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ひよこ勇者と聖なる剣の伝説
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あれは何年前の話だろうか。
いくら聖なる剣の私であっても、その記憶はうろ覚えでしかない。それほど昔の話になる。私は元々、人間であった。数え切れないほどの大罪を犯したがために神に咎められ、剣に宿った魂だ。
そのため、記憶力も人並みだ。むしろ現役の賢者と比べたら劣るかもしれない。残念なことに記憶力は生前と同程度しかないようだ。
当時、私は賢者と呼ばれる魔法剣士だった。貴族出身ということもあり、それなりに魔法も剣も嗜んでいた上に、生まれつきの魔力が強大だったので百戦錬磨だった。
数多もの魔物を葬った私は、勇者と讃えられた。
今考えると本当に愚かだったが、向かう所敵なしだった私は奢っていたのだ。私は遊び半分で異世界から人を呼び寄せる、いわゆる召喚術を独学で覚えた。
そうして神の怒りを買った私は、聖遺物に魂を閉じ込められた。最初の数十年ぐらいは大分荒んでいたが、最初の相棒となる人間に出逢ってからは、すっかり改心した。
これは、私の遊びで人生が変わってしまった人々への罪滅ぼしなのだ。
しかし、私は『剣』という物質である。
私と同じように神に魂を閉じ込められた罪人や、聖なる剣として力を引き出せる者以外とは会話することさえできなかった。
そのため、何百年も倉庫の片隅に転がっているという事態にも、まま遭遇した。それでも、まだ現世には未練があった。
あの夢のような時を、また体感したいのだと思う。まるで永遠のような時の中を生きる私にとって、それは生きる意味でもあった。
『これで、最後だ……!』
私を掴む戦友の熱い手からは、生命の躍動感が克明に伝わるようだった。
この戦いで敗北を喫したら世界も悪の手に堕ちる。しかし、敵と彼の力は拮抗しており、勝てる保証など、どこにもなかった。
だが、負ける気など毛頭もないのだろう。
その瞳には決意がみなぎっていた。
心を震わせる瞬間だった。
彼の限界は、誰よりも私が分かっていた。
なにしろ、こうやって立っていること自体が奇跡だからだ。魔王から強烈なダメージを受け続けていて、もはやまともに戦えるのは彼1人となっている。
彼と、彼の仲間では力に差がありすぎる。ハーレム勇者たる彼の属性だから仕方のないことかもしれないが、知らず知らずの内に皆が彼に甘えていた。
だから彼は仲間に弱さを見せられなかった。背を向けて逃げることも出来ない立場にいた。もはや魔力も尽きかけ、敗北寸前にまで追い込まれていても表情は変わらない。
何時も彼は真剣で真っすぐだった。
苦境にいることに微塵も気がつかせないほど、その顔は前を向いている。
きっと、そのことは彼が倒れ伏すまで、誰も気がつかないだろう。
『ごめんな、レイラ』
直接響いてくる言の葉に隠れる彼の気持ちに、声が出なかった。
それだけ、私は彼の傍に居て、すべてを見てきた。
私は、聖なる剣として国に納められていた。それは騎士の中でも、『条件』を満たした者だけが手にすることが出来ると代々伝えられていった。
けれど、その『条件』を満たす者は何時まで経っても現れることはなかった。いくら気の長い私でも痺れをきらし始めていたある時、新入りの騎士だった彼、コロ=シュバルツが聖なる剣の使い手として手を挙げた。
お前ごときの剣術も不十分な騎士が、聖剣の使い手として選ばれるわけがないと、私から見ると老害でしかない男から嘲笑されていた。
けれど私は、彼のことが気になっていた。
だから『条件』を満たすのが、彼だといいなと思っていた。
家族を魔物に殺された騎士の、泣き腫らした目には、強い炎が宿っていた。
有無を言わせぬ、その気迫は将来性が見込めると思った。まだ若い騎士の彼には、私を扱うのは重いかもしれないと思ったが、私は彼に使われたかった。
『お前の名は?』
『え? ロゼッタさん、何か言いましたか?』
『いえ? 何も言っていませんが?』
『女の人の声が聞こえたような気がしたのですが……空耳かな』
『おい、大丈夫か。そんなんで』
その会話を聞いて、私は真顔になった。
これは心外だった。
たしかに私が人間だった頃から優顔だの女みたいだの言われ続けていたが、まさかそのトラウマに触れてくれるとは、思いもしなかった。
けれども、この会話で彼が『条件』を満たしているということが分かった。
私の声が、彼には届いた。
それだけで、彼は神に選ばれた人間なのだということが分かった。そうやって、私は代々の持ち主に力を与えてきたのだ。
そうして、私は彼と魔物退治に旅立った。
悲しいことも、楽しいことも、すべてを分かち合った。
彼との思い出が走馬灯のように巡った。
『これで、俺も終わりかもしれない。ガルバディス……今まで本当にありがとう』
そう言って、彼は雄たけびを上げると、すべての魔力を私に注ぎ込み、己よりも遥か格上の敵に挑んだ。彼は、命を賭して、走った。
激戦の後かろうじて勝つことが出来たのは、陳腐な言い方かもしれないが神の加護があったおかげだと思う。
そうでなければ、説明がつかなかった。
魔王を討伐した彼は勇者と呼ばれ、名声を欲しいままにしたが、しばらくしてから騎士であることを辞めて私と放浪の旅に出ることになった。その道中、遠く離れた田舎で静養していた姫と出逢い、恋をして、彼は愛する人を得た。
きっと其の魂は脈々と受け継がれていることだろう。
彼が死んでも、私と彼の絆は永遠だ。彼に関わることが出来たのは誇りにさえ思っている。武器屋の飾りという極めて不遇なる中でも、ことさら美しい思い出として燦爛と輝いていた。
思えば、あっという間に1000年という時が過ぎた。それもそのはず、その大半は寝て過ごした。魔力を剣に注ぎ込まれたら、多少の差はあれども高揚するし、生きているという実感がある。
しかし、倉庫に大切に保管されていたら、それも叶わない。
時々倉庫から出されて手入れをされるが、それだけである。また1時間もしない内に、箱にいれて倉庫へと仕舞われるのだ。
そのような生活が、およそ500年は続いたと思う。
まるで棺の中にいるようだなと、私は思った。そして、その生活が一変したのは、500年が過ぎた頃だった。魔物が国に襲来したのだと、噂話を耳にした。
そして、それはチャンスだと思った。
平和な時には、剣は無用の長物である。
この機会に、私は国から脱出したいと思っていた。
このまま国宝にされていたら、死んでいるも同然だったからだ。しかし無情にも時は流れて、さらに100年が過ぎた。
ところがここで転機が起きる。
馬鹿王子が、遊ぶ金欲しさに私を手放したのだ。
そして私の挫折と絶望の日々が始まった。
売却先の国で私は盗難という憂き目に逢った。いかに聖なる剣と言えども、神に選ばれた使い手でなければ、その秘められた力は使えない。
そのため、なまくら剣だの、偽物だのと、様々な罵詈雑言を吐かれては、その価値を知らない者たちによって転売が繰り返された。
今の武器屋に持ち込んだのは農家の男の嫁だ。
『いやぁ、いくら薪を切っても斬れ味が落ちないなんて不思議な剣だのぉ』
彼は聖なる剣を薪割りの斧代わりに使っていた。いや、その生活の厳しさは分かっていたから、すこしでも役にたてるならまだ良かったのだが、彼が高齢のために亡くなった後が問題だった。
『この剣、きもちわるかったのよね。さっさと鉄クズにしろ何にしろ処分したいわ』
『でも母ちゃん、これは父ちゃんの形見じゃ』
『何か言った?』
母の良い笑顔に、息子は沈黙した。
『前、武器屋に持って行ったけど、まぁ家計の足しぐらいにはなるでしょ』
そうして転がりこんだのが、人の良い店主のいる武器屋だ。武器屋に売られた私は危うく鉄クズにされるところだったが、そこは聖なる剣の底力で溶けなかった。
装飾も派手だったので、しかたなく飾りとして店に置いてくれた。ちなみに、その武器屋では仲間が出来た。鈍器のイシュバルだ。
「はっはっは、借金のカタにされてさぁ」
「お互いに大変だったなぁ……」
「オレは魔王を復活させて神さまに雷落とされたんだけど、アンタは何したの?」
「ちょっと異世界の召喚術を」
「すげぇな!」
もっとも、和やかには程遠い会話だった。こいつがコロの家族が殺された元凶か、と口元が引き攣る勢いだった。
「ぜったい俺は魔王をまた復活させるんだ!」
「懲りないな」
「もちろんだぜ! 俺の惚れた女なんだからな、ぜったい復活させるんだ!」
たしかに魔王は女だった。それも美人だった。けれど、人に害を成すのは確実で、眉を顰めるしかない。なぜこんなやつを野放しにしたのか、神の考えることが分からなかった。
尻ぬぐいするのは、いつも私なのだ。
そうして、また時が過ぎた。
何時ものような孤独感が無かったのは、やんややんやと騒ぐ同居人がいたからかもしれない。そんな彼も、主人を得て去っていった。
「あんな鈍器が売れたのに、これほんと売れないなあ」
すでに人の良い店主も何代か変わっていた。その呟きに、私は焦った。間違えたら土に埋められるかもしれない。
そうなったら、お先は真っ暗だ。そんなある日、数名の男に連れられて、彼らには不釣り合いな少女が武器屋に来た。黒髪、黒目の大人しそうな少女だったが、この世界では異質だ。黒髪で黒目など、この世界には存在しないからだ。そして私には思い当たることがあった。
「異世界の者か?」
「はい!?」
思わず独りごとを呟いた。すると、素っ頓狂な少女の声が響いた。
「もしかしなくとも、神に選ばれし者か」
「へ? え? え……?」
思わず声も上擦ってしまう。喉から手が出るほど欲しかった主人候補が目の前にいるのだ。前回の候補はイシュバルに盗られてしまったから、ここは自分をアピールすべきだなと私は張り切った。男たちが彼女に武器を見せているということは、彼女用の武器を探しているのだろう。
しかし、私は目を疑った。
「なんで泣くんだ!?」
「だ、だ、だって、私の言葉、わかるんですよね?」
号泣する少女に、俺は絶句した。突然泣きだした少女に、男たちも何があったのかと、うろたえている。
「そりゃ聞えるが」
「私、この世界の言葉が……、わからないんです」
ハッと、あることに気が付いた。彼女を取り囲む男たちは、彼女の機嫌をとろうと必死に声をかけているのに、彼女はまったくその返事をしようとしなかった。
いや、できないのだろう。
そもそも異世界の門は閉じたはずなので、異世界から来れるわけがない。異世界から来ても、神の加護があるはずなので会話は難なくできるはずだった。
これは何かが起きているということだ。
忌まわしきシュバルツの姿を思い出して、私は苦笑いした。これも運命なのかもしれない。私の場合は、脳に直接働きかけるから分かるのだろう。
「私は、花咲 狐呂と申します」
「コロ!?」
「はい!」
何という運命の気まぐれだろう。
人の魂は転生をするという。もしかすると、あのコロも狐呂として生を受けたのかもしれない。それで惹かれたのだろうか、と思ったが違うなと考え直した。
見目が良くて人の目を惹くのはコロと同じだが、彼女は余程大事に育てられたらしく、人を疑うことを知らず、見ていて危なっかしい。
人は育った環境で、変わっていくのだろう。
「私の名はガルバディスです」
「あの、ガルちゃんって呼んでもいいですか?」
「私は男ですが!」
思わずツッコんで、私は気が付いた。涙をぷるぷるとたまらせた薄倖な美少女……そして、その姿に唾を飲み込む、男ども。
「いい! いいから泣くな!!」
いったい彼女が、どのような事情で彼らに保護されているのかは分からなかったが、彼らの少女を見る目は恋する男だ。
そういえばコロもハーレム勇者だった。
ということは、彼女もハーレム勇者としての宿命があるのかもしれない。すでに暗雲は立ち込めていることに、否が応でも気がついた。
女のどろどろとした争いを思い出して、ブルリと背筋が震えるような気がした。鼻先に人参をぶら下げられた馬のように、早まったことをしてしまったかと思ったが、嬉しそうに私の刀身を撫でる彼女に、悪い気はしなかった。
私が求めるような、魂を揺さぶる戦いは、当分望めない。それどころか、それ以外の部分で気力をすり減らされそうである。
「ガルちゃん! スライム? やっつけましたよ! ……やっつけたんですよね?」
「ああ、これで討伐完了だ。良くやったな!」
けれども、私はどこかそれを楽しんでいた。久しぶりに感じる心のふれあいに、1から育てるのも良いかもしれないと思った。
魔王を倒したのに、コロは嬉しそうじゃなかった。
すこし後悔していたのだ。
最後の最後で魔王と退治した時、私はその理知的な姿に驚いたぐらいだった。それこそ話合う余地は残っているように見えた。あんな悲しい想いをさせるぐらいなら、戦いに巻き込まなければ良かったと思うほどだった。
彼の願いは、彼の家族を殺した魔物を倒した時点で終わっていて、魔王討伐はその延長線上だったからだ。
すべてが終わった後の彼は、まるで懺悔するかのように涙を流した。
戦いを望まない少女に、しろというのも酷な話だ。彼女の人生は、彼女のもので、押し付けるべきではない。
けれども、イシュバルの事も気になる。あれだけ堂々と魔王を復活させると言っていたのだ。けれど、それを阻止するにも彼女では力不足だ。
もしそうなった時に、彼女が選択できるように、私は指導することにした。
「どッ、どうしよう! おっきい蜂がきます!」
「落ちつけ。習ったように私に魔力を込めて戦うんだ。……なぁに狐呂なら出来るさ」
たまには、『聖なる剣』ではなくて『ただの護身用の剣』として少女の傍にいるのも悪くないと、私は思った。
いくら聖なる剣の私であっても、その記憶はうろ覚えでしかない。それほど昔の話になる。私は元々、人間であった。数え切れないほどの大罪を犯したがために神に咎められ、剣に宿った魂だ。
そのため、記憶力も人並みだ。むしろ現役の賢者と比べたら劣るかもしれない。残念なことに記憶力は生前と同程度しかないようだ。
当時、私は賢者と呼ばれる魔法剣士だった。貴族出身ということもあり、それなりに魔法も剣も嗜んでいた上に、生まれつきの魔力が強大だったので百戦錬磨だった。
数多もの魔物を葬った私は、勇者と讃えられた。
今考えると本当に愚かだったが、向かう所敵なしだった私は奢っていたのだ。私は遊び半分で異世界から人を呼び寄せる、いわゆる召喚術を独学で覚えた。
そうして神の怒りを買った私は、聖遺物に魂を閉じ込められた。最初の数十年ぐらいは大分荒んでいたが、最初の相棒となる人間に出逢ってからは、すっかり改心した。
これは、私の遊びで人生が変わってしまった人々への罪滅ぼしなのだ。
しかし、私は『剣』という物質である。
私と同じように神に魂を閉じ込められた罪人や、聖なる剣として力を引き出せる者以外とは会話することさえできなかった。
そのため、何百年も倉庫の片隅に転がっているという事態にも、まま遭遇した。それでも、まだ現世には未練があった。
あの夢のような時を、また体感したいのだと思う。まるで永遠のような時の中を生きる私にとって、それは生きる意味でもあった。
『これで、最後だ……!』
私を掴む戦友の熱い手からは、生命の躍動感が克明に伝わるようだった。
この戦いで敗北を喫したら世界も悪の手に堕ちる。しかし、敵と彼の力は拮抗しており、勝てる保証など、どこにもなかった。
だが、負ける気など毛頭もないのだろう。
その瞳には決意がみなぎっていた。
心を震わせる瞬間だった。
彼の限界は、誰よりも私が分かっていた。
なにしろ、こうやって立っていること自体が奇跡だからだ。魔王から強烈なダメージを受け続けていて、もはやまともに戦えるのは彼1人となっている。
彼と、彼の仲間では力に差がありすぎる。ハーレム勇者たる彼の属性だから仕方のないことかもしれないが、知らず知らずの内に皆が彼に甘えていた。
だから彼は仲間に弱さを見せられなかった。背を向けて逃げることも出来ない立場にいた。もはや魔力も尽きかけ、敗北寸前にまで追い込まれていても表情は変わらない。
何時も彼は真剣で真っすぐだった。
苦境にいることに微塵も気がつかせないほど、その顔は前を向いている。
きっと、そのことは彼が倒れ伏すまで、誰も気がつかないだろう。
『ごめんな、レイラ』
直接響いてくる言の葉に隠れる彼の気持ちに、声が出なかった。
それだけ、私は彼の傍に居て、すべてを見てきた。
私は、聖なる剣として国に納められていた。それは騎士の中でも、『条件』を満たした者だけが手にすることが出来ると代々伝えられていった。
けれど、その『条件』を満たす者は何時まで経っても現れることはなかった。いくら気の長い私でも痺れをきらし始めていたある時、新入りの騎士だった彼、コロ=シュバルツが聖なる剣の使い手として手を挙げた。
お前ごときの剣術も不十分な騎士が、聖剣の使い手として選ばれるわけがないと、私から見ると老害でしかない男から嘲笑されていた。
けれど私は、彼のことが気になっていた。
だから『条件』を満たすのが、彼だといいなと思っていた。
家族を魔物に殺された騎士の、泣き腫らした目には、強い炎が宿っていた。
有無を言わせぬ、その気迫は将来性が見込めると思った。まだ若い騎士の彼には、私を扱うのは重いかもしれないと思ったが、私は彼に使われたかった。
『お前の名は?』
『え? ロゼッタさん、何か言いましたか?』
『いえ? 何も言っていませんが?』
『女の人の声が聞こえたような気がしたのですが……空耳かな』
『おい、大丈夫か。そんなんで』
その会話を聞いて、私は真顔になった。
これは心外だった。
たしかに私が人間だった頃から優顔だの女みたいだの言われ続けていたが、まさかそのトラウマに触れてくれるとは、思いもしなかった。
けれども、この会話で彼が『条件』を満たしているということが分かった。
私の声が、彼には届いた。
それだけで、彼は神に選ばれた人間なのだということが分かった。そうやって、私は代々の持ち主に力を与えてきたのだ。
そうして、私は彼と魔物退治に旅立った。
悲しいことも、楽しいことも、すべてを分かち合った。
彼との思い出が走馬灯のように巡った。
『これで、俺も終わりかもしれない。ガルバディス……今まで本当にありがとう』
そう言って、彼は雄たけびを上げると、すべての魔力を私に注ぎ込み、己よりも遥か格上の敵に挑んだ。彼は、命を賭して、走った。
激戦の後かろうじて勝つことが出来たのは、陳腐な言い方かもしれないが神の加護があったおかげだと思う。
そうでなければ、説明がつかなかった。
魔王を討伐した彼は勇者と呼ばれ、名声を欲しいままにしたが、しばらくしてから騎士であることを辞めて私と放浪の旅に出ることになった。その道中、遠く離れた田舎で静養していた姫と出逢い、恋をして、彼は愛する人を得た。
きっと其の魂は脈々と受け継がれていることだろう。
彼が死んでも、私と彼の絆は永遠だ。彼に関わることが出来たのは誇りにさえ思っている。武器屋の飾りという極めて不遇なる中でも、ことさら美しい思い出として燦爛と輝いていた。
思えば、あっという間に1000年という時が過ぎた。それもそのはず、その大半は寝て過ごした。魔力を剣に注ぎ込まれたら、多少の差はあれども高揚するし、生きているという実感がある。
しかし、倉庫に大切に保管されていたら、それも叶わない。
時々倉庫から出されて手入れをされるが、それだけである。また1時間もしない内に、箱にいれて倉庫へと仕舞われるのだ。
そのような生活が、およそ500年は続いたと思う。
まるで棺の中にいるようだなと、私は思った。そして、その生活が一変したのは、500年が過ぎた頃だった。魔物が国に襲来したのだと、噂話を耳にした。
そして、それはチャンスだと思った。
平和な時には、剣は無用の長物である。
この機会に、私は国から脱出したいと思っていた。
このまま国宝にされていたら、死んでいるも同然だったからだ。しかし無情にも時は流れて、さらに100年が過ぎた。
ところがここで転機が起きる。
馬鹿王子が、遊ぶ金欲しさに私を手放したのだ。
そして私の挫折と絶望の日々が始まった。
売却先の国で私は盗難という憂き目に逢った。いかに聖なる剣と言えども、神に選ばれた使い手でなければ、その秘められた力は使えない。
そのため、なまくら剣だの、偽物だのと、様々な罵詈雑言を吐かれては、その価値を知らない者たちによって転売が繰り返された。
今の武器屋に持ち込んだのは農家の男の嫁だ。
『いやぁ、いくら薪を切っても斬れ味が落ちないなんて不思議な剣だのぉ』
彼は聖なる剣を薪割りの斧代わりに使っていた。いや、その生活の厳しさは分かっていたから、すこしでも役にたてるならまだ良かったのだが、彼が高齢のために亡くなった後が問題だった。
『この剣、きもちわるかったのよね。さっさと鉄クズにしろ何にしろ処分したいわ』
『でも母ちゃん、これは父ちゃんの形見じゃ』
『何か言った?』
母の良い笑顔に、息子は沈黙した。
『前、武器屋に持って行ったけど、まぁ家計の足しぐらいにはなるでしょ』
そうして転がりこんだのが、人の良い店主のいる武器屋だ。武器屋に売られた私は危うく鉄クズにされるところだったが、そこは聖なる剣の底力で溶けなかった。
装飾も派手だったので、しかたなく飾りとして店に置いてくれた。ちなみに、その武器屋では仲間が出来た。鈍器のイシュバルだ。
「はっはっは、借金のカタにされてさぁ」
「お互いに大変だったなぁ……」
「オレは魔王を復活させて神さまに雷落とされたんだけど、アンタは何したの?」
「ちょっと異世界の召喚術を」
「すげぇな!」
もっとも、和やかには程遠い会話だった。こいつがコロの家族が殺された元凶か、と口元が引き攣る勢いだった。
「ぜったい俺は魔王をまた復活させるんだ!」
「懲りないな」
「もちろんだぜ! 俺の惚れた女なんだからな、ぜったい復活させるんだ!」
たしかに魔王は女だった。それも美人だった。けれど、人に害を成すのは確実で、眉を顰めるしかない。なぜこんなやつを野放しにしたのか、神の考えることが分からなかった。
尻ぬぐいするのは、いつも私なのだ。
そうして、また時が過ぎた。
何時ものような孤独感が無かったのは、やんややんやと騒ぐ同居人がいたからかもしれない。そんな彼も、主人を得て去っていった。
「あんな鈍器が売れたのに、これほんと売れないなあ」
すでに人の良い店主も何代か変わっていた。その呟きに、私は焦った。間違えたら土に埋められるかもしれない。
そうなったら、お先は真っ暗だ。そんなある日、数名の男に連れられて、彼らには不釣り合いな少女が武器屋に来た。黒髪、黒目の大人しそうな少女だったが、この世界では異質だ。黒髪で黒目など、この世界には存在しないからだ。そして私には思い当たることがあった。
「異世界の者か?」
「はい!?」
思わず独りごとを呟いた。すると、素っ頓狂な少女の声が響いた。
「もしかしなくとも、神に選ばれし者か」
「へ? え? え……?」
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しかし、私は目を疑った。
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そもそも異世界の門は閉じたはずなので、異世界から来れるわけがない。異世界から来ても、神の加護があるはずなので会話は難なくできるはずだった。
これは何かが起きているということだ。
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「私は、花咲 狐呂と申します」
「コロ!?」
「はい!」
何という運命の気まぐれだろう。
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見目が良くて人の目を惹くのはコロと同じだが、彼女は余程大事に育てられたらしく、人を疑うことを知らず、見ていて危なっかしい。
人は育った環境で、変わっていくのだろう。
「私の名はガルバディスです」
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ということは、彼女もハーレム勇者としての宿命があるのかもしれない。すでに暗雲は立ち込めていることに、否が応でも気がついた。
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「ガルちゃん! スライム? やっつけましたよ! ……やっつけたんですよね?」
「ああ、これで討伐完了だ。良くやったな!」
けれども、私はどこかそれを楽しんでいた。久しぶりに感じる心のふれあいに、1から育てるのも良いかもしれないと思った。
魔王を倒したのに、コロは嬉しそうじゃなかった。
すこし後悔していたのだ。
最後の最後で魔王と退治した時、私はその理知的な姿に驚いたぐらいだった。それこそ話合う余地は残っているように見えた。あんな悲しい想いをさせるぐらいなら、戦いに巻き込まなければ良かったと思うほどだった。
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すべてが終わった後の彼は、まるで懺悔するかのように涙を流した。
戦いを望まない少女に、しろというのも酷な話だ。彼女の人生は、彼女のもので、押し付けるべきではない。
けれども、イシュバルの事も気になる。あれだけ堂々と魔王を復活させると言っていたのだ。けれど、それを阻止するにも彼女では力不足だ。
もしそうなった時に、彼女が選択できるように、私は指導することにした。
「どッ、どうしよう! おっきい蜂がきます!」
「落ちつけ。習ったように私に魔力を込めて戦うんだ。……なぁに狐呂なら出来るさ」
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