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後日談

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私の教育係であるレディ・マグリッドは猛女であり、まるで雷のように痛烈な台詞を浴びさせる。

『王妃ともなろう者が、自分で着替えをされるなど、もっての他です! このために侍女はいるのですよ、仕事をさせないおつもりですか!』

結婚式を挙げたとはいえ、未だに王妃となる自覚が薄かった私は、あたふたと彼女の指導を受けていたが、その内容に納得できないこともあった。
着替えもその内の1つだ。
陛下、いやそう言うとねちねちと怒るから言い直そう、ランスロットの深すぎる寵愛を日夜受けていた。
つまりあれだ。キスマークなんかもバッチリついているわけで、間違えたら朝から致していることもあるのだ。それなのに、侍女に着替えをさせる。

ランスロットは平然としているが、私にとっては恥さらしに他ならない。
まさに生き地獄である。『まぁまぁお妃様ったら、陛下に愛されてますね』などと満面の笑みで言われた日には目も当てられない。
当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった。
なんとか逃げ道を模索しても、マグリッドが宰相に告げ口をする。あの姑息な男の前では、後手後手に回ってしまう。

おそらく宰相は、『王』になりたくないだけなのだろう。
そのために彼は血を分けたランスロットという隠れ蓑が『王』となるように導いた。『王』にならないためには『王』の血を継ぐ者が必要だった。そのためにも『王』の子を産む『妃』という存在が必要不可欠だった。
そして彼にとって目論見通りの結末となったわけだ。

私は、腹立ち紛れに宰相を呼び寄せた。

「あのな、大分前から月の物がこないんだが」
「おめでとうございます、ご懐妊ですか? そういえば私は義理の兄ということになるのですね」

お義兄さんって呼んで下さっても構わないですよ、と言った宰相の言葉に、私は凍りついた。その言葉に、私はランスロットとの結婚が時期尚早だったと、確信した。

「だッ、誰が言うものか! お前など、『宰相』で十分だ!」

そしてまあ、私は子供を産んだ。それは、私にもランスロットにも似ない、天上の色とされる、紅の髪と目を持つ赤子だった。
産まれたばかりの赤子を取り上げて、しばらくは小躍りするほど歓喜していたランスロットだが、すぐにその喜びは悲しみにとって代わる。

「……浮気したんですか?」
「ふざけるな! 魔力が私とお前にそっくりだろう!」
「そ、そうですが、見た目が……」

と、嘆き悲しむランスロットの頬を、私はつねった。彼のために産んだ子なのに、髪と目の色だけが違うだけで、こうまで歓迎されないとは、不愉快だった。

「おや、これはこれは」

怒り狂う私に気を取られていたランスロットの手から赤子を取り上げたのは、宰相だった。そして目を細めて、『おめでとうございます』と呟く。
赤目赤髪の子は、覇王となるべく産まれると言われており、宰相の祝福に足りる赤子らしい。

「王となるに相応しい女の子ですね」

私は、出産という呪縛から解放されて、毎日を謳歌した。





そうして数年が経った。ぎゃあぎゃあと泣いてばかりいた赤子も、3歳になるとカタコトながら、喋れるようになった。
もちろん、私とランスロットの面影を残す可愛い我が子だ。

ちなみに、ランスロットには、子供を産んでからというもの、私の体には指一本触らせていない。おかげで不仲説まで出る有様だ。
しかし、私は噂など、どこ吹く風といった感じだ。
以前双子を出産した時の喧嘩を、まだ根に持っていたのだ。ランスロットが未練がましく縋りついてきても、私には関係のない話だ。

宰相に指示を強引に出して、別々の部屋に住むようになった。どうせ私には後ろ盾もいない。それで離婚されようものなら、そうなればいいのだ。

「陛下に愛想を尽かされても知りませんよ」
「ふん。私は死後の世界だの、転生だの、信じないタチでね。悔いの無い人生だったと誇れるように、私は好きなことをするのさ」

とは言っても、腹を痛めたわが子は可愛い。ランスロットにもかなり懐いているので、離婚しても可哀想かなと思って歩み寄ったりもした。
ランスロットとのぎくしゃくとした関係の中で、屈託のない笑顔は、私にとって砂漠の中のオアシスだった。
そして、4歳の誕生日がくる。

「何か、欲しいものがあったら、言ってごらん。誕生日お祝いに、何でもあげるよ」

私の言葉に、長女ジュディは両手を万歳した。

「おとぅとか、いもぉとが欲しいの!」

その言葉を聞いて、爆笑する宰相。

目を輝かせる我が夫。




「ぼくと、子作り、しましょう……?」

「…………」

気色の悪い、興奮した吐息が聞こえる。

まるで死刑宣告のようだった。



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