*モブのなかにいる*

宇野 肇

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売る男、買う男

4.

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 そこからはもう、快感に潰されるだけだった。
「はぁっ……やっぱりアルクの肌、凄くいいね。ぴったり吸い付くみたい。ずっと触れていたい」
「ぁっあっん、らめ、もあ、あ、かみゅ、とける、とけ、るぅ……」
「ふふ、かわいい」
 繋がったまま香油まみれになって、ぬるぬるする肌をこすり合わせながら身体全部で愛撫されて、その体温にどうしようもなく嬉しくなって、安心して。
「っ……アルク、アルク……っ!」
「あっああ! こし、も、こし、くだけ、だめ、あぅっ」
「いいよ、楽にしててっ……んっ、ああ……気持ちいい……中、凄くひくひくしてる」
 力が入らなくて、俺が上になってもカミュの身体に寝そべるしかできなくて、なのにカミュは下から嬉しそうに突き上げてきて。
「ふ、ゃんっ……やん、やっ、やあっあ、も、イかせてぇ……っ」
「いいよ……いっぱい気持ち良くなろうね」
「あふ、ふぁあっ」
 尻だけ突き出すような格好になった俺に覆い被さったカミュに、耳を責められながら犬みたいに腰を振られて、俺はあり得ないほどよがってしまって。
「ああんっ! あんっ、あっあっ……ああっ! ぃく、いくっ、も、また、……かみゅ、かみゅぅっああ!」
「アルクっ……好きだ、アルク……! ぁ、くっ!」
「ひああっ! かみゅ、だめ、やんっあ! あ、あっ、あーっ!!」
 途中から何度も絶頂を味わって、カミュの律動はそれでも止まらなくて、終わりがないんじゃないかと思うほどで。

 ――そうして最後の絶頂の後、微睡むままに寝落ちしたことに気づいたのは、広い部屋、柔らかいベッドの中でカミュに抱きしめられながら目覚めてからだった。
 とっくに陽は高く登っていて、遮光性の高くないカーテンからそれを察した時の俺の驚きは半端なかった。
 散々喘いだせいで叫び声は掠れていて吐息も同然だったのは不幸中の幸いだった。
 俺は裸で、やっぱり裸のカミュに抱きしめられていた。後始末をした覚えがないからきっとカミュがしてくれたんだろう、すべすべな肌が擦れ合うその心地よさに夢の続きを感じてしまう。
 客によっては行為が終わってすぐだとか、ピロートークの間に部屋から叩き出されることもある。一緒に寝たくはないという客の都合の時もあれば、客の機嫌を損ねて自業自得でという場合もある。後者はともかく、前者の場合は女と違って柔らかくもなく抱き心地がいいとは言い難い男を抱きしめて寝る物好きがいないのだ。今回カミュが取った部屋にはダブルベッドが置いてあるが、部屋によってはシングルだし、ベッドそのものの質も悪かったりするのもあって、客の取った部屋で男娼が気持ちのいい朝を迎えるなんて話は都市伝説だった。……今日、までは。
 俺は仰向けになっていて、すぐ隣で横向きになっているカミュの腕が腹の上に乗っかっていた。サイドテーブルに伏せられているコップに水を満たして喉を潤そうと少し体を捻ると、腰にものすごく重い鈍痛……のようなものが響いた。鋭い痛みでこそないものの、妙な唸り声をあげてしまう。ひたすら痛かったことはあったけど、こんな風に腰が鈍く、怠くなったことはなかった。
 カミュのすることは初めてばっかりだ。
 行為の激しさと比例するような快感の強さを思い出しながら生活魔法で入れた水を飲む。少し照れ臭くなっていると、ふとカミュの吐息を感じた。顔を上げて見ると、眩しそうに目を細めるカミュの、緑の目とかち合った。
「……起きてたの?」
 カミュにも、とコップを差し出すと、彼はありがとうと言って受け取って、残り全部を飲み干した。そのコップを受け取り、戻す。また腰に響くものがあったが、コップを置いて腕を引くと、カミュに抱きしめられた。
「昨日も可愛かったけど、今もかわいかったよ。勃っちゃいそう」
 楽しそうに指摘され、その胸板に顔を埋めて逃げる。カミュは嫌がることもなくそれを受け止めてくれて、俺の背を撫でた。
「それ、逃げるっていうか、飛び込んできてるけど?」
「……あの、ありがと。後始末とか……」
 話を変えよう、ととにかくそれだけでそう言うと、カミュに優しく頭を撫でられた。
「僕がしたかったから、いいんだ。それに……そういうこともできるのが嬉しかったし」
 意識のない人間の世話なんて大変だと思うけど、カミュが幸せそうだから俺も少しだけ頬が緩んだ。……けど、太ももに当たるものに気づいて、少しだけ思考が止まる。
「……カミュ?」
「ごめん。朝だからってことにしてくれる?」
 腰を引くカミュを引き止めて、太ももでそこを擦ってみる。悩ましい声が漏れてきたが、俺はそっと動きつつも昨日気になっていたことを訊ねた。
「カミュのここ、なんで毛がないんだ? そういえば腋とか脛もつるつる……」
「……クロードも言ってたと思うけど、僕も君と一緒だよ」
「え?」
 どういう意味だろう、と首を傾げると、カミュは俺の足を自分のそれで絡め取って自由を奪うと、さらりと、とんでもないことを口にした。
「昨日君に声をかけて、今回こんな風に告白したのはね、切れるカードが他にもあったからだよ。好きってだけで君を落とせるとは思ってない」
 今更ながら、カミュの言葉の意味するところを想像し、胸が跳ねた。

 俺と一緒、って、そもそも、なにがどうどこまで一緒なんだ?

「記憶喪失ってことにしてるけど、僕、別に記憶がなくなったことなんてないんだ。君もそうだろう?」
 ひゅ、と空気が喉を通り過ぎた。
「記憶喪失だけど言葉遣いは品があって、体毛は薄く、体つきと年齢に見合わない男。共通点はそんなところかな。……ああ、僕はともかく、君の場合は不自然だっただろうね。教育を受けていない男娼が、ある日を境に記憶をなくしたかと思えば、急に話す言葉に品が出るなんて」
 自分の言葉遣いが品があるなんて思ったことはない。使える敬語も大したことないのに。
 そう言い募ると、カミュは俺をなだめるように指先で俺の頬を撫でた。
「君はそう思っていても、この世界ではそうなんだよ。僕も昔は随分調べられた。いいところの出なんじゃないかって。それくらい、この辺の個人娼婦としては、君は品がいい。職業に誇りを持つとか、それ以前の話なんだよ」
「……カミュは、俺が誰だかわかるの?」
 呟きほどの声は自分のものながら頼りなくて、震えているようにも思えた。
「僕が今から切るカードは、君にとって屈するに値する卑怯なものだよ」
「……そうまでして俺が欲しいと思ってくれてるなら、それでもいい」
「そんなに簡単に信用するの?」
「信じてるのはマスターだ」
 これで酷い目にあったらそれは、カミュがマスターを裏切ったということだ。あるいはマスターの見る目がなかったか、カミュがマスターの知る彼ではなくなったか。
 『紹介』という手順まで踏んだのにここに来て念押ししてくるカミュ。物凄く気を使ってくれている。まるで責めろとでも言うように。
「それに、結局決めるのは俺なんだろ? 仮に騙されてるとしても、それは俺の選択で、責任だし」
 それに、もしカミュがこれから言うことによっては、俺は得難いものを得られるのだ。この2年、給仕仲間でも、マスターでさえもダメだったこと。
「参ったなあ」
 苦笑気味にカミュが呟く。
「何に対して言ってんの?」
「カッコイイなっていうのと、惚れた方が負けっていうのと、あと、僕の信用のなさ」
 相変わらず、カミュが俺を見る目は眩しそうだ。……実際、眩しいのかもしれない。俺の肌は白いし。
「……君を囲うために切ろうとしたカードの一枚目は、名前」
 静かだった。鳥の鳴き声一つ聞こえない。いくら大規模な歓楽街を持つガクロウでも、そこに居る人の数は膨大だし、昼間に活動している人間がいないわけじゃないのに、喧噪もなかった。太陽の位置からして、もっとうるさくてもいいはずなのに。

狭間はざま 桔平きっぺい。それが、僕のもう一つの名前。僕は客人マレビトだ」
 
 客人。つまり、……プレイヤー?
 俺の表情に何を読み取ったのか、カミュは続けた。
「君にもあるはずだ。もう一つの名前。『Arkadia』における神々の客人プレイヤーがどういう存在かは知ってるよね? 僕は『Arkadia』のアカウントで差出人不明のメールを受け取った。それは僕をアルカディアに招待するという内容で……その時は悪戯だろうと思ったよ。でもログインしようとしたとき、意識が落ちた。気づけば普通にインした時と同じ状態になっていて、ゲームでは案内役を務めていたユーディスと話をした。そこでもう戻れないこととか、ここでの僕の立ち位置なんかを聞いた後、始まりの街『ミズ』へ送られた。クロードと知り合ったのはそれからすぐだったよ。ゲームでは知らなかったこと、ユーディスからは教えてもらえなかったことを含め、本当にいろいろ教えてもらった。君が聞きたいなら、また聞かせてあげる」
 桔平と名乗ったカミュは正真正銘、神々に招待された客人マレビトだった。
 驚きは戸惑いに変わる。……俺には、そんな丁寧な経緯はなかったから。ただいきなり、ログインしたと思ったら全然知らない場所で、俺は身体こそよく知るアバターだったものの、装備も人間関係も全く知らないものになっていて、ログアウトは当然のようにできなくて、そして遂には街からさえも出られなくて。
 場末の男娼キャラ、という立場に収まるしかなかった。それしか生きる術がなかった。
 そういうことをどうにか伝えると、カミュは言った。
「……ゲームとしての『Arkadia』とこのアルカディアが繋がっているとして、僕は正真正銘、アルカディア側の存在になった。でも、君はその間にいるようなものなのかもしれないね。街から出られないとか、スキル取得のイベントが発生しないというのは多分、君の設定ポジションも含め、ゲーム的なシステムで縛られているんだろう。……君はどうしたい? 多分、客人である僕なら、君をこちら側に引きずりこむことは可能だろう。でもそれは同時に、現実世界に帰れる可能性を完全に潰すことになるよ」
 カミュの言うカードというのは確かに、悪魔の甘言のような強さを持っていた。
 知り合いでこそないけれど、同じ事情を抱えているというのはそれだけで仲間意識を持つには十分すぎる。職場での仲間とは違う。もっと、自分のアイデンティティに食い込んで来るほどの、心の奥の方まで届く親近感。その上、がんじがらめで抜け出せなかった俺にとって、この状況を確実に打破する最強の一手。
「カミュと一緒なら、ここから出られる?」
「街から、だけどね。でも、このアルカディアだったら、大体どこにでも連れて行ってあげられるよ」
「俺、ほとんど何も知らないよ」
「『記憶喪失』なんだから仕方ないよね。教えがいがあるよ」
「……冒険者に、なれるかな」
「二人でいろいろ確かめようか。君が今NPCモブキャラでも、パーティは組めるはずだし」
「……嘘だよ。ちょっと怖い」
「だったら無理してならなくてもいいよ」
 俺の呟きを、カミュは丁寧に拾ってくれた。優しい声が気持ちいい。
 カミュは、卑怯な手だと言ったけど。本当に卑怯だったのは、昨日だったんじゃないかと思う。
「もう、男を値踏みしなくてもいい?」
 好きだって言われたのは、ともかく。
 あんな風に大切に扱われて、愛される、なんて言ってもいいほどの抱かれ方をした。今更、穴だけ使わせるようなセックスを『提供』なんてできるかわからない。
 出来たとしても、緊張で凝り固まった俺の『心構え』は、散々ほぐされてしまって元に戻せるか分からない。戻せたとしても、きっとすごく時間がかかるだろう。それまで続けて行けるとは思えなかった。
 カミュから今の話を聞かなくても、きっと俺は昨日の分だけでとっくに、カミュに奪われていた。敢えて酷い言い方をするなら、ダメにされたのだ。心も、身体も。優しく溶かされて。骨抜きにされてしまった。
「……頑張ったね」
 それを分かってるのかどうなのか、カミュが足を解いて、俺の背を、頭を撫でてくれる。それだけなのに胸が切なく痛んで、自分からすり寄った。
 耳元で、元気になっちゃうよ、とからかうような声が響く。どきっとしたけど、全然嫌じゃなかった。
「……俺が元気にしてあげる」
 答えると、カミュが驚いて変な声を出した。構わず、素直なそこへ手を伸ばす。
「よく考えたら、昨日は口使ってないし」
「いや、それは……。アルク? 無理しなくていいから」
かなめ
「え」
「俺の名前。要って呼んで。……桔平。俺を全部、桔平のものにしてよ」
「ものって……そういう言い方、しなくていいよ」
「いいんだ。もう……抱かれるのは、桔平じゃないと無理な気がするから。それに、身請けにしても囲うにしても、そういうことだろ。俺があげられるものなんて、身体くらいしかないし」
「それは違う」
 少しの鋭さを伴った声に、俺は顔を上げてカミュ……桔平を見た。
「要には、心があるよね? 僕が欲しいのは寧ろそっちだよ。あ、身体が要らないってわけじゃないよ。でも、僕の所へ来るために卑屈にならないで」
 桔平は少し拗ねたようなそぶりを見せてから慌てて言葉を足した。その様が第一印象とは違ってなんだか凄く愛嬌があって、笑みが零れた。
 ……桔平の言う通り、俺は今まで男に欲情なんてしたことなかった。それは身体を売り始めてからも同じことで、昨日、初めて桔平の熱で身体を目覚めさせられた。その心を写したような態度と言葉と手つきに、理性どころか心まで持って行かれて、俺は多分、今、変わっている最中なのだ。
 弱い制止を振り切り、膨らみ始めた桔平の芯を両手で優しく持って、息を吹きかける。
 いつもと同じ手順なのに、いつもと全然気分が違う。
 そっと、まだ少し柔らかさの残る茎に舌を這わせる。舌の滑りがなくなると、引っ込めて唇ではむはむと挟んでみたり。
 きっと拙いばかりの俺の口淫にも、桔平のそれは俺の手の中で脈打ち、喜んでくれた。
 これが昨日、俺の中に入っていたのだ。いろんなものを突き崩して、快感ばかり引き出されて。
 そう思うと昨日散々責められた場所が疼いた。俺は何も触れられてないのに、身体が少し熱くなる。……淫らな気分のまま腰が揺れそうになって、慌てて奉仕に集中した。
 あっという間に硬くなったそれの筋を根元から辿り、先端を咥えてみる。歯が当たらないように気をつけるも、大きくて難しく、直ぐに顎が疲れて諦めた。代わりに、舌先で男だったら誰しもそうだろうという場所を責める。
 鈴口、雁首。唾液で濡らしながらしていると、桔平の口から気持ち良さそうな声が聞こえて、つい視線が動いた。
 熱を顔のすぐそこに感じながらみた桔平の顔は声と同じようにどこかうっとりとしていて、けれど目が合うと、困ったように眉を寄せた。
「っ……だめだ、すごい光景……やらしすぎる」
「んっ」
 くい、と抑え難いとばかりに桔平の腰が揺れる。左頬を茎が掠めて、俺はどきどきしながら、彼に見えるように舌を這わせた。先端を咥えて舐めながら、茎を手で扱く。
「ふっ……く、ぁ、はあっ……! だ、めだ、もう、出る……っ、で、る、要っ、イくっ」
 桔平の腹に力が入って、口に含んだものが膨張した。口を離して手を早めると、びゅく、と勢い良く桔平の出したものが頬へかかった。咄嗟に目をつぶったものの、目にまで飛んでくることはなかった。
 しばらく、緩く手を動かして、ぴゅ、ぴゅ、と溢れるものを見つめる。思い立ったのは気まぐれに近かったが、そっと舌の先で鈴口から溢れるものを舐めてみた。……苦い。
「あっ、こら」
 すぐに桔平から焦ったような声が飛んできた。勢い良く上半身を起こした彼に引き剥がされてしまう。
「要、その顔でそれされると……僕、引っ込みがつかなくなりそうなんだけど」
 桔平が頬についたものを指で拭ってくれる。それを黙って受け入れながら、俺は彼にしなだれかかった。
「要?」
「……じゃあもう、いくとこまでいくしかないだろ」
 自分でも驚くほど中が疼いていた。桔平のは目の毒だ。たった一晩でこんな風に身体が反応するほど、意識してるなんて。
「桔平と一緒にいくから、……夢の続き、しよ」
 桔平の首に手を回して、頬を寄せた。鼻をこすり合わせて、間近で、綺麗な色の瞳を見つめる。カミュの唇から零れた声が空気を震わせ、俺の唇へ届く。
「……治癒魔法の心得はあるんだけど、あれ、外傷以外には効かないんだよね。要、さっきも腰、辛そうだったけど……治せないよ?」
「客、探さなくても良くなったから、大丈夫」
 気遣いつつも俺の腰を撫でる桔平の手はちょっとやらしい。
「……大事にする」
 優しくベッドに転がされ囁かれた言葉に、俺は久しぶりにからからと笑った。こんな風にすっきりした気分になったなんて、男娼こんなことになってからなかったんじゃないだろうか。
「もうされてると思ってた」
「こんなの序の口だよ」
「……楽しみだな」
 俺は桔平からのキスに応えながらその背中に手を回し、全てを預けた。そんなことが出来るということに胸がいっぱいになったが、それもすぐ、別のものが覆い尽くした。


******


 昼を過ぎて漸く空腹に耐えかねた俺達は、今度は二人で後始末をして部屋を出た。鈍い痛みはあるものの、中の疼きは甘くて仕方が無くて、いつもの痛みとは一線を画していた。
 歩きにくいのに俺の腰を引き寄せたまま、桔平……カミュはマスターに部屋の鍵を渡した。マスターは恥ずかしいながらも大人しくカミュに寄り添っていた俺を見ると、優しく微笑んでくれた。まあ、遮音魔法をかけていたらしいカミュには呆れ返っていたが。
 音が聞こえなかったのは魔法だったのかと一人ついていけない俺を置いて、マスターは短いやりとりをしただけで、俺がここを離れることを了承した。二人の間では既に話は通っていたらしい。
 俺の後見人は本来はいないし、本当なら俺がマスターに義理立てしないといけないくらいのに、マスターは進んで俺の身請けに一枚噛んでくれて、カミュもそれを受け入れてくれていたのが嬉しかった。
 それからマスターは「嫌になったらいつでも私のところに来なさい」と、そう言ってくれて。
 やっぱりこの人には頭が上がらないなとこみ上げてくるものを堪えていると、
「その時は僕も一緒に里帰りしようかな」
 とカミュが茶化してきてマスターに渋い顔をされていた。胸の中がむずむずした。

 カミュは一週間たっぷり、俺のために同じ部屋を取ってくれた。それで、昼は宿の掃除だけして、後はカミュがガクロウをあちこち連れて行ってくれて、夜は……その、まあ、なんだ。終始俺がVIP待遇を受けているような感じだった。最後までしなくても、ペッティングだけで物凄い幸せな気分になった。どちらにせよ、昼も夜もカミュからは教わることが多くて忙しい。
 仲間には三日目くらいにカミュについていくことを伝えた。仲間には気にかけてもらったし、挨拶の一つでもしないと感じが悪いと思って。結果、娼婦にとって身請けというのはいわば玉の輿であり、しかもカミュの冒険者のランクが高いことが知れると各所から嫌味と妬みを貰うことになったが、本人がゲイだというと途端に微妙な顔をされたので、まあ、こんな話題にも拘らずギスギスした空気が良い感じにまろやかになったので良かったんじゃないかと思う。
 みんなの反応は仕方がないのだ。俺はガクロウしか知らないけど、同性で、というのはどうしても子どもが出来ない。だから嗜みとしては受け入れられているが、それに本気になるというのは性的な快楽に溺れるある種の怠け者、みたいに思われている部分があって、加えてカミュは冒険者だから刹那主義者・快楽主義者認定されたというわけだ。俺は正そうとしたのだが、カミュ本人によって「アルクは夜の僕が、そりゃあもう甲斐甲斐しいってよく知ってるものね」と有耶無耶にされてしまった。気づいたのはその話が流れた後で……まあ、本人がそれでいいなら、いいんだけどさ。

 正直、カミュのことは好きか分からない。いや、人としては十分いいなって思っている。でも、恋愛対象としてかと言われるとはっきり答えられない。それでもいいって言ってくれているから甘えている状態だ。少なくともカミュとのセックスは好きだから、既に身体は陥落しているのかもしれない。
 ――でも。でも、だ。
 多分、カミュが思っているほど俺はカミュのこと、意識してないわけじゃない。
 カミュの薄く、淡い色の唇でキスされたいって思うのとか、好きだって言われたいとか、欲情されて恥ずかしいけど、全然嫌じゃないっていうのはそういうことだと思う。その全部でどきどきして、カミュの優しさだとか気遣いに気付く度、幸せで、胸の中からじわっと暖かいものが染み出すのだ。
 二年。心も身体も寂しかったからだと言われてしまえばそうなのかもしれないけど、彼の気持ちにはっきり応えられる日も、そう遠くない気がしている。
 その時俺は、この世界のどこにいるんだろう。
 カミュの腕の中での微睡みは、そんな風にこの先のことを楽しみにさせてくれるものだった。
 こんなものを知ってしまっては、手放せる気がしない。
 真っ先に惹かれた手札カードはこの温もりなのだと伝えたら、カミュはどんな顔をするだろう。
 俺はくふふ、と咽喉を震わせ、その胸に頬を寄せた。
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