如月万里は寒がりです

いつ

文字の大きさ
上 下
16 / 23
1

16

しおりを挟む
 万里ばんりが軽くシャワーを浴びている間に大勝たいしょうがココアを作ってくれた。大勝たいしょうは自分用のカフェオレと一緒にダイニングのテーブルに置く。

 万里ばんりが両手でマグカップを持ってココアを一口飲む。ほっと息を吐いてテーブルに置いた瞬間、大勝たいしょうは『待て』を解かれた犬のように質問攻めを始めた。

「先生になんて言われたの?
 やっちゃいけないこととか、やった方がいいこととか。
 ここにあんまり来てないって言ったのはなんで?
 兄ちゃんが夢に堕ちないのは心の支えになってるものがあるからだって言ってた。それってなんだったの?」

 万里ばんりは順番に答えていく。
「基本的には普通に生活していいって。
 しばらくは週に一度……あの闇医者のところで検査をする」
 検査の下りで万里ばんりの目線とトーンが落ちていった。

「よっぽどヤバイ人だったんだね」
 頷きながらなんとか続ける。
「端末にされて意識が戻ったのは俺しかいないんだって言う時なんて目と目がほぼゼロ距離。
 天海あまみさんの処置にも原因があるらしいんだけど本当に奇跡だって言われて、毎週通うのも俺の健康診断じゃなくてその研究目的なの丸出しだった。他の被害者を治せるようになるならいいけど。

 ここにそんなに来てないっていうのはそのまんまの意味だよ。一般的には多いかもしれないけど本当はもっと来たいのにって思ってたから」

 万里ばんりはマグカップを少し持ち上げた。
「夢に堕ちなかった支えはこういうの」

 不思議そうな顔の大勝たいしょうに続ける。
大勝たいしょうはコーヒー派なのに冷えるからって俺には出さないだろ?
 最初におんぶしたのも何となくだけど分かってたよ。暑がりなのにいつもくっついてくれるよな」
 マグカップを置いて更に続ける。

「毎年初詣に行くと俺の分だけ甘酒を小さい鍋で熱めにしてくれたり、中庭で寝落ちしたら子供たちがコートを掛けてくれたり。
 そういうの」

 近所の小さな神社では三が日に甘酒が振舞われていて、誰が当番でも万里ばんりの分は温めてくれる。というか、近所の人たちが色々持ち寄って集まるから誰が当番かなんて誰もあまり気にしていない。

 中庭で寝落ちした日は小柄な生徒が多くて、180センチを超える万里ばんりの体を覆うために全員のコートが掛かっていた。起きたらミノムシのようになっていた自分を思い出して自然と微笑む。

 大勝たいしょう万里ばんりが庭で寝ていると生徒から聞いて、風邪をひかないようにとジンジャーミルクティーを作ってくれた。

 大勝たいしょうは生徒にもそれぞれに合わせた飲み物を用意する。今も食器棚にしまってある子供用のコップを見て温かい気持ちになる。

「兄ちゃん寒がりだもんね。干し柿とか好物用意しようとしたんだけど、買えても効果なかったか」
 照れくさくて遠回しにしか言えなかった万里ばんりの言葉を、大勝たいしょうはそのままに受け取った。
しおりを挟む

処理中です...