如月万里は寒がりです

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 次の診察は1月8日ということになっていたのに、あと一日が待ちきれなかったらしい。こん万里ばんりの家に向かっている。
 モコモコのコートがスラッとした脚を強調して、こうして黙って道を歩いていると正直かっこいい。

 なんて思っている場合じゃない。侮れない。万里ばんりのことは如月きさらぎ万里ばんりという名前と、端末にされたのにショートしたってことしか話していない。
 万里ばんりの住民票はまだ両親の家、今いる家の名義は弟で表札は『寺森』なのによく見つけたな。

 チャイムが鳴って大勝たいしょうが玄関を開けると、こんは律義に挨拶をした。よくある場面のようでいて、まだ常夜灯の消えていない家を訪ねているんだから全然そんなことない。
「明けましておめでとうございます。こういう者ですが万里ばんりさんは」

 間一髪。大勝たいしょうに渡そうとした名刺を両手で挟んで隠す。まだ俺は正月休みなのに。っていうか、いつの間に名刺なんて作ったんだ。
「何してるんだよ!」

 突然どこからか現れた俺に驚いたのは大勝たいしょうだけで、こんは無防備にきょとんとしている。
「だって言葉だけじゃ分かりにくいでしょ?」

 それから大勝たいしょうに続ける。
「初めまして。医者の神社かんじゃです」
 大勝たいしょうこんの予想通りの反応。
「ほらね、文字で見せた方がいいかと思って」

 名刺を奪って大勝たいしょうには見えないように確認する。
「だったらしっかり本当の住所を書く必要は無いだろ」
 そもそも名乗ることさえ避けてほしいのに。万里ばんりの存在に浮かれすぎだろ。

一生いっせい、適当な住所で名刺を作ってやってくれ〉
〈了解しました〉
 返事が来てから気が付いた。まだ休みだった。

〈悪い。癖で呼んだだけだ。〉
〈いえ。これくらい仕事のうちに入りませんよ〉
〈休暇が明けてからでいいからな〉
〈はい〉

 こんは構わず楽しそう。
「朝早くにすみません。診察は明日の予定でしたが、栄養管理も兼ねて七草粥を作ってきました。弟さんの分もあるので振舞わせていただけませんか?」

「え、そうなんですか?わざわざありがとうございます」
 どこにお粥や野菜を持っているんだという目でこんを見ながら、大勝たいしょうが壁に寄って中への通り道をあける。
 万里ばんりがどんな目に合ったのか聞いていても、他の医者には診せられないし健康管理と言われては仕方がない。

 こんに続かずに立っている俺に大勝たいしょうが話し掛けてきた。
「おにい」
 常夜灯が点滅したのを見て言い直す。
文人あやとさん‥‥‥もどうぞ?」

 『なんで俺が文音あやねの周りをウロついてる奴と一緒に食事をしなきゃいけないんだ』っていうのと『チェックするいい機会だ』っていう考えが渦巻く。
 なによりこん万里ばんりを守らなければ。

「僕もごちそうになりたいです」
 後ろから一生いっせいの声。
文音あやねさんのお粥を食べて下さい。僕はお粥の用意もしていなかったし暇なので〉

 確かに文美あやみのお粥の方が断然おいしいし作ったのに食べないなんて悲しませ方はしたくないけど、今悩んだ理由はそれじゃない。
 まあ、折角だからそうさせてもらうか。

 こんも分かりやすい反応。
一生いっせいくん!多めに持って来てよかった~!」

 こんも長い付き合いだから、量は充分にあると言いつつも俺を引きとめはしなかった。
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