22 / 47
後日談
しおりを挟む私の教育係であるレディ・マグリッドは猛女であり、まるで雷のように痛烈な台詞を浴びさせる。
『王妃ともなろう者が、自分で着替えをされるなど、もっての他です! このために侍女はいるのですよ、仕事をさせないおつもりですか!』
結婚式を挙げたとはいえ、未だに王妃となる自覚が薄かった私は、あたふたと彼女の指導を受けていたが、その内容に納得できないこともあった。
着替えもその内の1つだ。
陛下、いやそう言うとねちねちと怒るから言い直そう、ランスロットの深すぎる寵愛を日夜受けていた。
つまりあれだ。キスマークなんかもバッチリついているわけで、間違えたら朝から致していることもあるのだ。それなのに、侍女に着替えをさせる。
ランスロットは平然としているが、私にとっては恥さらしに他ならない。
まさに生き地獄である。『まぁまぁお妃様ったら、陛下に愛されてますね』などと満面の笑みで言われた日には目も当てられない。
当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった。
なんとか逃げ道を模索しても、マグリッドが宰相に告げ口をする。あの姑息な男の前では、後手後手に回ってしまう。
おそらく宰相は、『王』になりたくないだけなのだろう。
そのために彼は血を分けたランスロットという隠れ蓑が『王』となるように導いた。『王』にならないためには『王』の血を継ぐ者が必要だった。そのためにも『王』の子を産む『妃』という存在が必要不可欠だった。
そして彼にとって目論見通りの結末となったわけだ。
私は、腹立ち紛れに宰相を呼び寄せた。
「あのな、大分前から月の物がこないんだが」
「おめでとうございます、ご懐妊ですか? そういえば私は義理の兄ということになるのですね」
お義兄さんって呼んで下さっても構わないですよ、と言った宰相の言葉に、私は凍りついた。その言葉に、私はランスロットとの結婚が時期尚早だったと、確信した。
「だッ、誰が言うものか! お前など、『宰相』で十分だ!」
そしてまあ、私は子供を産んだ。それは、私にもランスロットにも似ない、天上の色とされる、紅の髪と目を持つ赤子だった。
産まれたばかりの赤子を取り上げて、しばらくは小躍りするほど歓喜していたランスロットだが、すぐにその喜びは悲しみにとって代わる。
「……浮気したんですか?」
「ふざけるな! 魔力が私とお前にそっくりだろう!」
「そ、そうですが、見た目が……」
と、嘆き悲しむランスロットの頬を、私はつねった。彼のために産んだ子なのに、髪と目の色だけが違うだけで、こうまで歓迎されないとは、不愉快だった。
「おや、これはこれは」
怒り狂う私に気を取られていたランスロットの手から赤子を取り上げたのは、宰相だった。そして目を細めて、『おめでとうございます』と呟く。
赤目赤髪の子は、覇王となるべく産まれると言われており、宰相の祝福に足りる赤子らしい。
「王となるに相応しい女の子ですね」
私は、出産という呪縛から解放されて、毎日を謳歌した。
そうして数年が経った。ぎゃあぎゃあと泣いてばかりいた赤子も、3歳になるとカタコトながら、喋れるようになった。
もちろん、私とランスロットの面影を残す可愛い我が子だ。
ちなみに、ランスロットには、子供を産んでからというもの、私の体には指一本触らせていない。おかげで不仲説まで出る有様だ。
しかし、私は噂など、どこ吹く風といった感じだ。
以前双子を出産した時の喧嘩を、まだ根に持っていたのだ。ランスロットが未練がましく縋りついてきても、私には関係のない話だ。
宰相に指示を強引に出して、別々の部屋に住むようになった。どうせ私には後ろ盾もいない。それで離婚されようものなら、そうなればいいのだ。
「陛下に愛想を尽かされても知りませんよ」
「ふん。私は死後の世界だの、転生だの、信じないタチでね。悔いの無い人生だったと誇れるように、私は好きなことをするのさ」
とは言っても、腹を痛めたわが子は可愛い。ランスロットにもかなり懐いているので、離婚しても可哀想かなと思って歩み寄ったりもした。
ランスロットとのぎくしゃくとした関係の中で、屈託のない笑顔は、私にとって砂漠の中のオアシスだった。
そして、4歳の誕生日がくる。
「何か、欲しいものがあったら、言ってごらん。誕生日お祝いに、何でもあげるよ」
私の言葉に、長女ジュディは両手を万歳した。
「おとぅとか、いもぉとが欲しいの!」
その言葉を聞いて、爆笑する宰相。
目を輝かせる我が夫。
「ぼくと、子作り、しましょう……?」
「…………」
気色の悪い、興奮した吐息が聞こえる。
まるで死刑宣告のようだった。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜
見丘ユタ
恋愛
意地悪な双子の姉に聖女迫害の罪をなすりつけられた伯爵令嬢リーゼロッテは、罰として追放同然の扱いを受け、偏屈な辺境伯ユリウスの家事使用人として過ごすことになる。
ユリウスに仕えた使用人は、十日もたずに次々と辞めさせられるという噂に、家族や婚約者に捨てられ他に行き場のない彼女は戦々恐々とするが……彼女を出迎えたのは自称当主の少年だった。
想像とは全く違う毎日にリーゼロッテは戸惑う。「なんだか大切にされていませんか……?」と。
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。
ミスキャスト!
梅津 咲火
恋愛
「あ、間違えた」「……え」 私、久我璃桜(くが りおん)は神様の手違いで異世界に行くことに。神様いわく、元の世界に戻すまで時間がかかるみたいで。 え? いつ帰せるか、わからない? もしかしたら一生無理? ど、どうしよう。こうなったら、自力で帰る方法を探すしかないのかな?
戸惑う私をよそに、色々な人達と関わりが増えていく。学校の先輩そっくりな騎士様、優し気な美人の貴族の人、居候先の商家の息子さん、いつもフードを被ってる無口な男の子、黒装束の不思議なことばかり言う不審者。 「お前の幸せは、どこにある?」 これは私が、私を見つける物語。 ※不定期更新です。読む乙女ゲーを目指しており、途中でそれぞれのルートに分岐します。 ※知り合い→友情→恋愛という経過なので、各ルートに入るまで話数がかかります。 ※R-15は保険です。残酷描写は個別ルート分岐後に。残酷な描写がある際は「*」を、R-15かもしれない描写がある際は「※」を話のタイトル横につけます。 ※小説家になろう、カクヨム、pixivでも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる