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最後の悪あがきに、農民の畑を見に行く。何か悪いところを見つければ、いちゃもんをつけてやろうと思ったのに、中々見つからない。堅牢な城壁に守られた田畑はモンスターに襲われることなく、豊かな実りに恵まれていた。
だんだん、焦ってくる。
真面目にお仕事をしている農民の皆さまに罪は無いのだけれども、収穫をする人々の笑顔が憎たらしく思えてきた。
早朝に宿屋を抜け出して、国王の評判を聞いてまわったら、不平不満は出てこなかった。やっとの思いで聞いた、彼ら農民が言う愚痴らしきものは、
『結婚はまだかな?』
『お世継ぎが欲しいべ』
そんな平和な話ばかりだった。隣で聞いていた変装済みの国王本人は、それ見たかと言わんばかりに農民の加勢をした。
「ほんとうですよね!」
私を期待のこもった眼差しで見るんじゃない。たしかに妹は15歳になった。結婚適齢期に近いが、それでもまだ子供なのだ。
彼の国に行く前に、彼女がボツリと呟いた言葉は忘れられない。
『私、あの方が気に入らないわ……』
滅多に人の悪口など言わない妹が、真剣な表情をして言うものだから、私は何か悪いものでも食べたのかと、心配した。
どうやら、小さい頃に遊び相手だった私を盗られて、それから苦手になってしまったようだ。音信不通になって私を独占できると喜んでいたらしいが、その人がまた現れたとなっては、妹としても面白くないだろう。
愛する妹に嫉妬されるだなんて、すごく光栄なことだ。その時のことを思い出すと、少しだけ気分が上昇する。
「ぼ、僕は子供、すごく欲しいんです。あれから、もう5年も経っているんですよ。好きなんです。愛しているんです。1日だって忘れたことはありませんでした」
そしてすぐに急降下する。
(あぁ、本当に鬱陶しい……)
数年前までの、この場所を知っていれば、誰もが驚くであろう。むしろ内乱前より、国は豊かさを取り戻しているようだった。
目の前の現状が、信じられない。少し前まで、ここは焼け野原だった。どうせ出来っこないと高をくくっていたのに想像以上に出来の良い王子様だったらしい。
可愛い妹の顔が想い浮かぶ。
癖のない黄金色の髪は腰まで伸び、蕩けそうな蜂蜜色の瞳で見つめられると、つい甘やかしたくなる。姉としての欲目はあるかもしれないが、誰よりも愛くるしい自慢の妹だ。
「さぁ、約束を果たしましたよ。今度は、貴方が守る番です。僕のものになるのでしょう?」
「………だ」
「ん?」
「いやだ!!!!」
嗚呼ッ、本音がポロリと出た!
でも、それ以外に言う言葉が無いのだ。彼が私に見せたものは、どれもケチのつけどころのないものばかりだ。
しかし、嫌なものは嫌なのだ。
「……約束を反故にする気ですか? ……結婚できる日を夢見て、頑張って……きた、のに」
今にも倒れてしまいそうなほど青い顔をして、目を潤ませている。
泣くな、男だろう。
「大魔法使いの名を賭けて、全力で応戦する。パトリシアが欲しくば、この私を殺せば良い……!!!」
そんな大魔王みたいな捨て台詞を吐いて、私は風の精霊を呼びだした。望みは此処からの即時退却だ。風で地面の上にいた私の体が舞い上がる。
「えッ!? ……それでは意味がないでしょう!!??」
痛切な叫び声を無視して、私は敵前逃亡を果たした。これでも大魔法使いだ。顧客から逃れるために鍛えた逃げ足には自信がある。
王子の部下が呼び出した精霊の追跡を振り切って村に戻ると、繕い物をしていた妹に事情を説明し、手短に仲の良かった御近所様に挨拶をして、荷物を引き払った。
「どこに行かれるんですか、お姉さま?」
「そうだな……」
住み慣れた我が故郷を追われなければならないのは残念だが、今は妹の貞操の問題だ。
避難先の候補地は何か所かあったが、相手は国王だ。かくまってくれる人の身に実害が及んだら困るので、信頼できる魔法使いの住処に身を寄せることにした。
此処なら容易には見つからないし、見つかったとしても妹を奪還するのは困難だ。
「ババさま、お世話になります」
「ひっひ、アンタにゃあ、貸しがあるからねぇ。私は若い娘が2人も来るなら大歓迎だよ。そちらがアンタらの部屋さ。自由に使うがいい」
そうして、持ってきた荷物を、3人がかりで片付けると、ようやく人の住める空間が出来た。やらねばならぬことが山積している。
私は椅子に妹お手製のクッションを乗せると、どっかりと腰を落として座った。そして手を組んで考えを巡らせる。
これで、あの男があきらめるとは思えない。何せ5年間も、妹を嫁にすることに執念を燃やしていたのだから。
(私は『考える』とは言ったけど、『認める』とは言ってないよな……うん……)
脳内では正当化するも、普通に考えれば認めると同義語である。私は戦略を練るために、懇意にしている大精霊にも逢った。
経緯を聞いて、大精霊も困惑した顔をしていたが、親切にも私の相談に乗ってくれた。
曰く『私を呼び出せるほどの魔力を持つ者がいなくなっては、自由に人間界に行けなくなるからな』だ、そうだ。
利害が一致した私と大精霊は、再契約を交わした。
使えるものは、全て使う。そうでなければ、何処から計画が崩れるかわからない。
彼の力は未知数だ。魔法を扱っているところは見たことがあるから、多少は嗜んでいるのだろう。一見すると私の敵ではない。
だが、獅子は兎を狩るにも、全力を尽くすという言葉がある。
(彼が悪い国王だったら、気分も楽になれるのにな……)
それこそ、全力で叩き潰す。
だが、今回の件については、少々後ろめたいところがあった。
彼が妹のことを好いているのは真実のようだし、そのために今まで努力していた点は、感心したぐらいだ。
もっと、彼と話し合いが必要だったのかもしれない。突発的な感情に流されて、対立してしまったが話合えば分かりあえたかもしれなかった。
(短気なのは私の悪いところだ……)
だからこそ、彼に対しては堂々と勝負したいと思う。
(まずは、情報集めだ……)
私は、彼の力を、その国の武力を侮ってはいなかった。国1つを落とせるほどの魔力を持っているとは言え、1対多勢だ。
頭数が圧倒的に足りない。
しばらくは魔法協会絡みの仕事も出来ないだろう。他国にいる友人に仕事の依頼が殺到してしまうだろうが、致し方ないことだ。
無事に切り抜けられたら、詫びの品でも持って謝罪しようと思いながら、ババさまが持ってきてくれた夕食を食べると人心地がついて、急に睡魔が襲ってきた。
(今日は色々とあったなぁ……明日も頑張らないと)
英気を養うために、私は寝ることにしたが、その日の夜は色々と考えこんでしまって、中々眠ることは出来なかった。
だんだん、焦ってくる。
真面目にお仕事をしている農民の皆さまに罪は無いのだけれども、収穫をする人々の笑顔が憎たらしく思えてきた。
早朝に宿屋を抜け出して、国王の評判を聞いてまわったら、不平不満は出てこなかった。やっとの思いで聞いた、彼ら農民が言う愚痴らしきものは、
『結婚はまだかな?』
『お世継ぎが欲しいべ』
そんな平和な話ばかりだった。隣で聞いていた変装済みの国王本人は、それ見たかと言わんばかりに農民の加勢をした。
「ほんとうですよね!」
私を期待のこもった眼差しで見るんじゃない。たしかに妹は15歳になった。結婚適齢期に近いが、それでもまだ子供なのだ。
彼の国に行く前に、彼女がボツリと呟いた言葉は忘れられない。
『私、あの方が気に入らないわ……』
滅多に人の悪口など言わない妹が、真剣な表情をして言うものだから、私は何か悪いものでも食べたのかと、心配した。
どうやら、小さい頃に遊び相手だった私を盗られて、それから苦手になってしまったようだ。音信不通になって私を独占できると喜んでいたらしいが、その人がまた現れたとなっては、妹としても面白くないだろう。
愛する妹に嫉妬されるだなんて、すごく光栄なことだ。その時のことを思い出すと、少しだけ気分が上昇する。
「ぼ、僕は子供、すごく欲しいんです。あれから、もう5年も経っているんですよ。好きなんです。愛しているんです。1日だって忘れたことはありませんでした」
そしてすぐに急降下する。
(あぁ、本当に鬱陶しい……)
数年前までの、この場所を知っていれば、誰もが驚くであろう。むしろ内乱前より、国は豊かさを取り戻しているようだった。
目の前の現状が、信じられない。少し前まで、ここは焼け野原だった。どうせ出来っこないと高をくくっていたのに想像以上に出来の良い王子様だったらしい。
可愛い妹の顔が想い浮かぶ。
癖のない黄金色の髪は腰まで伸び、蕩けそうな蜂蜜色の瞳で見つめられると、つい甘やかしたくなる。姉としての欲目はあるかもしれないが、誰よりも愛くるしい自慢の妹だ。
「さぁ、約束を果たしましたよ。今度は、貴方が守る番です。僕のものになるのでしょう?」
「………だ」
「ん?」
「いやだ!!!!」
嗚呼ッ、本音がポロリと出た!
でも、それ以外に言う言葉が無いのだ。彼が私に見せたものは、どれもケチのつけどころのないものばかりだ。
しかし、嫌なものは嫌なのだ。
「……約束を反故にする気ですか? ……結婚できる日を夢見て、頑張って……きた、のに」
今にも倒れてしまいそうなほど青い顔をして、目を潤ませている。
泣くな、男だろう。
「大魔法使いの名を賭けて、全力で応戦する。パトリシアが欲しくば、この私を殺せば良い……!!!」
そんな大魔王みたいな捨て台詞を吐いて、私は風の精霊を呼びだした。望みは此処からの即時退却だ。風で地面の上にいた私の体が舞い上がる。
「えッ!? ……それでは意味がないでしょう!!??」
痛切な叫び声を無視して、私は敵前逃亡を果たした。これでも大魔法使いだ。顧客から逃れるために鍛えた逃げ足には自信がある。
王子の部下が呼び出した精霊の追跡を振り切って村に戻ると、繕い物をしていた妹に事情を説明し、手短に仲の良かった御近所様に挨拶をして、荷物を引き払った。
「どこに行かれるんですか、お姉さま?」
「そうだな……」
住み慣れた我が故郷を追われなければならないのは残念だが、今は妹の貞操の問題だ。
避難先の候補地は何か所かあったが、相手は国王だ。かくまってくれる人の身に実害が及んだら困るので、信頼できる魔法使いの住処に身を寄せることにした。
此処なら容易には見つからないし、見つかったとしても妹を奪還するのは困難だ。
「ババさま、お世話になります」
「ひっひ、アンタにゃあ、貸しがあるからねぇ。私は若い娘が2人も来るなら大歓迎だよ。そちらがアンタらの部屋さ。自由に使うがいい」
そうして、持ってきた荷物を、3人がかりで片付けると、ようやく人の住める空間が出来た。やらねばならぬことが山積している。
私は椅子に妹お手製のクッションを乗せると、どっかりと腰を落として座った。そして手を組んで考えを巡らせる。
これで、あの男があきらめるとは思えない。何せ5年間も、妹を嫁にすることに執念を燃やしていたのだから。
(私は『考える』とは言ったけど、『認める』とは言ってないよな……うん……)
脳内では正当化するも、普通に考えれば認めると同義語である。私は戦略を練るために、懇意にしている大精霊にも逢った。
経緯を聞いて、大精霊も困惑した顔をしていたが、親切にも私の相談に乗ってくれた。
曰く『私を呼び出せるほどの魔力を持つ者がいなくなっては、自由に人間界に行けなくなるからな』だ、そうだ。
利害が一致した私と大精霊は、再契約を交わした。
使えるものは、全て使う。そうでなければ、何処から計画が崩れるかわからない。
彼の力は未知数だ。魔法を扱っているところは見たことがあるから、多少は嗜んでいるのだろう。一見すると私の敵ではない。
だが、獅子は兎を狩るにも、全力を尽くすという言葉がある。
(彼が悪い国王だったら、気分も楽になれるのにな……)
それこそ、全力で叩き潰す。
だが、今回の件については、少々後ろめたいところがあった。
彼が妹のことを好いているのは真実のようだし、そのために今まで努力していた点は、感心したぐらいだ。
もっと、彼と話し合いが必要だったのかもしれない。突発的な感情に流されて、対立してしまったが話合えば分かりあえたかもしれなかった。
(短気なのは私の悪いところだ……)
だからこそ、彼に対しては堂々と勝負したいと思う。
(まずは、情報集めだ……)
私は、彼の力を、その国の武力を侮ってはいなかった。国1つを落とせるほどの魔力を持っているとは言え、1対多勢だ。
頭数が圧倒的に足りない。
しばらくは魔法協会絡みの仕事も出来ないだろう。他国にいる友人に仕事の依頼が殺到してしまうだろうが、致し方ないことだ。
無事に切り抜けられたら、詫びの品でも持って謝罪しようと思いながら、ババさまが持ってきてくれた夕食を食べると人心地がついて、急に睡魔が襲ってきた。
(今日は色々とあったなぁ……明日も頑張らないと)
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