上 下
66 / 68
第四章 天国トリップ

六十五話 ビッグバニティ

しおりを挟む
「……というわけだ、ラゴウィル。君の部隊は今から私の指揮下に入る」

 それは、あまりにも突然の事だった。
 ラゴウィル達が疲労や眠気と戦いながら職務に励んでいると、唐突にプレスコットが部下数名を引き連れてやってきた。

 育ちの良い、ボンボン部隊はリウがフルで動いても片付かないほど散らっている部屋を鼻で笑った。
 その後で自分たちがヘブンズアッパーのメイン工場の場所を掴んだ事、そこを三時間後に襲撃する事、そしてそれに当たって作戦の指揮権が自分たちに移った事を意気揚々と伝えてきた。

「おいプレス、一体そいつは何の冗談だ?」

「冗談に聞こえたか? ならこれを見たまえよ、上からの正式な通知書だ」

「ふざけるな!!」

 ラゴウィルは勢いよく机を叩きつける、疲れと怒りで血走った目がプレスコットに向けられた。

「俺たちが死に物狂いで探しても見つからなかった工場が、そんな簡単に見つかるわけねえだろうが! どう考えても罠に決まってんだろ!」

「おお……怖い。どうしたっていうんだ君らしくも無い、いつもならもっと余裕があるじゃないか。それとも私の部下に出し抜かれた事がそんなに悔しいのかい?」

「違う! 手柄どうこうの話じゃねえ! そんなあからさまな罠に俺の部下は行かせられねえんだよ!」

 作戦の指揮権がプレスコットに移った、それは彼がラゴウィルの部隊を自由に動かす事ができるという事を意味している。
 馬鹿げた命令を出して、あからさまな罠に突っ込ませる事もできる。

「君の意見は尊重してあげたい、けど残念ながらこれは上からの正式な命令なんだよ。組織に所属している以上は、従ってもらうほかない。気に入らないなら今すぐ辞表を書きたまえよ」

 高笑いと共に、プレスコットは部屋を出て行った。
 部屋には陰鬱とした空気が流れ、誰も彼もが押し黙ってしまっている。

「で、どーするよ隊長殿。辞表を書くかい?」

 バグウェットのわざとらしく気の抜けた言葉を聞き、ラゴウィルは一瞬ギロリと彼を睨んでから、気持ちを落ち着かせるように大きく深いため息を吐いた。

「……ふざけろ、こうなった以上は仕方ねえ。とりあえずあっちの話に乗っておいて、こっちはこっちで別案を立てておく。万が一……いや、ほぼ確で起きるだろう不測の事態に備えてな」
 
 ラゴウィルは、動揺の残る隊員たちに檄を飛ばしブリーフィングを始める事にした。

「バグウェット、うちのゴタゴタに巻き込んじまって悪いな。お前らはここまででいい、金は払うからこの件から手を引け」

「お前、何言って……」

「事情は分かる、けどあいつらの指揮下に入ったら命の保証はねえ。あいつらはマジのボンクラだ、内部の人間はともかくお前らみたいな外部の協力者は捨て駒扱いされるのがオチだ」

「乗りかかった船ってやつだ、最後まで付き合わせろよ。それに俺の方にも引くに引けねえ理由がある」

「お前はいいさ、けどシギ君やリウちゃんはどうするんだ。お前にもしもの事があったら……」

「俺は死ぬ気はねえ、それに万が一億が一の事があっても良いようにジーニャには話してある」

「……分かったよ、もう何も言わねえ。そっちはお前の方で上手くやれ」

 ラゴウィルはブリーフィングルームに向かう、残されたバグウェットの背をシギがポンと叩いた。

「早く行きましょうよ、待たせるのも悪いですし」

「お前はいいのか?」

「何を言っても無駄ですよ、早いとこ行って話聞いて、終わらせましょうよ」

「……分かった」

 その後、バグウェット達を含むラゴウィルの部隊は三十分でブリーフィングを終わらせると準備ができた人間から、出発前の仮眠に入った。
 連日の激務を回復させるには圧倒的に時間は足りないが、それでもフラフラの状態で行くよりかは幾分マシだ。
 ラゴウィルが作戦実行までの時間を伸ばすように提案したが、プレスコットたちにその提案は却下されてしまった事をここに記しておく。

「リウ、そういうわけでお前はここで留守番だ」

「うん、分かった」

 バグウェットはリウに先ほどの出来事を説明した、彼の端折りに端折った説明でも彼女は事態の大まかな輪郭を掴んだらしく、特にこれといって文句なく話を飲み込んだ。

「それからここ本部を空にしておくわけにもいかねえから、フロッグが残る。何かあったらあいつに言え」

 頷いたリウを見た後、バグウェットは牢にいるキースに目をやった。

「お前をどうするかは、事が済んでから決めるらしい。俺たちが戻ってくるまで、余計な事はするなよ」

「分かってますよ旦那、そもそも今の俺に一体何ができるって言うんですかい」

「まあ……それもそうか。じゃ、すぐに片づけて帰ってくるから飯でもつくっといてくれ」

「任せといて」

 笑うリウの額を軽く弾き、バグウェットは部屋を出た。
 

「それでは諸君、行こうか」

 プレスコットの部隊員三十名とそこにラゴウィルの部隊とバグウェット達を合せた、合計四十一名を乗せた装甲車が治安部隊本部を出発した。
 四台の車列の一番後ろを走る装甲車の中に、ラゴウィル達はいた。
 旅客機のような柔らかい匂いとは全く違う、鉄と少しの埃っぽさと男の体臭が混ざり合った車内の空気は、ひどく重苦しい。

 彼らはまともな休憩を取れていない、仮眠は少し取れたがそれで取り切れるようなやわな疲れ方ではなかった。
 加えて手柄の横取りとも言えるプレスコットの横暴、組織に属している以上は仕方の無い事だとはいえ、納得している人間は誰一人いなかった。
 だが彼らには現状を打破する力がない、その事は全員が理解している。そしてそれを一番悔しく思っているのが、ラゴウィルだという事も。

 だから彼らは自分たちの隊長の前では、不平不満を口にしなかったのだ。

「しっかしよ、ずいぶんお粗末な作戦じゃねえか?」

 沈黙を破るように、バグウェットは手に持っていた作戦指示書を叩く。
 プレスコットが渡してきた指示書の内容は、ひどくお粗末なものだった。部隊を二つに分け、工場の二か所ある入り口から突入する制圧戦。
 作戦自体はシンプル、工場の正確な内部図もあるため突入自体はそう難しくない。
 だが工場の防衛設備や兵力、その他の情報があまりにも足りなかった。

「いかにも急いで作りましたって作戦だな、あの野郎ゴリ押しで制圧する気だ」

「こんな少ない情報で、よくもまあ攻めようと考えたもんだ」

「手柄が欲しいんだよあいつらは、プレスの部隊はあいつはじめ自己顕示欲と傲慢さの塊みたいな連中が多いからな。その上実戦経験も少ないと来てる、まあ見りゃ分かるだろうけどな」

「……参ったなあ、降りりゃ良かったかな」

 ため息を吐いたバグウェットに続いて、車内にいたほとんど全員がそれに続いて重苦しい息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Gender Transform Cream

廣瀬純一
SF
性転換するクリームを塗って性転換する話

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...