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真実
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「ニーナ。ちゃんと食べた?」
マリオンは学校から帰宅して、取るものも取らず、すぐにニーナの部屋に向かった。ニーナの部屋は温室となっており、色とりどりの南国の植物と鮮やかで美しい花が出迎えたが、マリオンの心は浮かぶことはなかった。
今朝も、ニーナは学校に行こうとするマリオンを引き留めようと、その手を握りしめてきた。
(僕が居なくて寂しいのかな)
身長や体格だけでなく、性格にも個体差がある。ニーナは寂しがり屋なのかもしれない。学校がある日は、どうしても長時間、ニーナは独りでお留守番をしてもらうしかない。
ニーナだけを飼育しているからダメなのかもしれないが、蝶人間の卵はニーナしか羽化しなかったし、それすら奇跡だと思っていたから、今からもう1匹増やそうにも、かなり時間がかかるだろう。
蝶人間の雌は需要が高くて、引く手数多らしく、奴隷商も持っていなかった。これはマリオンの我儘でしかないが「繁殖用に如何ですか? 卵を買う必要もなくなりますよ」と蝶人間の雄の購入を聞かれたが、まだ成熟しきっていないニーナに雄を宛がうのは躊躇いがあった。
背に腹は代えられないかと思ってマリオンが打診すると、迷っている間に雄は売れてしまったらしい。
仕方なく、ニーナ付きの侍女を雇おうとしたが、ニーナの温室を作る際に、かなりの額を親に融通してもらったばかりだから、これ以上の出費は控えるようにとのご達しがあったと侍従が反発をするのだ。
メイドにはそれぞれの役割があるし、あまり長時間お願いすると本来の職務が滞ってしまう。
色々と策は講じてみたものの、八方塞がりで身動きが取れなかった。
「あ……! だめだよ……!」
温室の中に入った瞬間、いきなりニーナが逃げ出そうとした。蝶人間は南国の生き物だ。朝晩は涼しくなってきており、屋敷内でも暖炉に火をくべているとはいえ、蝶人間に適した室温ではなかった。
ただでさえニーナは体調が悪くて保温が必要なのだ。体調悪化を心配して、マリオンは逃げようとするニーナを、必死になって捕まえた。
「良かった! 捕まえた~……! まさか、学校の授業が役に立つ日が来るだなんて……。さぁ、怪我する前に、おうちに戻ってね?」
学校では護身術の時間もある。体力をつけるためなのか、日々運動をしていた。侯爵家では本の虫だった為、あまり体には自信のなかったマリオンでも、数か月学校で過ごしている内に、わりと筋肉がついてきていたし、力も強くなったような気がした。
「ニ、ニーナ、そんなに暴れないで……!」
卵から育てたからか、ニーナはマリオンに懐いていた。エサを食べていた頃は、擦り寄ってきてくれたり、愛嬌を見せてくれていた。
普段は物静かで、医師の診察でも大人しいニーナが、無我夢中でマリオンの手を振りほどこうとしている。その事自体に、ニーナと誰よりも仲良くなりたいと思っていたマリオンは傷ついた。
(……いや、これはちょっと異常かもしれないぞ……)
自由を拘束されて怒っている、というよりも怯えているような気がした。ニーナの反応は、マリオンを拒絶するというよりも、人間自体を拒絶しているような気がしてならなかった。
「ん? ニーナの股がねばねばする……。白い物が……なにこれ? ……まさか」
先ほど見た、侍従の不自然な慌てぶりをマリオンは思い出し、全てを察した。慌ててニーナの体を調べると、目立たない場所に鬱血痕が散りばめられていた。
ニーナは侍従に穢されたのだ。
(だから、ニーナに侍女を付けることに反対していたのか? ……いったい何時から……? もしかして、ご飯を食べる量が減った辺りから……? もう1か月以上経つ……。その間、ずっと……? 僕は、何を見ていたんだ?)
マリオンやメイド達のスケジュールを管理しているのは侍従だ。何時屋敷から不在になるのかも、全て把握していた。マリオンが学校に行っていって、呑気に授業を受けている間に、ニーナは侍従の慰み者となり、酷い目に逢っていたのだ。それで食事量が減っていたのだ。ずっとニーナは助けを求めていたのに、気が付いてあげることが出来なかった。
ずっと傍に居たのに、気が付いてあげられなかった己の不甲斐なさに、マリオンは苦悩した。そしてその怒りの矛先は侍従に向かった。
「……いくら可愛いからって、僕のニーナに手を出しやがって……! あいつ、ぶっ殺してやる……!」
蝶人間を育て始めた時には下心もあったが、卵から育てていくうちに親のような気持ちが芽生え、そのような下心はとっくに瓦解していた。
マリオンは学校から帰宅して、取るものも取らず、すぐにニーナの部屋に向かった。ニーナの部屋は温室となっており、色とりどりの南国の植物と鮮やかで美しい花が出迎えたが、マリオンの心は浮かぶことはなかった。
今朝も、ニーナは学校に行こうとするマリオンを引き留めようと、その手を握りしめてきた。
(僕が居なくて寂しいのかな)
身長や体格だけでなく、性格にも個体差がある。ニーナは寂しがり屋なのかもしれない。学校がある日は、どうしても長時間、ニーナは独りでお留守番をしてもらうしかない。
ニーナだけを飼育しているからダメなのかもしれないが、蝶人間の卵はニーナしか羽化しなかったし、それすら奇跡だと思っていたから、今からもう1匹増やそうにも、かなり時間がかかるだろう。
蝶人間の雌は需要が高くて、引く手数多らしく、奴隷商も持っていなかった。これはマリオンの我儘でしかないが「繁殖用に如何ですか? 卵を買う必要もなくなりますよ」と蝶人間の雄の購入を聞かれたが、まだ成熟しきっていないニーナに雄を宛がうのは躊躇いがあった。
背に腹は代えられないかと思ってマリオンが打診すると、迷っている間に雄は売れてしまったらしい。
仕方なく、ニーナ付きの侍女を雇おうとしたが、ニーナの温室を作る際に、かなりの額を親に融通してもらったばかりだから、これ以上の出費は控えるようにとのご達しがあったと侍従が反発をするのだ。
メイドにはそれぞれの役割があるし、あまり長時間お願いすると本来の職務が滞ってしまう。
色々と策は講じてみたものの、八方塞がりで身動きが取れなかった。
「あ……! だめだよ……!」
温室の中に入った瞬間、いきなりニーナが逃げ出そうとした。蝶人間は南国の生き物だ。朝晩は涼しくなってきており、屋敷内でも暖炉に火をくべているとはいえ、蝶人間に適した室温ではなかった。
ただでさえニーナは体調が悪くて保温が必要なのだ。体調悪化を心配して、マリオンは逃げようとするニーナを、必死になって捕まえた。
「良かった! 捕まえた~……! まさか、学校の授業が役に立つ日が来るだなんて……。さぁ、怪我する前に、おうちに戻ってね?」
学校では護身術の時間もある。体力をつけるためなのか、日々運動をしていた。侯爵家では本の虫だった為、あまり体には自信のなかったマリオンでも、数か月学校で過ごしている内に、わりと筋肉がついてきていたし、力も強くなったような気がした。
「ニ、ニーナ、そんなに暴れないで……!」
卵から育てたからか、ニーナはマリオンに懐いていた。エサを食べていた頃は、擦り寄ってきてくれたり、愛嬌を見せてくれていた。
普段は物静かで、医師の診察でも大人しいニーナが、無我夢中でマリオンの手を振りほどこうとしている。その事自体に、ニーナと誰よりも仲良くなりたいと思っていたマリオンは傷ついた。
(……いや、これはちょっと異常かもしれないぞ……)
自由を拘束されて怒っている、というよりも怯えているような気がした。ニーナの反応は、マリオンを拒絶するというよりも、人間自体を拒絶しているような気がしてならなかった。
「ん? ニーナの股がねばねばする……。白い物が……なにこれ? ……まさか」
先ほど見た、侍従の不自然な慌てぶりをマリオンは思い出し、全てを察した。慌ててニーナの体を調べると、目立たない場所に鬱血痕が散りばめられていた。
ニーナは侍従に穢されたのだ。
(だから、ニーナに侍女を付けることに反対していたのか? ……いったい何時から……? もしかして、ご飯を食べる量が減った辺りから……? もう1か月以上経つ……。その間、ずっと……? 僕は、何を見ていたんだ?)
マリオンやメイド達のスケジュールを管理しているのは侍従だ。何時屋敷から不在になるのかも、全て把握していた。マリオンが学校に行っていって、呑気に授業を受けている間に、ニーナは侍従の慰み者となり、酷い目に逢っていたのだ。それで食事量が減っていたのだ。ずっとニーナは助けを求めていたのに、気が付いてあげることが出来なかった。
ずっと傍に居たのに、気が付いてあげられなかった己の不甲斐なさに、マリオンは苦悩した。そしてその怒りの矛先は侍従に向かった。
「……いくら可愛いからって、僕のニーナに手を出しやがって……! あいつ、ぶっ殺してやる……!」
蝶人間を育て始めた時には下心もあったが、卵から育てていくうちに親のような気持ちが芽生え、そのような下心はとっくに瓦解していた。
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