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里奈は人の体を使うどころかそういうことができるというのもさっき知ったばかりで、しかも万里は端末としてはB級品。油を差したくなるような動きで外に向かう。
予想外だったのは180センチを超える身長で見下ろす階段は160センチで見るのと全然違うということ。最後の二段目でバランスを崩し、転がりはしなかったけれど大きな足音を立てて床にしゃがんだ。
痛い所がないか目を閉じて確認する。端末になった体は普通の病院には行けない。里奈に甘い父親もさすがに治してくれるか分からない。
里奈は少し前、初めて父親に怒鳴られた。職員が勝手に端末を作ったことに怒っていたからで、タイミングが悪かっただけだと父親はすぐに謝った。そのことで里奈は父親の悪事と万里が犠牲になったことを知った。
泣きそうな倒れそうな気持ちの中で必死に考えた。万里の体をどう使うか分からない人の手に渡したくない。自分が呼べば夢から起きるかもしれない。
万里の体を譲ってほしいと父親に頼んだ。
父親は最後まで良い顔をしなかった。壊れたのなら諦めろと言うだろう。元から万里を良く思っていなかった。
万里を選ぶならこういう暮らしになる。できるのかやってみろと言われてアパートを与えられた。万里に教わりながら少しずつできることが増えていったのに、父親の万里への当たりは余計に強くなった。
幸い怪我をした感覚はない。立ち上がろうとしたら大勝が様子を見に来た。
「大丈夫ですか!?」
弟とはいえ構っている余裕はない。動きは鈍いし時間も限られている。里奈は無視して玄関に向かった。
ドアノブに手を掛けた万里の体が引き留められた。振り向くと空いている方の腕を掴んでいる大勝。
「誰ですか?」
腕を掴む力も目線も意外としっかりしていることに驚いて、里奈としては窮鼠猫を噛むという状態で振り払った。大勝はあっさり尻もちをついた。
思いのほか吹き飛んで焦ったけれど逃げるようにドアノブを回す。大勝が尻もちをついたままで視界が開けた向こうには大きなガラスの出入口。玄関ホールの明かりを反射して見えない向こうには中庭があることを里奈は知っている。冬は上の階が屋根になっている割には陽が差して昼寝をすると気持ち良い、いつか行こうと万里が言っていた中庭。一目見ておきたい気持ちを抑えて外へ出た。
飛び出すと裏から回ってきた文音と鉢合わせた。
「大丈夫?すごい音が……」
ちょうど玄関ポーチの段差に来たタイミングだったから驚いてバランスを崩す。
支えようと近寄った文音との身長差で、万里の手が支えにしたのは文音の頭だった。
文音の額と万里の掌の間に火花が散った。ほんの一瞬だったし小さかったけれど、暗いこともあって追いかけてきた大勝にもしっかり見えた。
頭を弾かれたように後ろによろける文音に駆け寄る大勝。背中を支えたものの文音の体重を支えるまでの力は無くて両膝をついた。
文音のコートの裾やスカートが土の地面についている。
「大丈夫ですか!?」
文音が知る大勝の音量としては過去最大で、静電気よりもそっちの方が驚きだった。
「だ、大丈夫。さすがにおでこは初めてだけど、いつものことだから」
文音は大勝が貸している手にほとんど体重を掛けずに立ち上がった。
「それより万里くんは?」
万里は騎士のようにしゃがんでいた。左手の指先だけと左膝を地面に着けて右膝に右の前腕を乗せて目を閉じている。
風が吹いてぶるっと震えると、右手で自分の左肩をトントンと叩いて大勝を見た。
「大勝」
それは寒い時に万里がいつもしていたこと。
「……兄ちゃん?」
万里はもう一度動作だけを繰り返した。
「兄ちゃん!」
大勝もいつものように万里の背中に飛び乗った。
数秒で万里が降ろそうとしているのを感じて、戻った嬉しさが収まらないのと降ろされる理由が分からなくて首に掴まる。
万里は体の向きを変えて文音を見るように促した。取り残されたように立っている文音と目が合って大勝は我に返った。
どう説明しようかと万里から降りて文音の前に戻る。驚いているものの説明は求められなかった。
「男の子の兄弟ってそういうものなの?
うちのお兄ちゃんは一人だけ男の子だから退屈であんまり帰って来ないのかなあ」
それから思い出したように手に持っていた紙袋を広げて中身を見た。煮物を入れていたパックが開いて汁が漏れている。念のため入れてきたビニール袋の中に納まっていても、フタが開いてしまった物を渡すのは気が引けた。
紙袋の口を閉じていつも通りの明るい顔で大勝を見上げた。
「また今度持ってくるね」
大勝は慌てて文音の両手の甲を包むように掴んだ。
「いえ!欲しいです!」
少し驚いた顔で見つめられて紙袋の底に手を移動させる。
「あの、文音さんの作るものはどれも美味しいので」
食い意地が張っていると思われるだろうかと考えながらも止まらない。
「とくに生姜の佃煮が大好きで」
文音は嬉しそうな笑顔になった。褒められた喜びではなく渡せる物があるという喜びから。
「それなら瓶に入れてきたから無事だよ」
生姜の佃煮が入った小さなジャムの瓶を取り出すと、紙袋を手首に掛けて両手で瓶を差し出した。
予想外だったのは180センチを超える身長で見下ろす階段は160センチで見るのと全然違うということ。最後の二段目でバランスを崩し、転がりはしなかったけれど大きな足音を立てて床にしゃがんだ。
痛い所がないか目を閉じて確認する。端末になった体は普通の病院には行けない。里奈に甘い父親もさすがに治してくれるか分からない。
里奈は少し前、初めて父親に怒鳴られた。職員が勝手に端末を作ったことに怒っていたからで、タイミングが悪かっただけだと父親はすぐに謝った。そのことで里奈は父親の悪事と万里が犠牲になったことを知った。
泣きそうな倒れそうな気持ちの中で必死に考えた。万里の体をどう使うか分からない人の手に渡したくない。自分が呼べば夢から起きるかもしれない。
万里の体を譲ってほしいと父親に頼んだ。
父親は最後まで良い顔をしなかった。壊れたのなら諦めろと言うだろう。元から万里を良く思っていなかった。
万里を選ぶならこういう暮らしになる。できるのかやってみろと言われてアパートを与えられた。万里に教わりながら少しずつできることが増えていったのに、父親の万里への当たりは余計に強くなった。
幸い怪我をした感覚はない。立ち上がろうとしたら大勝が様子を見に来た。
「大丈夫ですか!?」
弟とはいえ構っている余裕はない。動きは鈍いし時間も限られている。里奈は無視して玄関に向かった。
ドアノブに手を掛けた万里の体が引き留められた。振り向くと空いている方の腕を掴んでいる大勝。
「誰ですか?」
腕を掴む力も目線も意外としっかりしていることに驚いて、里奈としては窮鼠猫を噛むという状態で振り払った。大勝はあっさり尻もちをついた。
思いのほか吹き飛んで焦ったけれど逃げるようにドアノブを回す。大勝が尻もちをついたままで視界が開けた向こうには大きなガラスの出入口。玄関ホールの明かりを反射して見えない向こうには中庭があることを里奈は知っている。冬は上の階が屋根になっている割には陽が差して昼寝をすると気持ち良い、いつか行こうと万里が言っていた中庭。一目見ておきたい気持ちを抑えて外へ出た。
飛び出すと裏から回ってきた文音と鉢合わせた。
「大丈夫?すごい音が……」
ちょうど玄関ポーチの段差に来たタイミングだったから驚いてバランスを崩す。
支えようと近寄った文音との身長差で、万里の手が支えにしたのは文音の頭だった。
文音の額と万里の掌の間に火花が散った。ほんの一瞬だったし小さかったけれど、暗いこともあって追いかけてきた大勝にもしっかり見えた。
頭を弾かれたように後ろによろける文音に駆け寄る大勝。背中を支えたものの文音の体重を支えるまでの力は無くて両膝をついた。
文音のコートの裾やスカートが土の地面についている。
「大丈夫ですか!?」
文音が知る大勝の音量としては過去最大で、静電気よりもそっちの方が驚きだった。
「だ、大丈夫。さすがにおでこは初めてだけど、いつものことだから」
文音は大勝が貸している手にほとんど体重を掛けずに立ち上がった。
「それより万里くんは?」
万里は騎士のようにしゃがんでいた。左手の指先だけと左膝を地面に着けて右膝に右の前腕を乗せて目を閉じている。
風が吹いてぶるっと震えると、右手で自分の左肩をトントンと叩いて大勝を見た。
「大勝」
それは寒い時に万里がいつもしていたこと。
「……兄ちゃん?」
万里はもう一度動作だけを繰り返した。
「兄ちゃん!」
大勝もいつものように万里の背中に飛び乗った。
数秒で万里が降ろそうとしているのを感じて、戻った嬉しさが収まらないのと降ろされる理由が分からなくて首に掴まる。
万里は体の向きを変えて文音を見るように促した。取り残されたように立っている文音と目が合って大勝は我に返った。
どう説明しようかと万里から降りて文音の前に戻る。驚いているものの説明は求められなかった。
「男の子の兄弟ってそういうものなの?
うちのお兄ちゃんは一人だけ男の子だから退屈であんまり帰って来ないのかなあ」
それから思い出したように手に持っていた紙袋を広げて中身を見た。煮物を入れていたパックが開いて汁が漏れている。念のため入れてきたビニール袋の中に納まっていても、フタが開いてしまった物を渡すのは気が引けた。
紙袋の口を閉じていつも通りの明るい顔で大勝を見上げた。
「また今度持ってくるね」
大勝は慌てて文音の両手の甲を包むように掴んだ。
「いえ!欲しいです!」
少し驚いた顔で見つめられて紙袋の底に手を移動させる。
「あの、文音さんの作るものはどれも美味しいので」
食い意地が張っていると思われるだろうかと考えながらも止まらない。
「とくに生姜の佃煮が大好きで」
文音は嬉しそうな笑顔になった。褒められた喜びではなく渡せる物があるという喜びから。
「それなら瓶に入れてきたから無事だよ」
生姜の佃煮が入った小さなジャムの瓶を取り出すと、紙袋を手首に掛けて両手で瓶を差し出した。
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