ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

二十九話 ステップマイン

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「どうですか、進捗の方は」

「あー、まあボチボチってとこかな」

 バグウェットたちに取り残されたシギは、アウルの後ろで作業が終わるのを大人しく待っていた。
 彼は待つ事自体はそこまで苦痛ではなかったが、薄暗い訳の分からない機材が詰め込まれた部屋にずっといるのは少しばかり苦痛だった。

「その……手伝ってもらって何なんですけど、どうして今回の仕事を受けてくれたんですか?」

「んなの決まってるじゃん、あいつら|《ヒューマンリノベーション》が気に入らないだけよ」

「前からご存じで?」

「そりゃ知ってるわよ、センスの欠片も無いクソ企業だからね」

 アウルは元から言葉遣いが綺麗なわけではないが、ヒューマンリノベーションの事を話す彼女の言葉には強い軽蔑の色が見える。
 
「そもそもねえ、アンドロイドなんてくっだらないのよ。何だってわざわざ人間に似せるわけ? 人間なんてそこらに山ほどいるのにさ、どうせ鋼を使うならロボットを作るべきなのよ。うちにある奴みたいなね」

「はあ……」

 アウルはロボット、とりわけSFMが大好きだ。
 人間に扱えない銃器、黒光りする体躯、様々な形態やオプション等々それらを語らせたら二時間や三時間では終わらない。
 更に付け加えるならば、彼女は泥臭いスタイリッシュな機体をあまり好まない。

 バグウェットと戦ったスケアクロウのような、スマートさや細い機体ではない物を好む。実弾、武器腕、質量兵器に重装甲、見かけのだけの格好良さよりも兵器としての無骨さが好きなのだ。

「あいつらにはロマンが足りない、鉄クズを使って人間の模型を造って喜んでるガキと一緒。鉄や鋼を使うなら人間を超えなきゃならない、力も形もね」

「なる……ほど?」

 正直言ってシギはアウルの話をあまり理解できてはいない、いや正しくは言ってる事は分かるがそのロマンだとかそういう曖昧な物を理解できていない、と行った方が正しい。

 シギにはSFMや兵器をかっこいいといった視点で見る感覚が無い、SFMは味方にいれば頼もしいし敵にいれば厄介な存在という認識で、兵器や武器もただの道具という感情しか湧かない。
 
 だからアウルの話も当然聞いてはいたが、彼女の熱量を正しく理解する事はできなかった。

「ま、そういう点ではあんたも少し似てるかもね」

 アウルはちらっと後ろを見ると、左手を動かしながら右手で自分の目を指して見せた。

「その目、それをあんたに付けた連中もロマンが足りない。大人しく狙撃用兵器を造れば良かったのに、コスト削減と人型に執着しすぎた」

「そういう話、僕の前で普通します?」

「悪いけど気遣いは仕事の範疇外だから、優しくしてほしいなら金でも払ってその辺の奴にしてもらって」

 無神経極まりない発言、最初こそ驚いたが何回か会えばそれにも慣れる。
 シギはため息を吐きながらも、そこまでアウルの言葉を気にしてはいない。確かに望んだ力では無い、だがそれも今の自分を形作る重要な要素だという事を理解しているからだ。
 
「しっかしあんたもさあ、何であんな奴とつるんでるわけ?」

「というと?」

「はっきり言ってさ、あんたはあいつと釣り合ってないと思うわけよ。もっと相応しい相手がいると思うんだわ」

 のらくらと何が言いたいのか分からない事をアウルは言う、彼女がシギと会うのは今日で四回目だがこんな話をしだしたのは今日が初めての事だった。

「つまりさあ、よくあんな無能な奴の下で働けるなって話よ」

「無能……ですか」

「そりゃあ腕っぷしが立つのは知ってる、スケアクロウ|《うちの》を相手取ってあそこまで立ち回れる奴はそうはいないでしょうよ。でもそれだけ、思考は古いし無駄も多い、どうせ生活だってロクなもんじゃないんでしょ?」

 シギは黙ってアウルの話を聞いていた、一体彼女が何を言おうとしているのか。
 それを理解するにはまずは余計な自分の言葉を入れず、彼女の言葉だけを聞き、そして千度は頭の中で反復しなければならないと考えていたからだ。

「才能のある奴が才能の無い奴に使い潰される、これって結構な悲劇なわけ。あたしも馬鹿に使われるのが嫌で今みたいな感じになった、あんたもそうしたら? って事。あいつの面倒を見るのはあの鈍そうな新しい子に任せてさ」

 部屋にはアウルがキーボードを叩く音だけが響く、少し埃っぽい空気が漂う部屋に彼女の埃に似た軽い言葉が混ざり込んだ。

「あんたが良けりゃここで面倒見てやってもいい、あいつよりは待遇良いと思うよ。これはあんたを買ってるからの提案、どう? バケモノ目玉君」

 全ての言葉を聞き終わった後、少し俯いていたシギは顔を上げた。
 その顔には怒りや悲しみといった表情は見えない、普段通りいつもと変わらない人当たりの良い小さな笑みを浮かべてさえいた。

「アウルさん僕はね、あなたの事けっこうすごい人だと思ってるんですよ。あなたの言う通りバグウェットがあんな感じですからね、電子機器を扱うのはもっぱら僕の役目なわけで少しは知識もある。だからこそあなたが僕よりもずっと優秀な人だってのは分かるんですよ」

「へえ、そりゃどうも」

「でもね、僕が一番あなたをすごいと思う所はそういう所じゃない」

「どういう所? 教えてよ」

 アウルの表情も変わらない、人を食ったような小馬鹿にしたような笑みを浮かべたままキーボードを叩きづづけている。
 シギの放つ棘のような鋭い空気、それに気付いているにもかかわらず。

「人が言われたくない事、言ってほしくない事。相手の地雷を絶妙に踏み抜く所ですよ、それも相手を気遣ってとか無意識にじゃなく狙ってそれをする所、本当にすごいと思いますよ」

「へへえ、それはあいつも持ってる力なんじゃないの?」

「あの人はあなたほど、悪意に塗れてませんよ」

 アウルのキーボードを叩く手が止まる、椅子をギイギイと鳴かせながら彼女はシギの方へ体を向けた。
 
「けっこう苛ついてるみたいじゃない、おーけ。それでこそこっちもやりがいがある」

「いつものですか……いいですよ、僕も少し溜まっていたところですから」

「そう、なら思いっきりやってもらおうじゃないの。文字通り、思いっきりね」

 アウルは口角を上げ、笑みを作る。
 椅子を軋ませながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ俺はここまでだ、後は大丈夫か?」

「うん、何とかする」

 ヒューマンリノベーションの正門からやや離れた所で、バグウェットはリウと話していた。
 結局リウの抜けた腰は最後まで戻らなかった、重い重いと文句を言いながらもバグウェットはどうにか彼女をヒューマンリノベーション本社近くまで運んで来ることに成功した。

 バグウェットはできる事なら中まで送りたいと考えていた、だが昨日の今日では門前払いをくらうのがオチだ。そのため仕方なく門の近くで彼女を下ろし、そこからは一人で行くようにと話をしていた。

「とりあえず何かあったら連絡しろ。気のせいでもいい、やばいと思ったらすぐにな」

「分かった」

「ならいい、じゃあ後は面会が終わったらな。迎えに来てやっから」

 その言葉に頷き、リウは正門に向かって歩き出した。
 間違いなく一筋縄ではいかない企業、そこにリウを一人送り込む事にバグウェットは抵抗があった。
 遠回しにリウには行かない方がいいと言ったが、背中で腰を抜かしているくせに彼女の意思は固く、どうしても行きたいと言って譲らなかった。

 バグウェットは少しずつ小さくなっていくリウの背を見送り、自分もまたパトリックの会社に向かって歩き出した。

「……卑怯者だな、俺は」

 一人で行かせたくはない、だがリウの意思も尊重したい。
 だから彼は自分に言い訳をするために、あえてリウに本当に行くのかと尋ねていた。もし何かあった時に、自分を慰めるためにだ。

『だからあのとき止めたのに』

 そう自分の中で言い訳できるようにだ。
 そんな自分の薄汚さ、弱さにほとほと呆れながらバグウェットは歩く速度を上げた。

 
「こ、こんにちは……」

「ようこそ、ヒューマンリノベーションへ。あら? あなたは……」

「どうも……」

 騒ぎを起こした次の日に再びノコノコと現れる、よくよく考えれば相当無謀だったとリウは心の中でため息を吐いていた。
 もしかしたら会う会わないどころの話ですらないかもしれない、リウはとにかく相手に悪いイメージをこれ以上与えないために深々と頭を下げた。

「今日はどういったご用件で?」

「ええと、エル・オーラスさんに会いたいんですけど」

「なるほど、でしたらどうぞ。以前と同じようにエレベーターを使ってください」

「はい……ってええ!? いいんですか?」

 あまりにもあっさりとした対応、昨日の事を考えれば摘まみだされる事もありえると考えていたというのに。
 受付嬢は昨日と変わらない笑顔のまま、彼女をエレベーターへと導いた。

「本来であれば面会はお断りさせていただきますが、騒ぎを起こしたのがお連れ様であるという事ともう一点。エル様ご本人があなたとの面会を希望されていますから」

「ほんとですか!?」

「はい、昨日の女の子が来たら中に入れてあげて欲しいと」

 受付嬢に頭を下げ、リウは昨日と同じルートを辿る。
 鉄の扉を抜け、道行く人々に頭を下げながら彼女はエルのいる部屋を目指して歩く。
 そして辿り着いた彼女の部屋の前で、リウは呼び鈴のボタンを恐る恐る押した。

『はい……どちらさま?』

「こ、こんにちは。昨日の……」

『ああ、ちょっと待っててね』

 少しして扉がゆっくりと開く、昨日とあまり変わらない様子のエルがリウを出迎えてくれた。

「いらっしゃい、どうぞ上がって」

「し、失礼します」

 促されるまま、リウはエルの家へと足を踏み入れた。
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