神よりも人間らしく

猫パンチ三世

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第七章 期末試験

五十五話 透明な夏に向けて

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 マガズミと出掛けてからテストが終わるまでの日々は、光の速さで駆け抜けた。
 週明けのテストはどうにかなるだろうと勉強をしながらも、洋平は甘く見ていた。だが実際は先週のテストと同レベルの範囲、もはや教師たちは悪ふざけでテストを作っているのではと疑いたくなるような、恐ろしいレベルのテストだった。

 洋平は他の四人と放課後に勉強を重ねながら、どうにかテストに食らいついた。いつももう少し余裕のある太一ですらあまり余裕が無く、雄一は文字を詰め込みすぎたのか教室の片隅でロッカー相手に打ち込みを始め、鉄太に至っては頭から時々煙のような物が上がっていたような気がした。

 一輝もそういった奇行に走らないものの、やはりフラストレーションは溜まっていたらしく消しゴムで文字を消そうとして勢い余ってノートを破いた時は目が血走っていたように洋平には見えた。
 だが夏休みを勝ち取るため、彼らは懸命に勉強に打ち込み結果はともかくテスト期間をどうにか走り抜ける事ができた。

「じゃ……テスト終了を祝って……乾杯!」

『乾杯!』

 鉄太の声に合わせ、五人はグラスを軽くぶつけ合う。
 今日はテスト終了を祝い、ファミレスで五人は慰労会を開いていた。五人は乾杯が終わるとメニューを開き、頼みたい料理をそれぞれ決めていく。

 注文を終え、五人は先に頼んでいたフライドポテトへと手をのばした。

「いやー色々あったけど無事に終わって良かったぜ」

「お前が言うとシャレにならねえなぁ、俺たちはマジでやばいと思ってたんだぜ?」

 雄一の言葉に隣にいた一輝と洋平は、深く深く頷く。あれから太一と鉄太が揉める事は無かったが、それでもまた何かあるのではと思う三人がいた。
 だがそんな心配を他所に鉄太と太一の関係は特にわだかまりを残すでもなく、完全に修復されたらしい。

「それでどうなんだよテストの方は、みんな赤点回避できそうなのか?」

 洋平の言葉に全員が口をつぐむ、この中に自分は大丈夫と自信を持って言える者は一人としていない。
 今回のテストはそれほどまでにきつく、苦しかった。すでテスト期間中から勉強を投げ出している者も多く、テストが終わった喜びよりも後から帰って来るであろう自分の無惨な答案用紙を想像し、多くのクラスメイトがため息を吐きながら家へ帰っていった。

「ま、まあ何とかなるだろ。とりあえず終わったんだ、今は楽しもう」

「そうだな、そうしよう」

「い、いえーい」

 無理にテンションを上げようとする彼らの声が、しなびてきたポテトに染み入る。なぜだかいつもより塩味が効きすぎているような、そんな味のポテトだった。

 
 とはいえ料理が届き、腹が膨れ、勉強以外の話をしていれば次第にテンションも上がる。
 それぞれが自分の前に置かれた皿の料理を半分ほど食べ終わる頃には、五人はすっかり上機嫌になっていた。

「ほういやよ、夏休みはぼうふる?」

「鉄太、口の中に物入れたまま喋んな」

「そうだなあ……ありきたりな所だと海とか行ってみたいよな」

「いいな海、あー……でも部活の合宿あるし泊りがけとかは無理かもな。ほとんど練習ばっかだし」

 話をするうちに海に行くことはほぼ確定したが、部活の無い一輝や洋平、練習がゆるい鉄太や太一と違い雄一の柔道部は近々行われる大きな大会に向けて練習詰めだった。
 それでも夏休み後半には時間が作れるらしく、海に行くのは雄一の日程に合わせる事になった。その他にも中盤には夏祭りもあり、五人は楽しい休みになる確信があった。

 その後は他愛も無い話を重ね、五人は楽しみながら時間を過ごす。
 洋平はグラスが空になったため、ドリンクバーへ向かった。彼らはファミレスの一番奥のテーブル席に陣取っていたため、ドリンクバーが遠い。それなりの広さの店内を歩きドリンクバーが見えた時だった。

 見覚えのある後姿、人違いかと思いながら近づくとそれは彼が最初に想像した相手だった。

「どうも」

 美羽は洋平に気付くと軽く声を掛けてきた、特にこれといった感情は無くただ知り合いに会った時のようなテンプレートな挨拶だった。
 
「先輩も打ち上げですか?」

「友達とね、そっちも?」

「舞とですよ、まあ打ち上げってよりかは別件ですけど」

「別件?」

「まあ……色々あるって事で」

 この日は打ち上げというよりも、舞が描いた恋愛小説の試し読みをするために美羽は彼女とファミレスを訪れていた。
 美羽は時々だが舞の描いた小説を読ませてもらっている、初めは驚いたが色んな人の意見が聞きたいと言ってきた彼女の熱意に負け、美羽は彼女の小説を読み始めた。
 元から小説はたまに読んでいたため、美羽にとってそれは苦にならなかった。

 また舞の書く小説は中々に面白く、最初に読んでからは美羽が自分から読ませて欲しいと頼んでいる。
 彼女が舞の小説の話を洋平にしなかったのは、舞が自分が小説を書いている事をあまり周りの人に知られたくない事を彼女が知っているからだ。
 美羽に初めて小説を書いている事、そしてそれを読んで欲しい事を伝えるのも舞にとっては途方も無い冒険だという事も彼女は知っている。

 だから彼女は、洋平に小説の事を伝えなかった。

「じゃ、戻ります。とりあえず、テストおつかれさまでした」

 頭を下げ、特に名残惜しくも無さそうに美羽は席へ戻っていった。
 洋平もこの偶然に驚きはしたが、すぐに先ほどまでの会話を日常へと変え注ぎ終わったグラスを持って席へと戻る。

 洋平が席に戻ると、四人は夏休みの事について楽し気に話をしていた。彼も座るとその輪の中へ自然に、抵抗なく入る。

 恐らく、いやきっともう二度とこない子供の時よりも熱く、大人が見ている夏よりも少しだけ透明な夏が始まろうとしていた。




 
「どうでしたか?」

「それ、わざわざ聞くかい?」

「これは失礼を」

 選択者の亡骸の前で、透は少しわざとらしい呆れ顔を作って笑う。
 彼は答えを求め戦い続けていたが、未だ望む答えは得られていない。同じ質問を繰り返し、どれだけ戦いと亡骸を積み重ねても答えは出ない。
 洋平の時のような、心打つような言葉を彼はまだ聞けずにいた。

「彼の神は? もういないのか?」

「ええ、途中で負けを確信したのでしょうね」

「それは残念だね、少し話をしてみたかったんだけどな。君もだろ?」

「いえ、私は構いませんよ」

「そうなのかい? てっきりマガズミちゃんやベローチェさんと親し気に話していたから、みんなとそんな感じなのかと思ったんだけどな。もしかして……デジャスタってけっこう俗っぽいのかな?」

 からかうような言葉にデジャスタはくっくと肩を揺らして笑う、怒るでもなく否定するでもない。
 面白い、というような笑いだった。

「ベローチェとは少し付き合いがありましてね、マガズミはまあ……少し特別ですから」

「……特別?」

 その言葉の意味を聞こうとした透の口を、夜に響く拍手が止めた。
 ぱん、ぱん、ぱんと一定のリズムで叩かれる手。音の出所である暗闇に、四つの目が向いた。

「いやすごいね、さすがとしか言いようがないよ」

「誰だ?」

 暗闇の中から聞こえてきたのは男の声、その声の主は透とデジャスタを見て口角を上げた。

 洋平はまだ知らなかった。
 すでにこの世界の喉元に、誰かが指を食い込ませている事を。
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