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結婚式が終わった。

たった数時間の出来事とは言え、終わってみると短いようで長かったような気がする。
けれども、これで厄介事が片付いたのだ。先々の事まで考えると気が重いが、私は肩の荷が降りたような気がした。
明日からは、王妃としての予定が目白押しだ。私の教育係から渡された予定表にはビッシリと神経質で小さな文字が書き込まれていた。

王妃という座についたからには、後世に悪名が残らないように職務を全うするつもりだ。私にそれが出来るかどうかは保証はないが、私は、この国を第二の故郷だと思っている。

時に魔物に襲われ、時に病気になりながらも、土に根を張って懸命に生きる人々を私は見てきた。
それこそ貴族相手に薬を作れば、暴利を貪ることも可能だったろう。けれども私は、僅かながらでも人の役に立ちたかった。
本来、得るはずの利益を無視して、安価な治療薬を作り続けてきたのは、亡くなったパトリシアの両親の教えだった。

『人間である以上、人間と共に生きなさい』

それは、人間を避ける傾向にあった私を、勇気づける言葉だった。

そして、それは王妃となっても、別の形でも継続したいと思う。だが今宵は、頑張ろうにも体力的にも精神的にも限界だ。
まるで足が棒のようだし、ずっしりと重いティアラや、胸元を飾るネックレスに使われている宝石の重みで、体のあちこちが悲鳴を上げていた。おそらく明日は筋肉痛で動けないだろう。
休息をとろうと侍女が用意した湯浴みで体と心を清め、清々しい気持ちで泥のようにベットの上に転がったら、ランスロット陛下に襲われた。

「なん、のつもり、だ……!」

普通の女であれば、そのまま美味しく頂かれていたと思う。けれども私は残念ながら普通の女ではない。足音も消さないでドタバタと近寄ってくる不届き者の気配も事前に察していたし、その不届き者がベットに上がって、私の布団を引き剥がしたら、それは安眠妨害の何ものでもない。
脊髄反射で奴の手を止めた。

「だって、だって……酷いじゃないですか、先に寝るだなんて……ッ」

初夜なんですよ、と言われたが、初夜はとっくに済ましているじゃないか。寝るぞ、と言って彼の手から布団を奪い取ろうとしたが、彼は頑なに拒む。
その上、何時まで経っても私の上からどこうとしない。もじもじとしながら私を見下ろしていた。私は何度めかの、ため息をついた。

「触れないでくれ。私は寝たいんだ」

「そ、そんなぁ……せめて、頬にオヤスミの接吻だけでも……」

「昼間にウンザリするほどしたじゃないか」

「これとそれは話が別なんですよ……!」

どうやら、彼にとって、おやすみのキスと、おはようのキスは欠かせないらしい。いったいどんな育て方をしたのだ。頭が痛くなってくる。

「それに……、エヴァは、僕との子が欲しくはないのですか?」

彼の言葉に、ふと日に焼けた農民たちの顔が思い浮かんだ。『結婚はまだかな?』とか『お世継ぎが欲しいべ』とか言っていたことを思い出す。この国に移住してきて良かったと、そう言って笑いあう農民を失望させないためにも、彼との間に子を得ることは大前提だというのは分かっていたのだが、今は体力的にも、いやどちらかというと精神的にどうしても無理だった。
多分、私の腹の中には、既に彼との間に出来た子が居るはずだ。それを伝えないといけない。
けれども、眠い。
眠いのだ。

尚もまだ私に縋りつこうとする陛下に私は言った。

「それは、その内……だ。とりあえず……今は寝ろ。話は、それからだ」

「エヴァ。僕が、キライ、なんですか……!?」

何で、そんな話に飛躍する。
しかも彼は、こらえきれなくなったのか大粒の涙を零して泣き始めた。初夜とやらを断られたからといって、私の上でメソメソと泣くな、うっとうしい。

しょうがないから、彼が望む通りに頬に口付けてやったが、泣きやまない。どうやら彼の中にある乙女心が傷ついてしまったらしい。
相変わらず思考回路が読めない男だ。私のことを愛しているのは伝わったが、どうしてそんなに初夜が重要なのかと、首を傾げてしまう。
ヤることはヤってるのに、ここまで拗ねるとは、なんともまあ、手のかかる男だ。

心の中で毒づきながら、私は最終手段を使った。これで気持ちがおさまるかと期待しながら唇に唇を押しつけてやると、きょとんとした瞳が獰猛な男の瞳に代わる。

どうやら甘やかしすぎたらしい。

泣くのも早いけど、立ち直るのも早いから、この男の扱いは、匙加減が難しいことを失念していた。眠くて頭がどうかしていたんだと自己弁護しつつ、慌てて布団を掴んで頭まで潜り込もうとしたが、彼は恐るべき力を発揮し、なんとか避けようとしたけれども失敗した。

彼は身をかがめて私の鎖骨を甘噛みすると、後頭部を掴み、そのまま舌を絡めるような熱い口づけを強制した。キスが深くなり、その蕩けるような感覚に、体はいとも容易く熱をもった。
楽しむかのように歯列をなぞる、いやらしい舌の感触が嫌で彼の服を握りしめながら口内を逃げ惑うと、彼の視線に捕獲される。

感極まったような、上擦った声が出た。




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