ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第三章 金・金・金

五十話 シンプルウァント

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「さて、誰から行きますか? とりあえず近い人からにしときます?」

「そうしよっか、誰が一番近い?」

「えーと……アグリーさんですね」

「えっ」

 シギとリウの二人は、スクラピアとの賭けに勝つための答えを探すため、意見を求めて大人たちの元を尋ねる事にした。
 だがリウはもちろん、シギもそこまで知り合いが多いわけではない。
 そのため二人が向かう所は、自ずと限られていた。

「まあ一応あの人も大人ですから」

「そうだけど……うーん……」

 リウはアグリーとそこまで面識があるわけではない、というか二回ほどしか会っていない。一度目は初めて彼の店を訪れた時、二度目は前回の一件で事務所へ出張整備に来た時だ。
 奇抜な風貌、軽薄な物言い、それらはまだどうにか受け入れられた。だがアグリーの舐めまわすような、蛇の舌先のような視線がどうにも苦手で、それだけは受け入れられなかった。

「やめときます?」

「ううん、行く。今は少しでも意見が欲しいし」

「分かりました」

 リウがそう言う以上は止める理由もない、シギは先立って彼女を薬中の所へ案内する事にした。


「は~ろお、珍しいねぇここへ二人だけで来るなんてさぁ」

 アグリーはカウンターで甘ったるい煙を吐き出しながら、心ここにあらずといった様子で二人を出迎えた。
 ひらひらと二人に手を振りながら、仰々しいパイプのような物を使って薬を吸っている。

「うわ、タイミング悪かったかもですね。けっこうますよ」

 顔をしかめたシギの言葉にアグリーは目を見開き、手をパチパチと叩きながら笑っている。
 それを見たシギは心底めんどうくさそうに、口を尖らせた。

「ちょいちょいシギ君、なんてこと言うんスか。こんなもんまだまだトんでるうちにゃ入らないっスよ。そんな事より二人はどんな用件で来たんスか?」

「それについては私から」

 のっそりと始まった会話だったが、思いのほかシギはリウの話を真面目に聞いていた。
 真面目にといっても途中途中で薬をキメながら、ではあったが。
 ちなみにリウは、自分の手元に一千万カードがあるとは伝えていない。シギ曰くは『そうした方が安全だから』という事らしい。
 そのため仮に一千万あったらどう使うか、という話をされたと若干事実を曲げて話をしている。

「ほほお、それはそれは随分と楽しそうな事をやってるじゃないスか。いいなぁ、俺もそんな金持ちと賭けをしてみたいもんスねぇ。賭けまでいかなくても、普段どういうのをキメてるのかとか話したいス。さぞかし上等なやつだろうなぁ……」

 彼の中にはどうやら上流階級の人間は、例外なく何かしらの薬物を決めているという固定観念があるようだ。
 だがそれを偏見だと一蹴できないのが、世知辛いこの街の実態である。

「とりあえず薬の話は置いといて……どうですか? アグリーさんなら一千万あったらどう使います?」

「俺は~そうっスね~」

 アグリーは熱にうなされた死にぞこないのような顔で、ぼんやりと天井を眺める。
 彼の薬によってぐちゃぎちゃになった脳味噌が、ゆっくりと回る。

「とりあえず、自分の欲しいって思ったモン全部買うっスかね」

「アグリーさんは何が欲しいんですか?」

「義手の新しいメンテ道具とか、最近出た義手のニューモデル。ずっと欲しかった多機能アンドロイドもいいし、バカ美味い飯を食べてもいいっスね。後は選ばれた人間だけが味わえる最高級希少薬物とか。とにかく欲望のまま、気の向くままっスね~」

「欲望のまま……ですか」

「何というか、さすがですねアグリーさんは」

 彼の答えは八割方予測できていた、はっきり言ってしまえばつまらない何とも平凡な答えだった。
 大金を手にした人間の大半が答えるような、欲しい物の羅列。
 彼の言っている事は間違いではないし、もちろん意見の一つではあるが、あまり参考になるとは思えないものだった。

「おや、その顔は『こいつ……あんま参考にならねぇな……』みたいな顔っスね」

「い……いえ、そんなつもりは! ただ結構ありふれた答えだったなって、思ったよりも普通の答えだなって思っただけで……」

「リウさん、もうそれ以上は……」

 慌てふためく彼女を、シギは口を直接塞ぎたい気持ちを抑えながらなだめる。
 アグリーはそんな二人を見て、ケラケラと笑い出した。
 
「良いんスよ、実のところ俺は大層な夢とか目標があるわけじゃないんスから」

 アグリーはそう言って笑った後、強く大きく薬を吸う。
 そして跳ね返るように彼の口からは、ピンク色の甘い匂いのする煙が吐き出された。それは店の中に広がってゆらゆらと揺れると、まるで夢の消えてしまった。

「ただ一つ言わせてもらうなら、俺はそういうありきたりで無難で素直な欲望が一番大事なんじゃないかなっても思うんスよ。欲しいとか、食べたいとかそういう飾り気のない本能から来る欲望、それを満たすために使う金には価値があると思うんスよね」

「本能から来る欲望……ですか」

「欲望があるから人は生きていけるし、それを満たすための金が欲しいから働けるってわけっスよ」

 アグリーはそう言ってトロンとした目をリウに向ける、彼の青い瞳は以前見た時よりも曇っていたが、以前よりも真っ直ぐに彼女を見ていた。

「俺から話せるのはこんくらいスかね、あんまり参考にはならなかったかもしれないスけど、是非参考にしてくださいっス」

「ありがとうございました」

「いえいえ~バグさんによろしくっス~」

 そう言って彼はまた薬を煽りだす、二人は頭を下げて店を出た。
 地下街を抜け、地上に出るまでリウはずっとアグリーの言葉について考えていた。

 飾り気のない本能から来る欲望、自分にとってそれは何なのか。
 答えは出ているような気がする、だがそれが自分の欲望だと言うには抵抗があった。

「どうです? 参考になりましたか?」

「うん、想像以上にね」

「それは良かった、なら次いってみますか」
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