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いびつな関係
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戦で片腕がもげそうなほどの大怪我を負った私の息子、マイルズ王子を、国内でも有名なリャオシャンテの保養地に行かせて療養させていたのだが、その判断は誤っていたのだろうか。
息子がリャオシャンテに行ったのは、雪がしんしんと降る朝だった。時が過ぎるというのは早いもので、あと数日で1年を迎える。怪我も快癒して後遺症も無いと、同行させていた医者から聞いた時は心より安堵した。
しかし、その数日後、王子から手紙が届き、読み進めていく内に、私は肩をワナワナと震わせた。
(魔女を正室に迎えるですって!? ……次期国王としてのッ、自覚はあるのですかッ!! そんな我がまま、許しませんよ!!)
王家に産まれた者の務めとして、私は例に漏れず政略結婚だった。それでも、父と子ほど年の離れた夫を愛するように努め上げたのだ。その時に比べると領地も広がり、脅威は少なくなったとは言え、王家の更なる発展のために、息子は裕福な国外の姫を娶るべきだった。
マイルズ王子は、まだ20になったばかりだ。気の迷いでのめり込んでも仕方がない。だが、若気の至りで済ますことが出来るほど、彼の居る地位は軽くなかった。
私と夫の子供は、彼1人だけだ。他の子は夭折してしまった。大切な、大切な、かけがえのない子供。手塩にかけて育てたというのに、これではあんまりではないか。子に裏切られたような心地さえして、目の前が真っ暗になりそうだった。
震える指を叱咤しながら、さらに手紙のページをめくる。
「……はぁ!?」
衝撃の余り、声が出た。あまりのことに、ビクビクと頬の筋肉が引き攣るのがわかる。待機していた大臣が何事かと、こちらに視線を向けるが、釈明する余裕は無い。
(魔女が妊娠してるですって!?……なんてことなのッ!!)
足踏みをしたいぐらいに腹が立つ。手紙を八つ裂きにしてやりたいが、最後のページをまだ読んでないので、代わりに、読んだページをグチャグチャに丸めて、床に叩きつけてやった。
「何を考えてるのッ、このどら息子!!」
大臣が哀れなほどビクリと体を揺らした。
……馬鹿なほど可愛いというが、アレは言葉のあやに違いない。可愛いはずの王子の首をしめたくなるほどの怒りにとらわれる。
しかも、1週間後、その女を連れてくるらしい。
遅すぎる。あまりに遅すぎる。愛人ならともかく、正妻にするなら最低でも妊娠前に、私に付き合うことの了承を得るのが普通だろう。順番がまるで逆だ。
(嗚呼ッ、嫌なほど義父様に瓜二つだと思っていたけど、手の早さまで瓜二つだなんて……!!)
親指の爪を噛む。魔女の色香に騙されたのか、それとも性欲を発散することに失敗しただけなのか。
(どんな理由を並べたところで、私は納得しないわよ!)
怯える大臣を尻目に、ワインを注いで、飲み干した。
…………酒でも飲んでなければ、やってられなかった。
寝れない。
考えることが多すぎて、頭は冴えていた。少し本を読んでから、また寝ようと思い、自室を出ると、ふらつきながら廊下を移動する女を発見して、あっけにとられた。
(そういえば入城したと、大臣から報告があったわね)
癖の無い、まっすぐの髪が揺れる。
まるで無防備なその姿を見て、眉を顰める。超一流と自負する魔法使いの私ならともかく、護衛はどうした。魔女だから己の身を護るぐらいの自信はあるのだろうか。
いくらこの国が平和で安全とは言え、王子の寵愛を一身に受けている魔女は攻撃の対象になりやすい。王子はあれでも女にもてる。
対抗馬もいないから、王妃となる将来図は描けるし、嫌味なほど王子の顔かたちが整っているためだ。
そのため、両手の指では数えられないほどにいる王子の愛人が、こんな場面に出くわしたら、まず黙っているとは思えなかった。
(これは…………)
視力が良いことを恨む日が来るとは思いもしなかった。月明かりに照らされ、肌に散らばる鮮やかな赤い痕に、気分が悪くなる。
息子よ。
もしかしてその大きいお腹で、まだ夜の営みを続けているというのか。この肌寒い夜だというのに、煌びやかな露出の高いナイトドレスを着ているが、王子の趣味なのだろうか。
そうだとしたら、妊婦の扱いをまるでわかっていない。
寒そうに手に息を吐きかける魔女を見ていられなくなって、助け舟を出すことにした。
「ちょっと貴女。そっちは私の部屋よ」
「え…………あ、女王陛下!!」
ナイトガウンの上に毛皮を羽織っている私が、この国を治める女王だということに気がついたのか、彼女は許しを求めるように赤い絨毯に這いつくばった。まるでビクビクと震える小鹿のような少女だ。
お腹の膨らみは、既に目立つぐらいに大きくなっており、妊娠しているのは確かなようだ。
(流産でもしてもらったほうが、この国のためだわっ!)
杖代わりに持ってきた、王室に伝わるロッドを、力をこめて握る。
王子にも、この国の歴史は説明したはずだった。ご先祖様が、魔女と結婚して、どんなに酷い目に逢ったことか。魔女の行いは他国に知れ渡るほど残虐非道なものだった。歴史書にも残っている訓示がある。
『魔女と婚姻を結んではならない。魔女は国の全てを奪い、国を滅ぼすであろう』
私の夫は10年ほど前に亡くなった。
私はまだ幼い王子を育てながら、国を統治してきた。息子には最高の家庭教師をつけ、最高の教育を施したつもりだった。
しかし、これでは本末転倒というものだ。もっと女性を見る目を養わせるべきだった。こんな身元も不確かな女を孕ませ、挙句の果てには正妻にあてがうなど、正気の沙汰ではない。
「まったく、こんな女を正妻にするなんて、息子もどうかしてるわ」
ため息をつきながら、彼女に聞こえるように、我ながら意地悪く言うと、王子を誘惑した可憐な唇が微かに開く。
「わ、私は……」
卑しい表情。大輪の華が萎れたフリをしても私には――
「もっと、私を罵って下さい、女王陛下!!!」
「何ですって!?」
…………私は、耳が悪くなったのだろうか。
「悪いことだとは、思っているのです! 私だって、今すぐにでも出て行きたいのです! でも、逃げても逃げても、王子は、わたくしを追いかけてきます! こんな、こんな、お城まで来てしまって、私はどうしたら良いのかっ」
緊張のあまり、舌を噛んだのか、苦悶の表情で俯いたが、すぐに私を絶望的な表情で、見た。そうすることで初めて彼女の顔を確認することが出来た。
(あら、見事な琥珀色の目)
あの子は父から譲り受けた琥珀色の宝石が大好きだった。もしかすると、息子も、この稀少な瞳の色に魅せられたのかもしれない。
「…………山に帰して欲しいのです、森のみんなも、私のことを、きっと待っているんです!」
ホロホロと涙を零す。純度の高い宝石の様に、澄みきった目で見つめられると、とても魔女とは思えない。ここにいるのは、無理やり山奥から連行されてきた若い娘にしか見えなくて、心を打たれた。
(ちょっと、やめてよね……!)
こう見えて、情にもろいのだ。強い敵と対峙するのは、心が湧きたつほど楽しいが、弱い敵と対峙したら、とんと対応に困ってしまう。泣かせるのも嫌だし、傷つけるのも嫌だし。
ああ、もう許してあげるから、このまま山に帰って欲しかった。とりあえず、私としてはどうしても納得できないことがあるので、聞いてみることにする。
哀れな小鹿を森に帰す前に、疑問をスッキリ解決したかった。
「…………それと何で、罵るのが関係あるのよ」
「活を入れて欲しいのです。こんな、こんなっ、怠惰な生活を続けたら、お天道様に叱られてしまいます!」
「…………」
顔を覆って泣きだした小娘に、沈黙した。
想定外の事態だ。まさか魔女がこんな純真な乙女だとは。もっと妖艶で高慢な美女を想像していたのに、この目の前にいる怯えた美少女は何だ。
(いやだわ、お腹がチクチクしてきた……)
どう見ても、悪いのは息子ではないか。
「…………貴方、魔女よね?」
落ちつけ自分。
今こそ、女王として培った自己コントロールを発揮する時だ。息を深く吸い込み、心を落ち着かせる。
いったい、彼女は、どのような生活を送ってきたのだろうか。
「はい! 薬草を育てて、村里の人たちからも頼りにされておりました!」
私の持つ『魔女』というイメージが、かけ離れていくことを実感する。
「王子とは、どこで出会ったの……?」
「わからないのです。いきなり、私の家に押しかけてっ……」
うん、それ以上は言わなくても、その大きなお腹を見れば、何をされたのかわかる。さめざめと泣く魔女――いや、もうただの少女にしか見えないけど――に頭が痛くなった。
カツカツ、という音が聞こえた。その聞き慣れた足音に、危機が迫っていることを察した。年はとったけれども、野生の勘は、まだまだ衰えてはいない。
「はやく隠れなさい! この鈍感!!」
「え、どんか……」
何かを言う前に、私の部屋に押し込む。
危ない、ギリギリセーフだったらしい。以前に見た時よりも精悍になった息子の顔が見えた。
「母上……ここにジュシカ来ませんでした?」
話声が聞こえたような気がしたのですが、と言う息子に、
「あら、私が彼女を嫌っていることは、ご存じでしょう?」
冷たい微笑みを見せる。彼は私のこの表情がとても苦手だという事は知っている。すぐに、バツの悪そうな顔をした。
「ジュシカは……とても良い子ですよ」
それは今思い知ったところだ。貴方のような鬼畜にはもったいないほど純真な子ですと言ってやりたかった。
すぐに立ち去らないで、好戦的な視線を浮かべる馬鹿息子が、疎ましい。きっと、私が隠しているのではないかと思っているのだろう。
それは事実ではあるが、妙に癪に障った。
…………息子を庇うのも、もうやめだ。
「そうね。彼女は私が預かっておくわ」
「何と仰いました……?」
「預かる、って言ったの。それとも、これだけ大きな声で喋ったのに聞こえなかったのかしら、この馬鹿息子」
人形みたいに表情の読めない綺麗な顔が、獰猛な男へと変わる様に、ゾクゾクする。
(息子はもう一人前の男になったのね。だとすれば……これからの接し方も、それ相応のやり方でやらないと駄目ね)
年々義父に瓜二つになってくる顔に、苛立っていたのは嘘ではない。大事な息子だけれども、このままではいけない。これから産まれるであろう孫のためにも、遠慮は出来なかった。
その夜、王宮の片隅で大臣が仲裁に入るほどの親子喧嘩が勃発した。
……かくして、罵ってくれと言う息子の新妻をなだめながら、息子に女の扱い方を教えるという、姑としての戦いが幕を開けた。
穏便に済ませる方法もあったのだが、無自覚で犯罪を犯しているしている息子を、どうしても許すことはできなかった。
それに、新妻を人質にとって、一つずつ教えていかなければ、息子は私の話など聞きやしないだろう。
息子は可愛いが、それよりも、この新妻のほうが私は気に入った。
これから生まれる孫のためにも、王子と彼女との温度差を是正し、せめて産まれるまで夜の営みはやめるようにと、掛け合うつもりだ。
怨むような視線を感じるが、これも息子のためなのだから、文句を言われる筋合いはない。
私に懐く新妻に、嫉妬する息子の姿を見るのは、それはもう楽しかった、ということだけは書き記しておこう。
息子がリャオシャンテに行ったのは、雪がしんしんと降る朝だった。時が過ぎるというのは早いもので、あと数日で1年を迎える。怪我も快癒して後遺症も無いと、同行させていた医者から聞いた時は心より安堵した。
しかし、その数日後、王子から手紙が届き、読み進めていく内に、私は肩をワナワナと震わせた。
(魔女を正室に迎えるですって!? ……次期国王としてのッ、自覚はあるのですかッ!! そんな我がまま、許しませんよ!!)
王家に産まれた者の務めとして、私は例に漏れず政略結婚だった。それでも、父と子ほど年の離れた夫を愛するように努め上げたのだ。その時に比べると領地も広がり、脅威は少なくなったとは言え、王家の更なる発展のために、息子は裕福な国外の姫を娶るべきだった。
マイルズ王子は、まだ20になったばかりだ。気の迷いでのめり込んでも仕方がない。だが、若気の至りで済ますことが出来るほど、彼の居る地位は軽くなかった。
私と夫の子供は、彼1人だけだ。他の子は夭折してしまった。大切な、大切な、かけがえのない子供。手塩にかけて育てたというのに、これではあんまりではないか。子に裏切られたような心地さえして、目の前が真っ暗になりそうだった。
震える指を叱咤しながら、さらに手紙のページをめくる。
「……はぁ!?」
衝撃の余り、声が出た。あまりのことに、ビクビクと頬の筋肉が引き攣るのがわかる。待機していた大臣が何事かと、こちらに視線を向けるが、釈明する余裕は無い。
(魔女が妊娠してるですって!?……なんてことなのッ!!)
足踏みをしたいぐらいに腹が立つ。手紙を八つ裂きにしてやりたいが、最後のページをまだ読んでないので、代わりに、読んだページをグチャグチャに丸めて、床に叩きつけてやった。
「何を考えてるのッ、このどら息子!!」
大臣が哀れなほどビクリと体を揺らした。
……馬鹿なほど可愛いというが、アレは言葉のあやに違いない。可愛いはずの王子の首をしめたくなるほどの怒りにとらわれる。
しかも、1週間後、その女を連れてくるらしい。
遅すぎる。あまりに遅すぎる。愛人ならともかく、正妻にするなら最低でも妊娠前に、私に付き合うことの了承を得るのが普通だろう。順番がまるで逆だ。
(嗚呼ッ、嫌なほど義父様に瓜二つだと思っていたけど、手の早さまで瓜二つだなんて……!!)
親指の爪を噛む。魔女の色香に騙されたのか、それとも性欲を発散することに失敗しただけなのか。
(どんな理由を並べたところで、私は納得しないわよ!)
怯える大臣を尻目に、ワインを注いで、飲み干した。
…………酒でも飲んでなければ、やってられなかった。
寝れない。
考えることが多すぎて、頭は冴えていた。少し本を読んでから、また寝ようと思い、自室を出ると、ふらつきながら廊下を移動する女を発見して、あっけにとられた。
(そういえば入城したと、大臣から報告があったわね)
癖の無い、まっすぐの髪が揺れる。
まるで無防備なその姿を見て、眉を顰める。超一流と自負する魔法使いの私ならともかく、護衛はどうした。魔女だから己の身を護るぐらいの自信はあるのだろうか。
いくらこの国が平和で安全とは言え、王子の寵愛を一身に受けている魔女は攻撃の対象になりやすい。王子はあれでも女にもてる。
対抗馬もいないから、王妃となる将来図は描けるし、嫌味なほど王子の顔かたちが整っているためだ。
そのため、両手の指では数えられないほどにいる王子の愛人が、こんな場面に出くわしたら、まず黙っているとは思えなかった。
(これは…………)
視力が良いことを恨む日が来るとは思いもしなかった。月明かりに照らされ、肌に散らばる鮮やかな赤い痕に、気分が悪くなる。
息子よ。
もしかしてその大きいお腹で、まだ夜の営みを続けているというのか。この肌寒い夜だというのに、煌びやかな露出の高いナイトドレスを着ているが、王子の趣味なのだろうか。
そうだとしたら、妊婦の扱いをまるでわかっていない。
寒そうに手に息を吐きかける魔女を見ていられなくなって、助け舟を出すことにした。
「ちょっと貴女。そっちは私の部屋よ」
「え…………あ、女王陛下!!」
ナイトガウンの上に毛皮を羽織っている私が、この国を治める女王だということに気がついたのか、彼女は許しを求めるように赤い絨毯に這いつくばった。まるでビクビクと震える小鹿のような少女だ。
お腹の膨らみは、既に目立つぐらいに大きくなっており、妊娠しているのは確かなようだ。
(流産でもしてもらったほうが、この国のためだわっ!)
杖代わりに持ってきた、王室に伝わるロッドを、力をこめて握る。
王子にも、この国の歴史は説明したはずだった。ご先祖様が、魔女と結婚して、どんなに酷い目に逢ったことか。魔女の行いは他国に知れ渡るほど残虐非道なものだった。歴史書にも残っている訓示がある。
『魔女と婚姻を結んではならない。魔女は国の全てを奪い、国を滅ぼすであろう』
私の夫は10年ほど前に亡くなった。
私はまだ幼い王子を育てながら、国を統治してきた。息子には最高の家庭教師をつけ、最高の教育を施したつもりだった。
しかし、これでは本末転倒というものだ。もっと女性を見る目を養わせるべきだった。こんな身元も不確かな女を孕ませ、挙句の果てには正妻にあてがうなど、正気の沙汰ではない。
「まったく、こんな女を正妻にするなんて、息子もどうかしてるわ」
ため息をつきながら、彼女に聞こえるように、我ながら意地悪く言うと、王子を誘惑した可憐な唇が微かに開く。
「わ、私は……」
卑しい表情。大輪の華が萎れたフリをしても私には――
「もっと、私を罵って下さい、女王陛下!!!」
「何ですって!?」
…………私は、耳が悪くなったのだろうか。
「悪いことだとは、思っているのです! 私だって、今すぐにでも出て行きたいのです! でも、逃げても逃げても、王子は、わたくしを追いかけてきます! こんな、こんな、お城まで来てしまって、私はどうしたら良いのかっ」
緊張のあまり、舌を噛んだのか、苦悶の表情で俯いたが、すぐに私を絶望的な表情で、見た。そうすることで初めて彼女の顔を確認することが出来た。
(あら、見事な琥珀色の目)
あの子は父から譲り受けた琥珀色の宝石が大好きだった。もしかすると、息子も、この稀少な瞳の色に魅せられたのかもしれない。
「…………山に帰して欲しいのです、森のみんなも、私のことを、きっと待っているんです!」
ホロホロと涙を零す。純度の高い宝石の様に、澄みきった目で見つめられると、とても魔女とは思えない。ここにいるのは、無理やり山奥から連行されてきた若い娘にしか見えなくて、心を打たれた。
(ちょっと、やめてよね……!)
こう見えて、情にもろいのだ。強い敵と対峙するのは、心が湧きたつほど楽しいが、弱い敵と対峙したら、とんと対応に困ってしまう。泣かせるのも嫌だし、傷つけるのも嫌だし。
ああ、もう許してあげるから、このまま山に帰って欲しかった。とりあえず、私としてはどうしても納得できないことがあるので、聞いてみることにする。
哀れな小鹿を森に帰す前に、疑問をスッキリ解決したかった。
「…………それと何で、罵るのが関係あるのよ」
「活を入れて欲しいのです。こんな、こんなっ、怠惰な生活を続けたら、お天道様に叱られてしまいます!」
「…………」
顔を覆って泣きだした小娘に、沈黙した。
想定外の事態だ。まさか魔女がこんな純真な乙女だとは。もっと妖艶で高慢な美女を想像していたのに、この目の前にいる怯えた美少女は何だ。
(いやだわ、お腹がチクチクしてきた……)
どう見ても、悪いのは息子ではないか。
「…………貴方、魔女よね?」
落ちつけ自分。
今こそ、女王として培った自己コントロールを発揮する時だ。息を深く吸い込み、心を落ち着かせる。
いったい、彼女は、どのような生活を送ってきたのだろうか。
「はい! 薬草を育てて、村里の人たちからも頼りにされておりました!」
私の持つ『魔女』というイメージが、かけ離れていくことを実感する。
「王子とは、どこで出会ったの……?」
「わからないのです。いきなり、私の家に押しかけてっ……」
うん、それ以上は言わなくても、その大きなお腹を見れば、何をされたのかわかる。さめざめと泣く魔女――いや、もうただの少女にしか見えないけど――に頭が痛くなった。
カツカツ、という音が聞こえた。その聞き慣れた足音に、危機が迫っていることを察した。年はとったけれども、野生の勘は、まだまだ衰えてはいない。
「はやく隠れなさい! この鈍感!!」
「え、どんか……」
何かを言う前に、私の部屋に押し込む。
危ない、ギリギリセーフだったらしい。以前に見た時よりも精悍になった息子の顔が見えた。
「母上……ここにジュシカ来ませんでした?」
話声が聞こえたような気がしたのですが、と言う息子に、
「あら、私が彼女を嫌っていることは、ご存じでしょう?」
冷たい微笑みを見せる。彼は私のこの表情がとても苦手だという事は知っている。すぐに、バツの悪そうな顔をした。
「ジュシカは……とても良い子ですよ」
それは今思い知ったところだ。貴方のような鬼畜にはもったいないほど純真な子ですと言ってやりたかった。
すぐに立ち去らないで、好戦的な視線を浮かべる馬鹿息子が、疎ましい。きっと、私が隠しているのではないかと思っているのだろう。
それは事実ではあるが、妙に癪に障った。
…………息子を庇うのも、もうやめだ。
「そうね。彼女は私が預かっておくわ」
「何と仰いました……?」
「預かる、って言ったの。それとも、これだけ大きな声で喋ったのに聞こえなかったのかしら、この馬鹿息子」
人形みたいに表情の読めない綺麗な顔が、獰猛な男へと変わる様に、ゾクゾクする。
(息子はもう一人前の男になったのね。だとすれば……これからの接し方も、それ相応のやり方でやらないと駄目ね)
年々義父に瓜二つになってくる顔に、苛立っていたのは嘘ではない。大事な息子だけれども、このままではいけない。これから産まれるであろう孫のためにも、遠慮は出来なかった。
その夜、王宮の片隅で大臣が仲裁に入るほどの親子喧嘩が勃発した。
……かくして、罵ってくれと言う息子の新妻をなだめながら、息子に女の扱い方を教えるという、姑としての戦いが幕を開けた。
穏便に済ませる方法もあったのだが、無自覚で犯罪を犯しているしている息子を、どうしても許すことはできなかった。
それに、新妻を人質にとって、一つずつ教えていかなければ、息子は私の話など聞きやしないだろう。
息子は可愛いが、それよりも、この新妻のほうが私は気に入った。
これから生まれる孫のためにも、王子と彼女との温度差を是正し、せめて産まれるまで夜の営みはやめるようにと、掛け合うつもりだ。
怨むような視線を感じるが、これも息子のためなのだから、文句を言われる筋合いはない。
私に懐く新妻に、嫉妬する息子の姿を見るのは、それはもう楽しかった、ということだけは書き記しておこう。
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