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第二章 機械仕掛けのあなたでも

二十一話 ビジットカンパニー

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「ではこちらへ」

 男に案内され、三人は奥へ奥へと進む。
 不気味なほど人の気配のしない廊下を進み、渡り廊下を渡って四人は別館へ移動する。先を歩く男に続いてエレベーターに乗り込むと、それは地下を目指して下り始めた。

「あ、あのー」

「はい、どうされましたか?」

 重苦しい空気の中でリウが口を開く、男はリウの方に向き直り彼女の言葉の続きを待った。

「この先にエルさんがいるんですよね?」

「はい、いらっしゃいますよ」

「その……何をしてるんですか?」

 父親が人探しの依頼をバグウェットたちの所へ持ってくる前に、いくらでも言いようはあったはずだ。それもこうも簡単に会えるならば、自由が利かない身というわけでもないはず。
 にもかかわらずなぜ彼女は父親に黙って姿を消したのか、それがリウは不思議だった。

「当社の業務内容は御存じですか?」

「いえ……すいません」

 そう答えたリウの前で、エレベーターの扉が開く。
 開いた先には、また廊下が長く長く伸びていた。

「もう少し時間がかかります、大変恐縮ですが歩きながらご説明させていただきます」

 こうして男は自分たちの会社、ヒューマンリノベーションについて説明を始めた。
 この会社の業務は、客からの注文を受けアンドロイドの生産・販売を行うというものだ。そういった会社はいくらでもあるが、ヒューマンリノベーションは大量生産品ではなくオーダーメイドでアンドロイドを作成している。

 他企業のような見た目がほとんど同じアンドロイドではなく、容姿や声、性格、細やかな仕草まで客の望むアンドロイドを作るのが彼らの仕事だ。

「やはり多いのは亡くなった家族、恋人などの作成を依頼する方々ですね。皆様がお探しのエル様も、亡くなった恋人を蘇らせて欲しいと我が社に」

「そうだったんですか……」

 リウは大事な人を失う事がどれだけ辛いかを知っている、彼女もまた幼いきょうだいたちを失っているからだ。
 だからこそ彼女にはエルの気持ちが痛いほど分かる、理不尽に心の支えを奪われ彼女が感じた苦痛は並大抵のものではない。彼女とてバグウェットたちがいなかったとしたら、そういったものに頼ってしまっていたかもしれなかった。

「エル様の願いを受け、我々は彼女の恋人であるバーウィン様のアンドロイドを作成しました。そしてその対価として、我々のデータ収集に協力していただいています」

「データ収集?」

 話しているうちに四人は大きな扉の前に着いた、男は扉の横にある端末を使い、網膜認証と指紋認証を行う。

「我々が作りたいのはお客様の笑顔、そして完全なヒトでございます」

 鋼鉄製の白い扉がゆっくりと開いていく、徐々に開きだした扉の隙間から漏れ出た明かりに目を細めた三人が見たのは、広く巨大な施設の姿だった。
 太陽の光を取り込むための大きく透明な筒、それを中心として円状に造られた廊下、それにそって一階あたり二十ほどの部屋が並んでいる。
 リウが目線を上へ上へと動かしていくと、彼女の首はこれ以上動かないという所までいってしまった。

「ここではおよそ三百人が生活しており、各部屋には一通り生活に必要な設備が備えられています。またそれ以外でもあらゆる嗜好品も、要望があれば可能な限り受け付けています」

 三人が各所に目をやると、廊下を連れだって歩く恋人や、家族、老夫婦など年齢を問わず多くの人間がいる。

「一階には食料品やその他の生活必需品売り場、二階にはアミューズメント施設、三階には中心の筒から取り込んだ太陽光を使った緑豊かな公園などその他にも様々な娯楽施設を取りそろえており、外の生活環境に非常に近いものとなっております」

「すご……」

「もちろん売り場と称していますが、実際にお代は頂いておりません。あくまで代金を払う振り……という事になっております」

「でもどうしてこんな施設を?」

「私たちが作るのはどうあがいても紛い物、ですがここで普通の人間のように生活をし、喜怒哀楽の感情を依頼者様と共に育むことでより彼らは現実味を増していく。そのためのデータ収集なのですよ」

 男はエルの部屋番号と階を教えると、次の仕事があると言って去って行った。
 教えられた階は十三階、彼らのいる場所から三つ上の階だ。そこを目指して歩き出したが、バグウェットとシギはあの男に会ってから何も話さない。
 いつもなら、余計な口の一つでも挟みそうなものだというのに。

「ね……ねえ、どうして二人ともそんなピリピリしてるの?」

「えーとですね……その」

「気持ち悪いんだよ、ここ」

 リウの質問に答えづらそうにしていたシギに代わり、バグウェットは心底うんざりしたような、同じ相手から同じ話を二十回は聞かされたような顔をして喋った。
 シギもその言葉には出さないが、内心バグウェットの言葉に同調しているような素振りを見せた。

「気持ち悪い? 何が?」

「見ろよ、歩いてる奴らの顔。どいつもこいつもニッコニッコしやがって、気味が悪くてしょうがねえよ」

「どうして? みんなが笑えてるなら、それは良い事なんじゃないの?」

 説明するのが面倒くさそうにため息を吐き、バグウェットはシギに目線を送る。
 その視線には『お前が説明してくれ、俺はもうめんどくて無理』という意味が含まれていた。

「リウさんは笑ったり怒ったりしますよね?」

「そりゃそうよ、人間だもの」

「そうですよね、もう一つ聞きますけどリウさんって一日中ずーっと笑ってられますか?」

「え? それは……無理かな、やっぱり気分の上がり下がりってあるから」

「じゃあそれを踏まえて、もう一度周りを見てください。この施設を歩いてる人の中に、はどれだけいますか?」

 リウはその言葉に従い、施設内を歩く人々の表情を見る。
 下の階を歩く夫婦、すれ違い頭を下げて行ったカップル、後ろを歩いていた家族、その全員の顔には幸せそうな、絵に描いたような笑顔が貼りついている。

 先ほどの男は、ここで三百の人間が生活していると言った。
 彼女の目に映った人間の数は、すでに三十を超える。
 それだけの人間が集まって、その全員が同じような笑みを浮かべている事がそうある事だろうか。一人か二人は、それ以外の表情を浮かべてもいいのではないだろうか。

 だがここでは違う、道行く全員が同じような笑みを浮かべて生活している。
 それは違和感を覚えずにはいられない、背筋が寒くなるような異様な光景だった。

「分かりましたか? そういう事です」

 顔を青ざめながらリウは静かに頷く、先ほどまで何も感じていなかったが一度気付いてしまえばもう無視はできない。
 底知れぬ気味の悪さから、リウはシギとの距離をさりげなく詰めた。

「十三のC……ここだ」

 三人は教えられた部屋の前に立つ、この部屋にエルが住んでいるはず。
 バグウェットは、白い鉄の扉を叩いた。
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