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番外編―本編の補完―
宵闇に浮かぶ月<その2>
しおりを挟む王妃様は多種多彩な才能に恵まれているので、大半のことを自己解決してしまう。
そのため、自分を含め周囲に居る人々は振り回され、すべて事後報告だ。
これでは、心の休まるところがない。どのようにして、そんな彼女を変えていくか。これは、私の仕事であり、悩みの種でもあった。
王妃様は怒りの感情が強い。
そのため、状況判断能力が瞬間的に抜け落ちる。
ここ数年だけで、王妃様が陛下を魔法で攻撃するところを数えきれないほど目撃している。
初めて見た時は、口が開いて閉まらなかった。
それなのに、今や夫婦喧嘩の範疇として認識されつつあることに愕然とする。慣れとは如何に恐ろしいことだろう。
陛下が懐の広い方だから大事にはなっていない。
いくら激怒していたとしても魔法を人にぶつけるなんて、あり得ないことだ。他国であれば暗殺容疑も加味されて、いくら王妃様とはいえ、打ち首もいいところだろう。
しかし、理路整然と突き詰めても、王妃様には感情論で跳ね飛ばされてしまう。
その上、その行動は常に『誰か』のためであり、正義があった。行動自体は非の打ちどころがなく、必ず良い方向へと導いてくれる。
そのため、反論もしにくいが、それは彼女の持つ稀有な才能と幸運によって、上手く転がっただけだ。もし知りもしないところで命を落としてしまえば、王は嘆き悲しんで衰弱し、そのまま死んでしまうかもしれない。
私は彼女に、もっと『頼って』もらいたかった。
けれども、誇り高い彼女に頼られるには、相当な困難が待ち構えているのは間違いない。
しかも度々忠言しているからかもしれないが、彼女には若干避けられているような気がした。
「あ」
気が付けば、とっぷりと日が暮れて、星が空に煌めいていた。
ぽんっ、と可愛い顔が脳裏に浮かぶ。
「いけない! もうこんな時間じゃない」
仕事の時間を終え、悶々としながらも、私は自室へと急いだ。仕事の鬼と化していた私だが、最近になって、心の安らぎが出来たのだ。
「ただいま」
「お姉ちゃん! おかえりなさーい!」
部屋に入ると、塵ひとつさえ落ちていない。ぜんぶ彼女が私の不在時にやったものだ。ありがとうとお礼を言うと嬉しそうな笑顔を見せる。ハウスメイド的な事はやらなくても追い出さないからね。だから、やる必要はないのよ、と言っているののに、家事炊事全般をしてくれる。
『すこしでもお手伝いしたいの』と言われた時には、健気すぎてホロリと涙を零してしまった。
そう。私には、この従妹がいるのだ。
数か月ほど前から、この遠縁の女の子と生活を共にしている。内気な子で、ご両親を亡くしてから心を閉ざしていたらしいが、私に対してだけは蕩けるような笑顔を見せてくれる。おそらくは愛情に飢えているのだろう、とても懐いてくれた。
私も元々は古い貴族の出だが、不幸に見舞われて没落してしまい、食べるものにさえ事欠いた。そのため、女でも出来る仕事として、茨の道を選んだ。この可愛い従妹を社交デビューさせてあげられるほどの蓄えはある。
実の親代わりとはいかないけど、それに近い存在になりたかった。
「ねぇねぇ、遊ぼ?」
足元でまとわりつく従妹にズキューンとくる。
今の生徒と比べると、なんという天使だ。
鼻血が出そうなぐらい可愛い。
「いい子だから、ちょっと待ってね」
化粧を落とす。
あのツンと澄ました顔のオールドミスではなく、母の面影を残す少女が鏡の中で微笑んでいた。
少女と形容しなければいけないのは、昔からのコンプレックスだった。どう見ても、童顔である。
間違えたら従妹と姉妹に見えるかもしれない。低い身長も相まって、我ながら30超えた女にはどうしても見えなかった。出来れば年齢相応の顔が良かったのだが、こればっかりはどうしようにもならない。
この顔面では、間違っても先ほど脱いだ古臭いドレスは似合わないだろう。
自分好みの服に着直して、再び鏡を見ると、我ながら自分が自分でないみたいだった。
女とは変わるものであると思う。舐められないように、この童顔を隠すような厚化粧をしている。
結婚を約束していた人に裏切られ、婚約を破棄された時はこの世の終わりかと思ったけど、こうして可愛い従妹と暮らせるなら悪くはないのかもと思わなくもなかった。
古い貴族の血統は燦然と輝き、家系図を紐解くと今は亡き名高い人ばかりが名を連ねる。
今となっては、この無意味に若々しい容貌と家名だけが私の財産なのだとは理解している。親しい人も皆、女の幸せは結婚することだよと言う。
けれども疑心暗鬼に陥ってしまっていて、恋に臆病になっていた。男に頼らなくても生活はしていける。なにより、可愛い従妹を育てるのが、ささやかな楽しみだった。
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