如月万里は寒がりです

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 それより少し前、午後7時。
 夜の部の生徒が帰るタイミングで凪は教室にしている部屋の掃き出し窓から家に入った。
 大勝たいしょうは生徒が帰る時は玄関の外まで送る。その隙に入ってくるように龍季たつきに言われていた。

 龍季たつき万里ばんりの体に入って出迎え、掃き出し窓を上がる凪の手を引く。
 二人で万里ばんりの部屋に戻り、龍季たつき万里ばんりの体を布団に横たえて英里に譲った。

 ゆっくりと目を開けた万里ばんりは無表情に近い不思議そうな顔で、ゆっくりと右手を顔の上に持って来た。掌を見つめてからぎこちなく握って開いて、それから手の甲を見る。

 凪はどうして自分が震えているのか分からなかった。
 元気な体で少しでも動かせてあげたい、でもどれだけ時間があるか分からない、早く自分を見てほしい、言葉を交わしたい。英里えいりがどれくらい言葉を、それ以前に状況を理解しているかも分からない。たぶんその全部が理由。

「…………英里えいり?」
 少し顔を動かして凪を見た。凪にはほんの少しだけ口元が笑った気がした。
「ママ」

英里えいり!」
 凪は覆い被さるように抱きついたけれど英里えいりは反応しない。万里ばんりの体を動かせずにいると凪は思いたいけれど、動かす気が無いのかもとも思えて怖かった。

「ママに、ずっと言いたかったことがあって」
 発音と言うか発声と言うか、たどたどしい言い方。凪が顔を上げると目が合った。
「あやまらないで。
 元気に生んであげられなくてごめんねって、いつも言うでしょ?
 ぼくは元気だよ?
 でも、ママが悲しいとぼくも悲しい」

英里えいり……」
 目に溜まっていた凪の涙が、頭を撫でられてこぼれだす。凪が英里えいりにしてきた撫で方と全く同じやり方だった。

「あとね、もっと新しい本を読んでほしい。
 一回読めばだいたい、三回読めば一文字も残さず憶えられるから、もっとたくさん、いろんな本を読んでほしい」

 凪は頭に置かれていた手を握って頷いた。
「分かった。
 本の方がいいの?どんな本が好き?」
「テレビは目が」

 言いかけて万里ばんりの体から力が抜けて、凪が握っている手も重たくなった。
英里えいり!?」

英里えいり!」
 数秒して目を開けた万里ばんりは凪の手を振り払い、すぐに上体を起こした。

万里ばんりに触らないで」
 拗ねたように凪に言ってから両手を見つめる。そして万里ばんりの体は自分自身を抱きしめた。
 感動しているような、興奮しているような、大切な人と再会したような表情。

「……里奈さん?」
 問いかけるような凪を無視して立ち上がり、辿り着いたのか寄りかかったのか分からないように触れた襖を開けた。
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