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第四章 天国トリップ
五十六話 ヘブンズアッパー
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面倒事はやってくる、いつも突然やってくる。
アポも取らずにやってきて、全部壊して大騒ぎ。
脳漿、内蔵ぶちまけて、血だまり踏みつけ高笑い。
ナイフと拳銃ぶら下げて、人の幸せ試食会。
飽きたらさよなら、また来世。
バグウェットの事務所のドアが叩かれたのは、肌寒い昼過ぎの事だ。
窓の外には少し早い、今年最初の雪がちらついていた。
リウたち三人は、テーブルの横に置いた電気ストーブで暖を取りながら、ボードゲームに興じていた。
このゲームの名前は人間ゲームといい、各プレイヤーが土地等の財産を蓄えながら大往生を目指すよくあるものだが、彼らがプレイするファイナルエクスプロードバージョンはプレイヤー同士の奸計、殺害、妨害、共謀、なんでもありありの凶悪なゲームだった。
ドアが鳴ったのは、ちょうどバグウェットがシギに全財産を奪われたタイミングだった為、彼は喜んでゲームを中断しドアへ向かう。
「誰だ?」
「俺だ」
その声を聞き、少し顔を歪めてからバグウェットはドアを開ける。
そこにはグレーのダッフルコートを着た、ラゴウィルが立っていた。
「どうしたんだよこんな時間に、暇なのか?」
「馬鹿言え仕事だ、じゃなきゃお前んとこに来るわけねえだろ」
「ああ、そうかい」
入り口で二人が仲良く話をしていると、部屋にいた二人が様子を見にやってきた。
「お久しぶりですラゴウィルさん」
「よおシギ、元気そうだな。つっても会うのは二回目だから、よく分かんねえけど」
「バグウェット、こちらの方は?」
「ああ、こいつは……」
リウの問いに答えようとするバグウェットを吹き飛ばし、ラゴウィルはリウの前に躍り出た。
コートの襟を正し、彼は口元に穏やかな笑みを浮かばせてみせた。
「どうも初めまして、ラゴウィル申します」
「こ、こんにちは」
「どうだい、こんど食事でも」
「え? えーっと……」
「おいおい、仕事しにきたんだろ? 色男」
吹っ飛ばされたバグウェットは立ち上がり、ラゴウィルの肩に乱暴に手を回した。
手を回した時の衝撃は、先ほどの恨みを晴らすような冗談抜きの威力だ。
「あっ、そうだったんですか? ならすぐにコーヒーを……」
「いや、大丈夫。気持ちは嬉しいけど、私たちは外に行くから」
「おいおい外は寒いぜ、いいじゃねえか仕事の話なら事務所ん中でも……」
「そういうわけにはいかないんだ、分かってくれ」
「……分かったよ、しょうがねえ付き合ってやる。おいお前ら、今日は何時に帰ってくるか分かんねえから適当にしとけ」
「わかった」
「わかりました、ゲームの方はあのままにしておきますから」
「……片しとけ」
事務所を出たバグウェットは、ラゴウィルの車に乗ってフリッシュ・トラベルタの街へ繰り出した。
「……お前さ、女を見たらすぐに声かけんのやめとけよ」
「また馬鹿言ってら、美人を見たら声をかけろってのはこの街の常識だぜ? いついなくなるか分かんねーんだからよ」
「まだそんな事いってんのかよ」
バグウェットは、呆れながら煙草に火を点ける。それとほとんど同時に、ラゴウィルは助手席側の排煙装置のスイッチを入れた。
バグウェットの吐き出した煙は、天井のファンに吸い込まれていく。
「しっかし羨ましいもんだぜ、子供と三人暮らしとはな。俺より父親やってんじゃねか?」
「成り行きだよ、成り行き。つーかこんな話をしにわざわざ俺とドライブしに来たわけじゃねえだろ?」
「まあな」
二人の乗った車は街中を抜け、フリッシュ・トラベルタの街をぐるりと一周するフリッシュハイウェイへ入った。
「お前ヘブンズアッパーってクスリ、知ってるか?」
「悪いな、ガキの時から薬は苦手でね」
バグウェットの冗談に口を尖らしてから、ラゴウィルはあえてそれに触れずに話を進めた。
「最近出回ってるクスリでな、こいつが中々の曲者なんだ」
「曲者?」
ラゴウィルは、ダッシュボードから一冊のファイルを取り出しバグウェットに手渡した。
「へえ……こりゃすげえ、錠剤に粉剤、静脈注射まで可能なのか」
「ああ、使い方は多岐に渡る。そのうえ依存性と使用によって得られる快楽は従来の物の数倍、値段は子供の小遣い程度ときてる。被害者の年齢はリュック背負った子供から杖をついた老人まで、身分はスラム区画の浮浪者から、富裕区画の金持ちまでだ」
「ずいぶん人気者だな、けど言っちゃなんだがそんなうたい文句は新しいクスリがでるたんびに付いてくるもんだろ。何がそんなにまずいんだ?」
「……こいつの厄介な所は二つ、一つ目は人によって致死量が変わるって事だ」
「そりゃ大人と子供とか、同じ大人でも体重とかで変わってくるだろ」
「ファイルの七ページ目、見てくれ」
言われるがまま、バグウェットはページをめくる。
そこには、男性二人分の死亡診断書があった。
「同じ体重同じ年齢、身長の誤差は二センチ、二人とも事前の健康診断で特に問題は無し。過去に病歴も無けりゃ、薬物の使用歴も当然なしだ。だがこの二人の内、一人は五回目、もう一人は一回目の摂取で死亡した」
「使用方法とか量に違いは?」
「二人とも錠剤で、摂取量はまったく一緒だ」
「本当か? 何か見落としてる事は?」
「悪いなバグウェット、こっちとしてもやれる事は全部やったんだ。間違いねえ」
「……そうか」
「ま、そういう性質もあってか使用者……特に若い連中は度胸試しで服用するケースもある。ロシアンルーレットならぬヘブンズルーレットってな、大したもんだぜ最近の奴はよ」
ラゴウィルはそう言ってケラケラと笑うが、言葉の調子は全く楽しそうでは無い。
奥底にある静かな怒りを感じたバグウェットは、今は下手な事は言わないでおこうと決めた。
「それで? もう一つの厄介な所は?」
ラゴウィルの顔が、あからさまに歪む。
心の底からの軽蔑が、顔に出ていた。
「……ヘブンズアッパーが体内に入ると出る症状はいくつかある。精神的な面では多幸感とそれに伴う万能感、他には幻覚や幻聴みたいな五感の異常とか。体の面では一時的な身体能力の向上、食欲や性欲とった欲求の増加、まあこの辺は今までのものとそう変わらない」
「そうだな、特別これといってやばさは感じねえ」
「でもなその症状の中に一つ、やべえのがある」
「……なあ、やたらもったいぶるなよ。さっさと言ってくれ」
「……ヘブンズアッパーの原料はある土地で採取された特殊なキノコでな、こいつの生命力はやばくて錠剤にされようが、液体にされようが休眠状態で生き続ける。そしてこいつは生物の体内に入ると覚醒し、体内で活性化すると再び成長し胞子を大量に吐き出す」
「……まさか」
「そうだ、胞子は服用者の呼気なんかに乗って体外へ吐き出される。そして近くにいる人間がそれを吸うと、ヘブンズアッパーを使った事の無い人間にもクスリを使った時と同じ症状が出るんだ。しかも質の悪い事に、服用者が死亡してから二十四時間はその死体から胞子が吐き出され続けるんだ。今はまだよほど近くにいなきゃ大丈夫みたいだが、うちの学者先生曰くいつキノコが進化して遠くまで胞子を飛ばせるようになってもおかしくねえとさ」
「下手すりゃ何千……いや、万単位で人が死ぬぞ。こんな所で俺と話をしてる場合じゃねえだろ、早くその事実を公表してクスリを規制しろ」
「……できねえんだよ、余計な混乱を招くから最小限の人員で供給元を叩けとさ」
「最小限って……何人だ?」
その問いにラゴウィルは、にやりと笑う。
今から馬鹿な事を言うぞと、その顔は言っていた。
「まともに動かせる人員は、俺の部隊の隊員だけだ」
「何人だ?」
「……十人だ」
「バカか!?」
「しょうがねえだろ! 上がアホでも従わなきゃなんねえんだ! 俺にはまだ気に入らねえ無能な人材のどたまブチ抜くだけの力はねえんだよ!」
ラゴウィルは、舌打ちをしハンドルを殴りつけた。
今回の指示が馬鹿げている事など、誰よりも彼が知っている。隊員たちは彼が選んだ優秀な人間たちだが、膨大な販売ルートの洗い出しから聞き込み調査、資料の作成に加えて供給元を突き止めた場合は実戦行動も入って来る。
とてもではないが、十人程度の人員で当たる案件ではない。
「……それで俺に手伝いを頼みに来たのか?」
「ああ……信用できる人間って事でどうにか上とは話をつけた」
「そりゃ嬉しいね、そこまで俺の事を買ってくれてたのか?」
「何かあったとき、お前なら躊躇わず引き金を引けるからな」
「……嫌な奴だ、悪いが断る。そんな負け戦やってらんねえよ」
「……いや、お前は断らねえ」
「なんでだよ?」
「ファイルの十一ページ目、見てくれ」
その言葉に従い、再びバグウェットはファイルをめくる。
指定されたページ見た彼は、自然としわになるほど紙の端を握っていた。
「そいつが今回の件の最重要参考人だ、いや……嘘だな。そいつが今回の首謀者だ」
「……分かった、受けてやる。こいつは……こいつだけは俺の手で……ケリをつけてえからな」
バグウェットの開いたページ、そこには解像度の荒い隠し撮りのような写真が一枚はられていた。
写真に写っているのは恐らく男、それ以外の事は分からない。
だが性別の他にもう一つだけ明らかなのは、その男が笑っているという事だけだ。
街の喧騒の中を、男は上機嫌で歩いていた。
道行く人々の顔はどれもこれも不満げで、満たされない現状を憂うばかりで何もしない馬鹿ばかり。
明日が無条件で来ると勘違いした、平和な不幸論者ばかりだったからだ。
「久しぶりだなぁ……この街も」
思わずステップを踏みそうになる足、思いつくままに振り回したい腕。
男はまだそれを我慢していた。
これから楽しい事が起こる、その時に思いつくままステップを踏み、腕を振りまわそう。
この街が血の臭いに包まれた、その時に。
アポも取らずにやってきて、全部壊して大騒ぎ。
脳漿、内蔵ぶちまけて、血だまり踏みつけ高笑い。
ナイフと拳銃ぶら下げて、人の幸せ試食会。
飽きたらさよなら、また来世。
バグウェットの事務所のドアが叩かれたのは、肌寒い昼過ぎの事だ。
窓の外には少し早い、今年最初の雪がちらついていた。
リウたち三人は、テーブルの横に置いた電気ストーブで暖を取りながら、ボードゲームに興じていた。
このゲームの名前は人間ゲームといい、各プレイヤーが土地等の財産を蓄えながら大往生を目指すよくあるものだが、彼らがプレイするファイナルエクスプロードバージョンはプレイヤー同士の奸計、殺害、妨害、共謀、なんでもありありの凶悪なゲームだった。
ドアが鳴ったのは、ちょうどバグウェットがシギに全財産を奪われたタイミングだった為、彼は喜んでゲームを中断しドアへ向かう。
「誰だ?」
「俺だ」
その声を聞き、少し顔を歪めてからバグウェットはドアを開ける。
そこにはグレーのダッフルコートを着た、ラゴウィルが立っていた。
「どうしたんだよこんな時間に、暇なのか?」
「馬鹿言え仕事だ、じゃなきゃお前んとこに来るわけねえだろ」
「ああ、そうかい」
入り口で二人が仲良く話をしていると、部屋にいた二人が様子を見にやってきた。
「お久しぶりですラゴウィルさん」
「よおシギ、元気そうだな。つっても会うのは二回目だから、よく分かんねえけど」
「バグウェット、こちらの方は?」
「ああ、こいつは……」
リウの問いに答えようとするバグウェットを吹き飛ばし、ラゴウィルはリウの前に躍り出た。
コートの襟を正し、彼は口元に穏やかな笑みを浮かばせてみせた。
「どうも初めまして、ラゴウィル申します」
「こ、こんにちは」
「どうだい、こんど食事でも」
「え? えーっと……」
「おいおい、仕事しにきたんだろ? 色男」
吹っ飛ばされたバグウェットは立ち上がり、ラゴウィルの肩に乱暴に手を回した。
手を回した時の衝撃は、先ほどの恨みを晴らすような冗談抜きの威力だ。
「あっ、そうだったんですか? ならすぐにコーヒーを……」
「いや、大丈夫。気持ちは嬉しいけど、私たちは外に行くから」
「おいおい外は寒いぜ、いいじゃねえか仕事の話なら事務所ん中でも……」
「そういうわけにはいかないんだ、分かってくれ」
「……分かったよ、しょうがねえ付き合ってやる。おいお前ら、今日は何時に帰ってくるか分かんねえから適当にしとけ」
「わかった」
「わかりました、ゲームの方はあのままにしておきますから」
「……片しとけ」
事務所を出たバグウェットは、ラゴウィルの車に乗ってフリッシュ・トラベルタの街へ繰り出した。
「……お前さ、女を見たらすぐに声かけんのやめとけよ」
「また馬鹿言ってら、美人を見たら声をかけろってのはこの街の常識だぜ? いついなくなるか分かんねーんだからよ」
「まだそんな事いってんのかよ」
バグウェットは、呆れながら煙草に火を点ける。それとほとんど同時に、ラゴウィルは助手席側の排煙装置のスイッチを入れた。
バグウェットの吐き出した煙は、天井のファンに吸い込まれていく。
「しっかし羨ましいもんだぜ、子供と三人暮らしとはな。俺より父親やってんじゃねか?」
「成り行きだよ、成り行き。つーかこんな話をしにわざわざ俺とドライブしに来たわけじゃねえだろ?」
「まあな」
二人の乗った車は街中を抜け、フリッシュ・トラベルタの街をぐるりと一周するフリッシュハイウェイへ入った。
「お前ヘブンズアッパーってクスリ、知ってるか?」
「悪いな、ガキの時から薬は苦手でね」
バグウェットの冗談に口を尖らしてから、ラゴウィルはあえてそれに触れずに話を進めた。
「最近出回ってるクスリでな、こいつが中々の曲者なんだ」
「曲者?」
ラゴウィルは、ダッシュボードから一冊のファイルを取り出しバグウェットに手渡した。
「へえ……こりゃすげえ、錠剤に粉剤、静脈注射まで可能なのか」
「ああ、使い方は多岐に渡る。そのうえ依存性と使用によって得られる快楽は従来の物の数倍、値段は子供の小遣い程度ときてる。被害者の年齢はリュック背負った子供から杖をついた老人まで、身分はスラム区画の浮浪者から、富裕区画の金持ちまでだ」
「ずいぶん人気者だな、けど言っちゃなんだがそんなうたい文句は新しいクスリがでるたんびに付いてくるもんだろ。何がそんなにまずいんだ?」
「……こいつの厄介な所は二つ、一つ目は人によって致死量が変わるって事だ」
「そりゃ大人と子供とか、同じ大人でも体重とかで変わってくるだろ」
「ファイルの七ページ目、見てくれ」
言われるがまま、バグウェットはページをめくる。
そこには、男性二人分の死亡診断書があった。
「同じ体重同じ年齢、身長の誤差は二センチ、二人とも事前の健康診断で特に問題は無し。過去に病歴も無けりゃ、薬物の使用歴も当然なしだ。だがこの二人の内、一人は五回目、もう一人は一回目の摂取で死亡した」
「使用方法とか量に違いは?」
「二人とも錠剤で、摂取量はまったく一緒だ」
「本当か? 何か見落としてる事は?」
「悪いなバグウェット、こっちとしてもやれる事は全部やったんだ。間違いねえ」
「……そうか」
「ま、そういう性質もあってか使用者……特に若い連中は度胸試しで服用するケースもある。ロシアンルーレットならぬヘブンズルーレットってな、大したもんだぜ最近の奴はよ」
ラゴウィルはそう言ってケラケラと笑うが、言葉の調子は全く楽しそうでは無い。
奥底にある静かな怒りを感じたバグウェットは、今は下手な事は言わないでおこうと決めた。
「それで? もう一つの厄介な所は?」
ラゴウィルの顔が、あからさまに歪む。
心の底からの軽蔑が、顔に出ていた。
「……ヘブンズアッパーが体内に入ると出る症状はいくつかある。精神的な面では多幸感とそれに伴う万能感、他には幻覚や幻聴みたいな五感の異常とか。体の面では一時的な身体能力の向上、食欲や性欲とった欲求の増加、まあこの辺は今までのものとそう変わらない」
「そうだな、特別これといってやばさは感じねえ」
「でもなその症状の中に一つ、やべえのがある」
「……なあ、やたらもったいぶるなよ。さっさと言ってくれ」
「……ヘブンズアッパーの原料はある土地で採取された特殊なキノコでな、こいつの生命力はやばくて錠剤にされようが、液体にされようが休眠状態で生き続ける。そしてこいつは生物の体内に入ると覚醒し、体内で活性化すると再び成長し胞子を大量に吐き出す」
「……まさか」
「そうだ、胞子は服用者の呼気なんかに乗って体外へ吐き出される。そして近くにいる人間がそれを吸うと、ヘブンズアッパーを使った事の無い人間にもクスリを使った時と同じ症状が出るんだ。しかも質の悪い事に、服用者が死亡してから二十四時間はその死体から胞子が吐き出され続けるんだ。今はまだよほど近くにいなきゃ大丈夫みたいだが、うちの学者先生曰くいつキノコが進化して遠くまで胞子を飛ばせるようになってもおかしくねえとさ」
「下手すりゃ何千……いや、万単位で人が死ぬぞ。こんな所で俺と話をしてる場合じゃねえだろ、早くその事実を公表してクスリを規制しろ」
「……できねえんだよ、余計な混乱を招くから最小限の人員で供給元を叩けとさ」
「最小限って……何人だ?」
その問いにラゴウィルは、にやりと笑う。
今から馬鹿な事を言うぞと、その顔は言っていた。
「まともに動かせる人員は、俺の部隊の隊員だけだ」
「何人だ?」
「……十人だ」
「バカか!?」
「しょうがねえだろ! 上がアホでも従わなきゃなんねえんだ! 俺にはまだ気に入らねえ無能な人材のどたまブチ抜くだけの力はねえんだよ!」
ラゴウィルは、舌打ちをしハンドルを殴りつけた。
今回の指示が馬鹿げている事など、誰よりも彼が知っている。隊員たちは彼が選んだ優秀な人間たちだが、膨大な販売ルートの洗い出しから聞き込み調査、資料の作成に加えて供給元を突き止めた場合は実戦行動も入って来る。
とてもではないが、十人程度の人員で当たる案件ではない。
「……それで俺に手伝いを頼みに来たのか?」
「ああ……信用できる人間って事でどうにか上とは話をつけた」
「そりゃ嬉しいね、そこまで俺の事を買ってくれてたのか?」
「何かあったとき、お前なら躊躇わず引き金を引けるからな」
「……嫌な奴だ、悪いが断る。そんな負け戦やってらんねえよ」
「……いや、お前は断らねえ」
「なんでだよ?」
「ファイルの十一ページ目、見てくれ」
その言葉に従い、再びバグウェットはファイルをめくる。
指定されたページ見た彼は、自然としわになるほど紙の端を握っていた。
「そいつが今回の件の最重要参考人だ、いや……嘘だな。そいつが今回の首謀者だ」
「……分かった、受けてやる。こいつは……こいつだけは俺の手で……ケリをつけてえからな」
バグウェットの開いたページ、そこには解像度の荒い隠し撮りのような写真が一枚はられていた。
写真に写っているのは恐らく男、それ以外の事は分からない。
だが性別の他にもう一つだけ明らかなのは、その男が笑っているという事だけだ。
街の喧騒の中を、男は上機嫌で歩いていた。
道行く人々の顔はどれもこれも不満げで、満たされない現状を憂うばかりで何もしない馬鹿ばかり。
明日が無条件で来ると勘違いした、平和な不幸論者ばかりだったからだ。
「久しぶりだなぁ……この街も」
思わずステップを踏みそうになる足、思いつくままに振り回したい腕。
男はまだそれを我慢していた。
これから楽しい事が起こる、その時に思いつくままステップを踏み、腕を振りまわそう。
この街が血の臭いに包まれた、その時に。
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