神よりも人間らしく

猫パンチ三世

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第五章 見えない隣人

二十六話 指示待ちマニュアル神

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 マガズミが捕まえた着物の少女は、洋平の部屋にある椅子に体を縛り付けられていた。きつく縛られた縄のせいで、少女は身動き一つできない。
 洋平はもっと少女が抵抗すると思っていたがそんな様子は無く、暴れるどころか表情すら変えず大人しく縛られている。

 腰まで伸びた黒髪、ガラス玉を埋め込んだような大きな黒い目は美しいが、生物的な生気を感じさせる目ではなく無機質な印象を受ける。
 顔はまだ幼く、マガズミよりも年は下に見えた。

 少女は、一切の感情が見えない黒い瞳で洋平を見つめていた。
 姿形は間違いなく人間だというのに、その瞳は今まで彼が見た誰よりも人間の物では無かった。最初に見た時は美しく思えるが、長く見続けているとじわじわと目の前の生き物が、ひどくおそろしくおぞましく思えてしまうような、人によく似た何か。
 彼はそっとその瞳から目を逸らす、目の前の少女の姿がまだ人間だと思える内に。

「……こいつ、どうする気だよ?」

「決まってるじゃない、たのしいたのしい尋問タイムよ」

 目をギラギラとさせながら、マガズミは少女に迫る。洋平の机の卓上ライトの光を、少女の顔に思い切り浴びせた。 
 その様子を見ていた洋平は、いつか見た刑事ドラマの取り調べのワンシーンを思い出していた。

「名前は?」

「……サグキオナです」

 マガズミの問いに、やや遅れて少女は口を開いた。
 透き通った、ガラスのような声。少女の瞳と同様に、そこからは一切の感情を読み取る事ができない。
 
「名前に心当たりは?」

「無いわ、初めて聞いた。まあ新参って事ね、そうでしょ?」

「はい、私がキリング・タイムに参加するのは今回が初めてです」

「なら私は先輩ってわけだ、これから私の事は先輩って呼びなさい」

「分かりました、では名称を先輩に変更します」

「よろしい」

 ほとんど話が進んでいないにも関わらず、マガズミは先輩と呼ばれどこか満足そうに笑っている。
 その様子を見ていた洋平は、こんな調子で大丈夫なのかという思いといくつかの疑問が浮かぶ。サグキオナはこの戦いに参加したと言った、それは過去にもキリング・タイムが行われていたという事、そして先輩とマガズミが呼ばせたという事は、マガズミは過去のキリング・タイムに参加していたという事だ。

 一体マガズミは何度キリング・タイムに参加したのか。
 その時に担当した人間は、どうなってしまったのか。

「じゃあ聞かせてほしいんだけど、あいつの能力って何?」

 新たな疑問に頭を悩ませていた洋平をよそに、マガズミは質問を続けている。
 
「分かりません」

「あいつの願いは? 贄は何を差し出したの?」

「分かりません」

 マガズミの質問にサグキオナは淡々と分からない、とだけ答える。
 嘘を吐いているのか、それとも本当なのか洋平には分からない。だがマガズミは、何となくだがこの返答を予測していた。

「なあ、こいつ嘘ついてんじゃねえのか? 能力はまだしも、願いや贄も分からないってのはさすがに嘘だろ」

「かもね、でもそうじゃないとしたら?」

「どういう事だ?」

「こいつは嘘をついて無いって事」

「……まさか」

「こいつはあの宇佐美って奴と契約してない、野良って事よ」



 縄を解かれ、サグキオナは真顔のまま体をぐっと伸ばす。
 洋平は釈然としないまま、縄をまとめている。その横でマガズミは気だるそうにベットに腰掛け、もう一度サグキオナを見た。

「まさかとは思ったけど、あんたやっぱりまだあいつと契約して無かったんだ」

 マガズミは話を聞く前から薄々そんな気はしていた、一輝の取った不可解な行動やサグキオナに全く意識を向けない彼の態度から、二人が契約していないのは可能性の一つとしてはあった。
 
「はい、初めて会った時に参加を促しましたが断られてしまいました」

 サグキオナは神として一輝にキリング・タイムについて、その参加に必要な贄と願いについてしっかりと説明した。
 だが一輝は硬い表情を崩すことなく、参加を拒絶した。迷いの無い毅然とした態度に何も言えず、サグキオナは引き下がった。

「って事は……宇佐美は何の強化も受けてない体で、あの選択者をボコしたってのか!?」

「そうなるわね」

「あり得るのか? そんな事が?」

「あり得るも何も、アンタは実際に見たじゃない。あれが事実で現実よ」

 本来は強化された肉体を持つ選択者と、普通の人間では身体能力に大きな開きがある。だが元々の選択者になる以前の肉体が貧弱であれば、それを強化したところでたかが知れている。鍛錬を積み、才能ある人間ならば一定数の選択者には理論上は対抗できる。だからこそマガズミは、草原での練習時に洋平に体を鍛えるように伝えていた。

 とはいえ普通の人間ならば選択者に勝てるはずが無い、加えて一輝が戦った男は体格も大きく元々の肉体も優秀だった。
 そんな男が選択者となったのなら、一輝には万に一つも勝機は無かった……はずだったのだが、実際は男は攻撃を当てる事もできず敗北した。
 それは一輝の鍛錬と才能が、男を上回っていたからに他ならない。

 その事実は洋平だけでなく、マガズミですら驚いていた。
 過去にもマガズミは選択者に肉薄する人間を何度か見たが、あれほど圧倒的な戦いは初めて見た。もしあれだけの才能が選択者になっていたら、そう一瞬考えたがマガズミは自分の浅はかさに少し笑ってしまった。

「だったらなんでお前は断られたのに、宇佐美の後ろにぴったり張り付いてたんだ? 
別の奴の所にいけばいいだろ。どっかのアホみたいに漫画に気を取られた訳でもないだろうし」

 マガズミは今にも洋平に噛みつかんばかりの形相だったが、彼がそれを気にする様子は無い。
 洋平は一輝と少しだが話をし、これから良い友人になれるかもしれないという期待を持っていた。だが一輝が選択者である以上は、いずれ戦わなければならない。
 そうなった時の事を考えるのが、洋平は辛かった。

 だが選択者でないとするなら、そんな心配はいらない。
 サグキオナが一輝に固執する理由が無いのなら、早々に手を引いてほしいと彼は考えていた。

「ムカつくけどこいつの言う通りね、別にアンタにはあの宇佐美って奴にこだわる理由は無いんでしょ?」

「ありません」

 その問いにサグキオナは表情を変える事無く、二人に向かってはっきりと答えた。
 その言葉に洋平の表情は明るくなる、サグキオナが消えれば一輝が選択者になる事は無い。そして恐らく他の選択者に襲われる事も無くなるだろうと思ったからだ。
 
 事実、洋平の考えは正しい。今まで一輝が他の選択者たちに襲われたのは、後ろにいたサグキオナが姿を消す事もせず、不用心に付いて回っていたからだ。傍から見ればその姿は選択者にしか見えない、一輝の言っていた言いがかりをつけられる事が多くなったというのは、全てサグキオナに原因があった。

「なら別の奴の所にいけば?」

「別……ですか。それは具体的には誰を指しているのでしょうか?」

 キョトンとした顔のまま、二人の目の前の少女は答えを待っている。
 洋平はもちろんの事、マガズミですらこの状況を飲み込めていない。

「別の奴は別の奴よ、宇佐美にこだわる必要も無くてしかも断られたんなら、別の奴に声を掛ければいいじゃない」

「具体的に誰に声を掛ければいいのか、その指示を頂いてよろしいでしょうか?」

 二人は言葉を失っていた、洋平はもっと神とは自由な存在だと思っていた。
 選択者を探すという行為も、自由気ままに声を掛け断られれば次といった具合に行っていると。マガズミのように断られたにも関わらず、漫画に気を取られ別の人間に声を掛けそびれたのならまだしも、そういった様子はサグキオナには見られなかった。

 マガズミも自分の前にいる少女を、同じ神のようには思えなかった。
 キリング・タイムへの参加が初だとしても、ある程度の知識はあるはずだ。事実、一輝に戦いの概要は説明できたと言っている。だというのになぜここまで自分の意思が無いのか、それが疑問だった。
 
「おっけーおっけ、分かった」

「何がだよ」

 大袈裟に手を叩き、自分だけが納得したようにマガズミは笑う。
 一方の洋平は何が何だかわからず、ただただ困惑していた。

「こいつはただの素人、なーんの害もありゃしないって事よ」

「ほんとかよ?」

「ただの素人で指示待ちマニュアルちゃん、自分で何かを決める事ができない。ロボットとそう大差ない奴よ」

 立ち上がったマガズミは、椅子に座ったままのサグキオナを乱暴に撫でまわす。
 それに抵抗するでもなく、ただ無表情のまま少女は頭を撫で繰り回されていた。

「それはそれでいいとして、そいつどうするんだ? 宇佐美の所に返すわけにもいかないだろ」

「しばらくは私が面倒を見るわ、姿の消し方とか山ほど教えなきゃいけない事あるし。先輩としてね」

「……待て待て、それってつまりこいつが! これからここに! 居座るって事かぁ!?」

「そゆこと」

 洋平はマガズミが冗談を言っていると思いたかった、だが目の前のにやけ顔から本気で言っている事が分かってしまう。
 冗談じゃない、洋平はもう訳が分からなくなって泣き出しそうだった、テストを控えた大事な時期だと言うのに、厄介事の種をあろう事かもう一人抱え込むなど考えたくも無い。
 かといって一輝の所に戻れと洋平は言えない、マガズミがその辺りを理解している事は、頭を抱えて叫び出しそうな洋平を見ながらニヤつく顔から容易に想像できた。

「まあまあ、そう悩まない悩まない。とりあえずお風呂入ってきなよ」

 背中を押された洋平は力なく部屋を出て行き、部屋にはマガズミとサグキオナの二人だけが残った。
 
「じゃあそういう事だから、これからよろしくね」

「私はここに残り、先輩から様々な知識や技能を吸収するという事でよろしいでしょうか?」

「そうだけどさ」

 マガズミはサグキオナの前に移動すると、しゃがんで目線を合せる。
 金色の瞳と漆黒の瞳が重なる、マガズミの顔にいつものような笑みは無く、神として絶対的な存在の片鱗をその顔に覗かせている。

「あんた、どこまでこの戦いについて知ってるの?」

「どこまでと言われましても、ただ人間の願いを叶えるための戦いだとしか教えられていません。詳しい中身までは何一つ」

「本当に?」

「はい」

 マガズミの質問に流れるように答え、結局最後までサグキオナは表情一つ変えなかった。嘘を吐いているようには見えず、また上手に嘘が吐けそうなタイプでは無いと判断し、マガズミはいつも通りに笑みを作り立ち上がった。

「分かった」

 そう言ってマガズミはベットに横になる、目の前にいる幼い子供のような神はじっとマガズミを見ていた。
 先ほどのやり取りからだろう、サグキオナは少し身構えているようにも見える。その様子を見て、マガズミは横になったまま頬杖をつき小さく笑った。

「そう身構えないで、別に取って食いやしないわよ」
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