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番外編―本編の補完―

宵闇に浮かぶ月<その6>

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アシュレイの女好きは今に始まったことじゃない。その華麗なる女性遍歴だって、初恋から今に至るまで、私はパーフェクトに回答することが出来るだろう。何故そんなことを知っているかというと直接、本人から聞かされているからだ。
私だって、遊びでなく本気で、結婚相手を探しているのであれば、冷水を浴びせるような真似はしない。

なぜここまで、彼が恋愛に対して執念を燃やすのか不思議でたまらなかった。

もしかしたら恋愛が長続きしないことに、焦ってるのだろうか。アシュレイは、誰にでも愛想の良い青年だが、その内面はとても繊細で利己的だった。
来る者は拒まないのに、去る者は追わなかった。数撃てば当たるとでも思っているのだろうか、と疑問視せざるを得なかった。

恋人を欲しているはずなのに、心に触れる者を拒んでいる。彼の育った環境を考えれば、仕方のない事なのかもしれないが、傷つくのを恐れて本当の自分を見せないから、何時までたっても彼の心は燃え上がらない。
もしかすると陛下のように、愛し方がわからないのではないか、と感じることがあった。まさに『恋に恋している』状態なのだろう。
つまりは、恋愛以前の問題なのだ。これで元生徒でなければ、とっくに絶交しているだろう。傍から見ると、ただの女の敵だ。

「俺は、ずっと運命の人を探しています」

それこそ、見つけることが出来れば、毎夜のようにベットで愛しますよと語る彼を白い目で見て、ため息をつく。
そんな夜のプライベートな話は聞きたくない。

「あなたの将来の奥様に同情するわ」
「それを言うなら、先生はどうなんですか。いまだに浮ついた話のひとつも聞きませんけど?」
「……今はヴィオラが恋人なの」

アシュレイの発言に、グサグサと心が痛む。心中穏やかではないが、視線を外す程度に留めておいた。

そこには、気持ちだけでは白黒できない、大人の事情がある。
王妃様の教育係という栄誉ある仕事に任命されたのも、アシュレイとのコネがあったからこそだ。アシュレイと国王陛下との間には強い信頼関係があり、関係が悪化すれば今後の仕事にも差し障りがでる。

今解雇されるわけにはいかない。もはや私1人だけの問題ではないのだ。王宮から追放されたら、従妹が本来選べることのできるはずの、輝かしい未来の選択肢が狭まってしまう。
だから、その辺りはちゃんと線引きしている。……ハズだ。

とりあえずアシュレイとは、視線を合わさないで喋る。

「別に……お父様には告げ口しないわよ」
「そうじゃないんです」
「なら何なの」
「それは……ちょっと言えないんですが、俺のことで父のことを悪く思わないで欲しいんです」

とんだファザコンだ。

「なにはともあれ、ついてこないでくれます? あなたと噂になるのだけは嫌なの」

心配して損した。トンッとアシュレイの体を押して、舌でベッとすると、ようやく付いて来なくなった。
やれやれ。
あのバカ――
と思い出すと、過去に偶然見てしまったアシュレイとその彼女が致しているところが脳裏に輝く。

ボッと顔が赤くなった。
アシュレイには言ってない、というよりも気まず過ぎて言えないのだが、今のより過激なトコロを見てしまったことがあるのだ。

「あのぅ」
「きゃッ!?」

いきなり肩を叩かれて、ビクリと跳ね上がった。
予期せぬことに悲鳴を上げてしまった。慌てて振り向くと、これまた驚いた顔をしたアシュレイの父親がそこにはいた。
噂をすればなんとやら。

今日は厄日だろうか。

息子さんに、どんな教育をしたんですかと言いたくなったが、すんでのところで堪えた。

「今よろしいですか?」
「あ、はい。いきなり悲鳴あげちゃって申し訳ありません……」

消え入りそうに謝罪をすると、力ない笑みで、

「何せこの顔ですからね。女性の方には熊さんと言われてますよ」

慣れていますから気にしていませんと言われると罪悪感に駆られる。
きっとアシュレイは母親似なのだろう。
アシュレイの父親が、ひげ将軍と揶揄されているのも知っている。武骨な人で、髪も梳かしたことが無いんじゃないのかと思うほど手入れがされていない。見目は決して悪くないのに、服装や身だしなみで品格を落としてしまっている。

元農民だったというのが頷ける風体だった。 
功績を認められて爵位を与えられても、いまだに城内の畑を耕す変わり者だが、誰にでも慕われる朗らかな人だ。

「実は、相談事がありまして……その……ですね」

もじもじとしながら、ヘレンの好きなものとか、どんな方なのかを教えて欲しいと言われて、驚愕した。

「まぁまぁ! そうだったんですね! 私に出来ることでしたら、何でも聞いてください!」

ヘレンも苦労人だ。
先の戦乱で夫を亡くし、身寄りもなかった。もしかしたらヘレンに新しい家族が出来るかもしれない。素晴らしい良縁が舞い込んだと、私は興奮のあまり、彼の手を握ってブンブンと振った。
コブ付きではあるが、お似合いだと思って、すごく嬉しくなる。アシュレイの父は息子とは似ても似つかない紳士な人だ。以前からヘレンも彼のことが気になっている様子だった。

きっと両想いだろう。
まだ芽吹いただけのこの柔らかい関係を育てるために、微力ではあるが協力したいという気持ちが沸いてきた。

「実は、この度、アグルーン領を授けられましてな。近日中に行く事になったんですよ。だから、その前に告白をしたいなあと……」

彼が出ていくなら、その息子であるアシュレイも行く事になる可能性が高い。
アシュレイの顔が思い浮かんで、チクリと心に小さな棘が刺さったような気がした。けれども、それは気のせいだと、心の中で呟く。

ちょっと、遅くなっただけなのだ、と思う。

何れ生徒は、私という存在を古巣に置いて羽ばたいていく。
手塩にかけて育てた雛が巣立って行く瞬間は寂しいものだ。それは何回味わっても同じだった。
ここ数年は忙しくてそれどころではなかったけれども、この喪失感に似た感覚は、まさしくそれだった。
何度経験しても、慣れることのない痛み。

――アシュレイとの別れの時が迫っている。

トクリ、と心臓が鳴った。

これでアシュレイの女遊びも影をひそめるかもしれない。そうなれば、満願叶ったりだ。しかし、数年かけて築き上げた関係性が手の届かないところへ行く。思い入れの強い生徒であれば猶更、過去の思い出となることが辛かった。
わかっている。
私は、ちょっと手助けをするだけで、彼らの人生にとっては通過点に過ぎない。こんな寂しい気持ちも一時的なものだ。

そうやって言い訳をして気持ちを落ち着かせようとしているのに、上手くいかなくて、己の人間的な未熟さを感じて、苛立った。
ざわつき騒ぐ心に無理やり、鍵をかけようとした。アシュレイのためにも、ヘレンのためにも、これ以上ない良い話だ。

ヘレンへの恋心を語り、頬を紅潮させるアシュレイとは似ても似つかない純情な父親を見て微笑み、そっと視線を地面に落とした。


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