魔王様の取り扱い書【完結】

２

魔王フェリスは怒っていた。

「あの間抜けめ！　様子がおかしいと思えば、とんでもない失態をしおって……！」

魔王フェリスは、顔を真っ赤にして、地団駄を踏んだ。
それは魔王フェリスといえども、庇うことが出ない、致命的なミスだった。

現時点での、勇者の実力を測ると言って、魔王フェリスが「危険だ！　そなたが行く必要はない！」と制止するも、「見ていてください、魔王様！　生意気な、勇者の鼻を折ってきます！」と、意気揚々に戦地へ赴いたのは一週間ほど前の話だ。

もともとザウスは四天王の中で、最も弱い。戦闘以外の雑務を魔王の代わりにこなすのが主な仕事で、見かけ倒しの知将と嘲られることも多々あった。

戦い自体は互角で、痛み分けだったようだが、ザウスは戦場から戻ってきた直後から様子がおかしかった。

勇者は魔法剣士だ。

最初は勇者に攻撃を食らって、体調でも悪いのかと思った。魔族は毒や麻痺などの状態異常系には耐性があるが、人間は日々進歩していく。

勇者は少しずつ、だが確実に強くなっていた。

「心配しとったのに！」

ばふん、と大きな羽毛の枕を抱き締めて、魔王フェリスは頬を膨らませた。

先々代の魔王はフェリスの父親で、先代の魔王はフェリスの母親だった。先々代の魔王が先代勇者に敗れて塵となり、フェリスの母親は復讐心から後を継いで先代勇者に挑み、後を追うように命を散らした。

それはフェリスがまだ７歳の時だった。

「お父様に逢いたい。なぜ逢えぬのじゃ？」
「お母様といっしょに寝たい」

フェリスの侍女は、一夜にして孤児となった不憫なフェリスに袖口を濡らさない日はなかった。

四天王ザウスは配下ではあったが、父も母も早くに亡くなり、天涯孤独だった魔王にとって、親代わりも同然だった。

顔色が悪く、みるみるうちに痩せていく、四天王ザウスを見かねて問いただすと、ザウスは泣きながら、己の失態を魔王告白したのだった。

「……ザウスが元気になってくれるなら、そんな情報、くれてやる」

魔王フェリスは幼くして両親を失った苦しみから、いまだ立ち直ることが出来ていなかった。
泣き虫フェリスと陰口を叩かれるほど情緒が不安定なフェリスが魔王になることが出来たのは、ザウスが親身になって支えてくれたからだ。

ザウスは魔王フェリスにとって支柱のような存在だった。
ザウスを失えば、己を見失ってしまいそうで、怖かった。

「だが……、この枕に抱きついて寝てるのも、勇者は知っているということになるんだよな……？」

枕は白いフリルのある、可愛らしいピンク色の枕で、魔王フェリスのお気に入りだった。
寝室にはぬいぐるみがところ狭しに多数飾られ、魔王らしい寝室かと言われると、否と答えるしかなかった。

その夜、魔王フェリスは脱ぬいぐるみを図ったが、捨てることは出来なかった。
そのうち、この収集癖をどうにかしないといけないとは自覚していたが、フェリスはぬいぐるみを捨てる苦しみに耐えられなかった。

「……これはぬいぐるみではない。戦友なのだ！」

そう思って濁そうと考えたが、その夜、魔王フェリスは、なかなか寝付けなかった。