僕の白い蝶【完結】

ちゃむにい

文字の大きさ
上 下
5 / 32

真実

しおりを挟む
「ニーナ。ちゃんと食べた?」

マリオンは学校から帰宅して、取るものも取らず、すぐにニーナの部屋に向かった。ニーナの部屋は温室となっており、色とりどりの南国の植物と鮮やかで美しい花が出迎えたが、マリオンの心は浮かぶことはなかった。

今朝も、ニーナは学校に行こうとするマリオンを引き留めようと、その手を握りしめてきた。

(僕が居なくて寂しいのかな)

身長や体格だけでなく、性格にも個体差がある。ニーナは寂しがり屋なのかもしれない。学校がある日は、どうしても長時間、ニーナは独りでお留守番をしてもらうしかない。

ニーナだけを飼育しているからダメなのかもしれないが、蝶人間の卵はニーナしか羽化しなかったし、それすら奇跡だと思っていたから、今からもう1匹増やそうにも、かなり時間がかかるだろう。
蝶人間の雌は需要が高くて、引く手数多らしく、奴隷商も持っていなかった。これはマリオンの我儘でしかないが「繁殖用に如何ですか? 卵を買う必要もなくなりますよ」と蝶人間の雄の購入を聞かれたが、まだ成熟しきっていないニーナに雄を宛がうのは躊躇いがあった。
背に腹は代えられないかと思ってマリオンが打診すると、迷っている間に雄は売れてしまったらしい。

仕方なく、ニーナ付きの侍女を雇おうとしたが、ニーナの温室を作る際に、かなりの額を親に融通してもらったばかりだから、これ以上の出費は控えるようにとのご達しがあったと侍従が反発をするのだ。
メイドにはそれぞれの役割があるし、あまり長時間お願いすると本来の職務が滞ってしまう。

色々と策は講じてみたものの、八方塞がりで身動きが取れなかった。

「あ……! だめだよ……!」

温室の中に入った瞬間、いきなりニーナが逃げ出そうとした。蝶人間は南国の生き物だ。朝晩は涼しくなってきており、屋敷内でも暖炉に火をくべているとはいえ、蝶人間に適した室温ではなかった。
ただでさえニーナは体調が悪くて保温が必要なのだ。体調悪化を心配して、マリオンは逃げようとするニーナを、必死になって捕まえた。

「良かった! 捕まえた~……! まさか、学校の授業が役に立つ日が来るだなんて……。さぁ、怪我する前に、おうちに戻ってね?」

学校では護身術の時間もある。体力をつけるためなのか、日々運動をしていた。侯爵家では本の虫だった為、あまり体には自信のなかったマリオンでも、数か月学校で過ごしている内に、わりと筋肉がついてきていたし、力も強くなったような気がした。

「ニ、ニーナ、そんなに暴れないで……!」

卵から育てたからか、ニーナはマリオンに懐いていた。エサを食べていた頃は、擦り寄ってきてくれたり、愛嬌を見せてくれていた。
普段は物静かで、医師の診察でも大人しいニーナが、無我夢中でマリオンの手を振りほどこうとしている。その事自体に、ニーナと誰よりも仲良くなりたいと思っていたマリオンは傷ついた。

(……いや、これはちょっと異常かもしれないぞ……)

自由を拘束されて怒っている、というよりも怯えているような気がした。ニーナの反応は、マリオンを拒絶するというよりも、人間自体を拒絶しているような気がしてならなかった。

「ん? ニーナの股がねばねばする……。白い物が……なにこれ? ……まさか」

先ほど見た、侍従の不自然な慌てぶりをマリオンは思い出し、全てを察した。慌ててニーナの体を調べると、目立たない場所に鬱血痕が散りばめられていた。

ニーナは侍従に穢されたのだ。

(だから、ニーナに侍女を付けることに反対していたのか? ……いったい何時から……? もしかして、ご飯を食べる量が減った辺りから……? もう1か月以上経つ……。その間、ずっと……? 僕は、何を見ていたんだ?)

マリオンやメイド達のスケジュールを管理しているのは侍従だ。何時屋敷から不在になるのかも、全て把握していた。マリオンが学校に行っていって、呑気に授業を受けている間に、ニーナは侍従の慰み者となり、酷い目に逢っていたのだ。それで食事量が減っていたのだ。ずっとニーナは助けを求めていたのに、気が付いてあげることが出来なかった。
ずっと傍に居たのに、気が付いてあげられなかった己の不甲斐なさに、マリオンは苦悩した。そしてその怒りの矛先は侍従に向かった。

「……いくら可愛いからって、僕のニーナに手を出しやがって……! あいつ、ぶっ殺してやる……!」

蝶人間を育て始めた時には下心もあったが、卵から育てていくうちに親のような気持ちが芽生え、そのような下心はとっくに瓦解していた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--

せせらぎバッタ
恋愛
「俺なんか好きになっちゃいけないけないのになぁ」  大好きな倫理学のイケメン准教授に突撃した女子大生の菜穂。身体中を愛撫され夢見心地になるも、「引き返すなら今だよ。キミの考える普通の恋愛に俺は向かない。キミしだいで、ワンナイトラブに終わる」とすげなくされる。  憧れから恋へ、見守るだけから愛へ、惹かれあう二人の想いはあふれ、どうなる?どうする? 基本、土日更新で全部で12万字くらいになります。 よろしくお願いしますm(__)m ※完結保証

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...