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不安※C視点

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私は、右手を掴まれていた。

見も知らぬ男が私の指を見て、ポツリと呟いた。

「細くて長い、綺麗な手だね。これでどうだい?」
「はい……?」
「これじゃ足りなかったかな。君なら5は出すよ」

(おや……。もしかして、私、売春婦と間違われてます……?)

男はそれほど若くなく、Aエイと同じくスーツを着た人間の男だ。もしかして、ここは体を売る女性が多い場所なのだろうかと周囲を見渡すと、なるほど、やけに露出度の高い女性が多い気がした。

だが、私は売春婦と見間違われるほど、男を挑発するような服を着ていただろうか。これは美里みさとが「私に似合うから」と選んでくれたもので、それほど華美ではない服のように思えたのだが、どうやらだめだったらしい。Aエイが恋人という設定だったので迷ってはいたが、やはりスカートではなくズボンのほうが良かったのだろうか。
何を着るか、検討し直す必要があるかもしれない。

ちらりと男を見ると、男はいつの間にか隣に座り、私の反応を待っているようだった。

「すみません、私には連れが居ますので」
「ずっと見てたけど、待ちぼうけだよね? 本当に来るの?」

これがナンパというやつなのだろうか。父上の不安が、図らずも的中してしまったことに、憂鬱になる。これからはAエイが居ないと、出歩く事も出来なくなりそうだ。

「あ……」

そして最悪のタイミングで、ポツリ、ポツリと雨が降り出してきた。

「雨降ってきちゃったね。そこのカフェで雨宿りしない? このままじゃ濡れちゃうでしょ?」
「いえ、ここで待っていないと、どこに行くか分からない人なので」
「あそこだったら、ここ見えるでしょ? あそこのカフェ、美味しいパフェあるんだよね。俺が全部奢ってあげるからさ。ついでに俺と、お喋りしてくれたら嬉しいな」

ずっと男は私の手を握ったままだ。しかも手の甲を触ってくるから、気色悪い。男の首を刎ね落としたくなるのを必死になって堪えていた。
いったい何が楽しくて、私の手を握ってくるのか。私の手は綺麗なものではない。幾人も人間を殺めた、血塗られた手だというのに。

(……傘を……用意するべきでした……)

確かにこのままだと濡れてしまう。この辺りに雨宿り出来るような場所はカフェ以外にない。だが、男の言う通りに店に入りたくなかった。好意もない男相手にお喋りをして、何が楽しいのだろう。
まだ、ずぶ濡れになったほうがマシな気がする。
Aエイを目で探すが、まだ戻ってくる様子はない。あの方向音痴は、また迷子になっているのだろうか。トイレに行ってくると言ったきり、かれこれ30分も待っている。

「私は大丈夫ですので、1人にしてもらえませんか?」
「こんなところに可愛い女の子1人にしておくなんて、危ないよ」

そんな危ない場所に私は座っていたのだろうか? 土地勘がないため、分からない。

(いや、そもそも、この男だって私を買おうとしていたのですし……)

だけど、途中から態度を変えてきたし、もしかすると善意から私を心配してくれているのかもしれない。男を見ると、「心配しないで、エッチなことはしないから」とニコリと笑った。

だったら、今すぐに手を離してもらいたいところだが、別に店の中だったら危ないことはないだろう。
そもそも本気で困ったら蹴飛ばして逃げればいいだけの話なのだ。美味しいというパフェも気になるし、戻ってこないAエイにも腹が立つしで、付いていこうか迷っていると、ぬ、と見慣れた待ち人が目の前に現れて、私は心の底から安堵した。

Aエイ……、遅いですよ、いったいどこをほっつき歩いていたんです?」
「悪かったな。ちょっと道間違えたんだよ」

やっぱり。と思っていると、Aエイが私を抱き寄せた。男はAエイが現れた瞬間、私の手を離して立ち上り、距離を取った。

「おい、シア。ちょっと大人しくしてろ」大きな手で頭を掴まれ、柔らかいものが唇を覆い、Aエイの舌が口の中に入ってきた。

「――!?」

一瞬、何をされたのか、分からなかった。
Aエイの舌を噛みちぎらなかった私を褒めて欲しい。すぐに唇は離されたが、ざらざらとしたAエイの舌の感覚が残り、私は呆然とした。

「ちッ、彼氏付きか……」

先ほどまで私をナンパしていた男は、そう吐き捨てると、口惜しそうに私を見てから、去っていった。

「少し離れただけでこれだもんな。親父殿には報告しとくからな?」
「それは仕方がないですね……何か歩くだけで、人目が私に注がれる気がしますし」
「とりあえず、俺の帽子かぶるか?」
「ぶかぶかですよ……」

無理やり被らされたけど、サイズが全然違うし、男物だ。逆に目立つ気がする。

「また後で美里みさとに相談します。きっと服装が悪いのでしょう」
「別にそれでいいと思うぞ? 多分何を着たところで同じだろうし」

身も蓋もないことをAエイに言われ、私は黙った。なんとなく、そんな気もしていたが、何か対策をしないといけないだろう。私自身のために。

「……それはそうと、Aエイ。キスするとか、やりすぎですよ。何も舌までいれなくても……」

男を牽制するためとはいえ、頬にキスするとか、もっとやりようがあったはずだ。不満を口にすると、Aエイは私を見た。

「そっちのが、気持ちいいだろ?」
「気持ち良さを追求してどうするんですか!?」
「あっちでもそっちでもしてるやついたぞ。このぐらいしないと説得力ないだろ。このへんは治安悪そうだし、雨も降ってきたから、別のところに行こうぜ」

私の手を引いて、歩き出すAエイに、私は慌てて喋りかけた。

「待ってください、Aエイ
「なんだ? もう1度キスされたいのか?」
「違いますよ! ……あそこのパフェ美味しいらしいので食べてみたいです。付き合って貰えませんか?」

おずおずとカフェを指さした私に、Aエイは笑って「いいぞ」と言った。

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