕、何度かちゃんと宣言してるはずだけど」
「冒険者として成功していて物腰も穏やか。依頼達成率も完璧で依頼者からの信頼も厚いとなれば目をつけられるのは道理だろう。人とは自分が信じたいものを信じるものだ」
「うーん、でも僕はほら、この通りだから」
 カミュが肩を寄せて、楽しそうに声を弾ませる。ラジムはそれを見ても肩をすくめただけで、直ぐに俺へ目を向けた。
「始めるか。ラベルだけなら時間もかからない」
 言って、俺に立つように促してくる。俺はカミュから手を離して立ち上がると、ソファから少し離れた。ラジムと二人で立てるスペースに移動する。カミュもすぐ側で見守ってくれているから、あまり不安はない。
「カミュ、書類を」
「はい」
 まるで手術の時の執刀医みたいな感じで、ラジムが差し出した手に巻かれた羊皮紙が乗った。
 なんだろう、と首を傾げていると、カミュがにっこりと笑みを見せた。
「君を大事にしますっていう誓約書だよ。隷属魔法の『殻』に組み込むんだ。これに違反すると僕がペナルティを受ける」
「は?! 聞いてない!」
「言ってないからね。大丈夫、そんな無茶なことは書いてないよ。クロードにも目を通してもらったし、予めギルドの審査も受けているものだし」
 俺を身請けするのにどれだけ準備していたのだろう。
 呆気に取られていると、ラジムに顎を掴まれた。
「始めるぞ。痴話喧嘩は後にしろ」
 これは今話し合うべき事案じゃないだろうかと思いながら、ラジムの目が窘めるような鋭さを持っているのに怯んだ俺は、せり上がってきた言葉をまた胸の内に戻すより他なかった。俺は一般人なんだからもっと配慮が欲しい。減点だ。



 隷属魔法は不思議なものだった。俺は立っているだけでいいのだが、その立っているだけというのが結構辛い。
 何故なら、服の上からとはいえ俺の身体をラジムの太い指が滑って行くからだ。
「……っ」
 何度も込み上げてくる妙な感覚をやり過ごす。くすぐったさと恥ずかしさが合わさって敏感になった身体は、服に覆われていなければどうなっているのかよくよく分かってしまうほど露骨に反応していた。
 俺には見えないが、ラジムは今、俺の身体に魔法の術式を書いているところらしい。指先から絞り出した魔力に、カミュが手渡してい羊皮紙に書かれていたらしい文字が宙を浮きラジムの指先に溶けて行くところのようだ。文字が浮いていることしか理解できていないが、それだけでもこんな状況でなければ素直に興奮できただろう。
 しかし今俺が興奮しているのは違う理由かつ違う種類なわけで。
 今はラジムの指先から注がれているらしい彼の魔力が、俺も持っているらしい魔力と擦れ合って摩擦が起きている状態で、刺激に対してものすごく過敏になってしまっているのだそうだ。
 それにしても、痛みならともかく快感が走るというのはどうなのだろう。この恥ずかしさの極みみたいな過程があるからこそ、奴隷用の魔法として用いられているのか。俺みたいな『殻』だけをかけられている人は他にもいるようだし、それってどうなんだと思わないでもない。
 途中何度も身をよじったり身体が跳ねたりしたものの、ラジムの指は俺の身体から離れて行った。
「よし」
 終わりか。長かった。
 そう思って安心していると、カミュの手が俺の胸の上に置かれた。
「まだ動かないでね」
 優しい声に頭を振って頷く。すると、カミュはもう片方の手で金貨を出して、それを親指で弾いてラジムへ手渡した。
 かっこいいやりとりだが、今何か言おうものなら物凄くこう、はしたない感じの声が出るのは必至であり、俺はじっと二人を見つめるしかできなかった。
「多いな」
「今後何かあればよろしくっていうのもあるけどね」
「金払いのいい客は好きだ」
「だろう? 是非贔屓にして」
「では早速、人払いをしておこう」
「ありがとう」
 ラジムは表情一つ変えることなく部屋を出て行った。カミュはそれを笑顔で見送り、俺を振り返る。
「頑張ったね。じゃあ、最後に僕が所有者だということを『刻む』から。……遮音してあるから声は抑えなくていいよ」
 最後の言葉に疑問が頭をかすめた直後、それは身体中を駆け抜けて行った。
「っ、ああああああああーっ!!!!!!!」
 身体の内側。カミュが手を置いていた胸から、まさに神経という神経を強い快感が撫でて行った。それが脳へ到達すると同時にびくん! と身体を痙攣させて背をのけ反らせて俺はイってしまい、倒れそうになったのをカミュに抱き留められた。

 それは一週間前に味わった絶頂よりももっと激しく容赦のない快感だった。

 既に服の中でぎちぎちになっていたものが弾けたのはもちろんの事、脈に合わせて至る所で生まれる快感になす術はなくて、触れられなくても気持ち良さに殴られているようなのに、カミュが触れる場所、吐息が撫でる感覚にまで反応してしまって息ができなくなりそうだった。
 カミュに抱えられてその場で崩れ落ちる。
「アルク、大丈夫だからね。ちゃんと収まるから……安心して、今は気持ち良くなっていいんだよ」
 耳元で囁くようなカミュの声にまた、身体の中が疼いて快感の花火が咲いた。
「ふゃんっ……んぁ、かむ、みゅ、はっはっ……はぁああっ……あ、ん……くうっ、んん、んぁ!」
 最初のインパクトほどではないが、何度も弾け、溶けて行く一方でまた新たに快感が生まれて育ち、弾けて行く。
 あまりの感覚に股間が熱くて溶けそうだった。寒気にも似た感覚が止まらなくて、足の付け根がひくつき、それで服が擦れてまたそこが気持ち良くなる。前も後ろも気持ちが良くて、わけがわからなくなりそうだった。
「手伝ってあげるね?」
「ひあ! あんっ」
 カミュが服の上から俺の股間を優しく撫で、揉んでくる。またせり上がってくる欲求のまま身震いして解き放つと、吐き出したばかりのところからじわっと温かいものが広がった。
 ――それが決して射精でないことに気づいたのはすぐだった。
「あ」
 ある種の爽快感さえあったそれはいつもの射精感とは異なっていて、カミュの声に導かれるように目をやったそこは、酷いシミが出来ていた。カーキ色のズボンは濡れると色が変わって状態がよくわかる。
「やだ、おれっ」
 漏らした。
 そんな言葉が頭をよぎり、まだ引きそうにない快感に涙が出てくる。力なくカミュを呼ぶと、カミュは俺の涙を吸い取って、優しく頭を撫でてくれた。ぞわぞわと快感が頭皮を這い回るが、絶頂ほどの強さはもうない。
「アルク、ごめんね、アルク。びっくりしたね」
 カミュの声は柔らかく、俺を慰めるように髪の上からキスが降ってきた。
「心配しないで。潮吹きだよ」
「……しおふき?」
「そう。男でもなるんだ。匂いも色もないでしょ?」
 色は分からないが、匂い。
 俺に見せつけるようにカミュが濡れたはずの手を舐める。ぎょっとしたが、カミュが平気そうに笑ったからどうにか息をついた。
「みんなこんなことしてるわけ……?」
「どうだろうね。今回はラジムの仕事の後直ぐに僕が『殻』に僕の魔力を通したからこんな風だけど、普通は『殻』を被せたら奴隷商へ連れて行かれて、そこで買われていくわけだからね。そういうところでは僕みたいに直接魔力を通したりはしないんだ。特殊な道具を使って売買契約の書類にサインをすることで、購入する奴隷のラベルに所有者の名前が書かれるらしいから」
「……今回は、どうして直接だったんだ?」
「そういう道具は国の許可を貰った奴隷商でなければ所有できないからここにはないし、奴隷商は奴隷に対してのみしか使用を許されていないから」
 奴隷ではなく、犯罪者でも無い俺には使えない、というわけか。
 ふうん、と納得すると、カミュは困った顔をした。
「怒った?」
「……どうして?」
「言わなかったことがたくさんあったから」
 横抱きにされてソファへ降ろされる。そうして改めて見たカミュの表情は、ああ、困ってるんじゃなくて、怒られた子どもみたいだった。
「そんな顔するんだったら、最初から言っとけば良かったのに。……とは思うけど」
 裏切られたとかそういうことは一切思ってない。ある意味騙されたようなものだけど、悪意あるものじゃないし、相手はカミュだ。それに、傷つけられたわけでもないし。
 俺がそう言うと、カミュはほっとしたように口元を綻ばせた。
「そうか。そうだね。そうする」
 自分に言い聞かせるような口調が少しおかしくて噴き出しそうになったが、嬉しそうにしているのを見ると俺も自然と頬が緩んだ。
「じゃあ早速、君が僕の『もの』になったか、確認してみようか」
 俺の肩に手を回して、カミュもソファに腰掛ける。願っても無いことだったが、彼の手の動きが不埒なものになって、俺はその手をそっと除けた。
「この手は?」
「君の状態が落ち着いたかどうかみようと思って」
 いけしゃあしゃあと言い放った言葉に、俺は身体が熱くなった。
「もっ もう平気! なんともない!」
「本当? 確認するね」
「ひゃふっ、ちょ、なんで脱がすの?!」
「んー? 着替えないといけないじゃない?」
「生活魔法で戻せるから! やっ……あ、だめ、だって……やぁっ……手、入れないで……汚いからぁ……!」
「ふふ、かーわいい」
 濡れてしまい冷え始めたズボンと肌に、カミュの暖かな手が差し込まれる。まだ完全に引いたわけじゃない快感が優しく呼び起こされて、力の入らない身体ではろくな抵抗もできなかった。
 散々触られて弄られて、俺の上に跨って二本纏めて扱かれて、目に飛び込んでくる卑猥極まりない光景とカミュの色気に目眩がした。
 そうしてすっかり気持ち良さに負けた俺は、嫌なわけじゃない、ってことの難儀さを思い知らされることになった。
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