ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

六十六話 フラッシュボム

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「どうぞキースさん、お口に合うかどうか分かりませんけど」

「またそんな謙遜を、リウちゃんの料理がまずかった試しはないよ」

 バグウェットらが出払ってしまったため、本部にある彼らの部屋はガランとしていた。
 いつもなら隊員たちのいびきや愚痴、疲れと男臭さに満ちていた部屋も今はシンとしてしまい、僅かばかりの寂しさすら感じてしまうほどだ。
 掃除や洗濯を終えたリウは、他にやる事も無くなったためキースと牢屋で話をしていた。
 フロッグは仲間が任務に行った以上、自分も遊んではいられないと言って部屋で事務作業に当たっている。実の所そんな事を言いながらも、本当はリウたち……というかリウとのんびり話でもして仲間の帰りを待ちたいと彼は考えていた。

 だがじゃんけんで勝った彼に対して、仲間たちは恨み言と大量の書類を押し付けて行った。これを終わらせずに楽しく会話などしてようものなら、彼は明日の朝日を拝めないだろう。
 それが分かっているフロッグは、泣く泣くリウに自分は気にしなくていい、何かあったら呼んでくれとだけ伝えて、血涙を流さんばかりの勢いで書類を片付けていたのだった。

 そんなフロッグの胸中を知らないリウは、単純に忙しいのだろうと思い、邪魔をしないようにキースの牢に行こうと考えた。
 だが途中で以前彼が甘いものを食べたいと言っていた事を思い出し、食堂へ向かうと事情を説明し厨房を借りて、ささっとフレンチトーストと作りそれを持って行った。

「美味い! さすが天才だぁ」

「ありがとうございます、食堂でパンが余ってたらしくていっぱい作ったのでどんどん食べてくださいね」

「いやぁ何か悪いなあ、残ってるあの……フロッグだかって奴にも渡したのかい? 俺だけこんな美味いもん食ったとバレたら腕の一本も折られちまう」

「あはは、大丈夫ですよ。さっき置いてきましたから」

「ならいいや、心置きなく味わうとしようかね」

 そう言ってキースは、フレンチトーストをポイポイと口の中へ放り込んでいく。
 その豪快な食べ方に、リウは満足げな笑みを浮かべる。これだけ勢いよく食べてくれるのなら、作ったかいもあるというものだ。

「……ああ、美味いなぁ。あいつのとおんなじくらい美味いや」

「あいつ? あいつって誰ですか?」

 食べる手を止め、やけに寂しそうに呟いたキースがリウは気になった。

「ん? ああ、ちょっとした知り合いがな……そいつもフレンチトーストを作るのがうまくてよ」

 見た事の無い『あいつ』という人物の話をするキースは、やはりどこか寂しそうだ。だがその顔にはほのかに優しさと、愛おしさが浮かんでいる。それを見たリウは、ピンと来た。

「あれあれ? もしかしてキースさん、そのあいつって……キースさんの恋人とかだったりします?」

「……リウちゃん、ポヤっとしてる感じだけど意外と勘がいいねえ。恋人じゃねえよ……なんっつたらいいかな、よく分かんねえや」

「写真とかないんですか?」

 照れくさそうにキースは胸元から一枚の写真を取り出す、そこには金色の美しい髪の儚げな女性が映っている。
 
「綺麗な人ですね」

「ミリアってんだ、綺麗なだけじゃないくて性格も最高で料理も上手い。俺の知る限りじゃ最高の女さ」

 彼はそう言って、静かに写真を胸にしまう。

「最高の女さ……欠点なんか無かった。それを……俺が」

「え?」

「い、いや! 何でもないさ、さあ食べようぜ。せっかくの料理が冷めちゃうからな」

 無理をするようにトーストを口に運ぶキースの姿は、ひどく痛々しく無理をしているように見えた。


「さて諸君、配置についてくれ」

「了解」

 晴れやかな空の下で、男たちは物々しい雰囲気で作戦開始の準備を進める。
 隊員たちは九人のグループを作り、それぞれの配置へ向かう。
 ラゴウィル達が工場に到着し、改めて作戦の説明があったがやはり内容に変更は無かった。
 正門と裏門二つの入り口から、部隊員を十六人ずつ二グループに分けての突入作戦。それぞれの入り口にはスナイパーを二人ずつ配置し、増援等の監視と逃亡者の対処を行う。また正面の入り口に用意した指揮統制車には、プレスコットを含めた五名の隊員が残り本部との連絡を行う。
 最終的な目標は、工場内にあるヘブンズアッパーの製造ラインの停止及び工場内にいる敵対兵力の完全制圧だ。

「シギ、お前は正面入り口の狙撃担当だ。銃は持ってきてるな」

「もちろん、外の事は任せてください。それよりもバグウェット、気をつけてくださいね。この工場……何だか嫌な感じがします」

「心配すんな、すぐ戻る」

 話をしていると、同じ配置に着くジラフがシギを呼びにやってきた。

「じゃあまた」

「ああ」

 バグウェットがラゴウィルの元へ向かうと、彼らは突入に当たって装備の点検を行っていた。

「そろそろ時間だ、お前は準備できてるのか?」

「ああ、大丈夫だ。それよかお前、防毒マスクを準備させたのか?」

 見ればラゴウィルの部下たちは、他の隊員の装備には無い防毒マスクを用意している。

「ああ、念の為にな。備えあれば……ってやつさ」

「ま、ドラッグの工場を攻めようってんなら必要だな。他の連中には言ったのか?」

「プレスの部下共にも言ったが……やつら外様の指示にゃ従わねえらしい。だからもう知らねえ」

 やがて彼らは工場の前に集結する、目の前にある巨大な鋼鉄の扉が吹き飛ばされればそれがそのまま突入の合図となる。
 ラゴウィル達のいる正門部隊を先導するのは、工場の情報を掴んだというプレスコットの部下ブータスだ。

「おい、お前ブータスって言ったか? すげえじゃねえか、どうやってこの場所の情報を手に入れたんだ?」

 ブータスはラゴウィルのやや煽るような言葉を聞き、眼鏡をクッと上げる。

「それは……私にも色々とツテがあるので……」

 彼の返答はやたらと歯切れが悪く、あまり周りの人間と話をしたくないといった空気を醸し出す。
 ラゴウィルは彼の手が、小刻みに震えていた事が少し気になった。

『では爆破と同時に突入、主戦力は正門部隊アルファ。裏門部隊ベータはバックアップに当たれ、これ以降の通信は秘匿回線2ー13で行う。さあ、手柄の上げ時だぞ諸君』

 無線機からうっとうしいプレスコットの声が響く、そしてその数秒後に鉄の扉は耳を裂くような轟音と共に吹き飛んだ。

『突入開始』

 ラゴウィル達はブータスを先頭に、工場内へと突入する。
 工場内部は狭い通路が続く、部隊を二つに分けたのは賢明な判断だった。

「こちらアルファ、ベータ部隊。敵勢力の抵抗はあるか?」

『こちらベータ、今の所はありません。兵士どころか、防衛システムやトラップもありません』

 奥へ奥へと進むにつれて、ラゴウィルの顔は険しくなる。
 おかしい、こんなはずはない、と。
 どう考えても静かすぎる、事前に情報を察知し逃げだしたとしても作戦が決まったのはほんの数時間前だ。この工場の規模を考えるに、資料や人員をここまで綺麗に片づけられるはずがない。

 もし、もし仮に人員や資料を持ちだせたとしよう。
 そうなればこんな建物は残しておくはずは無い、自分たちへの手掛かりを少しでも残さないために吹き飛ばすのが基本だ。
 もっと言えば防衛システムが動いていないのもおかしい、この工場はまだ電気が通っている。その証拠に入り口は固く閉ざされていた、だから爆破したのだ。

「バグ、こいつは……」

「ああ、やべえ感じがする。撤退するべきだ、この状況は異常すぎる」

「着きました、この扉の先が生産ラインです」

 二人が話をしている間に、部隊は生産ラインへ続く扉の前に辿り着いてしまった。

「プレス! おい聞いてるか! 一旦引いた方が良い、何かおかしい」

『おかしい? 何がだ? これといって抵抗も無く目的の部屋へ辿り着いたというのに』

「だからだ! 抵抗が無さすぎる、兵士がいないのはまだしもシステムすらまともに動いて無いのは異常だ!」

『……だからなんだと言うんだ、防衛システムが動いて無いなら好都合じゃないか。構わん、アルファ及びベータ部隊は生産ラインを抑えろ』

『ベータ了解』

「アルファ、ブータス……了解」

「おい! 開けるな!」

 ラゴウィルの言葉よりも早く、ベータ部隊とブータスは扉を開けた。

「ラゴウィルさん……プレスコット隊長……すみません……」

 扉を開けながら、ブータスはそう言って泣いていた。
 開け放たれた扉の先で、閃光が隊員たちを襲う。そしてあの扉を破壊した時と同じような轟音が響き、建物がにわかに震えた。


 バグウェット達が閃光に襲われる十五分ほど前、リウはやはり暇そうに牢でキースとだべっていた。

「キースさん、そういえば夜は何か食べたいのありますか? 多分今日はみんなお腹空かして帰ってくるから、種類多めに作ろうと思ってるので何かあればそれも作りますよ?」

 明るく聞いたリウだったが、なぜかキースの表情は暗い。
 何か彼女に気を使っているような、そんな表所を見せる。

「どうかしましたか?」

「いやー……リウちゃんには悪いんだけどさ、多分あの人らは戻ってこないと思うよ?」

「えっ……? それどいう意味ですか?」

 キースはキョロキョロと周りを見て、見えない何かに怯えたような素振りをしてから、リウを牢の近くに呼んだ。

「……今あの人らが相手にしているお方は、恐ろしい人だ。敵に回して生きてた奴はいねえ、どんだけでけえ組織でも潰される」

「……一体誰なんですか?」

「俺にも良く分からねえ、会った事だって二、三回さ。それでも分かるんだ、あの人は……化け物さ」

 震え声でそう呟くキースを慰めたいが、牢のせいで手が届かない。
 その尋常ではない怯えぶりに、リウはなんと声を掛けて良いか分からなかった。

「どーもぉ、定期掃除の者ですう」

 張り詰めた空気を裂くように、清掃員のおばさんが入ってきた。
 治安部隊本部では、出たゴミを定期的に清掃ロボットが回収している。だが定期的なメンテナンスでロボットが使えない時だけは、こうやって人が集めに来るのだ。
 
「あ、どうも。集めたごみは……」

 挨拶をし、リウは立ち上がる。
 だが彼女は言いようの無い違和感に襲われた、そしてそれが明確に言語となる前にフロッグが部屋に飛び込んできた。
 
「リウちゃん離れて! そいつは……!」

 フロッグが言葉を言い終える前に、彼の肩と足を銃弾が貫いた。
 
「ぐっ……!」

「フロッグさん!」

 撃たれて動きが止まったフロッグの腹に、清掃員の蹴りがめり込む。
 彼は壁に背を打ち付け、動かなくなった。
 リウの感じた違和感は、この時になってようやくはっきりとした。いつもなら清掃員は、扉の外にあるゴミを回収していくだけだ。仮に部屋に入って持っていくとしても隊員と一緒に部屋に入るはずだ。
 間違っても、一人で部屋に入って来る清掃員はいない。

「参ったなあ、もうちょっと穏便に行こうと思ったんだけどな」
 
 清掃員はそう言って、首元にあったスイッチをカチリと押した。
 初老の女性の顔が、少しずつ崩れ出しやがてその下から男の顔が現れた。

「やっぱ便利だな顔ホロ、これなら色々遊べそうだ」

「あなたは……?」

「ひっ……」

 額から頬にかけて大きな傷のある男、彼はニヤリと笑ってリウを見た。
 
「初めまして、お嬢ちゃん。俺はストレイグス、そこにいるキース君の……まあ上司いたいなもんさ」

 リウは、チラッと倒れているフロッグの方へ視線をやった。
 彼は気を失っているようだが、呼吸はできている事から死んではいないらしい。とはいえ、鍛え上げられた彼を先手を取ったとはいえ一撃で昏倒させるストレイグスの戦闘力は計り知れない。

 リウはなるべく刺激しないように、接する他ないと判断した。

「あなたの……目的は?」

「おっ! 人が撃たれたのに悲鳴も上げない、ションベンも漏らさないところを見るに……意外とこういう状況慣れてるみたいだな。有望、有望」

「答えてください、あなたの目的は?」

「目的? ああ、とりあえずうちの優秀な部下を迎えに来ただけだよ。邪魔しなければ、危害は加えないからさ」

「ス……ストレイグスさん、俺を殺しに?」

「まっさか、ガチのマジで迎えに来ただけだよ。さ、帰ろうぜ」

 ストレイグスが牢の扉に触ろうとするのを、リウが立ちはだかって止めた。

「リウちゃんやめろ! その人に逆らっちゃダメだ!」

「連れて行かせません、あなたはきっとキースさんを殺すだろうから」

「ありゃ、心外だな。殺しゃあしないって」

「嘘です! あなたのその目、人を殺しても何とも思わない目をしてる! 人殺しの目です!」

 ストレイグスはポカンとした顔をして、少しだけ時間を止めてから笑いだした。
 腹の底から、本当におかしいと言った様子で、懐かし思い出を楽しむように笑っていた。

「くっくっくっ、人殺しの目か。懐かしいね、同じ事を前に言われたよ。ん? 待て待て、リウちゃん……? お嬢ちゃんの名前はリウちゃんってのか? ああ! あーあーあー……なるほどね君がかぁ」

「え? 私を知って……?」

 その瞬間、リウの首元に電流が走る。
 意識を失った彼女は、床に人形のように倒れ込んだ。

「リウちゃん!」

「落ち着けってキース、気を失っただけだよ。さあ行こうぜ、君にも色々あるだろ?」

 ストレイグスはわけなく牢の扉を開け、キースを連れだしてリウを抱えさせた。
 
「ストレイグスさん、この子を……一体どうするつもりですか?」

「なあにちょっと協力してもらうだけさ、古い友人との再会にね」
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