ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

五十八話 ノスタルジックバディ

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 バグウェットはファイルを閉じ、ダッシュボードの上に投げ乗せた。
 正直うんざりする、とまでは言わないが楽しい話では無かった。彼のテンションはいつもに増して低い、それはファイルの扱い方一つでラゴウィルはに見破られてしまった。

「悪かったな」

「あ? 何がだよ」

「あんまし楽しい話じゃなかったろ。お前は断らねえとは言ったが、あの二人の事もある、無理にとは……」

「おい、おいおいおい。そういう余計な気遣いはいらねえよ、むしろ俺は嬉しく思ってんのさ。あのイカレの頭を吹き飛ばしてやるのは、俺の夢だからな」

「……そうかい」

 ラゴウィルはそれ以上は何も言わなかった、彼はこれ以上の言葉は何の役にも立たず、むしろバグウェットの気分を害するだけだと気付いたからだ。
 
「今日のとこは終わりか?」

「ああ、言いたい事は言ったからな。まあせっかくだし、どっかで軽く飯でも……」

 ラゴウィルがそう言いかけた時、車の無線が音を立てる。

「俺だ、どうした?」

『お休みの所申し訳ありません、実は例のクスリの件の参考人として売人を追っていたんですが……』

 部下の声の後ろでは、銃声とエキサイトするような声が聞こえる。

「まさかドンパチか?」

『どうやら別件で別の組織から目をつけられていたらしく……身柄は確保したんですが』

「オーケー分かった、今から行く。現在地の座標、送れ」

 二人の前のモニターに、ラゴウィルの部下の位置が表示される。
 ここからそう遠くない、二十分ほどで着く場所だ。

「五分で行く、それまで持たせろ」

『了解』

 通信を切ったラゴウィルに、バグウェットは訝し気な目を向ける。

「ん? どうした?」

「お前……何で五分で行くなんて言ったんだよ。どうやったって二十分、急いだって十分はかかるだろ?」

「普通に行けば、な」

 ラゴウィルはいたずらっぽく笑い、ポンポンとバグウェットの肩を叩く。
 
「無茶する気か?」

「無茶? 違うな、ちょいと馬鹿やるだけだ。昔みたいにな」

 そう言って彼はハンドルを握り、アクセルを深く踏み込んだ。

 
「おい! 増援は!?」

「さっき隊長には連絡した! 五分で来るってさ!」

「五分って言ったって……なあ」

 ラゴウィルの部下五名は、売人のキース・マートンと共にコンテナの裏に隠れていた。コンテナはとある廃倉庫の中にあり、ここでは元々キースが薬の売買を行っていた。

 彼らの任務はキースの身柄の拘束及本部への連行で、そこまで難しいものでは無かった。だが取引現場を押さえ、キースを捕らえたはいいものの、そこへ彼に用がある別の組織もやってきて……といった具合に現場は混乱していた。

「おおい! 出てきやがれ! この建物は完全に包囲した! とっととキースのグズ野郎をよこせ!」

 倉庫の入り口に並んだハイな連中は、目を剥き大きく声を上げている。
 彼らは部下たちの隠れたコンテナに向かって銃を撃ちまくる、物陰に隠れていなければ蜂の巣になること間違いなしだ。
 
「……参ったな、まさか自分があのセリフを言われる立場になるとは思わなかった」

 隊員の一人が銃に弾を込めながら、ため息交じりに呟く。
 隣にいたもう一人も、その言葉に笑いながら応戦していた。

「旦那方! 聞きたい事があるんなら何でも話します! どうか助けて下せえ!」

 キースは隊員の腰辺りに絡みつき、情けない顔で騒ぐ。
 ぼさぼさの茶髪、薬のせいで抜けた歯、どんよりとした黒い瞳、やせっぽちでひょろひょろとした情けない風体の中年男が涙目で抱き着いてきているのだ。
 抱き着かれた隊員は、特殊マスク越しでも分かるよほどうんざりとした顔をして彼を引きはがす。

「ったく……美人ならまだしもなんだってこんな……。お前いったい何をしたんだ?」

「何って……商品と売り上げをちょいとちょろまかしただけですよ。まったくケツの穴の小せえやつらだ」

 その時その場にいた全員が、キースをほっぽり出して家に帰りたいと考えていた。
 もし自分以外の誰かがそれを提案してくれれば、迷うことなくその提案に乗ろうと。

「出てこねえな……仕方ねえ、やつらをぶっ殺してキースの野郎をとっつかまえろ! いいか! 絶対にキースは殺すなよ、あいつはうんと痛い目あわせて殺すんだからな!」

 雄たけびとと共に、男たちが銃弾と共に突っ込んできた。

「来るぞ! 気合入れてけ!」

 隊員たちはラゴウィルが直接選んだという事もあり、かなり腕がいい。
 だがさすがに数が違いすぎる、加えて弾も底を尽き始めた。

「弾くれ弾!」

「こっちももうねえよ!」

 敵はまだまだいる、彼らは諦めてはいなかったが少しだけ絶望していた。

 最後の銃弾が敵の頭を撃ち抜いた。
 
「弾切れ」

「俺も」

「自決用のなら一発あるぜ」

「用意しとけよ、じき使う事になる」

 最後の軽口を叩きあい、一人が胸の前で十字を切った瞬間だった。
 遠くから車の鳴き声が聞こえた、それは段々と大きくなる。

 来た、全隊員がそう確信した。

 車は倉庫の壁を突き破り、敵組織のメンバーを三人ほど吹き飛ばした。
 土ぼこりを巻き上げながら、車は止まる。

「おいお前ら! 生きてるか!?」

「全員生きてます! ただ弾薬が尽きました! 後はお願いします!」

 ラゴウィルはその言葉を聞いて、ニヤリと笑う。
 
「おい聞いたかバグウェット、後は俺らの仕事らしいぞ!」

 楽しそうにはしゃぐ彼の隣で、バグウェットは顔を青ざめ口を抑えていた。
 喉元まで帰ってきた胃酸は、彼の喉を容赦なく焼く。

「お前……運転……荒すぎ……」

「そうかあ? ほら、団体の接待があるんだぞ。さっさと準備しろ!」

「使った弾と働いた分の金……覚悟しとけ」

「分かってる、いいからさっさと片付けんぞ」

「へいへい」

 バグウェットはドアを開けると、飛び込んできた車に驚いているエキサイト野郎二人の頭を撃ち抜いた。
 ラゴウィルも嬉しそうに、胸元からC&C社製M777リボルバーを抜き敵の頭をぶち抜いた。

「お前まだピーコックなんか使ってんのかよ、オートに鞍替えしたんじゃなかったのか?」

「分かってねえなあ、便利さとロマンは使い分けるもんなの」

「そうかよ」

 敵組織の人間たちも、車の衝撃から立ち直ったらしく、新しく現れた敵対者に対して弾を撃ちまくる。
 二人は隊員たちのいるコンテナに、急いで飛び込んだ。

「敵の人数は?」

「残ってるのはざっと二十人くらいです」

「分かった。おいバグウェット、久しぶりに賭けと行こうぜ」

「でたでた。どっちが多く倒せるか、だろ? いいぜ、乗ってやる」

「じゃあ行くか!」

 二人はコンテナから飛び出し、敵集団に向かっていく。
 高い射撃能力を持つ二人の弾丸は、的確に敵の命を奪う。
 ここ最近デスクワークが多かったからだろう、彼らの目に移る上司の姿はいつもの倍以上に生き生きとしているように見える。
 そしてもう一人、噂に聞こえたバグウェットの戦いぶりは噂以上だった。銃撃と格闘を組み合わせた、パワフルで荒っぽく見えるが無駄が少なく合理的な動きは思わず手を叩こうかと思うほどだ。
 
 コンテナの陰から二人を見ていた隊員たちは、一方的ともいえる二人の戦いぶりに思わずため息をついてしまった。
 それと同時に自分たちが、向こう側にいるような人生を歩まなかった事を静かに喜ぶ。

 敵の数は確実に減っていき、叫び声と銃声も聞こえなくなっていく。
 最後の一人の頭を撃ち抜いたラゴウィルは、ピーコックに弾を込めながらバグウェットを呼ぶ。
 
「おいバグウェット! お前何人やった?」

 彼はだるそうに近くにあった箱に腰を下ろす、マガジンを交換しながらラゴウィルの方を見る。

「……九人」

「俺は十一だ。残念、二人も差がついちまったな」

「二人くらいは俺のカバーありだろ、アシスト込みで俺が十だな」

「まだ負けてるじゃねえか」

 話をしている二人の間を割くように、入り口から巨漢の男が飛び込んできた。
 筋骨隆々の目をギラつかせた男で、右腕には巨大なブレードを装備している。

 二人はほぼ同時に男の腹に弾丸を撃ち込んだが、男は怯む様子も無く二人めがけてブレードを振り下ろす。
 躱した二人の下にあった鉄製の箱が、ケーキのように斬られた。

「神経インプラントか!?」

 男の敵意はラゴウィルに向いたらしい、彼に向かって何度も刃を振り下ろす。
 
「うわ! ちょ……! まじか!?」

 彼は確かに常人離れした腕を持つが、腹を撃っても胸を撃っても怯まない大男相手にはさすがに手を焼く。 
 反撃の暇も無く避け続ける彼に、男の意識が完全に向いたのを確認し、バグウェットは男の頭に向かって弾丸を放った。

 頭を撃ち抜かれ、地面に倒れ込んだ男はなぜかまだ動こうとする。
 バグウェットは、起き上がろうとする男の背中を踏みつけ、まだ残っている頭に弾倉に残っていた五発の弾丸を全て撃ち込んだ。
 そこまでされてはさすがの男も立ち上がれない、やっと現場に静寂が戻った。

「囮ごくろうさん、これで引き分け……いや、こいつは二人分だから俺の勝ちだな」

「……負けたよ」

 全ての敵がいなくなり、隊員たちはコンテナの陰から出てきた。
 彼らは地面に並ぶ死体の山と、傷一つ負う事無くそれを殲滅し笑い合う二人の男に畏怖と尊敬の織り交ざった感情を抱いていた。
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