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キリト
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お兄ちゃんはふうっと息を吐いて少し事務的な空気になった。
「生まれは一応この県です」
大きな県だからな。この市ではないのかな。
「両親と父は士業、母は父の上司の娘でしょうか。一般常識の域を超えた現象を起こす僕を、誰も受け入れてはくれませんでした。僕を閉じ込めておきたいけど近くにもいてほしくないようで専用の離れを造るくらいだったので、裕福だったと思います」
お兄ちゃんは淋しそうに微笑んだ。
「良ちゃんはリンゴを食べようとした僕を止めてくれたでしょう?
家出をしてからの僕はずっとああやって生きてきたんです。あの時着ていた服も、お店で目星を付けておいて外に出てから手の中に呼び寄せて得た物です。
髪だけはどうにもならなかったので太陽が切ってくれて助かりました」
そうだヒロくん!
「富士さんに掛かってる術は解けないんですか?
っていうかお兄ちゃんを忘れさせるだけで、どうして俺と富士さんがお互いを忘れることになったんですか?」
お兄ちゃんはにやけるのを止められない口元を手で隠した。
「『みんなのお兄ちゃんじゃなくて僕のお兄ちゃん』。
太陽といると『これじゃない感』が出て僕を探してしまっていたでしょう?」
なんで知ってるんだって言いそうになって迷う。恥ずかし過ぎるからそんなこと言ってないってことにしてしまおうか。
お兄ちゃんは余裕の表情。
「なんで知ってるのかですか? あの男が術を上掛けする度に愚痴っていたからですよ。
あの男は他にも、魔法に反応してしまうからとゲームから遠ざけたり、よく似た声の生徒を転校させたりと随分苦労していました」
さすがにやり過ぎだろ。
「転校って、その子の人生変え過ぎでしょう」
「黒魔術師と言っても悪魔ではありません。父親の栄転などいくつかギフトを付けての転校です。小学生でも頑張れば会える距離で、その子も転校しても草野球チームは変えませんでした。病院の公園でばかり遊ぶようになった良ちゃんとの接点は無くなりましたが」
「そこまでしてでも、俺からお兄ちゃんの記憶を消したかったのってどうして?」
ちょうど沸騰している音を出し始めたヤカンを見るお兄ちゃん。つられて俺も振り返ると、コンロのツマミがゆっくりと回って火が消えた。ヤカンが浮いて保温ポットへとお湯が注がれる。
お兄ちゃんはこういうことができる人だと分かっていても驚きで体が動かない。ヤカンから目が離せない。
「こんなことができる人がいるという秘密を小学生が隠し通せますか?」
あの頃の俺だってお兄ちゃんを困らせることなんて絶対にしたくなかった。でも小学1年生なうえに、今思うと我ながらアホな子だった。
俺はテーブルに向き直って視線を落とした。
「結果として隠し通せたかは自信がありません」
お兄ちゃんは静かに立ち上がると、俺のイスの横で片膝をついて俺を見上げた。
「責めているのではありません。僕もあの男のやり方にこそ腹は立っていますが、こんな秘密など背負わせず良ちゃんにはピュアなままでいてほしかったので」
お兄ちゃんが立ち上がって、テーブルと俺の背もたれに手をついた。近い。めちゃくちゃ近い。お兄ちゃんの目で視界がいっぱいになる。こんなに時間が経って背が伸びても、俺を見る目はあの頃のままだ。
お兄ちゃんの目が色っぽく微笑んだ。
「でももう大人になったので、いいですよね?」
俺の両ひざの下にお兄ちゃんの右腕が入って何度目かのお姫様抱っこをされた。
「いや何が!?」
秘密を守れるかって意味だと思った。頷くより先にお兄ちゃんが動いてくれて助かった。俺の頷きの方が先だったらどうなっていたか。
「生まれは一応この県です」
大きな県だからな。この市ではないのかな。
「両親と父は士業、母は父の上司の娘でしょうか。一般常識の域を超えた現象を起こす僕を、誰も受け入れてはくれませんでした。僕を閉じ込めておきたいけど近くにもいてほしくないようで専用の離れを造るくらいだったので、裕福だったと思います」
お兄ちゃんは淋しそうに微笑んだ。
「良ちゃんはリンゴを食べようとした僕を止めてくれたでしょう?
家出をしてからの僕はずっとああやって生きてきたんです。あの時着ていた服も、お店で目星を付けておいて外に出てから手の中に呼び寄せて得た物です。
髪だけはどうにもならなかったので太陽が切ってくれて助かりました」
そうだヒロくん!
「富士さんに掛かってる術は解けないんですか?
っていうかお兄ちゃんを忘れさせるだけで、どうして俺と富士さんがお互いを忘れることになったんですか?」
お兄ちゃんはにやけるのを止められない口元を手で隠した。
「『みんなのお兄ちゃんじゃなくて僕のお兄ちゃん』。
太陽といると『これじゃない感』が出て僕を探してしまっていたでしょう?」
なんで知ってるんだって言いそうになって迷う。恥ずかし過ぎるからそんなこと言ってないってことにしてしまおうか。
お兄ちゃんは余裕の表情。
「なんで知ってるのかですか? あの男が術を上掛けする度に愚痴っていたからですよ。
あの男は他にも、魔法に反応してしまうからとゲームから遠ざけたり、よく似た声の生徒を転校させたりと随分苦労していました」
さすがにやり過ぎだろ。
「転校って、その子の人生変え過ぎでしょう」
「黒魔術師と言っても悪魔ではありません。父親の栄転などいくつかギフトを付けての転校です。小学生でも頑張れば会える距離で、その子も転校しても草野球チームは変えませんでした。病院の公園でばかり遊ぶようになった良ちゃんとの接点は無くなりましたが」
「そこまでしてでも、俺からお兄ちゃんの記憶を消したかったのってどうして?」
ちょうど沸騰している音を出し始めたヤカンを見るお兄ちゃん。つられて俺も振り返ると、コンロのツマミがゆっくりと回って火が消えた。ヤカンが浮いて保温ポットへとお湯が注がれる。
お兄ちゃんはこういうことができる人だと分かっていても驚きで体が動かない。ヤカンから目が離せない。
「こんなことができる人がいるという秘密を小学生が隠し通せますか?」
あの頃の俺だってお兄ちゃんを困らせることなんて絶対にしたくなかった。でも小学1年生なうえに、今思うと我ながらアホな子だった。
俺はテーブルに向き直って視線を落とした。
「結果として隠し通せたかは自信がありません」
お兄ちゃんは静かに立ち上がると、俺のイスの横で片膝をついて俺を見上げた。
「責めているのではありません。僕もあの男のやり方にこそ腹は立っていますが、こんな秘密など背負わせず良ちゃんにはピュアなままでいてほしかったので」
お兄ちゃんが立ち上がって、テーブルと俺の背もたれに手をついた。近い。めちゃくちゃ近い。お兄ちゃんの目で視界がいっぱいになる。こんなに時間が経って背が伸びても、俺を見る目はあの頃のままだ。
お兄ちゃんの目が色っぽく微笑んだ。
「でももう大人になったので、いいですよね?」
俺の両ひざの下にお兄ちゃんの右腕が入って何度目かのお姫様抱っこをされた。
「いや何が!?」
秘密を守れるかって意味だと思った。頷くより先にお兄ちゃんが動いてくれて助かった。俺の頷きの方が先だったらどうなっていたか。
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