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第二章 機械仕掛けのあなたでも

二十三話 イーチゲットオーバー

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 バグウェットたちは受付の前まで引き戻され、警備員と先ほどの担当者の男に厳しい注意を受けた。
 特にバグウェットは今回の件の責任を問われ、今後一切の敷地内への立ち入りを禁じられてしまった。本来ならもっと大事になるところだったが、シギとリウが彼をメタクソに悪く言った挙句、少しネジが外れている人だと説明したことでこの程度の処罰で済ませてくれたのだ。

 三人は入り口を出ると、夕食を食べようという話をしジーニャの店に向かって力なく歩き出した。
 時刻はすでに四時を回っており、空も赤くなり始めている。

「ほんっとにあなたという人は……! 後先考えないで話をするからこういう事になるんですよ!」

 この三人の中でシギはいつも中立的な立場を取っている、怒鳴られるのはバグウェットで怒鳴るのはリウ、そんな構図が出来上がってきていた中で彼は珍しくバグウェットに対して怒りを露わにしていた。

「悪かったって、そんな怒んなよ」

 後ろをノロノロと歩いていたバグウェットが気だるげに呟くと、前を歩いていたシギは早歩きで戻ってきて彼の胸倉を掴んで引き下ろした。
 
「今回の依頼が失敗したら支払いとかどーするんですか!? 電気代、食事代、水道代に武器の整備費、色々あるんですよ!?」

「わ……分かってるって」

「分かってません! バグウェットはなんにも!」

「悪かったよ……」

 その剣幕に引き気味にバグウェットが謝ると、ようやくシギは彼の胸元から手を離した。そして彼に恨みのこもった眼差しを向け、足元も荒く歩き出した。

「珍しいわね、シギ君があんなに怒るなんて」

 コソコソとリウはバグウェットに話しかける、彼は胸元の乱れたシャツを直しながら少し怯えた様子でリウの顔に近づいた。

「経理とか全部やらせてるし、それにあいつ溜め込むタイプだからちょっとるのかもな」

「なるほど……」

 コソコソ話をしているとシギが振り返り二人を睨む、二人が引きつった笑顔で手を振ると呆れたようにまた歩き出した。
 少し遅れて二人も歩き出す、バグウェットはしばらく煙草を吸っていないせいか顔色があまり優れない。シギはまだ許してはいなかったが、怒りはすでに収まり表情は先ほどよりも少し柔らかくなっている。

 リウは先ほどの事を悶々と考えながら、道を歩く。
 なぜバグウェットはああも強い言葉を使ったのか、リウの時もそうだったが彼は相手が言ってほしくない言葉を、的確に強い言葉で言うという全く羨ましくない特技がある。シギは不器用な人だ、とリウに対しては説明していた。

 だがそれでももっと上手く言えないものか、そう思わずにはいられないバグウェットの物言い。
 何が彼にそこまで強い言葉を使わせるのか、まだまだリウは彼の事を知らない。


「ジーニャさん! もう一杯お願いします!」

「はいはい」

 またしても店を開ける前の来店、文句を一つ……いや百ほどバグウェットにぶつけた後にジーニャは彼らを店に招き入れてくれた。
 シギは今までの憂さを晴らすように特性ドリンクを飲みまくり、リウはその隣でオレンジジュースをちょびちょびと飲んでいた。
 バグウェットは二人を店に入れると同時に、喫煙所へ向かって走り去ってしまっていた。

「ふーん……そんな事が、それは大変だったわね」

「ほんとですよ! あの人は本当にそういう事がへったくそですからね!」

 シギは荒れた様子のまま、ドリンクを持ってカウンターから離れ一人で隅の席に座ると、ぶつくさと文句を言いながら一人飲みを始めた。

「あらあら、今日はずいぶんご機嫌ナナメね」

「何でも支払いが色々あるらしくて、今回の依頼の報酬でそれを……」

 リウがそう言うとジーニャは納得したように手を叩く、それならばシギの乱れようも納得できた。

「なるほど、ならあいつが悪いわね。シギ君たまーにああなるの、そっとしといてあげて」

「はい……」

 リウの頭には先ほどのエルの姿が鮮明に焼き付いていた、大事な人の死を受け入れられず、たとえ紛い物だと分かっていてもすがってしまう彼女の姿が。
 それをリウは悪い事だとは思わない、彼女もいまだにきょうだいたちの死を完全に受け入れられたわけでは無く、時折あの笑顔や声を思い出し胸が締め付けられたり、夜中に悪夢にうなされ汗みずくで飛び起きる事もある。

 だからリウは彼女を否定しない。
 もし同じ姿形をした、自分の知るきょうだいたちと全く同じ動きや喋り方をするアンドロイドを見たら、リウ自身もそれに泣きつき離れられなくなってしまうかもしれないからだ。

「悩み事?」

 ジーニャはリウのグラスに氷を入れ、追加のオレンジジュースを注ぐ。
 長く人と付き合ってきたジーニャは、リウが何か悩みを抱えている事を一瞬で見抜いていた。

「良かったら話してみない?」

「……私には分からないんです、エルさんを本当に連れ戻すべきなのかどうか。きっとあの人の幸せはあそこにあって、外には無い。だったらあそこで暮らすのもありなのかな……って」

「ふむふむ、なるほどね。じゃあバグが間違ってるって事かな?」

「それは違います! ただそういう道も……あるのかなって」

 落ち込んだリウを見て、少し意地悪がすぎたかとジーニャは反省していた。
 リウはバグウェットの言葉を否定する気は無かった、むしろ彼の言葉を正しいとさえ思っていた。だが、だからこそ彼女は悩んでいたのだ。

 バグウェットの言葉は正しい、バーウィンは確かに死んだ。エルがやっている事は言ってしまえば人形遊び、現状維持でしかない。
 その悲しみを乗り越え、前に進むことができればそれが一番いいという事はリウにも分かっている。
 だが全ての人間が等しく悲しみを乗り越えられるか、その答えはNOだ。
 すぐに切り替えられる人間もいれば、何年もそれこそ死の間際まで悲しみを引きずる人間もいる。悲しみに耐えきれず、故人の後を追ってしまう人間もいる。

 たとえ紛い物でも、偽物だとしてもそれと共に生きる事で幸福に生きられるのなら、今のエルの状態を認めるべきなのかもしれない。
 バグウェットの言葉も、エルの現状も理解した上でその相反する在り方についてリウは頭を悩ませていた。

「ジーニャさんは、バグウェットとエルさんのどっちが正しいと思いますか?」

 ジーニャは少し悩んだ後、グラスを取り出しウイスキーを注ぎだした。
 半分くらいまで注がれたウイスキーを一口飲み、彼女は小さく笑う。

「私もそれなり生きてきたから、色んな奴と会った。そしてその分だけ別れもあったよ」

「その人たちにもう一度会いたいとかは、思わないですか?」

「ぜんぜん、だってみんなどっかしらろくでもない奴らだったしね」

 そう言ってジーニャはころころと笑い、唖然とするリウを見ながらウイスキーをまた二口ほど飲む。

「でも面白い奴らだった、本当にろくでもない楽しい連中ばっかりだったよ。それでね、死んだ後にそいつらが店に来なくなって思うの、『ああ、もう少し話しておけばよかった』ってね」

 ジーニャはまたウイスキーを口に運ぶ、小さく笑いながらもその目には見た事の無い彼女の友人たち。
 いいや、友人と呼べるかどうかも分からない浅い関係の粗暴で、ろくでなしで、面白い人間たちの姿が映っている。

「だから私は悲しまない、少しでも後悔しないように今いる馬鹿たちと楽しく過ごす。それが私なりの乗り越え方」

「えーっと……その……つまり?」

「つまり正解は無いって事、だから今はそう難しく考えなくて大丈夫だよ」

 ジーニャはついつい回りくどく話してしまった、難しく考えなくて大丈夫と一言だけで事足りる話だった。
 だが彼女はリウに、あまり話さない自分なりの死の乗り越え方を話してしまった。それは会って間もない人間の身を本気で案じている、彼女の姿に心動かされたからに他ならない。
 
 リウは、ジーニャの言葉にとりあえず安心しジュースを飲む。
 
「でもどうしてバグウェットは、あんなに怒ったんでしょうか?」

「あいつは知ってるから、大事な人を失う痛みもそれと向き合う怖さもね」

 ジーニャはそれ以上は何も言わず、静かにグラスのウイスキーを飲み干した。
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