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『ゾンビな恋人(2)』
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目が覚めた時には、朝になっていた。
動かないゾユルの死体が体のすぐ横にあって、ぎょっとする。
おそるおそる首に指を添えてみたが、かすかな脈動も感じなかった。
呼吸も途絶えたままだ。
――やはり、死んでいるようだ。
私は、動かないことを確認して、へなへなと座り込んだ。
助けを求めに行こうにも、腰が抜けていて動けない。
「……?」
ズキリと下腹部に痛みを感じて指で触ると、粘り気のある液体と共に僅かな血がついていた。
「え、何……これって……」
ゾユルの死体を見る。
下半身だけ何も身に着けていない。
「――まさか」
さあっと私は顔を青くした。
私は、死体と性行為をしたのか?
どうしたらいいのかわからず、茫然自失としていると、しわがれた声が墓場に響いた。
「安心せい。ゾンビに女を妊娠させる生殖機能はないわ」
「ババ様……!」
その声に、私は安堵した。こんなに心強い人はいない。
ババ様は、賢者と呼ばれた宮廷魔法使いだったが、人付き合いに嫌煙したとかで引退し、村外れの一軒家に住んでいる。
私のような人間にも分け隔てなく接してくれる気さくな人で、親交があった。
「いったい何があったんじゃ? そのゾンビ……ゾユルか!」
「そ、それが、私にも何が何やら……」
ゾンビ、という言葉に、私はハッとする。
そうだ、死体が動くわけがない。
「ゾユルは……ゾンビになったのですか?」
「そうみたいだな。ゾンビは夜にしか動けん。夜までに燃やしておけば、問題なかろう」
ババ様の言葉に、ゾユルのご両親の顔を思い浮かべた。
息子が亡くなったと知り、取り乱していたご両親の顔を。
ゾユルの母親は寝込み、父親は息子への想いを振り切るように仕事をしている。
ただ亡くなったというだけでなく、息子がゾンビになったという事を知って、どんなに心を痛めるだろうか。
「とりあえず、このゾンビを浄化しよう。少し待っておれ」
着ていた外套を私に手渡し、聖水が家にあると言って取りに戻った。
息を荒げながら数分でババ様は戻ってきた。
「ババアを走らせよって……」
と文句を言いながら、ババ様はゾユルに聖水を降りかけようとした。
だが、バチッと光の膜が出来て、聖水は四散した。
「なんと……!? これは……!」
驚愕するババ様に、嫌な予感がした。
「まずいことになった。これはわしの手には負えない」
「な、何故ですか……!?」
「……ゾユルは、聖なる力を持っていたのではないか?」
「ゾユルは、神父様の息子でしたから……もしかしたら……」
「信じられん事だが…… 聖水に耐性があるに違いない」
「ど、どうしたらいいでしょうか……!」
目の前が真っ暗になりそうになりながらも、私に出来る事なら何でもしますと、ババ様に懇願した。
「リリアーヌ。おぬしに聞きたいことがある」
「はい。何でしょうか?」
「この墓の前で、何かしなかったか? 黒魔術とか」
「いえ! いえ! そんな……ただ、生き返って欲しいとは……言いましたが」
こんな形で蘇るとは思っていなかった。
ババ様は、じいっと私を見て言った。
「おぬし……もしかすると、ネクロマンサーの才があるやもしれぬの」
「ネクロマンサー?」
「……ネクロマンサーは……、見つかったら死罪じゃ」
私は目を見開いた。
「な、何故ですか……!?」
「ネクロマンサーは死者を動かす能力を持つ。歓迎されるわけがあるまい。特に偏見の強い地域なら猶更じゃの。もし、おぬしがネクロマンサーの才があるのなら、その事はこれから生涯隠しとさねばならぬ」
「は、はい」
「ネクロマンサーの術はわしも少しは知っておる。やり方を教えるから、おぬしがゾユルを制御するのだ」
「ええ……!?」
「失敗したら……」
「このゾンビの力は未知数じゃ。おそらくは先日のゴブリンよりも遥かに強いだろう。あの聖水の効果が全くないということは、魔術でも効果があるかどうか……わしやおぬしだけではない。この村の住人は全て死ぬ」
ババ様はそこまで言うと、真剣な顔つきで沈黙した。
ゾユルのためにも、私のためにも、村のためにも。
――失敗出来ない。
「イタッ……!」
私は、ババ様に教えを乞い、見よう見まねでゾユルの体に紋様を施した。
指先を切り、血をゾユルに垂らす。
青い光が、ゾユルを覆った。
そして、ババ様に教えてもらった呪文を唱える。
「――汝、我に逆らうことなかれ。さすれば我、汝に生をもたらそう」
光が収束する。
むくり、とゾユルが起き上がって、私は悲鳴を押し殺すのに必死だった。
ゾンビは私を見て―― キスしようとしてきた。
「汝、我に逆らうことなかれ!」
ビクッ、とゾユルのゾンビは動かなくなった。
「よし! 良くやったぞ!」
ババ様の言葉に、私は泣くしかなかった。
そしてその数時間後。
私は旅支度をしていた。
ゾユルを浄化するため旅に出ることにしたのだ。
「ババ様、本当にありがとう」
ババ様は、少なくて申し訳ないが旅支度に使ってくれと言って、お金を手渡してくれた。
それは数年間、遊んで暮らせるほどの大金だった。
「いやなに。本当はついて行きたいんだが……、すまんの。足が思うように動かなくてな……年は取りたくないものだ」
「これは私のせいで起こしちゃった事だから……私が、その責任はとらないといけないんです」
膝が痛いと、ずっとぼやいていたババ様を、先の見えない長旅に付き合わせるわけにいかない。
こんな事になったのも、私が蘇ってくれと願ったからだ。
幸いにもゾユルは埋葬されたばかりのゾンビだったから、多少臭うが連れて歩いていても、あまり支障はない。
人間のようにしろと言えば、その通りにするのだから。
ただ、夜にしか動けないのは問題だった。
移動手段が、馬を借りるか、徒歩で行くかの2択だったからだ。
何より、いくら愛していた人のゾンビだとはいえ、ゾンビはゾンビである。
すんごい怖かった。
そして、ゾユルのゾンビは、悪賢かった。
風邪をひいて寝込んでいる私を見て、私の手足をしばり、口に服の切れ端を突っ込み、一晩中犯したり、
歩いている最中に私を転倒させて犯すなど、悪事を働いた。
なぜかゾユルのゾンビは薄暗い部屋なら昼間でも活動可能らしくて、見誤ると大変な事になった。
かといって、毎日のように野宿するのは耐えられない。
ある時、ゾユルがブツブツ呟いているのが気になって、耳をそばだててみると、
「セックスセックスセックスセックス」
……聞こえないほうが良かった。
私は顔を伏せて、聞こえた言葉を忘れようと努めた。
「今日は、大丈夫だよね……!?」
何重にも対策を施してから就寝するのだが、何時何が起きるかわからない。
ゾユルゾンビのおかげで私は何時もビクビクして、睡眠不足になった。
そして、すっかり昼夜逆転する生活をする事になった。
旅に出てから数か月後、無事他のネクロマンサーと逢えたが、事情を説明したら号泣された。
「セックスにそんなに執着するだなんて……! きっと、君を抱きたかったんだよ! よっぽど死ぬ時に心残りだったんだね!」
ゾユルのゾンビは、めっちゃ頷いて、ネクロマンサーの男性と固く握手を交わしていた。
このネクロマンサーの男性に、私はババ様の手紙を渡したが、
「あ、このゾンビ、私にも無理です」
と一蹴されて、卒倒しそうになった。
ゾンビになる前の、ゾユルと付き合っていた頃の甘酸っぱい思い出が走馬灯のように浮かび、消えていく。
「貴女、私以上にネクロマンサーの才能がありますね! すごいですよ、これは!」
とてつもなく大きな宝石の原石を見つけた!みたいな感じで、恍惚とした視線を向けてくるネクロマンサーの男性に、私は涙するしかなかった。
動かないゾユルの死体が体のすぐ横にあって、ぎょっとする。
おそるおそる首に指を添えてみたが、かすかな脈動も感じなかった。
呼吸も途絶えたままだ。
――やはり、死んでいるようだ。
私は、動かないことを確認して、へなへなと座り込んだ。
助けを求めに行こうにも、腰が抜けていて動けない。
「……?」
ズキリと下腹部に痛みを感じて指で触ると、粘り気のある液体と共に僅かな血がついていた。
「え、何……これって……」
ゾユルの死体を見る。
下半身だけ何も身に着けていない。
「――まさか」
さあっと私は顔を青くした。
私は、死体と性行為をしたのか?
どうしたらいいのかわからず、茫然自失としていると、しわがれた声が墓場に響いた。
「安心せい。ゾンビに女を妊娠させる生殖機能はないわ」
「ババ様……!」
その声に、私は安堵した。こんなに心強い人はいない。
ババ様は、賢者と呼ばれた宮廷魔法使いだったが、人付き合いに嫌煙したとかで引退し、村外れの一軒家に住んでいる。
私のような人間にも分け隔てなく接してくれる気さくな人で、親交があった。
「いったい何があったんじゃ? そのゾンビ……ゾユルか!」
「そ、それが、私にも何が何やら……」
ゾンビ、という言葉に、私はハッとする。
そうだ、死体が動くわけがない。
「ゾユルは……ゾンビになったのですか?」
「そうみたいだな。ゾンビは夜にしか動けん。夜までに燃やしておけば、問題なかろう」
ババ様の言葉に、ゾユルのご両親の顔を思い浮かべた。
息子が亡くなったと知り、取り乱していたご両親の顔を。
ゾユルの母親は寝込み、父親は息子への想いを振り切るように仕事をしている。
ただ亡くなったというだけでなく、息子がゾンビになったという事を知って、どんなに心を痛めるだろうか。
「とりあえず、このゾンビを浄化しよう。少し待っておれ」
着ていた外套を私に手渡し、聖水が家にあると言って取りに戻った。
息を荒げながら数分でババ様は戻ってきた。
「ババアを走らせよって……」
と文句を言いながら、ババ様はゾユルに聖水を降りかけようとした。
だが、バチッと光の膜が出来て、聖水は四散した。
「なんと……!? これは……!」
驚愕するババ様に、嫌な予感がした。
「まずいことになった。これはわしの手には負えない」
「な、何故ですか……!?」
「……ゾユルは、聖なる力を持っていたのではないか?」
「ゾユルは、神父様の息子でしたから……もしかしたら……」
「信じられん事だが…… 聖水に耐性があるに違いない」
「ど、どうしたらいいでしょうか……!」
目の前が真っ暗になりそうになりながらも、私に出来る事なら何でもしますと、ババ様に懇願した。
「リリアーヌ。おぬしに聞きたいことがある」
「はい。何でしょうか?」
「この墓の前で、何かしなかったか? 黒魔術とか」
「いえ! いえ! そんな……ただ、生き返って欲しいとは……言いましたが」
こんな形で蘇るとは思っていなかった。
ババ様は、じいっと私を見て言った。
「おぬし……もしかすると、ネクロマンサーの才があるやもしれぬの」
「ネクロマンサー?」
「……ネクロマンサーは……、見つかったら死罪じゃ」
私は目を見開いた。
「な、何故ですか……!?」
「ネクロマンサーは死者を動かす能力を持つ。歓迎されるわけがあるまい。特に偏見の強い地域なら猶更じゃの。もし、おぬしがネクロマンサーの才があるのなら、その事はこれから生涯隠しとさねばならぬ」
「は、はい」
「ネクロマンサーの術はわしも少しは知っておる。やり方を教えるから、おぬしがゾユルを制御するのだ」
「ええ……!?」
「失敗したら……」
「このゾンビの力は未知数じゃ。おそらくは先日のゴブリンよりも遥かに強いだろう。あの聖水の効果が全くないということは、魔術でも効果があるかどうか……わしやおぬしだけではない。この村の住人は全て死ぬ」
ババ様はそこまで言うと、真剣な顔つきで沈黙した。
ゾユルのためにも、私のためにも、村のためにも。
――失敗出来ない。
「イタッ……!」
私は、ババ様に教えを乞い、見よう見まねでゾユルの体に紋様を施した。
指先を切り、血をゾユルに垂らす。
青い光が、ゾユルを覆った。
そして、ババ様に教えてもらった呪文を唱える。
「――汝、我に逆らうことなかれ。さすれば我、汝に生をもたらそう」
光が収束する。
むくり、とゾユルが起き上がって、私は悲鳴を押し殺すのに必死だった。
ゾンビは私を見て―― キスしようとしてきた。
「汝、我に逆らうことなかれ!」
ビクッ、とゾユルのゾンビは動かなくなった。
「よし! 良くやったぞ!」
ババ様の言葉に、私は泣くしかなかった。
そしてその数時間後。
私は旅支度をしていた。
ゾユルを浄化するため旅に出ることにしたのだ。
「ババ様、本当にありがとう」
ババ様は、少なくて申し訳ないが旅支度に使ってくれと言って、お金を手渡してくれた。
それは数年間、遊んで暮らせるほどの大金だった。
「いやなに。本当はついて行きたいんだが……、すまんの。足が思うように動かなくてな……年は取りたくないものだ」
「これは私のせいで起こしちゃった事だから……私が、その責任はとらないといけないんです」
膝が痛いと、ずっとぼやいていたババ様を、先の見えない長旅に付き合わせるわけにいかない。
こんな事になったのも、私が蘇ってくれと願ったからだ。
幸いにもゾユルは埋葬されたばかりのゾンビだったから、多少臭うが連れて歩いていても、あまり支障はない。
人間のようにしろと言えば、その通りにするのだから。
ただ、夜にしか動けないのは問題だった。
移動手段が、馬を借りるか、徒歩で行くかの2択だったからだ。
何より、いくら愛していた人のゾンビだとはいえ、ゾンビはゾンビである。
すんごい怖かった。
そして、ゾユルのゾンビは、悪賢かった。
風邪をひいて寝込んでいる私を見て、私の手足をしばり、口に服の切れ端を突っ込み、一晩中犯したり、
歩いている最中に私を転倒させて犯すなど、悪事を働いた。
なぜかゾユルのゾンビは薄暗い部屋なら昼間でも活動可能らしくて、見誤ると大変な事になった。
かといって、毎日のように野宿するのは耐えられない。
ある時、ゾユルがブツブツ呟いているのが気になって、耳をそばだててみると、
「セックスセックスセックスセックス」
……聞こえないほうが良かった。
私は顔を伏せて、聞こえた言葉を忘れようと努めた。
「今日は、大丈夫だよね……!?」
何重にも対策を施してから就寝するのだが、何時何が起きるかわからない。
ゾユルゾンビのおかげで私は何時もビクビクして、睡眠不足になった。
そして、すっかり昼夜逆転する生活をする事になった。
旅に出てから数か月後、無事他のネクロマンサーと逢えたが、事情を説明したら号泣された。
「セックスにそんなに執着するだなんて……! きっと、君を抱きたかったんだよ! よっぽど死ぬ時に心残りだったんだね!」
ゾユルのゾンビは、めっちゃ頷いて、ネクロマンサーの男性と固く握手を交わしていた。
このネクロマンサーの男性に、私はババ様の手紙を渡したが、
「あ、このゾンビ、私にも無理です」
と一蹴されて、卒倒しそうになった。
ゾンビになる前の、ゾユルと付き合っていた頃の甘酸っぱい思い出が走馬灯のように浮かび、消えていく。
「貴女、私以上にネクロマンサーの才能がありますね! すごいですよ、これは!」
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