ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

文字の大きさ
上 下
53 / 68
第三章 金・金・金

五十二話 ダイレクトオープン

しおりを挟む
「さて……と次はどこに行きますか?」

「ううーん……」

 ベルの店を出てから、二人は行く当てもなく街をさまよっていた。
 さまよっている内に時間はだだ無意味に過ぎ去り、足には疲れが、胸の内には答えの出ないモヤモヤだけが溜まっていく。
 疲れ果て、上手く頭の回らないリウの腹が唐突にぐうと鳴いた。

「……何か軽く食べましょうか」

「……うん」

 リウを気遣ったシギは静かに笑う、それに顔を赤くしながらリウは頷いた。
 

「どうぞ」

「ありがと」

 二人は近くにあった広場のベンチに腰掛け、二人でクレープを頬張った。
 時刻はすでに三時過ぎ、昼間の喧騒も一段落したとはいえまだまだ道行く人の数は多い。
 リウが食べているのは苺と生クリームのシンプルなクレープ、ほどよい甘さの生クリーム、噛んだ瞬間にその新鮮さが分かってしまう苺、シンプルでありきたりではあるが間違いの無い一品だ。
 
 対してシギの食べているクレープは、正直クレープと言っていいのかどうか怪しい代物だった。
 隣にいるリウまで漂う甘ったるい香り、溢れ出たクリームにこれでもかとかけられたキャラメルソースという一目見ただけで虫歯になりそうな甘い見た目、だがそれはあくまで見える範囲の話だ。
 中はもっともっと凄まじい事になっているはずだが、それはリウから見えない。
 シギが放った『可能なかぎり甘くしてくれ』という注文に、火が点いたクレープ屋の店主の本気が見て伺える。

「んー……まあまあですね」

 それを物足りなさそうに頬張るシギの姿に驚きながら、リウもクレープを頬張った。

「ごめんね、ご馳走になっちゃって」

「気にしないでください、僕これでも結構ためこんでますから」

「ありがと」

 そんなやり取りをし、半分ほどクレープを食べ終えた所でシギが何気なくリウの方を見た。

「少し意外でした」

「何が?」

「リウさんの事なら、真っ先にジーニャさんの所へ行くかと思っていたんですが……」

「まー……ね。正直に言うと一番最初に思い浮かんだよ、でも何て言うか……頼りすぎちゃダメな気がしてさ」

「どうしてです? 言っちゃ何ですけど、僕らの知り合いの中であの人くらいまともな人は多分いないと思いますよ? 優しいし、料理は上手いし、話もちゃんと通じますしね」

「そうだね、私もジーニャさんの事すきだよ。シギ君の言う通り優しいし、綺麗だし、何て言うか……自分をしっかり持ってるって感じがしてさ。だからきっとジーニャさんがこうだって言ったら、それを正解だって思っちゃう気がしてさ……」

「自分なりの考えが出せなくなりそう……って事ですか?」

「そんなとこ」

 リウはそう言って笑うと、ムシャムシャと勢いよくクレープを食べ終えた。
 口一杯に頬張ったクレープを、リウはごくんとどうにか飲み込む。

「さ、つぎつぎ!」

「はいはい」

 仕方なさげに笑い、シギもリウに習って勢いよくクレープを頬張る。
 クレープを飲み込んだ後、口の周りについたクリームを拭いてからシギも立ち上がった。
 そして手に持っていた包みをゴミ箱に放り投げ、リウと共に歩き出した。
 三歩ほど歩いてから、彼はふと後ろを振り向いてみた。

「どうしたの?」

「……いえ、何でもありません」

 シギはそう言ってもう一度歩きだした、自分の感じた何かが気のせいだと言い聞かせながら。



「……リウさん、ここに来るのはちょっと早いんじゃないですかね?」

 すでに日も落ちかけ、夜の匂いが漂い始めている。
 そんな時間に二人は、ポートンの店の前に来ていた。

「ううん、やっぱり言っておくべきだと思う」

「そこまで言うなら止めはしませんけど……」

 リウはあれこれと考えた結果、やはりポートンには今の状況を説明しておくべきだという考えに至った。
 この賭けの話はポートンに伏せておく、一度はそう決めた。
 だがやはり彼に何も言わずに話を進めてしまうのは、あまりにも礼を欠いているのではないかという思いをリウは捨てることができなかった。

 そのためどのような叱責を受ける事になったとしても、この賭けの事は彼に伝えておくべきだろうと考え、二人は店の前まで来た。
 ちなみにシギはリウの馬鹿正直ともいえる考えを、はじめの内はやんわりと否定していたが、最後は折れて彼女の意思を尊重する事にしたのだった。

「じゃ……行くよ」

 リウはドアノブに手を伸ばす、店内からは明かりが漏れており、閉店を知らせる物もない。ポートンは確実に店内にいる、後は中へ入り事情を説明するだけだ。
 だがリウはドアノブの少し手前で手を止めてしまう、彼女の呼吸は少し乱れていた。

 いざ面と向かった時になんと説明すればいいのか、自分の店が賭けの対象になっている事を知った時ポートンは何と言うのか、下手に繕わずあるがままを言うしかない事が分かっていてもなお、扉を開けるのには相応の覚悟が必要だった。

 リウは大きく息を吸い、意を決してドアノブに手をかけた次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。

「とにかく! これは俺たちの問題だ! 店を閉める何てこと、絶対に認めないからな!」

「待てエリオット! まだ話は終わってないぞ!」

 エリオットという名の男を追いかけて、以前見た温厚な態度からは想像できないほど大きな声を上げ、ポートンが店から出てきた。
 二人は再び口論を始めようとしたが、外にいたシギに気付くとはっとしたように出かかった声を飲み込んだ。

「や……やあシギ君、こんな時間にどうしたんだい?」

「いやぁ、ちょっとお話がありまして。お取込み中でしたら、日を改めますが?」

「構わない、話はついさっき終わった所だ」

 エリオットが割り込むようにシギにそう伝えると、ポートンは彼を睨みつけた。

「ふざけるな、まだ話は終わっていない。シギ君、わざわざ一人で来てくれたところ申し訳ないが、また別の日に来てくれないか」

「分かりました、話はまた今度にします。ただ一つお願いが」

「お願い?」

「少しの間、店で休ませてもらえませんか? 連れがのびてしまったので」

「連れ?」

 そう言って何かを指差したシギの指の先を、ポートンとエリオットが覗き込むと。勢いよく開けられた扉に跳ね飛ばされて気を失ってしまったリウの姿があった。


「う……うーん……ここは?」

 ソファーに寝かせられていたリウが、ぼんやりとしたまま目を開けた。
 まだぼやける視界に、シギの顔が映り込んだ。

「気が付きましたか、ここはポートンさんのお店ですよ」

「お店……そっか私……気を失って……」

 シギに手を借りてリウが起き上がると、テーブルを挟んだ向かいの席に座っていたエリオットが頭を叩きつけんばかりの勢いで、彼女に向かって頭を下げた。

「申し訳ない、俺が不注意にドアを開けたせいで……」

「……えーと、どちら様ですか?」

「こちらの方はエリオットさん、ポートンさんの息子さんです。扉を勢いよく開けてリウさんを吹き飛ばしたのは、この方なんですよ」

 エリオットは短いブラウン色の髪の男で、年は二十代後半、がっしりとした体は彼の着ているフライト・ジャケットの上からでもよく分かる。
 くっきりとした目元はどことなくポートンに似ており、誠実さの中に力強さを兼ね備えたような風貌の男だった。

「本当に……申し訳ない」

「いえいえ、気にしないで下さい。扉の前でもたもたしてた私も悪かったですし」

 そんなやりとりをしていると、ポートンが店の奥から水の入ったグラスを持ってやってきた。
 
「リウちゃん、うちの馬鹿が本当に申し訳ない」

 グラスを机の上に置き、ポートンは深々と頭を下げた。
 リウはほとんど怪我をしておらず、少し鼻先が赤くなったぐらいで頭など体にも特に異常はなかった。
 にもかかわらず深々と頭を下げるポートンたちを見て、リウは何だか申し訳なくなってしまう。

「本当に大丈夫ですから、頭を上げてください」

 リウの言葉にポートンは頭を上げたが、エリオット同様に自責の念に駆られている事は明らかだった。
 
「分かりました、じゃあ今日の晩御飯をご馳走してください。それでチャラって事にしましょう」

 リウの提案にわずかに顔を明るくしたポートンは、ありがとうと小さく呟き笑った。

「今日は好きなだけ食べて行ってくれ、何が食べたいかな?」

「それはおまかせします」

「分かった、任せてくれ」

 そう言って腕まくりをしたポートンは、エリオットの方を見た。

「お前はもう帰れ、お前がいるべきなのはここじゃないだろう」

「親父……俺は絶対に認めないからな」

 その言葉に答えずに、ポートンは店の奥へ行ってしまった。
 エリオットは、深くため息を吐くと席から立ち上がった。

「あっ……ちょっと待ってください。少しだけいいですか? お聞きしたい事がありまして」

「聞きたい事? 俺に?」

「はい、どうしても息子であるあなたに聞きたい事が」

 エリオットはリウの言葉に初めは驚いていたが、彼女の真剣な眼差しを見て話をする事に決めた。
 ちらりと厨房の方へ目をやってから、彼は席に着いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優
SF
タイムマシンによる時間航行が実現した近未来、大国の首脳陣は自国に都合の良い歴史を作り出すことに熱中し始めた。歴史学者である私の書いた論文は韓国や中国で叩かれ、反日デモが起る。豊臣秀吉が大陸に侵攻し中華帝国を制圧するという内容だ。学会を追われた私に中国の女性エージェントが接触し、中国政府が私の論文を題材として歴史介入を行うことを告げた。中国共産党は織田信長に中国の侵略を命じた。信長は朝鮮半島を蹂躙し中国本土に攻め入る。それは中華文明を西洋文明に対抗させるための戦略であった。  もうひとつの歴史を作り出すという思考実験を通じて、日本とは、中国とは、アジアとは何かを考えるポリティカルSF歴史コメディー。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...