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研究
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「今回の依頼は素敵だね。蝶人間とお揃いのドレスが着たいんだって。僕も欲しいなあ」
「それ、今度のサロンに着て行ったら、流行りそうね」
「自分用を作る暇がないのが、残念だよ。とても次のサロンには間に合いそうにないね。誰か人でも雇おうか? セリーヌ、誰か良い人を知らないかい?」
「そうねぇ。何人か心当たりはあるけど……、探してみるわ」
「頼むよ。このままじゃ、ゆっくりお茶も飲めないや」
仕立ての納期に追われながら、マリオンは呟いた。
「おかしいな? 僕、研究者になるつもりだったのに、仕立て屋になってない?」
「あら、気がついちゃった?」
「縫い始めると時間忘れちゃうからなあ。気が付いていたなら、なんで言ってくれなかったんだい、セリーヌ」
セリーヌの返答に、マリオンはむっとした顔になった。セリーヌは、そんな顔も可愛らしいわね、と思いながら、言葉を選んでマリオンに自分の素直な気持ちを伝えた。
「貴方の指が、魔法のように動くのを見るのが好きなのよ。この間、プレゼントしてくれたドレスも、とても素晴らしいドレスだったわ、マリオン」
「そ、そうなの……? ……夜会用の、新しいドレスが欲しいって、前に言っていただろう? 買っても良かったんだけど、どうしてもセリーヌに、僕のドレスを着て欲しくなったんだ。今度また、着ているところを見せて欲しいな」
「勿論、そのつもりよ」
先日、セリーヌは誕生日を迎えた。マリオンがこっそり何かを縫っているのは知っていたが、それが自分への贈り物だとは気が付かなかった。
(本当に素敵なプレゼントだったわ……)
そのプレゼントは、真珠のボタンが付いた、夢の欠片を縫い合わせたような、ため息が出るほど美しいドレスだった。そして、そのドレスには「最愛の妻、セリーヌへ」とメッセージ付きのカードが付いていて、じんわりと胸の奥が熱くなった。
セリーヌは、マリオンが様々なアイデアで、流行の先端を行くようなドレスを作るのを見るのが好きだった。だが、元々マリオンには研究者になるという夢がある。セリーヌが好きだからといって、マリオンの選択肢を狭めることはあってはならないことだ。
真面目な顔をして、セリーヌはマリオンに聞いた。
「研究者になるために、仕立て屋を閉店する? 両立は不可能じゃないと思うけど、時間は有限だから、どちらも中途半端になってしまうかもしれないわよ」
「……注文の予約が一年待ちだからなあ。期待を裏切りわけにはいかないよ。何より、僕のドレスを着て喜ぶ顔が見たいんだ」
マリオンの仕立て屋は、他国からの依頼を受けるほど繁盛し、職人を複数雇うほどに忙しくなった。その中には、マリオンに裁縫や刺繍を教えて母親に解雇された、元メイドも居た。雇い主と使用人の関係ではあったが、マリオンは彼らのことを切磋琢磨する良きライバルであり、共に高みを目指す友人だと思っていた。
仕立て屋を閉店するなら、彼らを解雇しなければならない。彼らほどの技術があれば、どこに行っても引く手数多だろうけれど、「将来は独立して蝶人間の仕立て屋になりたい」と言う彼らの生活の基盤を、マリオンの身勝手な夢で失わせて良いのか。
「マリオン。私、思うんだけど、蝶人間の服を作ることも、立派な研究じゃないかしら?」
「……そうか。そんな考え方もあるんだね」
しばらくの間、マリオンは悩んだけれども、針と友人を手放すことが出来なかった。迷いを断ち切れたのは、何気なく声を掛けたセリーヌの言葉が、決め手になったと言っても過言ではなかった。
「それ、今度のサロンに着て行ったら、流行りそうね」
「自分用を作る暇がないのが、残念だよ。とても次のサロンには間に合いそうにないね。誰か人でも雇おうか? セリーヌ、誰か良い人を知らないかい?」
「そうねぇ。何人か心当たりはあるけど……、探してみるわ」
「頼むよ。このままじゃ、ゆっくりお茶も飲めないや」
仕立ての納期に追われながら、マリオンは呟いた。
「おかしいな? 僕、研究者になるつもりだったのに、仕立て屋になってない?」
「あら、気がついちゃった?」
「縫い始めると時間忘れちゃうからなあ。気が付いていたなら、なんで言ってくれなかったんだい、セリーヌ」
セリーヌの返答に、マリオンはむっとした顔になった。セリーヌは、そんな顔も可愛らしいわね、と思いながら、言葉を選んでマリオンに自分の素直な気持ちを伝えた。
「貴方の指が、魔法のように動くのを見るのが好きなのよ。この間、プレゼントしてくれたドレスも、とても素晴らしいドレスだったわ、マリオン」
「そ、そうなの……? ……夜会用の、新しいドレスが欲しいって、前に言っていただろう? 買っても良かったんだけど、どうしてもセリーヌに、僕のドレスを着て欲しくなったんだ。今度また、着ているところを見せて欲しいな」
「勿論、そのつもりよ」
先日、セリーヌは誕生日を迎えた。マリオンがこっそり何かを縫っているのは知っていたが、それが自分への贈り物だとは気が付かなかった。
(本当に素敵なプレゼントだったわ……)
そのプレゼントは、真珠のボタンが付いた、夢の欠片を縫い合わせたような、ため息が出るほど美しいドレスだった。そして、そのドレスには「最愛の妻、セリーヌへ」とメッセージ付きのカードが付いていて、じんわりと胸の奥が熱くなった。
セリーヌは、マリオンが様々なアイデアで、流行の先端を行くようなドレスを作るのを見るのが好きだった。だが、元々マリオンには研究者になるという夢がある。セリーヌが好きだからといって、マリオンの選択肢を狭めることはあってはならないことだ。
真面目な顔をして、セリーヌはマリオンに聞いた。
「研究者になるために、仕立て屋を閉店する? 両立は不可能じゃないと思うけど、時間は有限だから、どちらも中途半端になってしまうかもしれないわよ」
「……注文の予約が一年待ちだからなあ。期待を裏切りわけにはいかないよ。何より、僕のドレスを着て喜ぶ顔が見たいんだ」
マリオンの仕立て屋は、他国からの依頼を受けるほど繁盛し、職人を複数雇うほどに忙しくなった。その中には、マリオンに裁縫や刺繍を教えて母親に解雇された、元メイドも居た。雇い主と使用人の関係ではあったが、マリオンは彼らのことを切磋琢磨する良きライバルであり、共に高みを目指す友人だと思っていた。
仕立て屋を閉店するなら、彼らを解雇しなければならない。彼らほどの技術があれば、どこに行っても引く手数多だろうけれど、「将来は独立して蝶人間の仕立て屋になりたい」と言う彼らの生活の基盤を、マリオンの身勝手な夢で失わせて良いのか。
「マリオン。私、思うんだけど、蝶人間の服を作ることも、立派な研究じゃないかしら?」
「……そうか。そんな考え方もあるんだね」
しばらくの間、マリオンは悩んだけれども、針と友人を手放すことが出来なかった。迷いを断ち切れたのは、何気なく声を掛けたセリーヌの言葉が、決め手になったと言っても過言ではなかった。
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