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しおりを挟むランスロット王子の笑い声が、遠くから聞える度に、未練がましい想いに駆られる。
けれども、私が抱えている、この想いは身勝手なものだ。自分のためにも、彼のためにも耐えなければいけなかった。今日は、出来るだけ彼には近寄らないほうがいいと、本能が訴えていた。
もし彼に声をかけてしまったら、この止めどなく溢れる気持ちを制御できなくなりそうで怖かった。なにより、ランスロット王子に、この気持ちを拒否されたら立ち直れそうになくって、それがまた恐怖を煽った。
それでも、奇麗な思い出として記憶に残したくて、もう1回だけ見ようと、無関心を装いつつ母の目を盗んで彼の居る方向を振り向いた。
その時、奇跡が起きた。
「え……?」
ランスロット王子と視線が合った時は、心臓が止まるかと思った。彼は目を丸くして、隣にいた彼の友人らしき人に耳打ちをする。
私がずっと見ていたのが気に入らなかったのだろうか。大股で彼が近寄ってくるのを見て、胸の動悸が酷くなった。
浅ましい気持ちが暴かれることを恐れて、私は安全なお母様の後ろに逃げ込んで、ドレスの端をギュッと握りしめた。
「お久しぶりです、マリア王妃」
「お久しぶりね。……ほら、とって喰わないんだから、レティアも挨拶しなさい。本当なら今回は、それが目的なんだし……、そうそう、良い子ね」
お母様の期待を裏切りたくなかった。おそるおそる、お母様の背後から抜け出して、スカートの裾を持ち、ペコリとお辞儀をしてから挨拶をする。ランスロット王子の視線が鋭くなったような気がして、息を呑んだ。
怖い。
恋心よりも不安が凌駕して、お母様の腕をとりピッタリと寄り添った。
「それにしてもランスロット王子……、ここに居ても、いいのかしら……? あなたの取り巻きが、凄い目でこっちを見ているわよ」
「ちょっと気になる子を見かけまして……」
「あら。私が気になるの? いくら私が美しくてもダメよ、人妻だから」
やけに色っぽく投げキッスをするお母様に、私は仰天した。
「おっ、お母さま……!」
「人妻には、流石の俺でも手を出しませんよ。レティア王女……? あっ、隠れないで、その可愛い顔を俺に見せておくれ」
「さすがに女を見る目がいいわね。……と言いたいところだけど、私の娘に手を出す気?」
お母様の辛辣な苦言も何のその、ランスロット王子は、再びお母様の後ろに隠れた私の腕を捕まえて、逃げられないように拘束すると、私の顔をしげしげと覗きこんだ。
それは時間的に言えば、とても短かったのだけれど、王子の瞳の色と、髪を撫でる指の感触を覚えている。
まるで永遠の瞬間のようだった。その後、色々と話かけられたけど、緊張で何を喋ったのか覚えていない。
「お姉さまだけずるい!! 私だって、ランスロット王子、狙ってたのに……!!」
そして帰りの馬車の中で不機嫌そうに騒ぐ異母妹の話を聞いていると、どうやら彼女もランスロット王子に恋をしたらしい。なんて罪な方だろうと思いつつ、彼と交わした接吻を思い出し、茹でダコのようになってしまった。
もっとも、接吻といっても、戯れのそれである。頬に軽く口づけられて、失神しそうになった。私が幼いこともあって、周囲の人は微笑ましい目で見ていたが、異母妹は、そのことも言っているのだろう。
お母様とお父様に、毎日していることなのに、彼にしてもらえたのは特別のような気がして、その日は悶々として眠れなかった。
それ以来、彼とは逢っていない。私の産みの母親であるマリアが流行り病によって亡くなり、正妃の座に異母妹の母アンが就いた。
その際の悶着が原因で、イシュラスとは事実上の国交断絶となった。
前王妃の娘である、私という存在は、権力掌握を目論むアン王妃にとって単なる駒でしかなかった。お父様の私に対する愛情は変わらなかったが、私を見るとお母様を思い出して辛いのか、お父様の寝室から離れた角部屋に追いやられた。
今考えると、母が亡くなった時から、アイリスという国の羅針盤は次第に狂い始めたのだと思う。
その部屋からは天気が良いと、イシュラスの山が遥か彼方に見えた。その光景を慰めに、数年間、叶わない恋に胸を痛めた。
結婚が決まってから、思いの丈を手紙にしたためようとしたが、書きながら涙がこぼれてきて、最後まで書くことが出来なかった。書きかけの手紙は、くしゃくしゃに丸めて、破り捨てた。
そして、私は想いを告げることなく異国の地へ嫁ぐことになった。結婚式でデルクへの永遠の愛を誓って、長きに渡った片思いも終止符を打つことになった。もとから叶わぬ恋と諦めていたのだが、それが現実となってさえ、身を焦がすような恋の炎は、燻っていた。
恋患いは癒えることなく、ふとした時に心が痛み、その度に泣きそうになった。
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