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その5

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アイオスは、私を見るなりこう言った。

「お迎えに、参りました」

従妹の結婚式で使うための野花を摘み、籠に入れたところで突如して現れたアイオスに、私は息を飲んだ。まるで姫君に礼をするように、うやうやしくお辞儀をされたけれども、見るからに高価そうな服を着た見知らぬ男に、私は恐怖を覚えた。
彼は怪しすぎたのだ。
そこは村人でも滅多に来るような場所ではなかった。
私は彼が魔族だということも知らず、ジリジリと後退した後、茂みの中に逃げようとしたのだが、いきなり背後に移動した彼に捕われ、布切れで鼻と口を塞がれた。

おそらくは睡眠薬でもしみこませていたのだろう。それから抵抗する間もなく、急激に眠くなって彼の腕の中で寝てしまった。
そうして人間界から攫われてしまった私は、今ではありとあらゆる魔物や魔族を従えて、まるで悪の女王である。

容赦なく押し寄せる現実が、私の前には転がっており、次第に膨らんでいくお腹に、私は不安を隠せなかった。

魔王を宿す私は、魔物にとっても魔族にとっても格好の餌食らしい。わずかな唾液でさえ、甘い蜜のように美味しいのだという。
ただ触れるだけで魔力が流れ込んでくるらしい。何よりも胎内を抉るように犯せば、魔王の膨大な魔力のおすそわけにあずかることが出来る。そのためか、魔族たちは隙あらんば私を犯そうとする状態なのだという。

私は、部屋で監禁されているのだと思っていたのだけれども、それは保護されていたとも言えるのかもしれない。
魔界の秩序を守るためにも、アイオスは私を守る必要があるらしい。それは分かるのだけれども、どうしても魔王城では気が休まる時がなく、私は次第に憔悴していった。

アイオスは心配そうな顔をしていたけれども、生真面目な性格なのが幸いした。毎日の添い寝と口づけを確約して、その代わりに私が外に行けるように取り計らってもらい、ようやく気晴らしが出来るようになった。
散歩が出来るのは結界が張られた地域に限られたが、おどろおどろしい魔界の木の枝に座って本を読んだり、そびえたつ塔から眺望を楽しんだりした。アイオスは逢う度に性交を勧めるので、彼に見つからないように偶然見つけた洞窟の中や、結界の端っこで時間を潰した。

魔族の精を受け入れなければ、弱体化した魔王が産まれる。けれども、それでいいのではないかと思う。強い魔王が産まれてきたら、それこそ人間界に悪影響をもたらすだろう。

そして時が流れ、今やベットの上の住人である。お腹が大きすぎて動けないのだ。
それでは体に良くないということで、アイオスに抱っこされて外を散歩をするのが日課になっていた。

「はぁ……、何時になったら、生まれてくるの……?」

先行きの不透明さから、漠然とした不安ばかりが募っていた。姉が子供を産むのを見たことがある。けれども、人が魔王を産むのは、どんなリスクがあるのだろうか。
それは未知の体験であった。

私の言葉に反応するように、ドクンドクンと胎動する腹の中の生命。

どんな命が宿っていようが、それは否定のできないほど愛着みたいなものも感じている。

『それが母性とも言えるものですよ』

とアイオスに言われたけれども、次第に重くなる腹の中の生物に困惑をしてしまう。アイオスに聞くと、どうやら私は臨月なのだという。
防衛本能的なものなのか魔族は妊娠してから産まれるまでが、人間よりも早いらしい。

だから、もう少しで、この苦しみからも逃れることができる。魔王さえ生まれてしまえば彼らも、そしてアイオスでさえも私に興味を持たなくなるだろう。
それでいいのだと思う。
人間の女が魔族に攫われて、ここまで生きることが出来たこと自体が奇跡なのだ。私は、残り僅かな私のオマケの人生を楽しむだけだ。
悲しみも、喜びも、生きていなければ感じることのできないことだ。

それに、アイオスは私と約束した。魔王を無事に産んだら、懐かしい人間界を見に戻ることになっていた。
アイオスが言うには、魔界の食べ物を食べた私が人間界にいれるのは、ほんの数日でしかないらしいのだけれども、その約束は私にとって、何よりもの栄養剤となった。

魔界の本を読んで気がついたことだが、人間界と魔界では、時間の流れ方が違うらしい。既に数か月ほど魔界にいるのだが、それは人間界で言う3年ほどにあたるらしい。
きっと家族は心配をしている。顔を見て、心配させたことを謝罪して……、抱きつきたかった。あの幼かった姉の子供は、どんな風に成長しているのだろう。

それだけを楽しみに、私は日々を過ごしていた。

そんなある日、何時ものように私を、かいがいしく介抱してくれたアイオスは、

「そういえば貴方の姉君の子供……、アレは私が見たところ勇者ですね。神の天啓も受けているようでしたし」

「……え、えぇ!?」

と爆弾発言をした。どうやらアイオスに攫われなくとも、日常の生活にはサヨウナラしないといけなかったらしい。
私の目から見ると、ただの甘えん坊な子供のように思えたけれど、そうではなかったようだ。

「あの年で色気づくとは、大したものです。かなり遠くから見ただけだったのですが、あんなに威嚇されるとは思ってもいませんでした。まぁ私もラピスが目当てでしたので、面倒事は回避しましけど……、ラピス?」

絶倫の勇者を宿してしまった姉が、実子に犯されるという、倫理的には私よりも酷い目に逢うことになるなど、当時の私は露程も知らなかった。
それよりも、勇者は魔物に狙われやすく、本人だけではなく周囲の人間が巻き込まれ、度々被害を与えることで有名だ。勇者を育てることになった姉の身を案じて、私はよりいっそう、帰郷したいという気持ちを強くしていた。




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