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第三章 金・金・金
五十二話 ダイレクトオープン
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「さて……と次はどこに行きますか?」
「ううーん……」
ベルの店を出てから、二人は行く当てもなく街をさまよっていた。
さまよっている内に時間はだだ無意味に過ぎ去り、足には疲れが、胸の内には答えの出ないモヤモヤだけが溜まっていく。
疲れ果て、上手く頭の回らないリウの腹が唐突にぐうと鳴いた。
「……何か軽く食べましょうか」
「……うん」
リウを気遣ったシギは静かに笑う、それに顔を赤くしながらリウは頷いた。
「どうぞ」
「ありがと」
二人は近くにあった広場のベンチに腰掛け、二人でクレープを頬張った。
時刻はすでに三時過ぎ、昼間の喧騒も一段落したとはいえまだまだ道行く人の数は多い。
リウが食べているのは苺と生クリームのシンプルなクレープ、ほどよい甘さの生クリーム、噛んだ瞬間にその新鮮さが分かってしまう苺、シンプルでありきたりではあるが間違いの無い一品だ。
対してシギの食べているクレープは、正直クレープと言っていいのかどうか怪しい代物だった。
隣にいるリウまで漂う甘ったるい香り、溢れ出たクリームにこれでもかとかけられたキャラメルソースという一目見ただけで虫歯になりそうな甘い見た目、だがそれはあくまで見える範囲の話だ。
中はもっともっと凄まじい事になっているはずだが、それはリウから見えない。
シギが放った『可能なかぎり甘くしてくれ』という注文に、火が点いたクレープ屋の店主の本気が見て伺える。
「んー……まあまあですね」
それを物足りなさそうに頬張るシギの姿に驚きながら、リウもクレープを頬張った。
「ごめんね、ご馳走になっちゃって」
「気にしないでください、僕これでも結構ためこんでますから」
「ありがと」
そんなやり取りをし、半分ほどクレープを食べ終えた所でシギが何気なくリウの方を見た。
「少し意外でした」
「何が?」
「リウさんの事なら、真っ先にジーニャさんの所へ行くかと思っていたんですが……」
「まー……ね。正直に言うと一番最初に思い浮かんだよ、でも何て言うか……頼りすぎちゃダメな気がしてさ」
「どうしてです? 言っちゃ何ですけど、僕らの知り合いの中であの人くらいまともな人は多分いないと思いますよ? 優しいし、料理は上手いし、話もちゃんと通じますしね」
「そうだね、私もジーニャさんの事すきだよ。シギ君の言う通り優しいし、綺麗だし、何て言うか……自分をしっかり持ってるって感じがしてさ。だからきっとジーニャさんがこうだって言ったら、それを正解だって思っちゃう気がしてさ……」
「自分なりの考えが出せなくなりそう……って事ですか?」
「そんなとこ」
リウはそう言って笑うと、ムシャムシャと勢いよくクレープを食べ終えた。
口一杯に頬張ったクレープを、リウはごくんとどうにか飲み込む。
「さ、つぎつぎ!」
「はいはい」
仕方なさげに笑い、シギもリウに習って勢いよくクレープを頬張る。
クレープを飲み込んだ後、口の周りについたクリームを拭いてからシギも立ち上がった。
そして手に持っていた包みをゴミ箱に放り投げ、リウと共に歩き出した。
三歩ほど歩いてから、彼はふと後ろを振り向いてみた。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
シギはそう言ってもう一度歩きだした、自分の感じた何かが気のせいだと言い聞かせながら。
「……リウさん、ここに来るのはちょっと早いんじゃないですかね?」
すでに日も落ちかけ、夜の匂いが漂い始めている。
そんな時間に二人は、ポートンの店の前に来ていた。
「ううん、やっぱり言っておくべきだと思う」
「そこまで言うなら止めはしませんけど……」
リウはあれこれと考えた結果、やはりポートンには今の状況を説明しておくべきだという考えに至った。
この賭けの話はポートンに伏せておく、一度はそう決めた。
だがやはり彼に何も言わずに話を進めてしまうのは、あまりにも礼を欠いているのではないかという思いをリウは捨てることができなかった。
そのためどのような叱責を受ける事になったとしても、この賭けの事は彼に伝えておくべきだろうと考え、二人は店の前まで来た。
ちなみにシギはリウの馬鹿正直ともいえる考えを、はじめの内はやんわりと否定していたが、最後は折れて彼女の意思を尊重する事にしたのだった。
「じゃ……行くよ」
リウはドアノブに手を伸ばす、店内からは明かりが漏れており、閉店を知らせる物もない。ポートンは確実に店内にいる、後は中へ入り事情を説明するだけだ。
だがリウはドアノブの少し手前で手を止めてしまう、彼女の呼吸は少し乱れていた。
いざ面と向かった時になんと説明すればいいのか、自分の店が賭けの対象になっている事を知った時ポートンは何と言うのか、下手に繕わずあるがままを言うしかない事が分かっていてもなお、扉を開けるのには相応の覚悟が必要だった。
リウは大きく息を吸い、意を決してドアノブに手をかけた次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。
「とにかく! これは俺たちの問題だ! 店を閉める何てこと、絶対に認めないからな!」
「待てエリオット! まだ話は終わってないぞ!」
エリオットという名の男を追いかけて、以前見た温厚な態度からは想像できないほど大きな声を上げ、ポートンが店から出てきた。
二人は再び口論を始めようとしたが、外にいたシギに気付くとはっとしたように出かかった声を飲み込んだ。
「や……やあシギ君、こんな時間にどうしたんだい?」
「いやぁ、ちょっとお話がありまして。お取込み中でしたら、日を改めますが?」
「構わない、話はついさっき終わった所だ」
エリオットが割り込むようにシギにそう伝えると、ポートンは彼を睨みつけた。
「ふざけるな、まだ話は終わっていない。シギ君、わざわざ一人で来てくれたところ申し訳ないが、また別の日に来てくれないか」
「分かりました、話はまた今度にします。ただ一つお願いが」
「お願い?」
「少しの間、店で休ませてもらえませんか? 連れがのびてしまったので」
「連れ?」
そう言って何かを指差したシギの指の先を、ポートンとエリオットが覗き込むと。勢いよく開けられた扉に跳ね飛ばされて気を失ってしまったリウの姿があった。
「う……うーん……ここは?」
ソファーに寝かせられていたリウが、ぼんやりとしたまま目を開けた。
まだぼやける視界に、シギの顔が映り込んだ。
「気が付きましたか、ここはポートンさんのお店ですよ」
「お店……そっか私……気を失って……」
シギに手を借りてリウが起き上がると、テーブルを挟んだ向かいの席に座っていたエリオットが頭を叩きつけんばかりの勢いで、彼女に向かって頭を下げた。
「申し訳ない、俺が不注意にドアを開けたせいで……」
「……えーと、どちら様ですか?」
「こちらの方はエリオットさん、ポートンさんの息子さんです。扉を勢いよく開けてリウさんを吹き飛ばしたのは、この方なんですよ」
エリオットは短いブラウン色の髪の男で、年は二十代後半、がっしりとした体は彼の着ているフライト・ジャケットの上からでもよく分かる。
くっきりとした目元はどことなくポートンに似ており、誠実さの中に力強さを兼ね備えたような風貌の男だった。
「本当に……申し訳ない」
「いえいえ、気にしないで下さい。扉の前でもたもたしてた私も悪かったですし」
そんなやりとりをしていると、ポートンが店の奥から水の入ったグラスを持ってやってきた。
「リウちゃん、うちの馬鹿が本当に申し訳ない」
グラスを机の上に置き、ポートンは深々と頭を下げた。
リウはほとんど怪我をしておらず、少し鼻先が赤くなったぐらいで頭など体にも特に異常はなかった。
にもかかわらず深々と頭を下げるポートンたちを見て、リウは何だか申し訳なくなってしまう。
「本当に大丈夫ですから、頭を上げてください」
リウの言葉にポートンは頭を上げたが、エリオット同様に自責の念に駆られている事は明らかだった。
「分かりました、じゃあ今日の晩御飯をご馳走してください。それでチャラって事にしましょう」
リウの提案にわずかに顔を明るくしたポートンは、ありがとうと小さく呟き笑った。
「今日は好きなだけ食べて行ってくれ、何が食べたいかな?」
「それはおまかせします」
「分かった、任せてくれ」
そう言って腕まくりをしたポートンは、エリオットの方を見た。
「お前はもう帰れ、お前がいるべきなのはここじゃないだろう」
「親父……俺は絶対に認めないからな」
その言葉に答えずに、ポートンは店の奥へ行ってしまった。
エリオットは、深くため息を吐くと席から立ち上がった。
「あっ……ちょっと待ってください。少しだけいいですか? お聞きしたい事がありまして」
「聞きたい事? 俺に?」
「はい、どうしても息子であるあなたに聞きたい事が」
エリオットはリウの言葉に初めは驚いていたが、彼女の真剣な眼差しを見て話をする事に決めた。
ちらりと厨房の方へ目をやってから、彼は席に着いた。
「ううーん……」
ベルの店を出てから、二人は行く当てもなく街をさまよっていた。
さまよっている内に時間はだだ無意味に過ぎ去り、足には疲れが、胸の内には答えの出ないモヤモヤだけが溜まっていく。
疲れ果て、上手く頭の回らないリウの腹が唐突にぐうと鳴いた。
「……何か軽く食べましょうか」
「……うん」
リウを気遣ったシギは静かに笑う、それに顔を赤くしながらリウは頷いた。
「どうぞ」
「ありがと」
二人は近くにあった広場のベンチに腰掛け、二人でクレープを頬張った。
時刻はすでに三時過ぎ、昼間の喧騒も一段落したとはいえまだまだ道行く人の数は多い。
リウが食べているのは苺と生クリームのシンプルなクレープ、ほどよい甘さの生クリーム、噛んだ瞬間にその新鮮さが分かってしまう苺、シンプルでありきたりではあるが間違いの無い一品だ。
対してシギの食べているクレープは、正直クレープと言っていいのかどうか怪しい代物だった。
隣にいるリウまで漂う甘ったるい香り、溢れ出たクリームにこれでもかとかけられたキャラメルソースという一目見ただけで虫歯になりそうな甘い見た目、だがそれはあくまで見える範囲の話だ。
中はもっともっと凄まじい事になっているはずだが、それはリウから見えない。
シギが放った『可能なかぎり甘くしてくれ』という注文に、火が点いたクレープ屋の店主の本気が見て伺える。
「んー……まあまあですね」
それを物足りなさそうに頬張るシギの姿に驚きながら、リウもクレープを頬張った。
「ごめんね、ご馳走になっちゃって」
「気にしないでください、僕これでも結構ためこんでますから」
「ありがと」
そんなやり取りをし、半分ほどクレープを食べ終えた所でシギが何気なくリウの方を見た。
「少し意外でした」
「何が?」
「リウさんの事なら、真っ先にジーニャさんの所へ行くかと思っていたんですが……」
「まー……ね。正直に言うと一番最初に思い浮かんだよ、でも何て言うか……頼りすぎちゃダメな気がしてさ」
「どうしてです? 言っちゃ何ですけど、僕らの知り合いの中であの人くらいまともな人は多分いないと思いますよ? 優しいし、料理は上手いし、話もちゃんと通じますしね」
「そうだね、私もジーニャさんの事すきだよ。シギ君の言う通り優しいし、綺麗だし、何て言うか……自分をしっかり持ってるって感じがしてさ。だからきっとジーニャさんがこうだって言ったら、それを正解だって思っちゃう気がしてさ……」
「自分なりの考えが出せなくなりそう……って事ですか?」
「そんなとこ」
リウはそう言って笑うと、ムシャムシャと勢いよくクレープを食べ終えた。
口一杯に頬張ったクレープを、リウはごくんとどうにか飲み込む。
「さ、つぎつぎ!」
「はいはい」
仕方なさげに笑い、シギもリウに習って勢いよくクレープを頬張る。
クレープを飲み込んだ後、口の周りについたクリームを拭いてからシギも立ち上がった。
そして手に持っていた包みをゴミ箱に放り投げ、リウと共に歩き出した。
三歩ほど歩いてから、彼はふと後ろを振り向いてみた。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
シギはそう言ってもう一度歩きだした、自分の感じた何かが気のせいだと言い聞かせながら。
「……リウさん、ここに来るのはちょっと早いんじゃないですかね?」
すでに日も落ちかけ、夜の匂いが漂い始めている。
そんな時間に二人は、ポートンの店の前に来ていた。
「ううん、やっぱり言っておくべきだと思う」
「そこまで言うなら止めはしませんけど……」
リウはあれこれと考えた結果、やはりポートンには今の状況を説明しておくべきだという考えに至った。
この賭けの話はポートンに伏せておく、一度はそう決めた。
だがやはり彼に何も言わずに話を進めてしまうのは、あまりにも礼を欠いているのではないかという思いをリウは捨てることができなかった。
そのためどのような叱責を受ける事になったとしても、この賭けの事は彼に伝えておくべきだろうと考え、二人は店の前まで来た。
ちなみにシギはリウの馬鹿正直ともいえる考えを、はじめの内はやんわりと否定していたが、最後は折れて彼女の意思を尊重する事にしたのだった。
「じゃ……行くよ」
リウはドアノブに手を伸ばす、店内からは明かりが漏れており、閉店を知らせる物もない。ポートンは確実に店内にいる、後は中へ入り事情を説明するだけだ。
だがリウはドアノブの少し手前で手を止めてしまう、彼女の呼吸は少し乱れていた。
いざ面と向かった時になんと説明すればいいのか、自分の店が賭けの対象になっている事を知った時ポートンは何と言うのか、下手に繕わずあるがままを言うしかない事が分かっていてもなお、扉を開けるのには相応の覚悟が必要だった。
リウは大きく息を吸い、意を決してドアノブに手をかけた次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。
「とにかく! これは俺たちの問題だ! 店を閉める何てこと、絶対に認めないからな!」
「待てエリオット! まだ話は終わってないぞ!」
エリオットという名の男を追いかけて、以前見た温厚な態度からは想像できないほど大きな声を上げ、ポートンが店から出てきた。
二人は再び口論を始めようとしたが、外にいたシギに気付くとはっとしたように出かかった声を飲み込んだ。
「や……やあシギ君、こんな時間にどうしたんだい?」
「いやぁ、ちょっとお話がありまして。お取込み中でしたら、日を改めますが?」
「構わない、話はついさっき終わった所だ」
エリオットが割り込むようにシギにそう伝えると、ポートンは彼を睨みつけた。
「ふざけるな、まだ話は終わっていない。シギ君、わざわざ一人で来てくれたところ申し訳ないが、また別の日に来てくれないか」
「分かりました、話はまた今度にします。ただ一つお願いが」
「お願い?」
「少しの間、店で休ませてもらえませんか? 連れがのびてしまったので」
「連れ?」
そう言って何かを指差したシギの指の先を、ポートンとエリオットが覗き込むと。勢いよく開けられた扉に跳ね飛ばされて気を失ってしまったリウの姿があった。
「う……うーん……ここは?」
ソファーに寝かせられていたリウが、ぼんやりとしたまま目を開けた。
まだぼやける視界に、シギの顔が映り込んだ。
「気が付きましたか、ここはポートンさんのお店ですよ」
「お店……そっか私……気を失って……」
シギに手を借りてリウが起き上がると、テーブルを挟んだ向かいの席に座っていたエリオットが頭を叩きつけんばかりの勢いで、彼女に向かって頭を下げた。
「申し訳ない、俺が不注意にドアを開けたせいで……」
「……えーと、どちら様ですか?」
「こちらの方はエリオットさん、ポートンさんの息子さんです。扉を勢いよく開けてリウさんを吹き飛ばしたのは、この方なんですよ」
エリオットは短いブラウン色の髪の男で、年は二十代後半、がっしりとした体は彼の着ているフライト・ジャケットの上からでもよく分かる。
くっきりとした目元はどことなくポートンに似ており、誠実さの中に力強さを兼ね備えたような風貌の男だった。
「本当に……申し訳ない」
「いえいえ、気にしないで下さい。扉の前でもたもたしてた私も悪かったですし」
そんなやりとりをしていると、ポートンが店の奥から水の入ったグラスを持ってやってきた。
「リウちゃん、うちの馬鹿が本当に申し訳ない」
グラスを机の上に置き、ポートンは深々と頭を下げた。
リウはほとんど怪我をしておらず、少し鼻先が赤くなったぐらいで頭など体にも特に異常はなかった。
にもかかわらず深々と頭を下げるポートンたちを見て、リウは何だか申し訳なくなってしまう。
「本当に大丈夫ですから、頭を上げてください」
リウの言葉にポートンは頭を上げたが、エリオット同様に自責の念に駆られている事は明らかだった。
「分かりました、じゃあ今日の晩御飯をご馳走してください。それでチャラって事にしましょう」
リウの提案にわずかに顔を明るくしたポートンは、ありがとうと小さく呟き笑った。
「今日は好きなだけ食べて行ってくれ、何が食べたいかな?」
「それはおまかせします」
「分かった、任せてくれ」
そう言って腕まくりをしたポートンは、エリオットの方を見た。
「お前はもう帰れ、お前がいるべきなのはここじゃないだろう」
「親父……俺は絶対に認めないからな」
その言葉に答えずに、ポートンは店の奥へ行ってしまった。
エリオットは、深くため息を吐くと席から立ち上がった。
「あっ……ちょっと待ってください。少しだけいいですか? お聞きしたい事がありまして」
「聞きたい事? 俺に?」
「はい、どうしても息子であるあなたに聞きたい事が」
エリオットはリウの言葉に初めは驚いていたが、彼女の真剣な眼差しを見て話をする事に決めた。
ちらりと厨房の方へ目をやってから、彼は席に着いた。
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