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『夢見る蝶々(1)』 

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「やだッ、いけない! もう、こんな時間なの?」

昨夜、提出期限が近付いている課題を片付けていたら、いつの間にか寝てしまった。難解な問題が多く、疲れ切った頭には重すぎたのだろうか。おかげで起きるのが遅くなってしまった。
もう朝食を食べる時間もない。慌てて身支度をして、家を飛び出したが、今日は生憎の雨模様だった。

しとしとと、小雨が降り注ぐ。

この時期の雨は嫌いだ。
肌にまとわりつくような湿気に、気分が悪くなる。

ヒールの高い皮靴が、地面に落ちた雨粒を、歩く度に跳ね上げた。
上着を濡らして、何とか娼館にたどり着くと、女主人の甥に遭遇した。相変わらず良い体をしているねぇ、と舐めまわすような視線を向けられ、ゾッと身震いした。

無理やり、手の平にキスをされた。今日は客も少ないよ。今からどう? と露骨に誘われたけれど、お金にならない付き合いはするつもりはない。初心だった頃は仕方なく体を許したけれども、近頃は経験を積んで、そつなくあしらえるようになってきた。
微笑みながら、冗談も程々にしてくださいね、奥さんに言いつけちゃいますよと軽口を叩き、腕を振り払う。笑顔を崩さず、軽やかにお辞儀をして、通り過ぎた。

「フィレン、ニコライさんから指名よ」 
「はぁい」 

私が来たのを知った姐さんから、お客さんが待っていることを知る。
あの人のエッチ、しつこいから嫌なんだけどな、と思いつつ返事をした。どんなお客さんでも、お金を落としてくれることには変わらない。 
それに、お客さんの中にはエルフだの獣人だのもいて、人間ならまだ可愛いものだ。

「あぁ、他の子にしなくて良かった。今日は来ないのかと思ったよ」
「ごめんなさい、寝坊しちゃったの」

お詫びにサービスするね、と言ったら喜んで抱き付いてきた。それこそ、身動きできなくなるほどの重さに、内心悲鳴を上げる。
このお客さん、また太ったのかしら、と失礼なことを思ったりした。
鼻が曲がるほどの口臭は、ひどいものだ。これで自覚がないのだから、恐れ入る。などと、本人に聞かれたら身も蓋もないことを冷静に思いつつ、客を煽てて、肌を重ねた。

「やだ、すごい気持ちいいよ、ニコライ……」
「可愛いね、フィレンちゃん」

私の言葉に興奮したニコライが、痛いぐらいに胸を揉んでくる。正直、愛撫と言うには、お粗末なものだ。それでも初めて娼館に入った頃に比べて、経験を重ねたからか上手くなったなぁと思う。
いつ暴発してもおかしくないぐらい勃っているのに、私が濡れるのを待って、粘り強く待ってくれている。愛撫もそこそこに挿入したがっていた頃に比べたら、たいした進歩だ。ウィンナー並みに太い指の愛撫を受けながら、私はニコライを快楽へと導いた。

「はぁ……ん、ニコライの、おっきぃ……」 

騎乗位で固くなった肉棒を挿入すると、ゆるゆると腰を揺らした。
もちろん、している最中も、卑猥な言葉は欠かせない。娼婦という仕事は、いかに男の人を気持ち良くさせるかどうかだと思うけど、出来れば自分も気持ちよくなるほうがいいに決まっている。

「あぁッ、いいッ、いいよ!」
「ひぁッ、あっ、あッ」

堰を切ったかのように腰を動かすニコライに、嬌声を上げる。濡れた音を響かせて、ニコライはすぐに欲望を放出した。

「……ごめん。はやかったかな」
「ううん、すごいよ。いっぱい出たね」

どろりと中から出てくる様子を彼に見せると、「俺、たまりすぎだね」と言って笑った。
お嫁さんが相手してくれないんだと落ち込むニコライが可愛くて、ついばむように萎えたものにキスをした。それだけでムクムクと勃ちあがる素直な肉棒に、笑いそうになった。

その後も時間をかけて、2回ぐらい中に出させると、やっと満足してくれたようだ。

「スッキリした。また指名するよ」
「ありがとう。待ってるわ」

ニコライが終わった後、3人ほど客をとった。雨が降っていたこともあって、客足はそれほど良くなかった。暇だったので、待機中の女の子とお喋りをした。だいたいはお金と恋愛の話だった。

私が身体を売り始めたのは、16歳になったばかりの頃だ。
父が亡くなり、病気がちな母を助けるため、私は自分の体でお金を稼いだ。

お金で買えないものはない。 

男の人から稼いだお金は、私の未来も照らしてくれた。 
私は自分で学費をため、学校にも通えるようになった。ある程度稼いだ時点で売春からは足を洗ったつもりだったけれど、母の入院など予想外の出費が重なり、危険を承知でまた体を売るようになった。

学校から近い娼館だと学校関係者が来る可能性があったから、すこし遠いところにある娼館で働くようになった。 
そのため、学校が休日になると、娼館で寝泊まりして働いた。それでも母の入院費を捻出するには足りないぐらいだった。 
だから、少しでも稼げる店へと移動した。
 
けれど、それが運の尽きだった。 出稼ぎからの帰り道、男に押し倒されて、背後からレイプされた。あまり治安の良くない土地柄だったので、このまま殺されてしまうのではないかと怯え、男の言いなりになった。
そして、すべてが終わった時、その男を見て、私は体が震えた。 

「先輩、久しぶり」 

淡い銀色の髪を後ろで束ね、金の瞳が私を射抜いた。
学校内でも有名な貴族だ。 
没落貴族の……男に身体を売るまで身を落とした私なんかが話せるような相手なんかではない。レイプされたと学校に訴えても、権力でもみ消されるような、そんな雲の上の存在だった。 

身体を売っているなんて学校にバレたら、退学になってしまう。苦労して得た居場所を失うことに、私は恐怖した。弱味を男に握られてしまった私は、後輩の男の言うことに逆らえなくなってしまった。 

「こんなこと、もうやめて……」   
「なんで? お金があれば、いいんでしょ」 

卒業までの我慢だ、と思っても涙が出てきた。 
お金で身体は売っても、心まで売るつもりはなかったから。 

「店には3回分払ったんだし、その分はしてもらうよ」と言われた。
確かに後輩は、普通より多く支払ってくれる。生活にも、すこしだけゆとりが出てきた。 
でも、彼には付き合っている彼女がいて、それは、私の友人だった。 

「そんなことより、気持ち良くなろうよ、先輩」 
「やあっ、あっ!」 

ぐいっと私の腕を掴み、男はパンッパンッと抽送を始めた。男に慣れきった私の身体は、強い快楽にのめり込んでいった。 

「でるっ、でるよッ」 
「あぁっ、いっちゃうよぉ……」 

獣のように、激しく絡み合う姿を、友人に見られているとも知らず、奥を突かれる度に、私は嬌声を上げた。 




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