生まれる時代を間違えなかった

いつ

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 家に帰って一休みしてから陣屋に向かった。二人をどう説得しようか考えながら歩いていても参勤交代の準備について呼び止められる。

 やっとの思いで奥の居間に辿り着くと、畳に置かれた紙を挟んで殿は難しい顔、銀二郎ぎんじろうは涼しい顔。また銀二郎ぎんじろうが問題を思いついたのか。

 眉目秀麗で知られる殿の表情がなんとも情けないものになっているが、陣屋の外での振る舞いは立派なものなので何も言わないことにしている。

 以前風車かざぐるまを床に置き必死に息を吹きかけている時は流石に気でも触れてしまわれたかと思ったが。
 触らずとも浮き上がる筈だと銀二郎ぎんじろうが言い出したからだった。もっと早く回す機巧からくりが必要だと言っていたと思ったら、次には風車かざぐるまが回るから機巧からくりが生まれると言い出した。

 もしも材料を揃えられるだけの家に生まれていたら、どちらかを先人が生み出してくれていたら、銀二郎ぎんじろうは世の中を変える程の物を作り出していたのではないだろうか。
 この時代のこの家に生まれたことを銀二郎ぎんじろうはどう思っているのだろう。

 ほんの刹那に色々考えていた私に殿が手招きをする。
静太郎せいたろう!この小さな円の半径は分かるか?分かっても言ってはならぬぞ、糸口だけ教えてくれ」
 私は銀二郎ぎんじろうの隣に座り両手をついた。紙に描かれているのは二つの大きな円、それぞれ中に小さな円が一方には九個、もう一方には十個置かれている。

 だが私が手をついたのは問題を見るためではない。
「殿。せめて陽の高いうちはお役場においで下さい。参勤交代も近づき皆が困っておりました」

 殿は一気につまらなそうな顔になり脇息に体を預けた。
「皆が困っていたのは儂がいないからではない。父上と徳一郎とくいちろうと綾乃殿が庵に籠り、静太郎せいたろうまでそっちへ行ってしまったからだ。
 どうせ縁談の話であろう?」

 銀二郎ぎんじろうが紙をたたむ。
「殿、兄上を苛めないで下さい。国家老として最上家を真剣に思っているのです。
 お家の安泰が主君と実の弟のさいわいより大切なのも仕方がありません」
 棘がある。

「そんなことはございません。殿と銀二郎ぎんじろうが納得するように事を進めよと大殿も仰せです」
 殿のお心は動かない。お体も脇息に寄りかかって庭を見たまま、叱られて言い訳する子供のように呟いた。
「そもそも寧々ねねとの縁談という時点で納得することなどないわ」
 何か思いついたようにこちらを見た。

「そうだ、寧々ねね源之助げんのすけの室となればよい。家督も譲ろう。どうせ誰がやっても同じなのだ」
「そんなことはございません!どうかそのようなことだけは仰らないで下さい!
 参勤交代道中での宿や江戸城での振舞い、源之助げんのすけ様が最上の顔となることを考えてみて下さい!」

「う、うむ。そうだな。
 そんなに怒らなくても……」
「失礼致しました。決して源之助げんのすけ様に不満があるのではございません。ただこの形式を重んじる泰平の世では受け入れられるのは難しいと申し上げているのです」
「分かっておる」

 それから銀二郎ぎんじろうにも参勤交代のやり繰りについて意見を聞いて家に帰った。

 ふう。今日もなんとか一日終わった。
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