3 / 8
3
しおりを挟む
家に帰って一休みしてから陣屋に向かった。二人をどう説得しようか考えながら歩いていても参勤交代の準備について呼び止められる。
やっとの思いで奥の居間に辿り着くと、畳に置かれた紙を挟んで殿は難しい顔、銀二郎は涼しい顔。また銀二郎が問題を思いついたのか。
眉目秀麗で知られる殿の表情がなんとも情けないものになっているが、陣屋の外での振る舞いは立派なものなので何も言わないことにしている。
以前風車を床に置き必死に息を吹きかけている時は流石に気でも触れてしまわれたかと思ったが。
触らずとも浮き上がる筈だと銀二郎が言い出したからだった。もっと早く回す機巧が必要だと言っていたと思ったら、次には風車が回るから機巧が生まれると言い出した。
もしも材料を揃えられるだけの家に生まれていたら、どちらかを先人が生み出してくれていたら、銀二郎は世の中を変える程の物を作り出していたのではないだろうか。
この時代のこの家に生まれたことを銀二郎はどう思っているのだろう。
ほんの刹那に色々考えていた私に殿が手招きをする。
「静太郎!この小さな円の半径は分かるか?分かっても言ってはならぬぞ、糸口だけ教えてくれ」
私は銀二郎の隣に座り両手をついた。紙に描かれているのは二つの大きな円、それぞれ中に小さな円が一方には九個、もう一方には十個置かれている。
だが私が手をついたのは問題を見るためではない。
「殿。せめて陽の高いうちはお役場においで下さい。参勤交代も近づき皆が困っておりました」
殿は一気につまらなそうな顔になり脇息に体を預けた。
「皆が困っていたのは儂がいないからではない。父上と徳一郎と綾乃殿が庵に籠り、静太郎までそっちへ行ってしまったからだ。
どうせ縁談の話であろう?」
銀二郎が紙をたたむ。
「殿、兄上を苛めないで下さい。国家老として最上家を真剣に思っているのです。
お家の安泰が主君と実の弟の幸いより大切なのも仕方がありません」
棘がある。
「そんなことはございません。殿と銀二郎が納得するように事を進めよと大殿も仰せです」
殿のお心は動かない。お体も脇息に寄りかかって庭を見たまま、叱られて言い訳する子供のように呟いた。
「そもそも寧々との縁談という時点で納得することなどないわ」
何か思いついたようにこちらを見た。
「そうだ、寧々は源之助の室となればよい。家督も譲ろう。どうせ誰がやっても同じなのだ」
「そんなことはございません!どうかそのようなことだけは仰らないで下さい!
参勤交代道中での宿や江戸城での振舞い、源之助様が最上の顔となることを考えてみて下さい!」
「う、うむ。そうだな。
そんなに怒らなくても……」
「失礼致しました。決して源之助様に不満があるのではございません。ただこの形式を重んじる泰平の世では受け入れられるのは難しいと申し上げているのです」
「分かっておる」
それから銀二郎にも参勤交代のやり繰りについて意見を聞いて家に帰った。
ふう。今日もなんとか一日終わった。
やっとの思いで奥の居間に辿り着くと、畳に置かれた紙を挟んで殿は難しい顔、銀二郎は涼しい顔。また銀二郎が問題を思いついたのか。
眉目秀麗で知られる殿の表情がなんとも情けないものになっているが、陣屋の外での振る舞いは立派なものなので何も言わないことにしている。
以前風車を床に置き必死に息を吹きかけている時は流石に気でも触れてしまわれたかと思ったが。
触らずとも浮き上がる筈だと銀二郎が言い出したからだった。もっと早く回す機巧が必要だと言っていたと思ったら、次には風車が回るから機巧が生まれると言い出した。
もしも材料を揃えられるだけの家に生まれていたら、どちらかを先人が生み出してくれていたら、銀二郎は世の中を変える程の物を作り出していたのではないだろうか。
この時代のこの家に生まれたことを銀二郎はどう思っているのだろう。
ほんの刹那に色々考えていた私に殿が手招きをする。
「静太郎!この小さな円の半径は分かるか?分かっても言ってはならぬぞ、糸口だけ教えてくれ」
私は銀二郎の隣に座り両手をついた。紙に描かれているのは二つの大きな円、それぞれ中に小さな円が一方には九個、もう一方には十個置かれている。
だが私が手をついたのは問題を見るためではない。
「殿。せめて陽の高いうちはお役場においで下さい。参勤交代も近づき皆が困っておりました」
殿は一気につまらなそうな顔になり脇息に体を預けた。
「皆が困っていたのは儂がいないからではない。父上と徳一郎と綾乃殿が庵に籠り、静太郎までそっちへ行ってしまったからだ。
どうせ縁談の話であろう?」
銀二郎が紙をたたむ。
「殿、兄上を苛めないで下さい。国家老として最上家を真剣に思っているのです。
お家の安泰が主君と実の弟の幸いより大切なのも仕方がありません」
棘がある。
「そんなことはございません。殿と銀二郎が納得するように事を進めよと大殿も仰せです」
殿のお心は動かない。お体も脇息に寄りかかって庭を見たまま、叱られて言い訳する子供のように呟いた。
「そもそも寧々との縁談という時点で納得することなどないわ」
何か思いついたようにこちらを見た。
「そうだ、寧々は源之助の室となればよい。家督も譲ろう。どうせ誰がやっても同じなのだ」
「そんなことはございません!どうかそのようなことだけは仰らないで下さい!
参勤交代道中での宿や江戸城での振舞い、源之助様が最上の顔となることを考えてみて下さい!」
「う、うむ。そうだな。
そんなに怒らなくても……」
「失礼致しました。決して源之助様に不満があるのではございません。ただこの形式を重んじる泰平の世では受け入れられるのは難しいと申し上げているのです」
「分かっておる」
それから銀二郎にも参勤交代のやり繰りについて意見を聞いて家に帰った。
ふう。今日もなんとか一日終わった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

臆病宗瑞
もず りょう
歴史・時代
興国寺城主として大国今川家の駿河侵攻の先鋒をつとめる伊勢新九郎盛時は、優れた軍才の持ち主でありながら、人並外れて慎重な性格であった。彼は近在の寺の老僧秀実としばしば碁を愉しんだが、肝心なところで決め手となる一手を躊躇い、負けを重ねていた。その寺に小間使いとして働く楓という少女がいた。少女は盛時に仄かな憧れを抱き、盛時もまた可憐な少女を好もしく思っていたが、その性格が災いして最後の一歩を踏み出せずにいた。そんな折、堀越公方の「若御所」こと足利茶々丸が楓に目をつけて…。後に戦国の梟雄と呼ばれる北条早雲が、未だ北条早雲となる前の、秘められた悲恋の物語。

【完結】ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
居候同心
紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。
本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。
実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。
この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。
※完結しました。

北方元寇秘録
大澤伝兵衛
歴史・時代
大陸の大半をモンゴル帝国が支配し、そのモンゴル帝国が日本の南方である九州に襲来してきた時代、日本の北方に位置する蝦夷ヶ島——後に呼ばれる北海道の地にもモンゴルの手が迫っていた。
弱小御家人の十四男である撓気時光(たわけときみつ)は北条時宗の命を受け、北の大地に住まう民であるアイヌと共にモンゴル軍を迎え撃つ。兄弟が多すぎて相続する土地が無い時光は、勝利して恩賞を得られなければ未来がない。日本の未来のため、そして自らの未来のために時光は戦いに臨むのだった。
しかし、迫るモンゴル軍は、モンゴル人だけではなく、漢民族の将軍、ノヴゴロドの騎士、暗殺教団の生き残りなど多種多様であり、更には彼らを率いるプレスター・ジョンと呼ばれる存在があり、一筋縄で勝てる相手ではない。
強敵を打ち破り、時光は見事に自らの土地を獲得することが出来るのだろうか?

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

【完結】絵師の嫁取り
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。
第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。
ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる