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しおりを挟む波乱万丈ではあったが、リリは幸運な猫だった。その最たることが、優しいご主人様に恵まれたことだろう。
ご主人様は冒険者だった。百戦錬磨の強者だったが天涯孤独の寂しさを心に抱えた人間だった。
「こんなに可愛いのに、酷いことをするやつもいるものだな! ……よしよし。うちに来るか? 腹一杯食わせてやるぞ!」
その冒険者は、怪我をして衰弱し、動けなくなっていたリリを保護し、家族同然に扱って溺愛した。
リリが年老いて歩けなくなってからは仕事を控え、リリと共にいる時間を大切にした。
「リリ!」
リリは幸せな猫だった。
(もっとそばに居たかったけど……)
日溜まりのようなまどろみに襲われ、残された時間が、そう長くないことを知った。
長生きしたほうだとリリは思った。あの時、飼い主に拾われなければ冷たい雨に体力を奪われ、死んでしまっていただろう。
リリは飼い主と共に生きた思い出を振り返りながら、安らかな眠りにつこうとしたが、「リリ、死ぬな!」と叫ぶ主人の声に意識が現世に引き戻された。
「リリが居なくなったら、俺はどうしたらいいんだ……!!」
(……ご、ご主人様……!?)
その直後、リリの呼吸は荒くなり、眠るように死んだ。
(ここは……?)
次に意識が戻ったのは上も下も真っ白な空間だった。
綿雲みたいなものがふよふよと浮かび、水溜まりが散在していて、踏むとピチャピチャという音がしたが、冷たさは感じず、濡れもしなかった。
リリは立ち止まって、キョロキョロと周囲を見渡した。
「こら、そこ! 立ち止まらずに、前に進みなさい!」
「は、はい。でも、前ってどこですか?」
周囲には目印になるようなものはなく、リリはどこに向かえばいいのか、見当もつかなかった。
「うん? ……お主、意識があるのか。珍しいな」
白く長い髭をたくわえた老人が、物珍しげに、しげしげと覗きこんできた。
「可哀想に。よっぽど、前世に心残りがあるのだな」
「心残り……」
老人の言葉に、すぐに思い浮かべたのは、飼い主である冒険者だった。
「あっ、あの……! ご主人様は生きていますか……!?」
「ふむ……。やはり何か訳ありなのか」
リリの言葉を聞くと、老人は髭を撫で、カツンと右手に持った杖を突き、比較的大きな水溜まりを覗いた。
「なるほど…。あまり状況は良くないな。あれを見なさい。どうやら家に引きこもり、泣いてばかりいるようだ。……これ、そんな顔をするでない」
老人は思案顔で、水溜まりを見た。そこには、目を腫らして泣く冒険者がいた。
「ふむ。これは中々の魔力を有した冒険者じゃな」
「ご主人様は、元々はどこかの国の王子様だったって聞いたことがあるよ」
「何!? ということは、まさか……。……魔力の高さにも納得じゃな。これも縁じゃろう。お主、またこの人間に仕えたいか?」
「もちろんです……!」
「守護聖獣として、お主を遣わそう。ただし、守護霊獣になれるかどうかは、お主の努力次第じゃぞ。本来は竜などの大きな魂を持つ生き物しかなれぬからな。お主のような小さき者が選ばれること自体、異例中の異例じゃ。いくつもの試練が、お主を待っているじゃろう」
この先に何があるかはわからない。この道を選んだことを後悔する日が来るかもしれない。
だが、リリは選んだ。
(ご主人様、ちゃんとご飯は食べてよ! 私が戻るまで死なないでね!)
リリは守護霊獣となるための道を一歩踏み出した。
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