恋愛ファンタジー短編集【蜜】

ちゃむにい

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遺産を相続しました~庭付きの家と、少々の現金、それと獣人の女奴隷~【R18】

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「ふん。遺産など、いらんと言ったのに」

ディオルは、眉を顰めながら、呟いた。

視線の先には、小さな庭付きの家があった。

数週間前にディオルの祖母が亡くなった。遺産相続には興味がなかったが、両親が早世したため、ディオルが相続しなければ、大嫌いな遠縁の親族に相続の権利が渡る。

それを回避するために、ディオルは祖母の家を見に来たのだ。今はまだ国内に留まっているが、何時また騎士として国外に遠征するかわからない身の上だし、片付けをするなら早めにするのがいいだろうと、そう思ったのだ。

「宿舎が近いから、たまに面倒を見ていただけなのにな」

所帯を持っていれば別だろうが、ディオルは独り身で、家などいらなかった。ディオルにとって、宿舎が家のようなものだった。
しかし、相続してしまった以上、放置しておくわけにもいかず、ディオルは家を訪れたのだった。

「これは……?」

だが、思ったよりも主不在の家は荒れていなかった。

「獣人、だと……? お前、こんなところで何をしているんだ?」
「落ち葉の掃き掃除をしております。……あの失礼ですが、どちら様ですか?」

それもそのはず、なんとその家は、獣人の女奴隷付きだったのだ。誰も居ないと思っていたのに、ほうきを持つ獣人の女がいて、ディオルは固まってしまった。

話を聞くと、祖母が亡くなる数週間前に買われたのだと言う。祖母が亡くなる前は他国に遠征に行っていたので、看取ることが出来なかった。

(それほど寂しかったのだろうか……。死期を感じて、誰かに看取って欲しかったのか?)

祖母は貴族の出だった。そのため、プライドが高かった。最後に逢った時、そういえば何か言いたそうにしていた。もしかすると、これが最後だと思っていたのかもしれない。

祖母が亡くなって、だいぶ経つが、ふつふつとディオルの中に罪悪感みたいなのが沸いてきた。

(ちっ……面倒だな……。手続きが煩雑になる)

家だけなら、まだ処分も簡単だった。どこかの慈善団体に寄付でもすればいいのだ。けれど獣人、しかも若い女の奴隷付きだとは思っていなかった。

「ご主人様が不要なら、私を奴隷商に売ってください」

健気にそう申し出る女奴隷に、ディオルは頭を抱えた。

「……お前はどうしたいんだ?」
「出来ることなら……、この家を守りたいです。たった数週間ですが……お祖母様には良くして頂きましたから」
「なら、この家が売れるまで、任せてもいいか? 古い家だ。立地も悪い。すぐには売れないだろう」
「はい、喜んで」

この家を1人で管理してきたのは彼女であり、それが妥当だろうとディオルは思った。見る限り、家は綺麗に保たれている。祖母が亡くなってからも、仕事はちゃんとこなしていたようだ。

これからどうするかは宿舎に戻ってから考えようと、ディオルは考えた。

「力仕事は任せろ。困った時は何時でも言ってくれ。これが連絡先だ」

そう言って、ディオルは宿舎に戻ろうとしたが、獣人の女の顔をしげしげと見て不安になった。

「……女1人というのも物騒だな。俺が不在の時に何かあっても困る」と言って、祖母の家に滞在することにした。

休日になるとディオルは、朝早くに庭でトレーニングをして、獣人の少女シーラがそれを見守るというのが日課になった。

「見ていて楽しいか?」
「はい。参考になります」

女であっても獣人は身体能力が高い。過去幾度となく獣人と戦ったことがあるが、手強かった。シーラの体はしなやかでほっそりとしているが、引き締まっており、筋肉がほどよくついているように見えた。
祖母は身の回りの世話をさせただけではなく、シーラを護衛役として置いていたのかもしれない。 

「はぁ……! 降参です……! やっぱりお強いですね」
「筋はいいぞ。修練を積めば、もっと強くなるだろう。また手合わせするか?」
「よろしいのですか?」
「やる気があるなら、構わん」
「それならぜひ、お願いします!」

興味が湧いて、シーラと手合わせをしてみると、粗さは目立ったが、その天才的な戦闘センスに、感嘆した。間の取り方など、努力して学んだところで身に付かないのが、天賦の才だ。

(惜しいな。これでシーラが男であれば……)

シーラはまだ若く、将来性がある。けれども騎士団は、伝統的に女の入団を認めていない。

もしシーラが男であったら、推薦で騎士団に入れることが出来たのではないかと、残念に思うほどの戦闘センスだった。

しかし、これほどの才があるなら、鍛えれば護衛として、待遇の良い主人を見つけることも出来るのではないかと、ディオルは思った。

(もしかすると、これも運命だったのかもしれないな)

騎士団の団長であるディオルの祖母に奴隷として買われたのも、何かの縁だったのかもしれない。

本人の希望を優先するが、選択肢が広がるのはシーラにとって良いことだろう。何より、これだけの才能を埋もれさせるのは勿体ない気がした。

そして、シーラの特訓が始まった。

これもシーラのためだと思って、心を鬼にして鍛えた。シーラは泣き言も言わず、必死になってついてきた。そのため、めきめきと護身術が上達した。

(すぐに甘ったれたことを言う部下どもにも見習って欲しいぐらいだ)

ディオルは己に厳しいが他人にも厳しかった。

部下達が戦場で無意味に命を落とさないように鼓舞し、あるいは叱責した。そのため、部下から絶大なる信頼を受けていた一面、情け容赦のない隊長として恐れられていた。

「今日はアップルパイをお持ちしました」
「ほう」

シーラは、いつも特訓の後は、お茶と菓子を用意してくれた。ディオルはアップルパイには特別な思い出があった。祖母は変わり者で、コックを雇わずに、自ら台所に立つことが多かった。料理の腕前はコックに負けず劣らず、特に焼き立てのアップルパイは絶品で舌鼓を打ったものだった。

「美味そうだな。これはシーラが焼いたのか?」
「はい。お祖母様がレシピを教えてくださりました」
「そうか……」

それは祖母が作ってくれたものと同じ味がして、懐かしく思った。

「シーラ。俺は仕事が忙しくてな。帰るのも遅い。食事を用意して待っているのは大変だろう。外で食べるから、準備しなくてもいいぞ」
「いいえ、させてください。お祖母様も、食事は遅くに召しあがられていました。それに、誰かのために食事を作ることは、とても嬉しいことです」

にこにこ笑うシーラに、ディオルは「……そうか」と言った。

祖母の家に住むようになってから、数か月が経過した。

その間、奴隷斡旋所から十数件の問い合わせがあったが、条件面が合致しなかった。けれどもディオルは焦る必要はないと思っていた。

シーラとの生活は思ったよりも居心地が良く、充実した日々を送れていたからだ。良い主人がいなければ、ディオルがシーラを引き取ってもいいかもしれないと思うほど、ディオルはシーラを気に入っていた。

そのため、家を売るのはシーラの引き取り先が見つかってからだと思うようになっていた。

この日も模擬訓練が終わると、いそいそと帰り支度をするディオルの姿があった。

「隊長。それ、なんですか?」
「あぁ、これは土産だ。今流行りの菓子らしいぞ。獣人の女に人気らしいな」

ディオルの柔らかい表情に、部下は目を見張った。あの堅物騎士隊長ディオルに、獣人の女が出来たという噂はあっという間に広がった。

ディオルと仲が悪い遠縁の親族もその噂を聞き、半信半疑でディオルの部下を問いただした。

「いったいディオルはどうしたんだ? 最近、宿舎にも居ないと聞いたが」
「これですよ、これ。ついに隊長に春が来たんですよ」
「……噂は本当だったのか? ついにあの鉄のディオルが陥落したのか。ディオル狙っていた女多かっただろ。ガッカリするだろうな。あんな堅物落とすとか、どんな女なんだ?」
「噂では、相当の美女らしいですが……」
「気になるなー。見せてくれって言おうかな?」
「やめといたほうが。殺されますよ」

その頃、寝ようとしていたディオルは驚愕の余り、息を呑んでいた。

「待て!? な、何をしている……!」
「……寝る準備をしております」

シーラは全裸で、ディオンに寄り添っていた。

「……いつもこうやって寝ていたのか? その……裸でくっついて?」
「いいえ。ベットには潜り込んでいましたが……せめてご奉仕がしたくて」
「気を遣うなと言っているだろ。俺はお前を性奴隷として扱うつもりはない」
「……ディオン様。その……。獣人は、半年に1度発情期を迎えます。今まで私は子供でしたから、発情期がなかったのですが……その……とてもつらくて。出来ればディオン様に、と」

ぎゅ、と縋るようにディオンに抱き着くシーラに、ディオンのアレが勃たないわけがなかった。

「ディオン様……っ、お慕い、しております……っ!」
「シーラ……っ! 愛している……っ!」

その夜、ディオンは野獣と化した。

シーラとディオンは時間が許す限り愛し合った。時が経つにつれ、その仲は深まるばかりだった。奴隷の獣人との結婚は数多の壁があったが、紆余曲折を経て2人は結婚を許された。

「ママー! パパ帰ってきたよー!!」
「あなた。お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」

シーラは幸せだった。母が病気で亡くなってからは天涯孤独だったシーラは、人一倍、「家族」というものに憧れを抱いていた。けれども、戦争で「奴隷」となってから、その夢は叶わないと諦めていたが、ディオンによって、夢の多くを叶えることが出来た。

獣人ということで差別してくる人間も多いというのに、ディオンは最初から、奴隷ではなく1人の女として接してくれた。
だめだと思いつつも、その人柄に触れるにつれ、恋心が芽生え、育っていった。ディオンはシーラを抱いてからも、態度を変えることなかった。

愛人で良いから傍に置いて欲しいと言うシーラを、「妻としてしか、迎えるつもりしかない」と働きかけてくれた。

シーラの母親は、長い間、権力者の愛人だった。

奴隷を妻に迎えるなど、どうせ無理だろうと諦めていたのに、ディオンは「シーラと結婚する」という誓いを守り、シーラはディオンの妻となることが出来た。

なんという僥倖なのだろう。

(お母さんに、今の私を見て欲しかったな……)

シーラの母親は、身寄りのない娘の将来を悲観しながら、死んでしまった。母親は、シーラに何も残せないで死ぬことを悔いていた。

(……お母さん譲りの琥珀色の瞳。私の自慢よ)

母親が死んでから、住む場所を追われ、僅かばかりのお金も失った。けれども、母親に愛された優しい記憶は、シーラの心の中を明るく灯し続けた。 

母親のおかげで、希望を捨てずに生きることが出来た。

「まぁ! 綺麗な瞳ね。気に入ったわ、この娘にするわ!」

シーラは教養がなく、読み書きが出来ない。掃除や料理も人並み以下だ。そんなシーラが幸せを手に入れることが出来たのは、母親から受け継いだ琥珀色の目のおかげだった。

(お母さん。これからも、私を見ていてね)

大好きな家で、大好きな人と共に、たくさんの子供たちに囲まれながら、シーラは幸せに暮らした。


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