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5 ※ホオズキ視点

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ちょっと冷静になってみよう。

精神統一するには、薬を調合するのが何よりもの特効薬だ。薬独特のツンとした強い匂いに囲まれると、心が落ち着く。
そう思いながら、俺は試験管を持ちあげた。試験管の中には、メルモの毛を無くすために開発中の塗り薬が溜まっている。
テーブルの上に置いていた瓶のラベルを再確認してから、スポイトで吸いだして、3滴ほど試験管の中に落とした。緑色の液体が、ジュワッという化学反応を起こしたのを待って、ガラス棒で、ゆっくりと攪拌する。

すると、メルモの瞳みたいに奇麗な薄茶色に変わった。

「だめだだめだだめだ」

何でメルモを連想するんだ。
冷静になろうと決意した筈なのに、うまくいかない。俺はうめき声を上げて、頭を抱えた。
これは判断を誤ったとしか言いようが無い。10日間ほどしか生活を共にしていないのに、俺はメルモに対して、明らかに情を持っていた。
これは痛恨のミスだ。
メルモを魔物に戻して殺すとか、今では夢物語ではないかと思えた。実験の材料に情を移すだなんて、研究者失格だ。なぜか俺に懐くメルモを引き剥がすだけでも心が引き裂かれそうだ。

この自宅に併設された研究室だって、本当はメルモを入れるつもりなんてなかったのに、メルモが寂しがって入りたがるから、しかたなく扉を開けっぱなしにしている。今までたくさんの兄弟たちと生活していたためか、誰かの気配があると安心するらしく1日の大半を研究室の隅っこに設置したソファーの周辺で過ごしていた。

そんなメルモが飽きないようにと、部屋の中にあるアレもソレも、メルモのために買い揃えたものだ。衝動買いは多いほうだったが、昨日の大きなウサギモドキのぬいぐるみはやりすぎた感がある。店員に大きな赤いリボンで豪華に包んでもらって意気揚々と帰る途中、顔見知りの男に『ついに本命出来たのか?』と言われて、全力で否定したが、おそらく挙動不審だったろう。
いったい俺は何をやっている。
気が付いたら、過保護ではないのかと思えてしまうほどメルモの世話をしてしまっている。研究に支障が出るほどだ。部屋には、メルモの喜ぶ顔が見たくて買ってきたオモチャが所狭しと占拠していた。しかもそれらを買い集めることを楽しんでいる俺がいる事に気が付いて愕然とした。

俺は猛反省した。メルモに心を奪われすぎている。

「ホオズキ!」
「な、なんだ!?」

末期だ。
嬉しそうなメルモに抱きつかれると、過剰反応してしまう。我ながら、なんて反応だ。ずしりと重い毛玉に抱きつかれて、悪戯心がむくむくと湧き上がったが、どうにか堪えた。

何とも嘆かわしい。

氷の貴公子と謳われた男は、いったい何処にいったのだろう。
幾多の生命を葬ったこの俺が、まるでメルモに対しては別人のようだ。そもそも、真っ白な毛皮を持つウサギモドキを『人間になったら、どんな女になるんだろう』という好奇心を抑えられなくなって投薬したものだから、本当はメルモを見た瞬間から既に惹かれていたのかもしれない。

「これね、美味しい!」

目をキラキラさせて俺のハートにトドメを刺すメルモは、とんでもない小悪魔だと思う。魂が喜びに震えて昇天してしまいそうだ。

「ちょこれえと? って言うの?」

右手いっぱいに握りしめられた金色の包み紙は見覚えがある。
どうやら食卓の上に、こっそりと置いた菓子を食べたらしい。まさか、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったので内心小躍りしてしまう。
狙い通りに相手が喜んでくれると、こんなに嬉しいものだったのかと、あどけない笑顔に一喜一憂する。だが、まるで恋人の機嫌をとるのに四苦八苦しているような、そんな浮ついた自分に自己嫌悪してしまう。

メルモの髪の毛は、美味しそうなクリーム色をしている。それは体毛以上に柔らかく、ふわふわとした短い癖っ毛で、頻繁に絡まっては泣きべそをかくのでブラッシングは欠かせない。
体毛は30センチほどはあるだろうか。真っ白でさわり心地が良くて、何時までも撫でたくなってしまう。
尻尾はユラユラと揺れ、先っぽだけに申し訳ないぐらいの白い毛がついている。それに触ろうとすると頬を膨らませるが、その怒る様子が可愛くてついつい触ってしまう。

そして何よりも魅力的なのが、見ている内に変化する、その表情の変化だ。泣き顔も可愛いが、笑うと、パッと周囲が明るくなるような錯覚を覚える。
メルモが笑う度に全身の血液が沸騰するかのように、気分が高揚する。
そこまで考えてから、可愛いを連呼している自分に気が付いて、俺は自嘲めいた笑みを浮かべる。メルモのことを語らせたら、数時間は喋っていられる自信がある。

「ホオズキ? どうしたの?」
「何でもない。あっちに行ってろ」

メルモを見ていると、頬が緩んで変な顔になるので、食事と夜以外は研究という名の現実逃避に打ち込んだ。



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