如月万里は寒がりです

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 家具はあるから運ぶものは意外と少なく、業者には頼まず2トントラックをレンタルすることになった。

 一日早く新幹線でやって来たのは二人の母親だと言われると妙に納得する不思議な美女。くせ毛も大勝たいしょうより緩やかで彼女にとってはチャームポイントになっている。
 キリっとした印象を受け継ぐと万里ばんりが、ミステリアスな印象を受け継ぐと大勝たいしょうができあがるのだなと如月きさらぎ家四人を知る人は思っている。若いうちは女親に似るもの。年をとったら父親に似てしまうのだろうかと。


 久絵ひさえの中身にはどちらの要素も全く無い。母の施設に行くと職員だけではなく入居者たちにも挨拶をした。
「どうもご無沙汰してます~」
 面会なのか職員なのか分からない状態でしばらく過ごし家に帰って一休み。それから大勝たいしょうが教室の掃除を終えるタイミングに合わせて夕食を作った。

 母親の手料理に嬉しそうに手を合わせる大勝たいしょうが「いただきます」と言うと久絵ひさえも手を合わせたのに、食べ始めたのは大勝たいしょうだけだった。

「どうしたの?」
「これって……パワハラよね?」
 大勝たいしょうも全力では否定しない。
「そこまでじゃないでしょ。
 そもそも兄ちゃんには向いてなかったんだよ」
 大勝たいしょうはもう一口ご飯を食べた。まだ久絵ひさえは箸を持てずに俯いた。

万里ばんりもそう言ってた。ミスや苦情があった訳じゃないからいいんだ、返って良かったって」
「でしょ?」
「でもなんか変なの。送別会過ぎてからなんかおかしくて」

 大勝たいしょうは大皿から唐揚げを取った。
「送別会からなら関係ないでしょ。退職は一か月以上前に決めてたんだから」

「やっぱり名前が」
 大勝たいしょうは母親の口癖を遮るためにお茶で唐揚げを流し込んだ。
「ないない」

 もう一口飲んで口をからにする。
「気にし過ぎだって。なんかあったとしても、ここでのんびり暮らしてれば元気になるよ。しばらくは注意しとくから」
「そうね。お願いね」
 母親はやっと食べ始めた。

 そして父親の運転でやって来た万里ばんり。引っ越しという作業のせいと思えるような、それだけでは片付けられないような違和感があって、母親の言っていたことを大勝たいしょうもやっと理解した。

 和室で大勝たいしょうが荷ほどきを手伝っている間に、車の中で話していたことを父親から聞いた久絵ひさえがメールで大勝たいしょうに教えてくれた。

 大阪生まれの知り合いができたらしい。それで言葉がうつりかけてて自分でも違和感があるということだった。

 そしてほぼ同時に本人もその話を始めた。
「送別会の飲み屋で大阪生まれの人と知り合ってさ」
 荷ほどきの終わった部屋で万里ばんりが寝ころんだ。大勝たいしょうも一階から送られてきたメール画面をさり気なく消して隣に横になる。

「ゲーム作ってるんだって」
「え!すごい!」
「だろ?それでテストプレーヤーを頼まれたんだよ」
「え!なんてゲーム?」

 万里ばんりは人差し指を口に当てた。
「まだ発売前だから」
「あ、そうか」
大勝たいしょうもやらないか?
 癒し系ゲームで初心者の意見を聞きたいんだって」
「え~、どうしよう。大阪行かなきゃでしょ?」
「そいつが大阪生まれなだけで会社は東京だよ。行くのも一回だけ。ネットゲームだから後はここでできるよ」

 契約や説明の日程を決めてもらうことにしたら夕飯に呼ばれて、食べたら両親は父親の仕事の都合で帰っていった。
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